【タイ山岳民族の村に暮らす】

チェンマイ南西200キロ。オムコイの地でカレン族の嫁と綴る“泣き笑い異文化体験記”

【懐かしい顔】

2007年08月04日 | アジア回帰
 
 昨日は、何もしなかった。

 疲れが出たのか、朝になってもなかなか起きられない。

 10時前後にシャワーを浴びて、やっと外に出た。

 特に食べたいものもないので、おっとりしたばあさんが営む?ぶっかけ飯屋?に立ち寄り、肉じゃが(味はタイ風)と高菜煮を飯にかけてもらって食する。

 近くには市場もあり、野菜を中心にそれなりの食材も揃っているのだが、どういうわけか食欲をそそるような屋台も売り場もない。

 バスターミナルに足を運び、チェンマイ行きバスの運行時間を確認する。

 メーホーソンからそのままチェンライに抜けてラオスに入れると思い込んでいたのだが、間抜けなことにまたチェンマイにとんぼ返りである。

 することもないので、山の上の寺に再度詣でることにした。

 ビルマ様式の寺院は、木造の渋みがあり、タイ様式のけばけばしさがない。

 日本の寺院に通じる点が多く、心が落ち着くのである。

 仏塔の頂きに設けられた鐘が、風にあおられ風鈴のような音色を立てる。

 町を一望するテラスのベンチに横になって鐘の音色に聞き入っていると、風が山裾から吹き上がってきて、汗をかいた私の肌を急速に冷やしていく。

 頭の中をよぎるのは、なぜかラーのことばかりである。

 メーホーソンに着いた夜に携帯の電源を切ってから、すでに3日が過ぎようとしている。

 いくら考えても答えは同じなのだが、なぜかラーのことが頭から離れない。

    *

 宿に戻り、ビールを飲みながら読みさしの『アウン・サン・チー』を読む。

 わずか10キロ足らずの国境の向こうで進行している現実なのだが、なぜかひとごとのようだ。

 ウイスキーに切り替えたら、いつの間にか眠ってしまった。

 シャワーを浴びて、夕暮れの散歩に出る。

 湖のほとりを歩き、二つの寺に詣でる。

 何を食べるか考えるのが面倒なので、湖畔のライブバーで?ムカタ?(ジンギスカン鍋としゃぶしゃぶ鍋を合体させたような鍋で、肉、野菜、練り物などをジンギスカン風およびしゃぶしゃぶ風に食するけったいな食べ放題メニューである)を食す。

 野菜を取り分けていると、夕べ湖畔の東屋で会ったヨーロッパ娘に再会したが、なまりの強い英語が聞き取りにくいので、早々に自分のテーブルに戻った。

 ラーが一緒なら、さぞやにぎやかな食卓になるのだろうが・・・。

 弾き語りの歌い手が、なかなか頑張っている。

 カラバオ風のタイ・フォークソングに、ついつい聞き入ってしまう。

 酔いをさまそうと、湖畔の東屋まで歩いた。

 ライトアップされた仏塔を眺めているうちに、ラーに電話をかけたくなってしまった。

 彼女は、すでにオムコイの村に戻っていた。

 涙まじりの訴えが、頭の中で遠のいたり近づいたりした。

 ひとりであおるウイスキー・ソーダは思いのほか効きが早く、宿に戻ると倒れるように眠り込んだ。

      *

 今朝は、ファランの話し声で目が覚めた。

 シャワーを浴び、再び湖ほほとりを歩き、最後の参拝に出かけた。

 グイッティオ(麺類)を食し、久々に英字新聞をあがなう。

 10時にチェックアウトを済ませ、気持ちのいい笑顔に送られて宿を出た。

 水浴び場が広くて清潔な、いい宿だった(200バーツ)。

 10時半のミニバスに乗った。

 山越えになれた運転手の運転は、見事なものだった。

 4時に、チェンマイのアーケード(バスターミナル)に着いた。

 乗り合いタクシーを拾い、ウイワッに電話すると、宿に着く直前に彼の運転するソンテオが私の後方にぴたりと付けた。

 助手席には、3歳の娘がちょこんと座っている。

 宿に着くと、旦那とおかみと赤ん坊。

 隣りの食堂にいけば、同じく旦那とおかみと2歳の坊主。

 懐かしい顔に囲まれて、ビアチャン(象印ビール)をぐいぐいあおった。

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