古代日本の歴史を謎解き

パソコンが故障して、パスワードが分からず
旧ブログから引っ越しです。

神武東征~磐余彦尊(イワレビコ 後の神武天皇)

2020-06-13 13:09:28 | 歴史
無事天孫降臨を成し遂げたニニギの孫が
火折尊(ホオリ)海幸彦・山幸彦の神話に登場する
山幸彦で弟の方です。
イワレビコは、更に孫にあたり、兄に五瀬命(イツセ)がいます。

九州を離れて東の土地(近畿)に移動しよう神武東征のお話です。
古事記の上巻の中でも最も長いお話です。
簡単にストーリーの流れを紹介します。
事の始まりは
天祖の降跡より以逮このかた
今一百七十九万二千四百七十余歳。而るを遼邈なる地、猶未だ王沢に霑うるおわず。遂に邑
むらに君有り、村ふれに長有り、各自疆さかいを分かちて用て相凌躒せしめつ。
抑又はたまた塩土老翁に聞きしに曰く、「東に美地有り、青山四よもに周めぐれり。
其の中に亦天磐船に乗りて飛び降れる者有り。」といいき。
余謂おもうに、彼地は必ず当まさに以て大業を恢弘し天の下に光宅するに足りぬべし。
蓋けだし六合の中心か。
厥その飛び降れる者は、謂うに是饒速日か。何ぞ就きて都なさざらむや。

「ニニギが天孫降臨して179万年もたった!!
 この土地を離れて東へ行こう」兄イツセと共に船軍を建てて出航します。
出発地は、日向で、航路は
・豊国(ふこく)の宇佐で食事を振舞われる。
・筑紫の岡田宮(おかだぐう)で1年過ごす。
・阿岐国の多祁理宮(たけりのみや)で7年間過ごす。
・吉備国の高島宮(たかしまぐう)で8年過ごす。
・浪速(なにわ)の渡(現在の大阪湾)を過ぎ、白肩津(しらかたのつ)に停泊
下の様なルートで間違いないです。


ここまでは順風満帆、食料も武器も兵も十分だったでしょう。
しかし
浪速国の白肩津に停泊すると、登美能那賀須泥毘古(ナガスネビコ)の軍勢が待ち構えていた。
その軍勢との戦いの中で、五瀬命は那賀須泥毘古が放った矢に当たってしまった。
五瀬命は
「我々は日の神の御子だから、日に向かって(東を向いて)戦うのは良くない。
 廻り込んで日を背にして(西を向いて)戦おう」と言った。
敗戦ですね。一行は和歌山方面へ迂回しますが、途中で台風に合い
イツセらが海へ身を投げる事を無事、紀国の男之水門へ上陸
船は壊滅的な状態ではなかったのでしょうか。
日を背にして進軍するなら伊勢に上陸した方が良いと思うのですが。
瀕死の状態のイワレビコ一団
熊野の高倉下(タカクラジ)らを征伐して大和の宇陀を攻撃、国を立ち上げます。
目的地である磐余の弟師木(オトシキ)を帰順させて兄師木(エシキ)と戦った。
最後に、登美毘古(ナガスネビコ)と戦う。
そこに邇藝速日命(ニギハヤヒ)が参上し、天津神の御子としての印の品物を差し上げて仕えた。
白檮原宮で神武天皇として即位
※「ニニギおじさん、そんなに簡単に来れるのであれば、その方法教えてよ!!」って感じですね。
まあ、それはおいといて
お話の流れは
・出荷地は九州の日向(ニニギの天孫降臨も九州の高千穂で間違いないです)
・九州北部~瀬戸内海の国々は、イワレビコ一団を快く迎えてくれた。
・近畿の一族とは、全て戦争になり、苦境の状態まで陥る。
・和歌山の地方より徐々に進行し、武力で制覇
・兄イツセの仇ナガスネビコを倒して即位した。
こんな流れです。
ここまでが「古事記」の上巻に紹介されている内容です。

元々、天皇の正当性を主張する為に作成された「古事記」
ご先祖様が九州出身で武力で近畿を制圧したお話「神武東征」は必要なの??
ニニギの天孫降臨の地を近畿の山奥に設定して
徐々に周囲の国々が従ってくるお話にした方が良くない??
私が思う最大の不思議は
「神武東征」のお話が
なぜ必要だったのか??と云う所です。


以上で、「日本神話」のお話は終わりです。
大分、省略していますので詳しくはネットで検索してみて下さい。
次に、まとめという事で「目次」を準備しておきますね。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿