古代日本の歴史を謎解き

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弥生時代をざっくりと。。。

2021-08-12 18:48:59 | 歴史
縄文時代と古墳時代の間の弥生時代
始まりは明確には断定できません。
大陸文化が九州北部から浸透して
徐々に東へ、南九州へ広がります。
清の時代の徐福が大勢の若い人達を連れて
倭国へ亡命した事実がありますので
紀元前5世紀位が始まりでしょう。
弥生時代の終わりは意外と明確です。
卑弥呼の死
魏国の滅亡
いずれも3世紀中ごろの事実です。
・環濠集落
・銅矛文化圏、銅鐸文化圏が無くなります。

・鉄製武器が近畿まで広がっています。

祈祷信仰から武力の時代に変わったのが古墳時代でしょう。

弥生時代
九州北部は紀元前5世紀~3世紀中ごろ
近畿など倭国東側では
紀元前2世紀ごろ~3世紀中ごろ
かなりの幅があります。
そして、卑弥呼が女王になったとされる年代も
やや幅があります。
倭国大乱の収束の時ですが
2世紀後半です。
卑弥呼が亡くなった年ははっきりしています
247年です。
弥生時代が
中期は倭国大乱の時代(2世紀頃、約80年)
後期が卑弥呼女王の時代
後の時代の名前が
鎌倉時代、戦国時代、江戸時代ですので
この二つの時代に分けても良かったかもしれません。
但し、倭国大乱の範囲や
卑弥呼が収めた倭国の領域も定かに出来ませんので
文化的な側面で、弥生時代と表現されています。
2世紀中ごろに祈祷に関する信仰が無くなり
全国的に古墳文化に突入したことは間違いありません。
弥生時代の始まりと比べると
弥生時代後期には
日本列島の交流も盛んになっていたはずです。

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