朝、洗面所の鏡が少し汚れていたので拭き取った。ついでにその下の小さな棚も拭いた。きれいになった。気持ちもきれいになった気がした。何でもないことのようだが、何か大事なことのように感じた。
そうか。
日々、一つひとつのことをていねいに行う、ということか。
ささいなこと・細かいことは、生活に追われているとつい「(今は)やってられないから」と、そのままにしてしまう。わたしはそうだ。
でも、それってちがうんじゃないか、と思った。
多くの人は週5日働く。そういう人にとって特に毎朝は余裕がない。
例えばこんなふうだ。
お湯を沸かす、沸くまでの間に紅茶の茶葉をポットに入れる、トーストを焼く準備をする、沸いたお湯を注ぐ、トーストを焼いている間に牛乳を温める、ジャムなどを冷蔵庫から出す、トーストが焼けたらオリーブオイルを塗る、食べる、食べ終わったら歯を磨く、トイレに入る、整髪をする・・・・・
これらの動作はほとんど毎日、順番も、量も、時間も、時刻も変わらない。ほかのことはまずやらない。
仕事から帰った後も、朝ほど厳密ではないが、やることや順番は大体決まっている。決まっていること以外はやらない。例えば部屋の汚れが目についても休むほうが先である。
休日になると、することはまず疲れた心身を休息させることである。「お休みモード」になってしまうと、日頃気がついていても、ささいなこと・細かなことは後回しになってしまう‥‥後回しにしてしまう。
多くの人はこうではないか。
でも、それってちがうんじゃないか。
一つひとつのことをていねいに行う。
それにはまず気持ちの余裕が必要なのではないだろうか。
今ごろになって、こんな歳になって、やっと気がついたのだろうか。
歳はとりたくないと思っていたが、歳をとらねばわからないこと・気がつかないことがあるのだろう。だとすれば歳をとることも悪いことではない。 (8/11 記)