ひからびろ 3.0

密かに輝くラクダとビロード、ロバ。お願いだから、ひからびてほしい。

【翻訳】不協和音/性/騒音

2011-11-10 | 翻訳

《不協和音/性/騒音――電子音響音楽の物語(=歴史)の(再)構築》



1.イントロ

エレクトロアコースティックの歴史を考えてみると、歴史とエレクトロアコースティックの定義が必要になってきます。前者はここでの目的を超え出てしまいますが、後者は技術の理念と音楽への美学的なアプローチを含んだ定義となります。そういうわけで、技術の理念に関する歴史と、音楽美学に関する歴史を分析することで、エレクトロアコースティックにふたつの異なった歴史を見いだせるのです。つまり、不協和音の果たしてきた役割と、ノイズという概念とを、指標にすることで、ふたつの異なる歴史がそれぞれの過去とともにあらわれてくるわけです。



2.不協和音

ひとつめの歴史は前世紀の半ば頃にあらわれます。中心はコローニュのWDRスタジオ。ロベルト・ベイヤー、ヘルベルト・アイマート、ヴェルナー・マイヤー=エプラーあるいはカールハインツ・シュトックハウゼンといった人たちがこの歴史のはじめにいます。もちろんその起源をそれより前のパリに求めることもできますが、この時期はドイツで生まれようとしていたものが何だったのかについてだけ見ていきましょう。

先ほども言ったように、エレクトロアコースティックの歴史は、部分的には音楽への美学的なアプローチの歴史も含まれていました。このアプローチとセリアリズムは強力に結びついていて、そういう類の思考法だとか電子音響的な実践だとかは『Die Reihe』創刊号を見れば分かります。

セリアリズムはエレクトロアコースティックへの美学的なアプローチというだけではありませんでした。それは〈伝統楽器〉のための作曲とでも呼べるようなものの支配する文化圏において始まったので、1948年以降はダルムシュタット夏期講習の中心でした。そうして多くの器楽曲が生まれ、音楽的思考が育まれたのです。

セリー的な作業によって調性というルールとは完全に異なるルールで作曲ができるようになりました(まあセリー音楽だって調性というシステムから生まれたと考えられるわけですが)。そして調性は、西洋古典伝統の核でしたから、セリー音楽が「歴史外の」何か、新たな「始点(ゼロポイント)」と見なされるのは簡単なことだったわけです。

作曲家は、その前の時代の音楽との強い結びつきを持っています。セリアリズムは新ウィーン楽派から様々なアイデアを受け継いでるからです。しかし、ヴェーベルンやベルク、シェーンベルクだって、自分たちの歴史から多くのものを受け取っています。たとえば、絶対音楽という理念の強い影響とか、芸術における進歩という理念についての理解とか。

進歩という理念は、不協和音という概念と密接な関係にあります。これはアドルノによって発展させられたものです。彼は近代音楽が投げかけたものは感覚的な楽しみだけではないと言うのです。不協和音は、伝統的に、否定的な表現として〈他者〉の役割を担わされてきました。近代音楽はフェチ化されることを避けて、常に技術的な固定を否定し、音楽そのものとその〈他者〉との間の移動性を維持してきたわけです。

この新音楽の出現後の何十年間というのは、ゲオルギーナ・ボルンの表現を借りるなら「音楽におけるアヴァンギャルドの制度化」を構築する時期でした。この音楽の主な側面はアメリカやヨーロッパの音楽教育や研究へと延長されていったわけです。

不協和音の〈他者〉としての価値はポストセリーのエレクトロアコースティックの文脈が成長するにつれ、急速に弱まりました。すべてが商品として解される文化産業的な視点がこの現象につながったのではないでしょうか。



3.性

音楽は私たちと〈他者〉とを媒介するものと見なすことができるでしょう。性もまた〈他者〉と〈我々の他者〉とをつなぐ別のやり方と見なすことができます。

性も音楽も〈他者〉を自分の世界から疎外されていて、知らないままでなければならぬものを意味しています。〈他者〉との関わり方は抑圧とか支配、寛容といった言葉を想起させます。この〈他者〉は常に誤りとして現れるものですから、誤りの意味を調べれば、音楽における〈他者〉が発見できるわけです。

〈他者〉についての考え方が、どのようにして音楽と性の領域において変化するのか。スペインの作曲家アシールは自分の感受性が試されたのは、まず自分の伝統的な音楽の素養が無調音楽の作曲とぶつかった時だったという。これを彼は「聴覚的モラル」の変化と言い表し、スペインの社会の中でビキニを見かけ始めた頃と不協和音という現象への寛容とを比べたりもしています。音楽家の不協和音の概念を拡大する思考と様々な性的な振る舞いへの社会的承認とに進歩という理念が強力に存在しているというのも面白いことです。



4.ノイズ

もう一度言いますが、この歴史の始点は可動的なものです。シェーンベルクの音楽革新と平行して、初期の電子音響装置が普及し始めました。ラジオとかフォノグラフと呼ばれるようなものですね。多くの作曲家がこれらの技術が差し出す音響と音楽の理念についての暗示に耳を傾けないままでしたが、多くの芸術家にとっては音響と音楽の歴史における転換点でした。

これらのテクノロジーが芸術的に使われることでノイズに対する考えは変わりました。未来派やヴァレーズ、カウエルの作品を通じて起こったことは「解放」と表現できるかもしれません。しかし、音楽におけるノイズの存在は作曲家の名前だけで直線的に済ませられるものではありません。音詩や発明者の作品との交わりでもあります。ノイズは商業音楽においても重要な位置を占めています。それらは様々な形を取りながら、ひとつひとつが西洋音楽の伝統と多かれ少なかれ直接的につながっているわけです。

この数十年で新しい形の商業音楽が多く現れ、それすべてに共通する特徴を見出すのは難しいですが、少なくとも不協和音は、ここでは西洋音楽の伝統とは異なる役割を演じています。ノイズは、音楽との関係性において不協和音の代わりをつとめています。その意味で現代音楽における不協和音への寛容と、商業音楽におけるエフェクトのかかったギターや肌理のある声の許容というのは似たところがあると言えます。

この現象はノイズとのつながりから美的アプローチを構築したいくつかの商業音楽において特にはっきり見て取れます。ノイズのいくつかにつけられた用語にはコローニュで50年代に使われたものから引き継いだ技術を使った音楽の実践と様式を指すものもあります。西洋音楽は誤りから不協和音を生み出したのに対し、デジタル以降の音楽は誤りからノイズを生み出したというわけです。

しかし、先ほども言ったとおり、ノイズは西洋の文化の中で抑圧的に扱われてきました。ルッソロさえノイズを規律化したい欲望を示してます。彼はノイズにピッチを与え、基準値に合わせようとしたのです。「我々は多様なノイズにピッチを与えたいのだ。和声的に、律動的にそれを制御したいのだ」。マリー・シェーファーは「ノイズというのは無視することを学ばせる音だ」と書いてますが、西洋音楽の伝統は抑圧的な態度を取ってきたわけです。

〈他者〉の新しい限界に達しようとする欲望は、様々な性的音楽的実践において見出されます。たとえばポルノグラフィティは常に隠されているものを見せることで違反の形を表象しています。この意味で、革新というのは新たな限界、未だ手つかずの領域の征服という絶えざる探求だと言えるでしょう。



5.まとめ

〈他者〉は常に我々の恐怖の的や我々自身についての脅威を表象してきました。何かの境界を定めるとき、〈他者〉は絶対不可欠なものだったのです。

その意味で、音楽の伝統は〈他者〉という風に定義できるでしょう。

不協和音とノイズは常にふたつの異なる音楽的伝統の歴史を構築するというプロセスの中で抑圧され、表現されてきました。このふたつの歴史は、他者が抑圧されるのでなく、統合される瞬間のことと見なせるでしょう。この統合のプロセスは、〈他者〉が存在しうるすべての可能性を完全に破壊することを暗に意味しています。

結果として、不協和音は不協和であることをやめ、ノイズはもはやうるさくありません。これはこれまで存在してきた様々な歴史の終わりとして、あるいは語られるのを待っている新しい歴史の新しい始点として理解されるでしょう。




※本エントリは、Miguel Álvarez Fernández, DISSONANCE, SEX AND NOISE: (RE)BUILDING (HI)STORIES OF ELECTROACOUSTIC MUSICの内容を、ぼくの理解を深めるために簡単に訳し落としたものです。語学力に自信はありませんので誤訳が多々あるかと思われますが、勉強も兼ねているので文法の初歩のようなことでも突っ込んでいただけたら大変に有り難いです。
原文は以下のURLから閲覧可能です。
http://quod.lib.umich.edu/cgi/p/pod/dod-idx?c=icmc;idno=bbp2372.2005.088

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