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The Sword 第五話 (2)

2010-05-02 18:58:45 | The Sword(長編小説)
放課後、本調子ではない慶をつれて、施設に戻って、それから白金橋公園にたどり着いた。すると、昨日の犬がやはりベンチ下で丸まっていた。
「ずっと待っていたのか?」
約束の時間にはまだ間があり、犬はそのまま丸まっていた。和子を待っているのだろう。
『来てくれるなよ。面倒になるからな・・・』
一道の願いであった。それに、今度はどんな顔をしたらいいのか一道自身分からなかったからだ。いつまでも冷たい視線をし続けるのは疲れるというものだ。
「時間になった。犬!全てを説明してもらおうか?」
時間になったが和子は現れなかった。犬はのそのそとベンチから這い出てきて、歩き出した。
「おい!俺達の言葉は分かるんだろ?だったら教えろ!」
慶の問いかけに、無言であった。ただ、着いて来いという風に歩き続けていた。
車道は決して歩かず、歩道を左側に歩き続ける。澄ました顔で歩き続ける姿は少々、生意気にも見えなくない。
『あ・・・自転車だ』
そんな時に前方から自転車がかなりのスピードでやってきたのだが、左側にちゃんと寄って、その場でお座りをして行き違う。自転車が行ってから、また歩き出し、赤信号の時は待ち、ちゃんと青になってからわたった。
「盲導犬並みの賢さみたいだな」
「文字を書けるんだぞ。盲導犬以上だろ」
そのまま犬に着いて行くと、小さな山みたいな所に入っていった。草木が覆い茂っており、周りは木に囲まれており、薄暗い。何か出てくるのではないかと思えなく来ない。
「まるでお化け屋敷だな・・・」
「怖いのか?」
「怖いよりもだるい・・・」
そのまま着いていくとぼろぼろの物置のような建物を見つけた。上の方に窓があってそこから光が差し込んでいるが、ガラスは埃でくすんでいる為、物置内は非常に暗い。犬はその場でお座りをしていた。
「もしかして俺達を誘い込んでいるのかもしれないな」
一道は身構えた。
「だとしたら何の為にだ?あの犬は俺達を助けてくれたんだぜ?もし、あの犬の助けが無ければ俺達は死んでいたんだろ?だったらあの犬は俺達にとって味方じゃないか?」
「用心するに越した事は無いって言っているんだ」
「いちどー。俺にはお前が怯えているようにしか見えないんだけどな」
「怯えているさ。この先何があるか分からないってな。不調のお前と一緒なんだ用心に用心を重ねているだけだ」
周囲を見ながら、待っていると犬が傍にあった紙を加えて来て、同じようにそばにあったペンを咥えて、紙の前で首を動かし始めた。
「昨日みたいに何か書くという訳か?」
「一体、何を伝えていようとしているんだ?」
少ししてから書かれていく。手で書くのとは違って首を振るという動作の為、書くのは遅いがそれでも非常に小さな動きで書き慣れていると思わせた。
「変、わ、り、者、が、来、る、か、ら、待、っ、て、ろ」
「変わり者が来る?」
変わり者が来るというかその犬自身が相当変わっていると、二人は思う。そのまま暫く待っていた。
ドンドンドンドンドンドン!
「何だ!?」
物置の壁を激しく叩く音がした。反射的に、剣を伸ばして、ドアに向かって集中する。
「やはりはめられたってのか?」
いつ来られてもいいように臨戦態勢を整えていた2人。慶の剣は前と比べ短く心許ない。
ガラガラガラ!!
「!!」
突如として高さ2mぐらいの所にある小窓が開いて、そこには人影が見えた。逆光が眩しくて見えない。
「ハッハッハッハ!びびってる!びびってる!」
「な、何だお前は!」
「おお!おお!出してる!出してる!魂の剣をよ!」
『魂の剣?』
そう言って、窓近くに高く積み上げられたダンボールの上に乗った。一道と慶は剣を出したまま、身構えていた。
「俺の名前は、平 元気って言うんだ・・・おととと・・・」
窓に手を掛けて少しバランスを崩しながらもゆっくりと床に足を着いた。隙だらけという感じで、こちらを襲ってこようとしているようには見えなかった。
「よろしくぅぅ!」
ニコリと笑って手を差し伸べてくる20代ぐらいの男であったが、二人は身を竦める。
「何だよ。その右手から出しているものを仕舞えよ。別に俺はお前達と戦うつもりはねぇよ。単に、同じ力を持つもの同士仲良くしようって言っているだけだぜ」
そう言って、元気という男は剣を出してすぐに消した。元気が言うが、二人は困惑するだけで、何もしようとはしなかった。
「頼むからその物騒なのはしまってくれって言ってんだろ?包丁を持っている相手に交流出来る訳ねぇだろ?」
元気という男が言うとおり敵意は感じなかったので剣を戻す事だけはした。
「若いのにノリが悪いな。元気出していこうぜ?なぁ?」
状況が全く分からない二人は、お互い目配せするだけで、何も語らなかった。
『この人、どう思う?敵だと思う?』
『敵かどうかの心配よりも頭の方の心配してやった方がいいんじゃないか?』
「お前らなぁ・・・鈍いな~。俺が自分の名前でボケたんだから突っ込めよ。でないと俺が馬鹿丸出しじゃねぇかよ」
「・・・」
犬がサラサラと字を書いて紙を咥えて元気に字を見せた。
「お前のノリに着いて行ける訳がないだろうって?若いんだからフィーリングが合うと思っていたんだよ!だけどよ。あまりにもノリが悪すぎないか?それとも俺の事、信用できないか?」
言わずもがなという視線を送ると、元気は苦笑いしていた。
「何から言っていいのか分からないっすけど・・・俺は、羽端 慶って言います」
「自分は、武田 一道」
「ようやく、口を開いたけど、やっぱお前ら固いな。もう少しリラックスしていこうぜ?」
不自然なぐらいにニコニコしている元気という男を見て、未だ状況を把握できない。これから一つずつ解決していくしかない。すると、犬が字を紙に書いて、元気に見せた。
「お前らには聞きたいことが山ほどあるんだろう?なら、質問をしてくれ。それがお互いを知る一番の近道だもんな」
「じゃぁ・・・まず、あなた方は何者なんっすか?それで、何で俺達を助けたんすか?あんた達は一体どんな関係なんすか?それにこの剣は一体何なんすか?他には・・・」
慶の分からないという感情が一気に溢れた。かなり早口であった為、良く分からなかった。慶は言い終わって疲れきっている様子であった。
「慶、座れ。顔が真っ青だぞ」
「座ってなんかいられるか・・・」
「どこか悪いのか?」
「昨日、剣で斬られたんですよ。慶。話をするのなら座っていても大丈夫だ」
一道は近くの積み上げられた板の埃を払い、そこに慶を座らせた。
「一編に聞くなよ。何から答えていいか分かんねぇよ」
「じゃぁ・・・あなた方は一体何者なんですか?」
「俺の名前は、さっきも言ったように、平 元気っていう。歳は23で、自動車修理工場で働いている。彼女はいるぞ。こいつがなかなか可愛い奴で、コレが写真なん・・・」
「自分らはそんな事を聞きたいんじゃないですよ」
もぞもぞと写真を取り出そうとした元気が寂しそうな顔をしながら写真を戻した。
「色々、知りたいって気持ちは分かる。だが、まず落ち着こうぜ。でないとこっちも話しにくい。ジュースでも買ってくるが飲むか?」
つい熱くなってしまった慶は、元気に言われて少し冷静になる。
「どうして、俺達をここに呼んだんすか?」
「だから、さっき言っただろ?同じ能力を持つもの同士仲良くやりたいから呼び出したっていうだけだよ。別にお前達と戦おうとは思ってねぇし、第一、戦う理由がねぇじゃねぇか?」
「俺達は、人を斬りました。その家族とかなら、恨みを晴らそうと襲ってくる事は考えられませんか?」
「確かに、身内ならそう思うだろうな。だが、俺はそいつらの事をまるで知らない。オッサンが聞いていた話だな・・・魂の剣とかの話よりもお互いの事を知る方が先決だな。取り敢えず、俺らが魂の剣が目覚めた理由を教えてやろうかな?」
オッサンとは誰の事なのか気になったがその前に魂の剣というフレーズが気になった。
「魂の剣?」
「魂の剣だろ?人をコイツで斬ったってんなら分かるだろ?」
「それは・・・でも、俺達は剣って呼んでるっすよ」
「くぁ!ネーミングセンスがねぇなぁ・・・これは普通の剣じゃねぇだろ?だから、俺はこれを魂の剣と名付けた。何か重々しくてカッコいいじゃねぇか?」
「別に名前なんて拘る必要は無いと思いますけどね。武器でも道具でもないんですからね」
一道が口を開いた。金田同様、剣を何か武器か何かのように思っている態度が気に入らなかった。
「あ?名前の次の一言目がそれかい。暗い少年!」
冷たい視線を送る一道、お前が嫌いだという目をしているのは明らかであった。
「まぁ、お互い腹を割って話すのならまず自分が腹を割らなければな。では、聞いてください!平 元気の涙なくしては語れない不幸話!皆さん、ハンカチを用意してお聞きください!」
パッと手を広げてみせた。バラエティー番組かドキュメンタリー番組のような演出じみている元気が二人を不愉快にさせた。余計なぐらいにニコニコしているのが腹立たしい。これはテレビ番組ではないのだ。そんな事をやる必要は皆無だ。
「あれはもう10年ぐらい前の事でした。夏の暑い日に家族を連れて大塩川の上流で友達と一緒に遊んでいました」
急に元気がシリアスな顔になって話し始めた。そのギャップにぎょっとする二人。
「川遊びというのは面白いもので、友達と水を掛け合ったり、水中で魚と戯れたり、普段出来ない色々な事が出来る。それで、俺は川の流れに逆らって泳ごうなんて遊びを始めた。友達が次々と脱落して行って、俺だけになった。俺は自分が一番早いという事で得意になって、川の流れが最も速い所で泳ぎ始めた。そこは遊泳禁止だって事を知っていながら・・・川の流れが大した事ないように見えた。実際泳いでみて大したことはなかった。俺は、簡単に逆行する事が出来た。しかし、泳ぎ疲れて、苦しくなったから立ち上がろうと思ったら、足が届かなかった。それで何もしなくても浮くだろうと思ったら、流れがおかしいところで水中をグルッと回るだけ一向に浮き上がる事が出来なかった。苦しい状態になり息が出来ないものだから俺はパニックに陥って、溺れた。それから意識が遠のき、気がついたら俺は、少し行った下流の浅瀬に傷一つ無く流れ着いていた。それだったら、別に良かったのだ。だが、後で大騒ぎになっていた。何故なら俺が知らないところで溺れた俺を助けようとして、二人が犠牲になっていたからだ。二人とも大して泳ぎが得意でもないのに、人が溺れたという事でつまらない正義感で川に飛び込んだって話だ」
つまらない正義感。そうであったとしても元気を救おうとした意思は間違いなかったはずである。その言い方に嫌悪した。
「しかし、その結果、死んでしまった。1人はサッカーでエースストライカーだった高校生、あと一人は、若き会社の社長。高校生の方は全国大会に出場できるほどの実力を持っていた高校であったがエースが急に消えた高校はまるで山から谷から落ちるがごとく、弱くなり、弱小チームに敗北した。会社を興して間もなく、社員全員が燃えていた会社であったが社長の突然の死によって、会社は分裂し、そのまま倒産となった。俺というか当時未成年だったから俺の家族に対して裁判も起こしてきた。だが救助する義務が無い二人が飛び込んだ事で不幸にも亡くなったという不慮の事故として何の責任もないと言う判決が下った。それはパッと見では素晴らしい結果であるように見える。しかしそれが地獄の始まりだった。夢を打ち砕かれ、それでその補償も受けられないという事で、高校の奴らや会社の奴らの怒りの矛先は俺や俺の家族に向けられた。無言電話は当たり前、家に卵を投げつけられ、お前が死ねばよかったという手紙が送られてきた。両親もノイローゼになって、親からも俺はあの時、溺死してくれればよかったといわれた。俺の頭はおかしくなる寸前だった。その直後決定的な事件が起きた。何が起きたと思うよ?」
「わ・・・分からないっすね」
「家を放火されたんだよ。それで、弟が死んだ。家族にも疫病神だと言われた。その時、魂の剣に目覚めた。そして、火事の現場を見に来て笑っていた奴らを俺は人を斬った。重傷を負わせて、そいつにとどめを刺そうとしたんだがその瞬間、頭の血管がキレちまって、そのままぶっ倒れて入院する事になった。全くさ・・・無駄死にで文句言われて人生狂わされて冗談じゃねぇって・・・」
「・・・」
あまりの衝撃的な出来事に言葉も出ない二人。しかし、話した元気のほうは至って元気である。それがまるで、他人事のように思わせるほどであった。
「おい!どうした!泣けよ!悲劇の男、平 元気って言ってな!ハイ!ハンカチも貸してやる!」
予め用意していたのか、ポケットからハンカチを渡して、二人に渡すが何も答えなかった。
「何だよ。折角、涙、涙の話を聞かせてやったってのに拍子抜けすんなぁ~。嘘泣きでもいいから泣けよなぁ~」
「それって、本当の話なんですか?」
「当たり前だろ?架空の話とかドラマの話でもパクっているとでも思ってんのか?正真正銘、俺に起こった出来事だ。我ながら泣けてくるぜぃ。テレビとかの悲劇の話を募集していたら間違いなく採用だな。うんうん」
胸を張って言っている姿に、信じられなかった。痛々しさも伝わってきた。
「じゃぁ次、お前、話してみろ。これまでの不幸話と魂に目覚めた理由を・・・この中で誰が一番不幸かって決めたら面白そうだな?ハッハッハ!」
元気は近くにあったダンボールの上の埃をサッと拭いてから、そこに座って膝に肘を付き、手に顎を乗せて慶の方を向いて笑顔で目が輝いている。興味津々のようだ。
「不幸話って・・・」
「魂が目覚めるには取り敢えず、不幸でなければならないっていう条件があるみたいなんだよ。それで、目覚めるような事件が起きた時に魂が発動するんだよ。お前ら他の一般人に比べたら不幸だろ?それが分からないって言うんなら生い立ちを教えろ。その中に100%不幸な要素がある!だからお兄さんに言ってみ?な?」
「面白半分でいえるもんじゃないですよ!あなた頭どうかしているんじゃないですか?」
「確かにどうかしているだろうな。でもよ。辛い事があったら笑い飛ばせるぐらいにならないと一生、それに引っ張られた生き方をしなければならねぇ。今までこれでもかってぐらい不幸になったんだ。これから幸せになったっていいじゃねぇか?暗い顔をしていたら幸せだって逃げちまう。だから、俺は笑うんだよ。俺は不幸でしたってな!そうしたら幸せは寄ってくるっつ~もんよ」
初めて説得力があることを言った元気に、心打たれた。知らぬ間に笑顔になっている慶がそこにいた。一道は涼しい顔をして聞いていた。
「だから、お兄さんに言ってみ?気が楽になるぜ。お互い不幸者同士、気を遣う必要も無いだろ?なぁ?」
さっきまで何もかもを笑いものにしている笑顔が、今では不思議と親しげで優しいものに感じられるようになっていた。
「その魂の剣の発言とは無関係ですが俺の不幸話と言ったら、親父がお袋を殺したんすよね」
慶の話。知っている人間と言えば、一道と施設の院長ぐらいだろう。一道に言ったときは顔を歪ませ、まるで、体の激痛を耐えているほど辛そうに話していた慶が自ら話そうとしていた。その変化が一道には驚きだった。
「原因はお袋の浮気だったんすよ。当時、幼かったんすけど、そのときの様子は鮮明に覚えていますね。ある日、お袋がいつものように俺を寝かしつけたんすけど、俺はそれから目を覚ますと、知らない男の声がしたんすよ。薄いドアの向こう側でしたから、何やらゴソゴソと衣服がこすれる音がして何だかお袋とその男の押し殺した声も聞こえてきました。恐らく、やっていたんすね。そうしたら、父親がたまたま帰ってきたんすよ。壁の向こう側で、今まで聞いたことの無い怒鳴り声、いや、悲鳴だったですね。親父が大声を上げて近くにあった棒か何かで殴っていたみたいっすね。ガゴッ。ドカッって数回聞こえた後に、ビチャって何か液体を含んだ音に変わってました。俺は布団をかぶって震えていたんすよ。それで、俺は、音が無くなったのでどうなったんだろうって思って、見なければいいのに恐る恐るドアを開けてしまったすよ。そうしたら、見る影も無くなった二人のめちゃくちゃにされた体と、呆然と鬼のような顔で立ってブツブツと呪文を唱えているような親父がいたんすよ。全身からは血が滴り、赤鬼とまで思わせるほどでした。それから、親父は刑務所に送られ、俺は身寄りが無く、施設に入れられて現在に至るっす」
「・・・。そうか・・・お前も、辛かったんだな・・・」
それから剣を発動した理由も説明する。さすがに、元気も笑う事はせず、黙って慶の言う事を聞いていた。
「じゃぁ、次、アンタ。犬の話を聞きたいだろうけど、お楽しみは最後に取って置くって事でね。名前は、みちかずって言ったか?」
「一道です。では・・・」
一道は生い立ちを話始めた。父親は蒸発して、母親は一道の出産の際に亡くなり、魂が自分自身に乗り移っていると言う事も・・・ただし、剣の二刀流の事は言わなかった。もしこの元気が敵に回った場合、こちらの情報は少しでも知らないほうがいいと思ったからではあるが、犬には見られてしまったので、完全に知られていないと断定できるわけではない。
「母親がお前の肉体に!?何だよ。ここにも似たようなケースがあったって訳か・・・」
「似たような?」
「あ!まぁ・・・色々なケースがあるわな。で、犬の話を聞くか?」
「ああ・・・一番気になるのはそれです。そして、そんな犬が俺達を助けたのか?」
「じゃ、どうぞ!オッサン!」
おっさんと呼ばれると犬は巨大な模造紙を引っ張ってきた。
「広げてみ?」
「これに書かれているとか?」
「そう言う事だ」
二人は広げてみた。するとびっしりと、模造紙に字が書かれていた。字は大きめで汚かったがペンを咥えて字を書けなんて事は誰にだって難しい事だろう。
「俺の名前は福西 鉄夫。46歳。犬の方はポチと言う。歳は6歳以上。歳が分からないのは野良犬をうちで飼い始めて6年だから6歳以上だ。俺達は、何の問題なく生きてきた。あの日が来るまでは・・・俺は、ラーメン屋を営んでいた。決して大きい店ではないが繁盛して来て、順風満帆という時であった。そんな時に、奴が現れた。狩楽 育人(かりがく いくと)。商売柄、いろんな人と接する事がある。客や仕入先とか沢山だ。そんな中で、融資の話が持ち上がった。二号店を作ろうと思っていた矢先の話だった。300万という大金を融資してくれるという話になって俺は喜んだ。だが、それが間違いだった。経営が上手くいって有頂天になって奴という男をロクに知りもせずに金を借りちまった俺の浅はかさだった。2号店が出来て数ヶ月ぐらいが過ぎたころだった。近くで色々な人の謎の失踪事件が多発した所為で客足が遠のき、赤字続きで、2号店を手放さざるを得なくなった。そしてそんなタイミングが悪いときに、また奴が現れて急に返済の話を持ち出してきた。出来ないと断ると、奴は本性を表した。温和だった顔からまるで鬼のような顔になって、返済を迫り続けた。奴は暴力団ともつながっているようで、順調だった1号店にも顔を出すようになって客はいなくなってしまった。店をたたまざるを得ず、俺には多大な借金を残して、家族とも離婚する事になってしまった。俺には何も無くなっちまった。そんな時に、奴が自宅にフラフラと現れた。そこで奴は俺にぬけぬけとこう言った。
『ラーメン食べさせてもらえませんか?』
俺は奴を殺そうと包丁を手に取って迫った。しかし、奴は魂の剣を使ったのだ。そして当時の俺はそんな剣が見えずただ素手で向かってくると思った。だからそのまま斬られた。意識が朦朧とする中で奴は、俺の近くで猛然と吠えるうちの愛犬、ポチを斬ったのだ。そして、奴はポチの俺の胸の上に寝かせ
『フフフッ・・・今のとても良かったですよ。ここまでお膳立てした甲斐があったというものです。これは私からあなたに贈る最期の情けです。愛犬と共に天に昇ってください。フランダースの犬のように・・・それではさようなら・・・』
遠くなる意識の中で俺は、犬の名を呼び続けた。そうして気がつくと俺は犬の肉体の中に魂を宿していたのだ」
犬は伏せた状態で硬く目を閉じて身を震わせていた。
「ひでぇ奴だ・・・その狩楽って野郎は・・・」
「何もかも仕組まれていた事か?」
「続きを読むぞ。あと少しだ。俺はその後、奴を追って、奴を殺すためだけに生きてきた。探しても見つからんのだ。この近くにいるという事は分かっているのだが・・・」
犬が真剣な目をして頷いていた。
「こちらの言葉は分かるのに、何で、喋れないんすか?」
「犬と人間の声帯は違うからだろうってオッサンが言っていたな。耳の方も人間の音域と犬の音域が違うから声を完全には聞き取れないって言っていたけど、聞く分には不自由しないらしい。そういや、人間には聞こえない音が聞こえるって言っていたな。それはともかくオッサンは喋れないから会話は主に筆談って訳だ。面倒でしょうがない」
「二人がそういう理由で剣を発動できると言う事は分かったっすけど、それでどうして俺達と助けたんすか?鉄夫さん?」
「犬からすれば間 要って奴を見つけ出すためだろうな」
犬は首と右前足振った。その光景はどことなくコミカルであり可愛いと思わせた。
「違うのかよ」
頷く犬。そして、犬は何枚かある模造紙の中から③という字が書かれた紙を咥えた。
「その話は模造紙に書かれているようだな」
「予めどんな質問が来るか予想していたって訳ですか?」
「だから、1日猶予をもらったんだろ?」
「そういう事ですか・・・」
確かに紙に書くなんて作業をしていたら手で書いていても時間が掛かる。だからこそ、この犬は会うのは次の日と言ったのだろう。


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