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The Sword 最終話 (19)

2011-02-19 20:07:09 | The Sword(長編小説)

今、出している音は彼女のうちにあった電子レンジと同型のものである。記憶を呼び覚まされるのは仕方ないといえた。
「お前、やめやがれ!人の一番、触れて欲しくない所をほじくり出すみたいな根性捻じ曲がった事をよ!」
「イッイッイッ。折角、調査したのだから試してみるのは実験者として当たり前の事だよ。欲を言えば脈拍、血圧、脳波などを測ってみたいところだ」
「てめぇ!遊びじゃねぇんだぞ!人間なんだぞ!女なんだぞ!今、苦しんでいるんだぞ!それが男のやる事か!」
「女性のデータが必要となれば嫌でも女性には協力してもらわなければならないだろう?では、被験者が女性の場合は実験者も女性の方がいいのかい?」
淡々と話す田町川という人間。この男は、他人を何とも思っていないのだろう。実験に慣れすぎてしまったのか他人の苦痛を見ることに対する耐性が付きすぎてしまっている。物と同等。だからこそ、悠希が苦しんでいる姿を見ても眉一つ動かさない。
「やっている事が人間じゃねぇよ!お前!」
「私は生物分類からしても人間。君も人間。我々人間に含まれる臓器や骨、皮などの成分は皆、一緒だよ。違うのはそれらの重量とその多少の比率と後は考え方の差異。それだけだよ」
「お前と一緒すんじゃねぇ!」
「イッイッイッ。さて、次の実験に移ろうか?」
「これ以上、悠希を苦しませるな!」
「イッイッイッ」
ポケットから別のリモコンを取り出して即座に押した。
「きっ!さっ!まぁぁぁっ!!」
そこにあったモニターに電源が付き、パッと画面が切り替わった。何もない部屋に椅子が1つ置いてある。どこだと思うとその椅子に座る人物。一人の中年女性が現れた。
「!?」
「これって・・・もう撮れているんですよね?」
中年の女性がカメラに指差して撮影者の方に聞いている。それが妙にリアルでこれが演技では無く素のままである事を一層、感じさせた。
「元気?話は聞いたよ。散々うちに迷惑をかけたというのにそれでもまだ飽き足らないのかい?いい加減勘弁してくれないかい?病院を襲撃するなんてどれだけ私達に迷惑がかかるか分かっているでしょう?」
そこに登場したのは誰あろう元気の母親であった。ここ数年、完全に一切連絡を取っていない。引っ越した事でさえ両親には伝えていなかった。ここ5年ぐらい顔も見ていない。だから更に老け込んだようにただ、家を出る時はやつれた感じがしていたが今はふっくらとしており血色がいいように映った。
「以前の嫌がらせもようやく終わってホッとしていたというのにまた同じ事を繰り返すのかい?アンタ、もう良い大人でしょうが?自分の行動に何がつきまとうのか自覚しなさいよ。それでどれだけの人が悲しむのか、辛い目に遭うのか。アンタだって一番分かっているでしょう?私はもう、死神の母親なんて言われたくないんだよ」
「その再生、やめやがれ!!」
元気は再生中に田町川に対して叫んだ。
「君に対して、血を分けたご家族の心を込めた切実なビデオレターですよ。ご子息である君には最後まで見届ける義務がありますよ」
「ふざけんなぁぁぁ!」

確かに家族には多大な迷惑をかけた。しかし、それは過失でしかなかった。どうしようもなかったのだ。自分が川で溺れ、そんな自分を助けようとした二人が死に、偶然、そこにあった川の岩にしがみつき自分だけが助かった。溺れている時に『助けて』と叫んだがそれは咄嗟に出てきた言葉であり、そんな結果になろうと夢にも思わなかったからだ。もし二人が死ぬと分かっていたのなら助けなど求めなかった。それから起こった仕打ち。助けようとした方の遺族の執拗とも言える嫌がらせの数々。最初は大丈夫だと励ましてくれたがあまりに厳しい嫌がらせに嫌気を差した家族は元気に対し、見捨てて冷たくあしらった。その心変わりを見てきた元気は一番の味方の裏切りに絶望し、家を飛び出した。その事でソウルドが発動したのだった。
「もうお母さん、また同じ事になったらあの時は今より若かったから何とかなったけどもう年だからきっとお母さん死んじゃうわ。もう本当にやめて・・・本当に・・・うっうううっぅぅ・・・」
当時の事を思い出したのか母親は泣き出し始めた。その横から若い女性が現れた。
「くっ・・・」
「アンタ、もう本当にいい加減にしてよ!あの日から私の人生はめちゃくちゃになったんだから!あの日まではずっと順調でみんな幸せだったのに・・・それをさぁ!」
平 友香。元気の妹である。事件前までは『お兄ちゃん』と慕ってくれていた可愛い妹であったが事件以後は兄ではなくまるで疫病神を見るようになっていった。
「今すぐこのビデオ、止めろ!でなければお前をぶっ殺す!」
「真心が篭った良いビデオではないか。イッイッイッ」
「ぶっ殺す!!」
元気自身も意識して話している訳ではないだろう。今の心境を話しただけ。だからこそそれだけ動揺しているのは誰の目にも明らかであった。元気は田町川に向かって走っていく。
「・・・」
秋川は棚にある小瓶の蓋を開けて、元気に投げつけた。元気は小瓶を避けたが小瓶の中身である粉が周辺に拡散していたのでそれをモロに浴びてしまった。
「ぬ!ぶぇぇぇっくしょん!」
バタァァァッ!
元気はくしゃみをすると同時に元気は派手に転倒した。
「安心したまえ。これはただの胡椒だよ。多めに唐辛子が含有してあるがね。成分としては胡椒1に対して唐辛子4という所だ。辛いだろうが人体には無害さ」
「ぐぅ・・・その再生やめやがれ!」
鼻だけでなく目にも大量にも浴びてしまったので固く目を閉じ、鼻水も溢れていた。
「目は見えなくとも耳は聞こえるでしょう。懐かしい家族の声が」
「悠希!聞こえるか!悠希!コイツを油断しているコイツを倒せぇぇ!」
「彼女は今、それどころじゃないよ」
電子レンジの音はまだ出ているので、未だに彼女はガタガタ震えているだけであった。田町川はそう言いながらビデオの音量をリモコンで上げてから再生ボタンを押した。何と、男は元気が向かってきている時に一時停止ボタンを押していたのだ。再び、ビデオが流れる。すると、今度は中年の男が現れた。そう。元気の父親である。
「元気。ずっと連絡もしていなかったからお前は知らんだろうがもう4年前に俺の親父が死んだんだ」
別に元気は別におじいちゃんっ子ではないのでそれほど気になる事はなかった。いつもしかめっ面で悪い事をすると無言で引っぱたいてくる怖い祖父であった。お年玉も何歳になっても毎年1000円というケチ振りの為、孫達は煙たがっていた。
だが、それから父親の口から語られる事実に元気は胡椒ではない涙を禁じえなかった。
「親父はお前が好きだったんだぞ。お前だって知っているだろ?二人の方の慰謝料は親父の財産だったって事はな。それはただ金だけで見ているんじゃないぞ。親父が死んだとき、遺言が見つかったんだ。その遺言は俺ら子供達の遺産の分配だけが淡々と書かれてあるだけでそれ以外の事は何も書かれてない極めて親父らしい物だった。遺書はそれだけだったがな。その後、遺品を整理していると親父が書いた何冊かのノートが見つかった。日記・・・正確には日記ではないかも知れないが日記らしき物だ。そこには箇条書きで1日に起こった出来事が1つ1つ書かれているんだが、その時の感想や心境については一切、書かれていないんだ。例えば1975年3月4日、平 元気誕生。男の子。たったこれだけの記述だ。歩いた日。喋った日。何月何日に何があったかそれだけの無愛想な親父らしいものだった。恐らく、自分が死んだときにでも誰かにこのノートが読まれるだろう事を考えて何も記さなさなかったのだろう。だが、親父のお前に対しての気持ちが実に良く伝わって来るものだったぞ。何でかっていうとな・・・親父のノートで特に多かったのはお前が幼稚園児だった時のものだ。小学生ぐらいからお前は親父を敬遠していたからな。それ以降の日記にお前はあまり出てこない。そのお前が幼稚園児だった1979年にお前が親父に何を言った。何をした。仔細に書かれているのだ。『おじいちゃんバイバイ』というたった一言さえもだ。そして、何より愛情が表れていたのがな。その辺りのページだけが他のページとは比較にならないほど汚れていてくしゃくしゃになっていた事だな」
元気が震え始めていた。
「嘘だぁぁぁ!こんなのはでっち上げだぁぁ!そうだ!そうに決まっている!!」
「とてもいい話ではないですか?私も始め聞いた時思わず目頭が熱くなったものですよ」
そう言う田町川の表情は相変わらず真顔のままだ。
「くそぉぉぉ!!ふざけるなぁぁぁぁ!」
目が痛くて瞼を開けられない。立ち上がる事は出来たが秋川の場所は分からない。声のする方向だけが何となく分かるだけだ。
「今すぐやめろぉぉ!」
この田町川が許せないのはこちらのトラウマになっていることを突いてくる事だがそれだけではなかった。今の状況は圧倒的優位にも関わらず決定的な攻撃をしてこない事だ。再び一時停止して口を開く。
「君の家族だろうに。他に無いたった一つの家族。何故そこまで頑なに拒絶するのですか?家族が君を見捨てたからかい?違う。捨てたのは君だろ。逃げたのは君だろ。イッイッイッ」
再生ボタンを押して家族が話し始める。
「どういう事情があるかは知らないけど元気。バカな事は本当、勘弁してちょうだい。私、あの時はまだ若かったから良かったけど・・・もう若くないんだから今度同じ事になったらきっと私、死んじゃうわ」
「そうよ!アンタ、今度はお母さんを殺す気?私だって同じつもりなんだから!苦しい思いをするのも苦しんでいるお母さんを見るのも嫌なのよ!」
「二人とも興奮しすぎだぞ」
「だって・・・」
「元気。あなたが辛い時に酷い事を言ってしまってごめんね。みんなおかしくなりそうだったのよ。本当にごめんね」
「今度、一度、帰って来い。前の事もあるからすぐに歓迎する事はまだ難しいかもしれないが顔ぐらい見せてくれたっていいんじゃないか?お前にも彼女が出来たって話じゃないか?先生方も早まった事をしなければみんな許してくれるという話だ。とてもありがたい話だ。だから、コレを一度ねじ切れそうになった家族のつながりの修復のきっかけにすればいいんじゃないか?なぁ?元気。それじゃ・・・会える日を楽しみにしているぞ。な?」
「アンタなんて・・・」
「友香。以前のようにお兄ちゃんって言ってあげたらどうだ?」
「お・・・おにい・・・ダメ!無理!」
「そうか・・・急ぐ事もない。ゆっくりやっていこう。それじゃぁ、元気」

ビデオレターはそこで終わってその後は走査線が表示されていた。
「お前らみんな虫がよすぎるんだよ!散々ひでぇ事を言って、やって来て何が帰って来いだ。結局、お前らは自分達に危害が及びたくないから情で訴えかけるなんて姑息な手を使っているだけじゃないか!帰って来いだと!?そんな事を言うぐらいならお前らから来れば良い話だろうが!結局、お前らは自分達の事しか考えていないんだ!」
「イッイッイッ・・・」
「こんな茶番を仕掛けたお前だけは・・・お前だけは・・・」
一歩踏み出そうとするが体が震えた。どうやら、今のビデオで興奮しすぎた為か魂がより抜けてしまったようであった。
「やはり君はご家族のご厚意を無為のするのだな。一度、失ったものをこれから取り戻す事だって出来るかもしれないというのに・・・なんと言う親不孝」
「うるさい!!わかったような事を言いやがって!一度、粉々になったものが元通りになるわけなんてねぇんだ!」
そのようなやり取りをしているうちに薄目であるが開けられるようになってきていた。それを気付かれないように目を押さえながら田町川に近付いていく。
「俺達だけがここに来る事を知ってこんな物を作っていやがって、変態どもが!」
「そんな事は我々とて予測できるわけがない。だってあなた方二人だけではなくちゃんと全員分、用意したのだからな」
「!?」
「知りたいかい?まず武田君なら羽端君。彼は武田君と戦いたいがために放送を入れていたが一応、ビデオレターを撮っていたんですよ。なかなか良く撮れてますよ。彼を苦しませるように『裏切り者』『お前の所為だ』って何度も言っていました。次にその武田君の片思いの相手の帯野さんは、強姦未遂をした西黒さんのボディを持つ人を下に向かわせました。何も記憶に無いという話ですが本人登場となればきっと思い出すのではないかと思ったのでね。それと、田中さん。藁木さんが娘さんと接点があると言う事で一緒に下に向かわせました。後、残っているのは笹森君ですか?彼の兄を殺した要さんと会ったはずです。そしてもう一つお兄さんのボディはあなたもご存知の通り病院内にいるからちょっと呼べばすぐにでも連れて来て貰えるだろうな。ですから、仮に全員ここに集合してもトラウマを提供する事も可能だったんだよ。あ、忘れてました。こ悠希さんと一緒にいた一条君のご両親のメッセージをあります。どうですか?この機会にみんなのトラウマを追体験してみるかい?イッイッイッ」
田町川は臆することなく当たり前の事のように言っていた。彼らは用意周到であった。そして、自分達の研究の為に他人を苦しめようとする発想は極限に高められていると知れた。
「ウッ!!」
元気はあまりの気分の悪さに吐き気を覚えしゃがみ込んでしまった。怒りと共に、そこまで人の黒さを真っ黒に出来るものかという逸した感覚に同じ人間として考えた時、不快感や拒絶感が全身を支配した結果であろう。
ベッ!
その場に唾を吐いた。血などはついていない。ただの唾であった。
「許さねぇぞ。断じてっ!」
一歩、前に踏み出そうとするが体の反応が鈍かった。思った以上に、傷が深いらしい。怒りの感情で自分の状態を忘れていた。
「悠希。俺は殆ど動けねぇ・・・お前が何とかしろ。そのトラウマを乗り越えろ。でなければ、お前はこんな音ぐらいで一生苦しめられるんだぞ」
「はぁっ!はぁっ!ううっ!」
音は周期的に鳴るようになっている。音が止んで、一息というところであったが全身が青くなり、涙や鼻水や涎を少し垂らしている。女性とは言えない姿であったがそれほどに苦しめられているのだろう。
「その罪悪感は死ぬまで消えない。君が殺したんだよ小さくか弱く可愛らしいミミちゃんをね。その事実は死んっっっっっっっでも消えないよぉ・・・イッイッイッ」
再び、音が鳴り始めると同時に、悠希はまた耳を塞いでしゃがみ込んでしまった。
「・・・」
悠希の小さくなって震えている姿をしみじみと見る元気。田町川と対峙する元気。
「覚悟は出来た」
元気は、両の拳を握り、歯を食いしばり、全身に力を込めた。
「ぬぅぅあああああああああぁぁぁ!」
心を奮い立たせた。そして、田町川をにらみつけて、走り出した。だが、元気自身の傷は深く不恰好で遅かった。田町川は前に出ながらソウルフルを構えて、撃った。狙いが甘かったのでかすることさえなく避ける事が出来た。
「これでッ!」
接近した瞬間にソウルドを発動し、隙だらけの田町川を斬り付けた。狙うはわき腹である。
バジィィィィ!!
「!?」
狙いは完璧だった。だが、激しいスパークに見舞われた。それに驚いて身を少し引こうとした。その瞬間であった。田町川の手のひらが輝いていた。それはソウルドのようだった。
「ウッ!」
そのソウルドで元気は撫でられるように右腕を触れられた。転がるようにして後ろに下がった。
「何だよ!今のは!」
脇腹を完全に斬ったつもりであった。なのに弾かれた。どう考えてもあの異質な体形に何か隠しているのだろう。そして、触れられた箇所から魂が吹き出していた。まるで削ぎ取られたかのような傷であった。
「くぅっ!一体、何なんだ!それは!答えろ!」
田町川はニヤリと笑みを浮かべたまま無言で背後の机の上に乗っていたバイクに乗る際かぶるフルフェイスのヘルメットぐらいのものをかぶった。恐らく、ソウルド発生器を全身に発生させるようなものだろうと元気は思った。
『全身バリアに包まれていちゃ、こちらのソウルドはどうにもならないじゃないか・・・どこかに穴はあるのか?』
絶望感に包まれていた。
「他には物理的にやるぐらいの事か・・・」
港が持っていた竹刀を持って来れば良かったと思った。だが、仮に持ってきたとしても満足に震える元気がまだ残っているだろうか?
「もう・・・方法を考えている時じゃねぇな・・・はぁ・・・はぁ・・・」
田町川は元気が何をするのか待っているような状態であった。ヘルメットをしているのでその表情をうかがい知る事は出来なかったが、積極的にこちらに向かってくる様子が見られない所を見るとこちらを待っているのだろう。
元気が近付くのを見ると田町川もまた歩き出していた。すると、腰に付けてあるソウルボムを外し、安全ピンを手にかけたまま歩いてくる。投げたソウルボムを跳ね返したとしても田町川はソウルドスーツで身を固めている為に無傷ですむだろう。
その時、元気は小さなバッグの中に入れていたペットボトルの蓋を開けて中の液体をぶちまけた。
液体はバッと広がり、田町川やウームやそれに接続されているパソコンにかかった。
「何だ?薬品!?」
田町川はヘルメットを軽く外し匂いをかいで見た。
「お前!正気か!ここは病院だぞ!」
自分がやっている事を本当に異常だと自覚しながら人間などいないだろう。自分達がやっている事は棚に上げて元気がやった事を非難した。
「だからここまで使わずに来たのだろう!」
元気が撒いたのは灯油であった。資料などは紙が多いだろうからその情報を破棄するには破くよりも燃やすのが一番確実だと思った結果であった。勿論、病院で使用するべきかは議論がされたが場所を限定して使うと言う事で容認したのだ。元気はジッポを取り出した。まだ火はつけていない。火災探知機によって火を感知され、スプリンクラーに起動されては使えなくなるからだ。火を放つ直前で無ければならない。それに悠希にも危険が及ぶ。
「ならば、すぐにでも死んでもらうしかない!」
田町川は安全ピンを抜いて近付いてくる。だが、ソウルボムを手放す事はしなかった。握り締めたままこちらに向かってくる。
「アホか!自爆するつもりかよ!」
元気は反射的にソウルドを発現し、斬りかかろうとした。田町川はソウルボムをこちらに向けた。
ガツッ!
「!!」
ソウルドに田町川の気をそらせた瞬間に、蹴りを出した。ソウルボムが当たって手から離れて転がった。元気は動いて、ソウルボムから田町川の後ろに動いた。
ゴブゥ!
広がりは部屋に入った時に投げたものとは違い、その大きさは倍以上であった。その爆発範囲に元気も入ってしまった。
「ぬぐっ!」
いくら田町川の後ろに回ったとは言え、完全にその爆発から身を隠すには至らず、田町川の体から出ていた部分が削がれた。
「フン!」
爆発に一部巻き込まれ緩んだ元気の手からジッポを奪い取り、投げ捨てた。
「イッイッイッ!これでお前の切り札は何の意味もなさない!」
元気は田町川の腰部に付けられていたソウルボムを外し、安全ピンを外していた。
「無意味だ」
ヘルメットのバイザー越しに田町川の笑みが見えた。
「そうかい?」
その田町川の気の緩みが元気に襟を掴ませた。
元気が思いっきり引っ張ると襟が伸びた。その中にソウルボムを放り込んだのだ。
「お前ぇぇぇぇぇぇ!なんて事をぉぉぉ!!」
襟から出そうとするが既にソウルボムは腹部まで落ちてしまったので取り出しようが無かった。このソウルスーツは全身を完全に覆わせる為に一部剥がれるようなボタンやチャックなどは付けられておらず全身タイツのように襟から足を入れて着る仕組みとなっており、襟部分の伸縮性はかなりのものとなっていた。
ゴブゥ!
田町川はソウルボムを必死に取り出そうとしたがどうする事もできずその爆発の爆心地に身を晒した。
「うおおおおおおおおおおお!!」
田町川は必死にヘルメットを外そうとしたがスーツの襟部分に引っかかって外れなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
悲鳴、絶叫、今だかつて聞いた事がない人間の声を発しながら何と田町川は壁にヘルメットを叩きつけていた。通常ならばあれほどソウルボムから近いところで爆発を受けたのなら即死するはずであったが田町川は激しく動き回った。転げ回り、立ち上がったかと思えば壁を殴り、そして叫ぶ。首元から魂がチョロチョロと漏れるように出ていた。
「何が・・・あった?」
ソウルボムの爆発を受け、彼の魂はめちゃくちゃになった。だが、その魂はソウルスーツによって外に放出される事なくとどまった。しかもそれは別人の魂が炸裂したのだ。一つの体の容量に別のめちゃくちゃとなった魂が二つ。高圧状態で混ざり合う事はない。お互いに反発し、拒絶し合う。そんな精神汚濁によって伴う激痛。それは想像を絶するものであった。その暴れまわる姿を見れば分かる。それは、かつて悠希が電子レンジにかけたうさぎの動きと同じであった。だが、そっちよりも長時間で意識があり続けた。
スーツの上に羽織っていた白衣を脱ぎ去り、壁に体を叩きつけながら、ついに部屋を出て行ってしまった。元気に、その後を追う余力はなかった。


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