部員日誌

報徳学園吹奏楽部の日々

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ごめんなさいm(__)m

2013-09-15 18:42:36 | 日誌

こんにちは。オーボエパートの橋本です。
本来はこの日誌は昨日出すべきだったのですが、僕のミスで書き忘れてました…。ごめんなさいm(__)mというわけで今日は千文字以上書かなくてはなりません(°Д°)果たしてこの僕に書くことができるのかっ!?前置きはこのくらいにしてそろそろ違う話をしましょう。
さて、夏休みが終わり、三週間が経とうとしています。クラスのみんなは元気で良かったなーと思ってました。期末テストが近いので先生も指導に熱が入ってきています。
それと共に合同の曲も配られ、学祭の新曲も配られ、部活も熱が入ってきています。良いことですね。
また、単独の曲の到達度テストはギリギリ合格ってっとこでした。あーあ。できていたはずなのにもったいないミスをしたりしてしまい後悔もありますが、これを前向きに受け入れ、このミス?ニガテ?もうどっちでも良いや!とりまそーゆーのを早く克服して完璧な状態で本番に臨みたいです。
あ、後写真館。夏休み中に更新代理を務めさせていただきました。画質が悪いから修正してもらったりして少しは更新してました。しかし、今は更新停止状態です。果たしてこのピンチから抜け出すことができるのかっ!?
さーてあと半分。そろそろ皆さん目がチカチカしてきたんじゃないでしょうか。もうちょいおつきあいお願いします(^∧^)
さて、その合同の曲なんですが高吹連が『マゼランの未知なる大陸への挑戦』という曲です。あれ『マゼランの未知なる大陸への挑戦』だったっけ?『マゼランの未知なる大陸の挑戦』だったっけ?ものすごくしょうもなく小さい疑問を抱いている自分がいる…まあ、いっか!とりあえずその曲はテンポが非常に速いシーンがよくあり、さらにそのテンポはいいのですが、連符がそのテンポの中にたくさんあります…まあ、コツコツ頑張ればいけるかな?信じています。
そして私学連では『セレブレーション・フォー・ウインズアンドパーカッション』と『あまちゃんのテーマ』をやります。この曲は仁川さんの高2の方々がいないので……池田さんがフルートオーボエパートを仕切ることになります。なんか楽しみだなー。
さて、あと124文字。そろそろネタも尽きてきた…
あ、これであとジャスト100文字!かな?いや、『そろそろネタも尽きてきた…』らへんでですからね?長かったです( ´△`)さあ、さいごにこの話をしましょう。
12月にアンコンが迫って来てます。僕は新田と難波と僕で木管三重奏で中学部門で出れたらいいなーと思ってました。しかし!今年から中高一貫校は今年から中学部門で出れないというとんでもない規制がかかってしまいました。つまり僕らはどっちにしろ高校部門で出ることになってしまいました。そして今年は部員みんな、一曲は必ずしもアンコンで候補曲を選んでやらないといけないのです!果たして全員できるのかっ!?
長々続いた橋本の日誌もそろそろ終わりです。また来月会いましょう。
それでは。


中学三年
Ob.パート
橋本大輝

もう9月

2013-09-13 07:21:19 | 日誌
みなさんお久しぶりです。生駒です。
気づけばもう9月ですよ?早いですね笑。
今日の練習は目が回るぐらい忙しかったです。
学園祭、四校合同、私学連合、アンサンブルコンテストなど、合計何曲か数えていませんがかなりの曲数を練習しています。さて、いよいよ学園祭が近づいてきました( ̄▽ ̄)
今年は去年に比べ、バンドの人数が圧倒的に少ないですが、去年よりいいサウンドを届けられるように頑張ります。
なので機会があれば是非みにきて下さい!
それではまた( ̄^ ̄)ゞ

高校2年 Euphパート
生駒裕太

日誌!

2013-09-11 07:20:20 | 日誌
どうも、Perc.西村です

今回は久しぶりでも何でもありませんね。

ここ最近の吹奏楽部は文化祭や四校合同の演奏会に向けての練習や、アンサンブルコンテストの話も今日の終礼には出てきました。

次々とやってくるイベントに追い立てられていく時期です。

世間では東京五輪が決まってこちらもまた騒々しくなっております、56年ぶりということで僕も楽しみにしております。

2020年には僕ももう成人なので見に行けたらいいなぁと思いますし、そうでなくでもいろいろ恩恵は受けられるでしょう。

明るい未来は夢でなく現実かもしれません!
様々な問題を抱えている今日の日本ですが、せめて2020年は笑って迎えられるように政府にも頑張ってもらわないと。

では、今日の日誌をしめさせてもらいます。

高校1年Percパート
西村幸敏

グレン・ミラーとは誰か

2013-09-09 23:28:38 | 日誌
皆さん、どうもお久しぶりです!!
報徳学園吹奏楽部がテナーサクッス担当の大矢ですっ!!
最近、日誌をまったく書いていないせいか、「日誌って、どういうのを書けばいいんだっけ(^_^;)」と思いながら日誌と長時間、にらめっこをした結果、以下の長文を書く事になってしまいました。
お題は最近になって配られた、「グレン・ミラー・メドレー」という新曲の題名にある「グレン・ミラー」という人物についてです。とても長い文章となっていて、読んでいられないかもしれませんが、どうか最後まで御付き合い下さい。
 
 
アルトン・グレン・ミラー(Alton Glenn Miller)はアメリカのジャズミュージシャン(トロンボーン奏者、作曲家、編曲家、バンドリーダー)の一人で、カウント・ベイシー、ベニー・グットマン、デューク・エリントン等と共にスウィングジャズ、ビッグ・バンドの代表奏者に挙げられています。
 アイオワ州クラリンダ生まれのドイツ系アメリカ人。1915年に家族と移住したミズーリ州グラントシティでトロンボーンを始め、地元のオーケストラで演奏を始めました。やがて1923年にコロラド大学ボルダー校に進学するもほとんど行かずに中退し、ニューヨークにてプロのトロンボーン奏者として音楽の道に進むが、売れずに目立たない時代が続いていました。しかし、彼にも転機が訪れます。トミー・ドーシーやベニー・グッドマン、レッド・ニコルスなどの音楽家と親交を結び、1937年に自己の楽団「グレン・ミラー・オーケストラ」を結成後、1938年にRCAレコード傘下のブルーバード・レコードと契約をし、翌年1939年から「ムーンライト・セレナーデ」「茶色の小瓶」「イン・ザ・ムード」「チャタヌーガ・チュー・チュー」など次々とヒット曲を発表し、バンドリーダー、作曲家、編曲家として絶大なる人気を博したのです。
第二次世界大戦の勃発にともない1942年にアメリカ陸軍航空隊に入隊、慰問楽団を率いて演奏にまわりました。その後も精力的に慰問演奏を続けていましたが、1944年12月15日にイギリスからフランスへ慰問演奏に飛び立った後、乗っていた専用機(UC-64)がイギリス海峡上で消息を絶ってしまったのです(最終階級は少佐)。原因として、ドイツへの爆撃任務から帰還する途中のイギリス空軍(R.A.F)の爆撃機が上空で投棄した爆弾が乗機に当たり墜落したとする説の他、イギリス軍機の誤射で撃墜されたとする説、14日に無事にパリに着いたものの、翌日娼婦と事に及んでいる最中に心臓発作で亡くなったのを隠蔽するために行方不明にしたなどという説まであり、真相は今も明らかになっていません。ですが、行方不明
後も残された楽団員がグレンの意思を継いでリーダーとなり、「ニュー・グレン・ミラー・オーケストラ」として、現在まで世界各地で活動しています。
 
 
ということで、「グレン・ミラー」という人物はこういう方なんですね。
私が初めて彼の事を知ったのは、映画「グレン・ミラー物語」でした。
この人を映画で見た時に私が思った事は、いつか私もこの人のような、立派な楽器奏者になって、コンクールなどで活躍したいと思いました!!!
 
高校1年 Saxパート
大矢 隆貴