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なら斬り開く?!

アジもホッケも、物事さえをも、斬り開く。

雨のおかげで。。。(前編)

2015年06月20日 | 日常
「雨」ってさ、どこかひとに忌み嫌われているみたいな
面もあるかのよーな雰囲気がしてるんだけれど。。
それだけじゃあ、無いかもよ!
(もちろん大雨の被害は大変な事態であるのですが…)
とゆうはなしをね今回は申しあげます。

以前とあるコンサートのライブビューイングを観まして、
それはでも豊橋の近場ではやっていなくて。
いちばん近いのは「名古屋」だったのですが、
ぼくの申し込み時点でもうすでに「名駅」前の映画館での
チケット完売していたのよね。

ですので、
名駅より「あおなみ線」に乗り換えて数駅のところにある、
TOHOシネマズ 名古屋ベイシティ
とゆう映画館へとゆこうってなりまして。
んでも初めておとずれる場所でございましたので、
ちょいちょい不安もありつつ予定を立てていて。

するとその後、かなりの大問題が‥‥

数日前より超気になってた天気予報をみていたら、
当日は「雨」に、しかも、
台風による「暴風雨」となるかも知れない。

あちゃーっておもって。どーしようっておもって。

そんな「暴風雨」てなるとだよ、
電車が停まってまうかもしれないじゃん、
そーなりゃ帰れなくなるじゃん!! 泣。。。とおもって。
予報は2日前になっても前日になっても台風のまま、
前日の夜、必死になり考え思いついたのがさ、、、

電車でゆくのはやめて、クルマでゆこう。と。。

そうと決まればこれまで立てていた電車による当初の予定
(かなり早めに行って名駅や栄のへんで、
 ぶらぶらしようと思ってた)を変更いたしまして。
クルマでのプランに切り替えはじめたのね。

……と、いつもながらの、
もう少しだけかかる的な文章量となりそうですのでぇ、
次回へつづきまする! よい週末をすごしてね~。 

2015年6月20日 @ いい雨

見えない「御土居」を越える。

2015年06月15日 | 日常
前回エントリからのつづきですね。】

昨日のブログを書いてからもう少しだけ調べてみますと、
「洛中・洛外」の範囲は平安や鎌倉時代からあった。
とのことでして。なのですが、
安土桃山の時代にはあいまいになっていたその範囲を
豊臣秀吉が「御土居」をつくることによって、
新たに定める狙いもあった。らしい。
そして現在「洛中」の範囲は、また薄れている。らしい。
(←Wikipediaの「洛中」のページからまとめました。)

ぼくは詳しいことはわかりませんが、
たとえ「洛中・洛外」の範囲の境界線が薄れてるとしても、
やはり、たぶん、あるところを越えれば、
そこは「京都」なのだとぼくにでも感じられて。

つまり、見えない境界線、見えない壁、見えない土塁、
見えない「御土居」が、じつはあるのではないか?!
っておもったのよね。

・京都でないところ →〔線〕→ 洛外 →〔御土居〕→ 洛中

のようにさ、ここ豊橋より「洛中」へと訪れるためには、
2つの見えない境界線を越えなければいけない。
そのね「見えない」の部分が曲者でございまして、
見えていれば線を越えるときに意識もできるけれど、
見えないとなると「越境」の意識や認識ができにくい。

たとえば簡単に申しあげますと、
入場料を払う受付やチケットの拝見箇所のようなところは、
もちろんございませんので、そのような、
意識せずともいつのまにか入洛している……

…と、このさきはまだちょっとうまく言えないんだけれど、
「意識せずともいつのまにか」越境をしているときってば、
ひとのなかにはある種のギャップによる
違和感がうまれてしまうものだとおもうのよね。

(つづきまする~。)

2015年6月15日 @ 私が証

京都の「御土居」のことを思いだした。

2015年06月14日 | 日常
【またもや前回エントリからひきつづきです~。】

たとえば、これは「京都」だけに限らず、
旅先での夕方帰宅中の小学生たちを見たりするとさ、
ここは観光地でありながら、んでも、日常でもあるのだわ。
って、なんか改めてあぁーっておもったりして。

つまり「非日常」の場所なのではなくって、
じぶんの住む「日常」からの「地続き」の場所なんだ!
て感じる。。。
…のだけれども。いや、でもやはり、
たとえば「京都」だとするのならばそこはやっぱり、
どこからどうみても「京都」なのでございまして。

それってば、いったいどういうことなのだろう?!
とかをおもったりで。その、なんてゆーか、、
地続きだけれど地続きでない、のよーな感覚??

と、そう考えていてふと思いだしましたのは、
ブラタモリ』の「京都編」をみてはじめて知りました
「京都」の「御土居(おどい)」であります。

「御土居」とは、、、
「豊臣秀吉によって作られた『京都』を囲む土塁
(←Wikipediaより。)」とのことなのですが。
『ブラタモリ』の放映では、
現在も残されている「御土居」の場所をタモリさんが訪れ…

…それはさもう全然知らなかったコトですので、
番組とてもおもしろかったぁ!!

「御土居」のほとんどは現在では取り壊され、
土塁としてはもう機能されていないのだけれど。でも、
その「御土居」で囲まれた
「京都」の内部を「洛中」、外部を「洛外」、
と呼ぶことにしたらしいその「洛中・洛外」と云う呼称は、
今もなお残っていること興味深いと感じまして。。

それはねっ、その「御土居」とはねっ、
このごろぼくがブログで申しております
「額縁」であり「城壁」であり「壁」である事柄を、
どっかなんか示すかのよーな……

(つづきます。けれど、これいつまでつづくのだろう。)

2015年6月14日 @ REM

京都を歩いて‥‥

2015年06月13日 | 日常
前回エントリからのつづきであります。】

小学校の修学旅行で訪れた「京都」の印象はさ、
どこかとても「非日常」と申しますか、
訪れた場所もそうだしそのときのこちらの気分もそうだし、
なんかそれはさながらアミューズメントパークかのごとく。

そんな、囲まれたパークの「なか」だけを見ていた。

と、いまおもえばそのようにおもうんだけれど、
それをおもったのはね小学生のときから十何年後、
ひとりで「京都」を訪れまして。
するとさ、こうたとえば神社仏閣を巡るとしましても、
歩くのね。歩く。歩く。歩く。

たとえばと申しあげますと、
「鈴虫寺」から「松尾大社」より「嵐山」へと、のような
そーいうふうに歩きましたときやっぱりおもうことは、、、

ここは「アミューズメントパーク」では無いっ!!

って。つまりは、家が、おうちが、住宅が、
それはまさに「京都」のような雰囲気のおうちもあれば、
現代な様相のおうちも、たくさん、たくさん、ございます。
ひとが住んでおられる。とゆうことは、
そこは「非日常」ではなくてかんぜんに「日常」。。。

考えてみればそんなとうぜんのようなことに、
ぼくは、小学生のときでは気づかなかったのだわ。

「日常」ってゆうことはさっ、
このぼくの住むところも「日常」なのだから、
「ここ」と「京都」だっても、地続き。

どこにも境界壁なんて無かったはず、なのだけれども‥‥

(また、つづきます。)

2015年6月13日 @ Little Lennon / 小さなレノン

小学生のときの修学旅行

2015年06月12日 | 日常
小学生のときのね、修学旅行の行き先は、
「奈良・京都」だったでございまして。
「奈良」では「奈良公園」の「東大寺」、
「京都」では「清水寺」や「金閣寺」や「二条城」や
「映画村」にも行ったんだっけかなー。

あんまり覚えてないけれど、なんか「京都」での、
通りにずらーっと立ち並ぶお土産やさんで
一心不乱におみやげを買った記憶がある。。

小学校のころのときだからさ、いまおもえば
次にまた来られるかどうかとかは何も考えてないし。

もしやこれが人生で最後の旅行かもしれない‥‥

みたいな、そんな
切実のよーな感覚があったんかも。。。

でも、それから10年後くらいのときにね
ふとおもいたち今度はひとりで「京都」をおとずれ、
見たり歩いたり、そしてその後も幾度か旅行して、
えーと、いつだっけか、
ちょっとおもったことがあったのですが。

それはさ、「京都」の
ぼくの小学生のときに感じました印象と、
もう少し大人になったときでの印象の違いについて、
なのだけれどもそれは次回エントリでね申しあげます~。

2015年6月12日 @ 修学旅行行進曲

とある予告的な。

2015年05月18日 | 日常
はろー! こんにちわ。

なんか、去年の夏くらいからかんがえてて、
ブログにも書こう書こうと思っていたんだけれども、
なかなか書くことできなくって。

ってゆう的なのをね、次回ブログから書きてぇと思いやす。

んでもさ、まだそのコトがさ
ぜんぶでどれだけの分量になるのかよくわからなくて、
1回で書けるのか、前後編なのか、数十回とまたぐのか
それすらまだようわからんくって。
じぶんとしては、かんがえが、
ちょっと結構込み入ってる感じだもんでさ、ゆっくりと
毎回すこしずつ書いてゆきたいとおもいますっ。

えーと、まずは何のコトなのかと申しますれば、それは
「将棋」で思いました
とあるコトなのですが‥‥

では、では、それではねー! また次回~。

2015年5月18日 @ Enter the Sphere

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活きる場所 × できること

2015年04月30日 | 日常
本年2月21日、ほぼ日刊イトイ新聞にて開催されました
活きる場所のつくりかた」というネット生中継イベント、
ぼくは途中までは観ておったのですが、
用事の時刻になってしまったので出かけて。

その映像はイベント終了後アーカイブで残る、と云うのは
開演前から聞いておりましたので、それに託して……
…って、ずっと思いながらもね、
なかなかこれまでつづきを観るのが出来なくってさ。

でも、ネパールのニュースを見て、
「活きる場所のつくりかた」のトップで登壇されました
ライさんとジョシさんを思い出し、、、
それ以来、すこしずつなのだけれど、
当日観られなかったイベントつづきを拝見しております。

昨日は、

「ひとりひとりの若者が
 自分の未来に希望を持てる社会のために、今できること」

というテーマでお話をなされました
今井紀明さん・朴基浩さんの講演を観まして。
こんどはそのつぎの岸由二さん、と想っていまする~。

と、まだまだイベントの途中までしか観ていないので
よくはわからないのですが、この
「活きる場所のつくりかた」というタイトルでの、
「活(い)きる」についていま考えておりまして。。

「活きる」ということばとはっ、
「生きる」のそれとはまたちょっとちがって。
活発とか、活気がある感じ、また活動的と云うか、
なんか、生命力に満ちたお魚がぴちぴちしてる雰囲気?!

そーいうようなことを感じまして。。。

そして、あの、これはたまたまなんだけれど、
ちょうど先日文庫版で購入をいたしました
できることをしよう。ぼくらが震災後に考えたこと
を少し前(ネパールのニュース以前)から読み返してて…

【←昨日は、気仙沼・斉吉商店さんの記事を読みました。】

…そのさ、
本のタイトルでの「できること」のコトと、
生中継イベントの「活きる場所」、というその
ふたつの事柄をぼくは考えたいのではないか??
って改めておもった。

まぁ、ぼくが考えてるようなコトの内容とはさ、
甘いとか、厳しいとか、弱いとか、うそっぱちだ、とかまた
「怠けている!」とゆーふうに取られるかも知れんくて。
(実際は、それも案外当たっているかも知れないね‥‥)
んでもその、

「活きる場所」×「できること」

のコトをぼくは思うし考えるし。の、
そのためにも、イベント&書籍のつづきをねぇ、
ぼくは鑑賞いたしますっ。

2015年4月30日 @ Happy Song

坂のなまえが出て来ない。

2015年04月28日 | 日常
ぼくの家からいちばんのJR最寄駅はねぇ、
東海道線「二川駅」なんだけれど。その「二川駅」より、
ほんのすこし(車なら5分もかからない位)行ったところに
「火打坂」という坂がございまして。

ぼくは、以前まで
この「火打坂」という坂のなまえがさ、
もうこれぜんぜん覚えられなくってぇ。
会話かなにかの時に言おうにも毎回(あれ?!)ってなり、
なんだっけ?? 「いろは坂」だっけっけ???
とか思っちゃったりで、もうさっぱりなまえが出て来ない。

と、そんなときにね。
「火打坂」のすぐお隣にある「岩屋緑地」には、
「大蔵山」と「岩屋山」と云うふたつの山‥‥

(「大蔵山」の標高は約100m。そして、
 「岩屋山」には「岩屋観音」さまが祀られている。)

‥‥をめぐりまわるように、
ハイキングコース的な森の散歩道がございまして。
そのコースのどこだったかを散歩ってたときにね、
「火打坂」の名称の由来が載っている案内板をみつけ、
その文書を読んでからはすぐなまえが出るようになったの。

それとはさ、
「かつて、火打ち石がたくさん採れた。」
であるかのような、、、

そーいえば、めっちゃ大きい岩石みたいなのが
「岩屋山」にあるわぁー、あれは、火打ち石だったのかっ!
とおもって。(←いや、ちがうのかも知らんけれども…)
そーいうストーリーが頭にすんなり入ってからはね、
もうど忘れをすることもなく
するっと「なまえ」も出て来るようになったんだよね~。

なんか、しぜんと、納得したみたいな。。。

2015年4月28日 @ 桜坂

「出来ない!」ときの顔

2015年04月26日 | 日常
「出来ない!」ってゆーときに、どーするか?!
がだいじなのだと思ったんだよねー。

つまりはさ、
なんか超むつかしい問題に取り組んでいるときっ、
んでもぜんぜん出来なくて、見えなくて、前に進まなくって
アイディアなんてんなもんどこにもありゃしねぇ!!
的な、もう完全なるどんづまりの状態のなかで、
じぶんはどんな「顔」をしているのか。。。

出来ねぇんだよ! とか言いながら周りに当たり散らし、
そして、じぶんの
出来なさ加減がおもしろくない、ってなもんで、
その場でめっちゃ不機嫌さを醸し出している、、

で、あるとすればよ、もうさらに
問題の「解決」への道程はよほど遠くなってしまう、
周りのひとたちだって、しんどくなってくるし‥‥

「出来ない!」ときに、それを楽しめるか? みたいなさ、
なんかそーいうのが重要かとおもったんだよねぇ。
えーと、なんてゆーか、
あらゆる超難問に取り組んでるならば、人生において
「出来ない!」ときの時間の方がずっと多い気がしてて。
「出来る…。」や「出来た♪」を思える時間なんか、
「出来ない!」って云いながら考えてる時間と比べたら
たぶんほんのわずかなものだとおもうんよ。

そんな、日々「出来ない!」の状況下で、
「あちゃー、ぜんぜん出来ないんだよねー。あっはっは!」
みたく笑いながら逆に「出来なさ」を楽しめちゃえるのなら、
なんか、なんとなくっ、どちらかと言えばさ
しだいに「アイディア」がふわり漂っている場所へと、
たどりつきやすくなるかも知んねぇ???

…と、そんなよーなコトを、
じぶんへ言い聞かせる自戒といたしましてぇっ、
ちょいと考えておりましたっす~。

2015年4月26日 @ Special talk about「勝利の笑みを 君と」

指とことば。

2015年04月25日 | 日常
咲くねん、あ、いえ昨年の7月、
左目の「白内障」の手術をいたしまして。
おかげさまで、術後の経過は良好ですと先生もおっしゃって
ありがたいなぁとおもっておりまする~。

と、それでねぇ、
せんじつも検査&診察で眼科をおとずれ、
そのときにねちょっとふとおもったコトなのですが。

ちょうどその日は、
小学生のこどもたちがたくさん来られていて、
ぼくには日常なかなかそういう
こどもたちたくさんのシチュエーションて無いから、
雰囲気を感じながらすこし周りを見ていたりしたのだけれど。

視力検査(←「〇」のどこが開いてるか、のあれっす。)
を終え、つぎに先生の診察のため、
診察室前の椅子へこしかけ呼ばれるのを待っておって。
その場所からはさ、ちょうど視力検査の光景が
見える配置になっておるのですが。
そのときは小学校低学年(かな?)の男のこと、
同じく低学年くらいの女のこが検査をしておりまして。

見てて気がついたんだけれども、こどもたちは
「〇」のどちらが開いているか? のその方向を、
「人差し指」をつかって示すんだよね。
「うえ」ならば、「人差し指」で、天をさすように。。

それとはつまり、
「うえ・した・みぎ・ひだり」と、
「ことば」を用いて「話す」のではなく。。

ぼくはさ、うまれつきに目がよくなくてぇ、
しかも「斜視」でしたので小学1年の時に手術をし、
それから中学生くらいまでとある眼科にずーっと通ってて。
思い起こせば、ぼくも、こどものころの視力検査では
「ことば」で無く「指」で示していたのだわ~!
んでも、それがさっ、もう現在では当然かのごとく
「上です。」と「ことば」で伝えている……

いつ、「指」から「ことば」へと移ったんだっけ??

っておもったんだよね。
たぶん、こどものとき、っていうのはさ、
「うえ。」と「話す」のにどこか恥ずかしさと申しますか、
なにかしら抵抗感(?!)みたいなのがあって。

「ことば」はおとなのもの、だから、
「指」で指し示す。的な?! でも、それがいつの頃か
「指」で示すことにじぶんでも妙にこどもっぽく感じられ、
「ことば」で伝えられるようにとじぶんを変化させてゆく。。

なんかちょっと理屈で考えてみてしまうとね、
ぼく個人といたしましては、なんとなく
そんなよーな変遷があったように思われたんだよね。

うーんと、なんてゆーの??
30過ぎたぼくがさ、視力検査の方向を「指」で示してたら、
ちょっとおぞましいじゃん。
でもそれは、それが「視力検査」だからとゆーことで、
ある別の場合には「ことば」より「からだ」を使った方が
逆に自然な場合もあるかも知れないねー!

‥‥みたいなことを眼科でおもっておりました。

2015年4月25日 @ Eyes to me

ぼくのよくわからない「ルーツ」について。

2015年04月20日 | 日常
前回エントリでは、
植物が「倒れるか、倒れないか。」の違いのひとつには、
根っこの張り具合が関係しているかも知れん。
ってゆう話よりさらには、人間にもそのよーな
「根」が生えていて……、的なコトを申し上げました。

本日のブログもね、その「根」についてなのだけれど。

「根」を英語で云うと「 root 」。つまりは、
ひとの親族・祖先の「起源」をあらわす
「ルーツ」と云うのは、「根」の複数形でさ。

日本語では「根」ということばには、
「人間の起源」と云う直接的な意味合いは薄いけれども
(←「根源」や「根本的」のことばはございますが…)。
英語圏のかたがたは、植物の「根」から、
ダイレクトに「祖先」をイメージされている。。

そのような感性、すてきだなぁ! と感じながら、
「ルーツ」=「根っこ」のコトを知ってからは
じぶんのルーツについてもすこし考えておるですが。

「ルーツ」と「じぶん」が
しっかりと結びついていればいるほど、
より力強く、地球の上に立てる。的なイメージ?!

…って、そのようなことをおもうときにね、
詳細はうまく書けないのですが、
ぼくは、ぼくの父方の親族のことで
ちょっと悩んでいることがございまして。

ぼくの父は、
昭和22年、五人兄弟の四男として生まれたのですが。
数年前だったかな、兄弟の長兄(ぼくの伯父)より父へ
ある相談を受けまして。それは…

伯父「戸籍の『母』の欄に、母親の名前ではない
別の女性の名前が記されている。」

…と言うので父も自分の戸籍を取って確認してみれば、
父の続柄は「四男」ではなく、
「次男」となっていた。。。

2012年、98歳で亡くなった祖母が
まだ生きている時に、祖母へ
ぼくの父がその事柄について訊ねると、、

祖母「全員、わたしが生んだ子供だから‥‥」

だとのことで。それが真実なのであれば、
当時の役所でなにか手違い等があったのか、
それとも、祖母のこころのなかで、
何か言うことの出来ない「なにか」があったのか。

それらは、ぼくにはよくわからないけれど、、、

父方長兄の伯父が生まれたのは、たぶん、昭和のはじめ、
場所は日本ではなく、たしか台湾だったのかな??
いえ、ぼくはあまりよく存じ上げていなくて。。

でも、その戦前から戦争へ入る時代には、
たぶん表現の出来にくい「なにか」が起こって、
それは今でも、たとえばぼくであるならば、
うえで申しあげましたような影響が現在でも残っている。

もしも、先の戦争が無かったのなら、このような
ぼくにとってよくわからない
悩みも無かったのかもしれなくて。
つまりはさ、「戦争」とは、
これまでの「ルーツ」を破壊させたり混乱させたりする
ような出来事なのではないか?!

と云うことは言えるかも知れない。っておもいました。

とくにはね、昭和10~20年のあいだ、
日本で、世界で、地球で、
どのようことが、何が、起きていたのでしょう??

考えながら、想いながら、祈りながら、、

2015年4月20日 @ ROOTS

点。星。金。。

2015年04月15日 | 日常
ワインを買おうとお店の棚を見てたらさ、そこには、、
90点獲得のワインと、
三ツ星評価のワインと、
金賞受賞のワインが、ばんばんばんと並んでいて。

そのなかのどれだったかは忘れたけれど、
購入してまいりました白ワイン、おいしかった~!

たとえば‥‥

「ぐびぐび~♪♪ どれだけでも呑みたくなってしまう
 最新ランキングまずは30位から21位をっ
 カウントぉぉぉー・ダウン!!(人差し指)」

とか、

「Q.渋谷の女性300人に聞きました
 朝まで飲み明かしたいほどおいしいワイン TOP10」

や、はたまた

「全国酒屋店員が選んだいちばん! 売りたいワイン」

的な感じなのは、無かった。。。
まだもう一本赤ワインがあるからたのしみーっ。
カモーン、ランキンキュー!!

2015年4月15日 @ Automatic -Album Edit-

未知へとたどりつくように。。

2015年04月06日 | 日常
さぁ、よし! とか云いながら、文章を
書き始めた時点からではまったく想いも寄らなかった事柄を
書き終えられたらよいなぁ。とおもうのだけれど。。
つまりはさ、書くことによってじぶんが
未知の場所へとたどりつきたい。ってゆーかさ。

結末がどーなるか?! じぶんでもまだよくわからない…
の状態がっ、書き終わるまでひたすら続く。
みたいな?!

んでもそれってばどーいうことかと申しますなら、
最初から最後までのことば一式を頭の中で用意してきて、
それをそのまま一語一句置いて行く作業では、無いっ!!
てなことなのですが。

そのね、
「用意したことばを一語一句置いて行く作業。」のコトって、
そうじぶんで云っておきながらも、んでもぜんぜん
やってしまいがちなんだよねぇー。
なに書こう、どう書こう、いつ書こう、ちんすこう、
とかってやっぱし考えて来ちゃってるもん。

それだとでもその考えてる時はよいかもだけれど、
実際に書きつけている時間の時はそれほど楽しくはなくて、
わくわくもなくって。わかっちゃっているからねぇ、
じぶんで、もう、結末から何まですべて。。

なんかわからんだけども、そういうものを、
ずっと書いていればなんかそういうひとのように
なってしまうのよーな気もしてて。
じぶん自身を、固定とか、規定とか、させてまう的な??

ぼくといたしましては、そういう状態よりかは
なんか、書く前では想像もできなかった物事、
えっ、おれ、こんなことを考えとったん。のほうがさ、
理想であるかも‥‥

‥ってぇーなればだよ、その「書く」という行為がさ、
ある一種の「トンネル」となっていて。
「トンネル」へ入る前と、「トンネル」を抜けた後とでは、
もう景色が違ってるぅ。ってゆーふうになれば、
それを書いたことによって、「表現」をしたことによって
じぶんが少し「変化した。」って云えなくもない~?

文章を書くことで、あるほうでは
じぶん自身を「固定」させてしまう側の「変化」よりも、
「自由」と申しますか「未知」と申しますか
(の、それらが、いったいどんな感じの状態なのかは、
 ぼくにはまだ掴められておりませんが。)
の方角にすこしだけでも近づけて行ける、のよーな。。

そんなふうにおもってるんだけどもぉ、
この今回のブログエントリ自体は、どーなのか?!
ってのはよう知らん。理想とかけ離れとるかもよう知らん。

2015年4月6日 @ yet -triology ver.-

じぶん一人では出合えなかった物事。

2015年03月27日 | 日常
おもえばっ、じぶん一人だけではどーしても
どーにも出合えなかった物事ってたくさんあるなぁ。
とおもって。

たとえばこのまえある友人がツイートしておりました、
VOGUE編集長のアナ・ウィンターさんを追った
ドキュメント映画『ファッションが教えてくれること』は、
なにかピンときてレンタルで観てみればおもしろくってぇ。

編集や撮影雰囲気の緊張感に圧倒されたわ……

そのほかには、先日
髪をカットしていただいた美容師さんとのおはなしの中で、
美容師さんより教えていただいた
コロッケさんの著書『マネる技術』すてきだったし♪

ことし一月、専門学校での
恩師・K先生(小杉先生)とお逢い致しましたときに、
師曰く「とてもすき。」なのだとおっしゃっていた
プログレッシヴ・ロックバンド「Yes」のことを、
ぼくは存じあげていなかったのでその後に聴いてみますと…
め、めっちゃカッコよいーーっ!!!

また以前のことで申しますとん、
同じく専門学校の、同級生・Fくんがおらなかったらぼくは
the pillows」の音楽を今でも聴いていないだろうし。。
友人のTくんが『鋼の錬金術師』について言及しなければ、
たとえ興味はあったとしてみても
実際にはハガレンのアニメ観ること無かったでしょう。。。

そして中学からの友人Nくんがオススメしてくれた演劇
の、たとえば、柴幸男さんの演劇はさ
ぜーったいにじぶんだけでは知ること出来なくってぇ、
そしてしかも、おもしろかったぁー!!

と。再び、専門学校の時のコトなのですがっ、
ぼくは初めてじっくり美術作品鑑賞したのは
当時の入学直後(だっけ?)にクラスの授業で訪れました
ミュシャ(@浜松市美術館)だったんですけれども、
知らなかった世界に踏み込んだ感の衝撃、あったわ~!

その1年半後くらいに、Y先生(安武先生)より
「本を、小説を、読みなさい。」と云われしかも師曰く
「わたしは村上春樹さんの小説に救われたことは、ある。」
とのようなお話を聞かなければ
春樹さん、そしてさらにはあらゆる作家さんの本を
現在でも読むことは無かったかもだし。

ひいては村上春樹さんの小説を読まなければ、
小説に登場するロックやジャズやクラシックの音楽を
聴くことはおろか、知ることもなかったのでしょう。。。

ほいでほいで、その究極系を申しあげますならやはり
ほぼ日刊イトイ新聞」だわー。
ほぼ日コンテンツって毎回全然知らないことばかりだから、
もう、すばらしい。

そんなさ~、んでもじぶんはそーいうのを
貰う側のほうばっかりだわ。ともおもったんだよねぇ。
ありがたい事ではあるけど、申し訳なさもちょっとある…

…的なことをかんがえていたっす~。

2015年3月27日 @ こわれもの / Fragile

「ねぎ」の存在感!

2015年03月26日 | 日常
近所の、と云っても歩いて15分くらいなところにある
食料品店にねたまーにお散歩がてら歩いて行って、
野菜&果物の買い物へゆくのだけども。
歩いてだからさぁ、帰途には
中身の入ったお買い物袋をこう手につかみながら、
また約15分間の道中なのでございまして。

そのあいだ、やっぱちょっと重たい、とか思ったり、
思わなかったり。。。
のときにねぇ持ち歩きながら考えていたこととは、、
お買い物袋からはみ出た「ねぎ」の存在感、
はんぱねぇー!! ってことでして。

通りすがりの方から見れば、
たくさん詰まった「袋」をみればそれが「買い物帰り」だと
わかるかとも存じますが、その袋からさらに
「ねぎ」がびよーんとはみ出していたらば、
もう遠くからでもどこからでも一目瞭然なのよね、たぶん…

あぁ、あのひと、買い物帰りだよ、って。

なんと云いますか、お散歩中での格好の見た目ってば、
たぶんけっこう大事でさ。服装とか、持ち物とか。
たとえば「ギターケース」を抱えながら散歩していれば、
ミュージシャンのように見えるかもだし。
「テニスラケット」ならば、なかなかの爽やか風?!
「赤白帽」に「サングラス」に「一眼レフ」を構えてたら、
ちょいと怪しいふんいきを醸し出す。。。

‥‥ってゆーときにね、
「ねぎ」という存在は強力なのよ!!
もう圧倒的に、スーパーからご帰宅中のおにいさん、
としか見えない(はず)だもん。

あっ、なんか、
「ねぎ」だ「ねぎ」だと申し上げておりますけど、
たとえば他の食材で考えてみますってぇと‥‥

「大根」ですとはみ出し量がすこし少なめだし、
「ゴボウ」ですと色が地味で見た目よくわかりにくい、
「乾燥こんぶ」だと長くって袋からはみ出し過ぎている、
「フランスパン」ではおっさんが持つには微妙な気取り感、
「ミスドの箱」を手に持ち、だと、どーなんかね??!

じぶんとしては「ねぎ」の、あの
緑色の「色」の感じと絶妙な「はみ出しバランス」、
細い「ねぎ」なら少しだけ垂れたその「フォーム」。。。

うーんと、あのぉー、、、
「ねぎ」がさっ、袋からはみ出る食材のなかで
いちばん「スーパーの買い物帰り」っぽいひとに
見られるような気がするんだけれど‥‥ どうなんでしょー。

2015年3月26日 @ はみだせ ラインダンスから