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なら斬り開く?!

アジもホッケも、物事さえをも、斬り開く。

【まとめ・最終回】ブログのタイトルについて。

2016年04月06日 | 日常
だれもが権利をもってる オリジナルのやつを
悦びもがきダメになれる権利なんだよ


JAP THE RIPPER / B'z





2005年、ブログ始めたときにね、
どーして「gooブログ」を選んだか?! ってぇのは、
あんまり思い出せない。いろいろ探しつつ
直感的によいなぁーと思って。だったと思うけれど。
とってもお世話になりました~。感謝!!

このブログのタイトルは、
『なら斬り開く?!』て言うんだけども。
そのように付けたのは、たしか何回か記したかもですが、
じぶんの部屋の「押入れ」が片付けか何かで開いていて
その「開いた押入れ」を見て思いつき、なまえ付けたのね。
最初は「!」が無く『なら斬り開く?』だったのを、
あるとき「!」を足し『なら斬り開く?!』として。
そこには、
「道を切り拓く」的なイメージもあるだろうし。また、
「物事を、斬って、開く。」であったり。あとは、
ぼくはB'zの『JAP THE RIPPER』がだいすきなんだけど、
ちょっとその雰囲気でもあるし。

(このブログアカウント名【hd4jap】のねぇ、
 【hd4】はじぶんの名前の「ひでし」、
 【jap】は『JAP THE RIPPER』からでして。
 あとで気づいたのはさ、じぶんでじぶんのことを
 「ジャップ」と名乗っていた的な。NANANANANA……)





キミはボクからまた目をそらしながら
ボクの自由にビビってる
カウンターの下のヒワイな話やめて
さあハダカになれよ






ブログタイトルのしたに在る「説明」は、
ブログ当初はたしか
【出来事を、下手な文章で、斬り開く。】だったのを、
じぶんで【下手】って言うのはよくないと思い。
2011年再開したどこかのタイミングで今の
【アジもホッケも、物事さえをも、斬り開く。】に変え。
それは「味も素っ気もない」ということばの語呂を拝借し、
「アジ」や「ホッケ」などのお魚を「ひらき」として
「さばく」ようにしながら、相手へ差し出せるような、
文章を書きたい! ていう願いからだったんだけど。

んでも、ぼくはその「タイトル & 説明」での、
【斬】という文字が、じぶんでブログに使いながらも
いつも(どうしよう?!)って考えてて。
たとえばじぶん自身が「カマキリ」に変化してしまう的な、
「ナイフ的危険」を微妙に感じながら。
【斬り】を無くして【開く】だけでよいじゃん!!
たとえば人生における困難の「壁」を、
【斬】らなくても【開く】ことはできるでしょう、と。。。

だから、その【斬】のことを考えたいとおもって、
鈍刀」や「包丁」に関することを、
以前ブログで書いた気がする。
B'zの『JAP THE RIPPER』というタイトルも
「切り裂きジャック」のパロディであるし…。

かと言って、
じぶんが学生だった頃のふとした思いつきを、
無下にあつかうのもしたくないし。タイトルの変更とか。。
って考えてるとき、最近ふと思ったのはねぇ、、、

(あぁーまたもや文章長くなってる。あと少しだけ…)





強引なオノレをさらして
ヤりゃあいい 明日がくるその前に
後悔をなすらないでよネ
ダしゃあいい タマがうずくなら






ぼくは、ブログタイトルの後ろの
「?」や「?!」という記号に「救われていた」ことに、
気がついたの。たとえばつまり、
【なら斬り開く!!】って「言い切る」んでなくて、
【なら斬り開く?!】と「訊ねてる」から、
じぶんの中で「考えている」状態だし。
さらには、なにかを「思う」ときだっても、
そのあとで「?」や「?!」の記号をつければ、
思い煩わうこともそれほどなく、
「考えるモード」へ「入る」ことができる。
記号を置いたことによって、
「どういうことか?」と思索できる。

こーいうようなことをこのまえ思ったら、
ぼくはブログを止める時期が来たかもしれない…
と思ったの。

あのときじぶんが出したメッセージはそーいう意味だった
かもしれない、って感じたと言うか、
このままこのブログ書き続けることもできるけれども、
このブログではもうこれ以上新しいじぶんの発見は
できないかもしれない、と申しますか。
そんなような意味でブログ止めようと思ったのね、
うまく言えてないかもだけど。。。
ここまでお読みくださりどうもありがとうございます~。
昨日もすこし申しあげましたが明日から、
「note」というところで書きます。ですっ!

このじぶんの判断がよかったのかどうかは、
ぼくにはよくわからない??!

2016年4月6日 @ I'm in love?

【まとめ・其之肆】ブログと音楽と、、、

2016年04月05日 | 日常
前回のひきつづきです。]

あとはね、ブログをスタートしてから、
じぶんの「音楽」の聴き方が少し変わったように感じる~。

例えばぼくの場合ですと、
よく「曲」の「歌詞」を青い字で引用してたのだけれど。
これはたぶんブログ当初からやっていて。
そして、そのエントリを書いているあいだはずっと
引用の曲を「1曲リピート」させながら、
たいていブログ書き終わるまで繰り返しておりましたので、
あるときにはその曲を何十回も聴いて。。。

こーいう音楽の聴き方ってば、
もちろんブログ始める前はやってなかったので、
ブログ始めたことによる変化のような気がするんよ。

ほかには、あるエントリを書いているときにふと
(あ、このことってあの歌のことかも?)って思い出し、
その曲を聴き始める。ていうのも、
じぶんの中ではたのしかったりして。これも、
ブログやっていなければできなかった経験と言えるかも?!
それはさ、毎日の日付けのあとに「@」を記し、つづけて
「曲のタイトル」を書くという書式に成って行ったけれど、
地味にひとりで楽しんでいたのよー。

聴く曲がかなり偏っていたり、
音楽のこと全然詳しく無かったりもするけれど。
すきな曲や歌のおかげでブログ書けたところが大きいので、
感謝ですっ!!

明日このブログ、最終回。
あの、まことに勝手では在るのですがじつは、
新しく「note」というところで書きたいと考えていて。
登録いたしましたURLは、
こちら(https://note.mu/hd4ance)なんだけれど。
そのこととも合わせまして、
明日最後の【まとめ】を申しあげます。

ここへ来てくれて、読んでくれて、ありがとー!!!!

そういえば今回のブログタイトルでね、
「四」は「肆」という漢字で書くのを始めて知った。
めっちゃむつかしい字。。。

2016年4月5日 @ Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band (Reprise)

【まとめ・其之参】ブログで書いていたこと

2016年04月04日 | 日常
前回からのつづきです。]

‥‥という、毎日更新するブログと成って、
書く内容のことでじぶんでこうしようと決めたのはさ、
「つまらなくてよい。おもしろくなくてよい。」でして。
ほんとはそんなのじゃあよくないんだろうけど、
ぼくには、「おもしろいこと」なんて、
そうそう書けるもんでも無いので。
そのあたりはもうあきらめようとおもったの。

と、じぶんのなかで特に印象残っているのは、
まだ「毎日」書く以前のブログなんだけれど
2013年1月12日でのエントリです。
ブログにどーいうことを書いてゆけばよいか?!
を考えたあげく、
「じぶんのすきなもの・こと・ひと」を書きたい!!
とおもって、ぼくのすきな「糸井重里さん」の、
「比喩」がすき。
っていうようにブログ申しあげまして。それもさ、
その日は「新月」の日でしたので、このエントリが
あたらしい始まりの決意表明みたいなことだったのよ。

あとは、ブログでじぶんの「内面」を表現するのは、
極力避けようとおもって。
専門学校のときにそーいうのを書き、
じぶんが辛くなってしまったこともあったりで。
内面でなく、じぶんの外部に在る事柄を書こう、と。
たとえば昨日もちょっと申しました
ゆっくりじっくり鑑賞するシリーズ」はそうだし。
また、見かけた「植物」を写真撮ったりするのは、
内面から抜け出すために大事な気がしてる。。。

(毎度文章長くなっててすみませんです。もう少しだけ…)

これまでどうしても書けなかったことが、
今なら、なんだか書けるような気がしたので、書いた。
系のエントリはちょっとうまく言えないけど、
書けたのがうれしかったりする~。たとえば最近のでは、
中学生のとき、本屋さんで。」のこととか‥‥

他に書いていたのでは、
「考えごと」を書く「理屈系」のエントリは、
たいてい良くなかったなあ、と感じる。
通常ブログのねぇ、最後の更新で書いたのは、
天然の壁、人工の壁。」というのなんだけれど。
もう最後のほうとかはだいぶ支離滅裂になっていて、
書き過ぎちゃってるところあるだろうし、
強引な面もあるっぽいし。
でも、そーいう「じぶんのよくなさ」を、
ブログ書いてみて、じぶんで知ることができるのは、
「理屈系」を書くときの救いだった気もする。
どこがどうダメなんか?! って、
あとでじぶんで考えたりできるので。。
いや、でも、ブログで恥をさらす的な感じかもしれん。

書いたあとで思ったのだけれど、
「壁」とか「境界線」とか言うのは、たぶん
ぼくが例えば専門学校通ってたときから、とかさ、
もっと以前より思ったり悩んだりしていたことかもしれん。
このブログのタイトルもそーいうところあるしー。

(つづきます。。。)

2016年4月4日 @ ストレンジ カメレオン(Rock Stock Version)

【まとめ・其之弐】ブログ毎日更新したいために

2016年04月03日 | 日常
前回エントリのつづきです。]

その弁明を書いてみようと思ったけど書けなくて。
書けないので書けることだけでも書こうとしたのが、
あのエントリだったんだよね。
で、その文章をそのまま置いておいて。それで、
なんだか思い出して来たですがgooブログの当時の仕様で、
二ヶ月更新しないとブログが簡易表示モードに切り替わる。
みたいなのが確かあって。(←記憶ちがいかもしれん。)
それはちょっと避けたいなぁ、と考え、
翌々月12月につぎのエントリを書いた気がするー。

それからはちらほらブログ書きながら、
あるときにね、前回申しあげました「その人」が
ぼくのブログを読んだ。と言うのを友人伝手の噂で聞いて。
そーなればもうぼくはブログを書く理由がなくなって。
どーしよう?! って考えたですが、
まだブログ止めようとはなにか思えなくて、つづけたの。

そのとき「つづけよう!」と思った動機はさ。
ぼくはそれまでブログを一ヶ月毎日更新したことがなくて、
専門学校のときも結構な頻度で書いてたけど、
「疲れた」とか「忙しい」とか「ネタがない」とかの理由で
必ず、月に数日は書けなかった。それを、
どーにかして「毎日」書けるようになりたいと思った!

思ってはみても思うだけじゃあできなくって、
また、書きたいときに書きながら。。。
ある月には、実験的に、
日曜定休の週六でブログ書こうとしたのが成功したり。
でもまた以前のペースに戻ってしまったり。
っていうときにふと思いついたのが2014年1月からの
「ゆっくりじっくり鑑賞する」というシリーズでして。
内田樹さんのブログ記事をすこしずつ引用して行きながら、
ぼくがあいづちを打ったり思ったことを書いたりして、
内田さんの文章を読み進めてゆく。という企画なのだけど。
やっていくうちに、これなら日々書ける! って感じたの。

じぶんの「中」に在る物事を「出す」のは大変だけれど、
じぶんの「外」に在る物事を「見る」のなら、
それらは無数に無限に存在しているので
気持ち的に辛くない。

二ヶ月で「二つ」の内田さんの記事を読み、書き、
そしてそのあと3月のあるときから、
当時申しました日曜日はネットに繋がない
「サンデー イズ ノー ネット!」ていうのを解禁させて、
毎日更新を決意するようになったのよ。

(つづきます。。)

2016年4月3日 @ 365日

【まとめ・其之壱】ブログ始めたきっかけ

2016年04月02日 | 日常
2005年10月スタートしましたこのブログを、
「始めたきっかけ」は以前も少し書いたとおもうけれど、
専門学校通っていたとき担任の土井先生より
「ブログとか始めてみたらいいんじゃない?」というように
仰ってもらったから、でございまして。

そして書き始めたブログでは、
ぼくはグラフィックデザインの学科でしたので、
授業で習ったことや課題等で考えたことや思ったことや、
美術館やギャラリーやどこかなにかを観た感想、
また、でも愚痴みたいなこともねぇ、
すくなくない数を書いてしまったり‥‥。
ていうそのブログを2008年3月に止めたのはさ、
その日のエントリでも申しておりますが、
村上春樹さんの著書にて
【良質な物語をたくさん読んでください。
 良質な物語は、間違った物語を見分ける能力を育てます】
ということばを見たから、だとおもうー。

「本」を、そして「物語」を、
ぼくはもっともっと読まなきゃあいけない。
「書く」ことよりも「読む」ことをしたいっ!!
って感じたんだよね、そのときに。たぶん。。。

それから月日が過ぎ、2011年10月。
あることがあってほんの少しだけブログ更新したんだけど。
詳細は省きますが、以前ぼくの素養が原因で
ある仲違いをしてしまった方と、
このときある場所で再会をしたと思うのですが。ってぇ、
「したと思うのですが。」ていうように書いたのは、
じつはこれ、定かじゃなくて。
デザイン系の某イベントを観客席で座って観ていたら、
向こうの通路からぼくへ手を振って来るひとがいて。
ぼくに対して手を振っているように見えるけれど、
でもぼくは目がわるいからよく見えなくって。
もしかしたらぼくの近くに座る誰か別のひとへと
振られている「手」かもしれない?!
その人は「その人」に見えるけど「その人」かどうか???
なんてことを考えてたらうまく反応できずに。

(あぁー、ブログ長くなっちゃって、ごめん。。)

けっきょく、もしもぼくに手を振っていたのなら、
「無視」してしまった形になってしまい。
イベント終わったあとでごあいさつしようと思うにも、
お帰りになられたのかお逢いすることできず。
(ぼくから「無視」されたことに怒ったかもしれないな。)
なので、その方が、
ほんとうに「その方」かどうかさえも定かじゃない。
でも、もしそうだとすれば、
ぼくは決して悪意で「無視」したわけではないので、
いらぬ「誤解」を与えてしまったのかも・・・と考えて。
その方のご連絡先はぼくは存じ上げないんですが、
ぼくが「ブログ」やっていることは知っているはずなので、
弁明するならブログに書くしかない。
という思いで、そのエントリを書いたんだよね。

んでも、書こうとおもっても、
もうぜんぜんきちんとした文章は書けなくって。。。

(つづきます。)

2016年4月2日 @ Teenagers Are All Assholes

本当に嘘じゃないお知らせ!!

2016年04月01日 | 日常
毎年エイプリルフールの日って、
インターネットのなかでは
なにかおもしろいウソをつかなきゃあいけない雰囲気が、
どことなくあるように感じられて。なんか不文律的な???
無視できず、抗えない感じっ。
じぶんもその感覚をどーしても持ってしまうってぇのは、
これはこれで逆にちょっとおもしろいとも思ってる~。
なんでぼくはエイプリルフールのことをどーしてみても、
考えてしまうんか?! みたいな。。。

という雰囲気がよ、でもさいきん
すこし薄れてきてるような気もするの。

ウソつきたいひとはウソつけばよいし。
ウソつかないひとはウソつかなくてよいし。
エイプリルフール忘れてたひとは忘れててよいし。
以前と比べるとそーいうのが、
だいぶ気楽に、気軽に、成ってきたようにも感じる。

ってゆうわけでね、ぼくはきょうこのブログで、
ウソつかないのだけれども‥‥

えー、このごろずっと考えていたんですが、
2005年10月スタートをいたしまして
2008年3月いったんやめて、
2011年10月一度ちらっと書いてからまた再開しましたこの
ブログ『なら斬り開く?!』を、
こんどの4月6日で「終わり」にしようとぞんじますー。
最終日含めたその日までの5回のエントリではじぶんなりの
「総論」を書きたいとおもいます。ですっ!!

大好きです 今度は嘘じゃないっす

2016年4月1日 @ マイ フレンド

岩田聡さんの5つのことば。

2016年03月27日 | 日常
たまに思い出しては
ちょっと考えてみたりしている、
ほぼ日刊イトイ新聞」での岩田聡さんのことばをね、
いくつかブログ書いてみたいとおもいます。

まずは、昨年12月23日ほぼ日手帳での、
「日々のことば」にも掲載されておりました‥‥





コミュニケーションが成立しているときは、
どちらかが相手の理解と共感を得るために、
どこかでじょうずに
妥協しているはずなんですよ。


(「社長に学べ!第9回より。)





‥‥ということばです。

岩田さんおっしゃる
【どちらかがどこかで妥協しているはず】のことを、
ぼくはすぐ忘れそうになってしまう。つまり、
「『相手』が『私』の理解と共感を得るために、
 どこかでじょうずに妥協している」
ていう可能性を捨ててしまっている事態がある。。。

ふたつめのことばは‥‥





岩田 だいたい人間って、
自分の得意なことと他人の不得意なことを比べて
不公平だって文句を言うんですよ。
それは、自分でも、知らず知らずのうちに
やってしまうことがあります。

糸井 「糸井はプログラムもできないのに」ってね。

岩田 それはちょっと極端ですけど(笑)。


(「任天堂の岩田社長が遊びに来たので、
 みんなでご飯を食べながら話を聞いたのだ。
第5回より。)





‥‥という【不公平】についてなんだけれど。
「自分の得意なこと」が、
「相手にとっての不得意なこと」だった場合、
どーしてもその相手の上位に立とうとしてしまうときのこと
なのかな???

これってさ、ふつうならば、
「自分の『不得意』なこと」が、
「相手にとっての『得意』なこと」だったときに、
それを【不公平】だって言うような気がするのですが。
そうじゃなくて、その反対だからねぇ。
気をつけたい、けど、かなり根が深そうな問題のような…

そして、みっつめは‥‥





岩田 あのね、どういうわけか、
明らかに説教しやすい人と、
しにくい人がいるんですよ。

糸井 それそれそれ(笑)。

岩田 安心して「バカもん!」と言える人と、
腫れ物に触るように
叱らないといけない人がいるんですよね。
で、これはねぇ、ものすごい差なんです。
こちらから与えられる量も、
その人が吸収できる量も、
ものすごく変わってくるんですよ。


(「星空の下の仕事観。第5回より。)





‥‥という【説教】のこと。
ぼくは、でも、たぶん
「腫れ物に触るように叱らないといけない人」の側に、
入っているんだろうかもしんない。昔から。。。

さて、よっつめのことばは‥‥





岩田 いや、だってね、
大革命をするから、5年待ってください。
その間は利益は出ませんと言ったら、
社長はクビになるんですよ。

糸井 それはそうでしょうね。

岩田 だから、毎年、一定水準の利益を出しながら、
でも、変えていかなきゃいけない。
いってしまえば、飛びながら
飛行機を修理するみたいなところがあって。


(「適切な大きさの問題さえ生まれれば。第7回より。)





このブログでも何度か引用してると存じますが、
【飛行機を飛びながら修理する】のことです。
ぼくはよくわからないけれど、
そんなアクロバティックさで物事を考えることが
つまり「経営」なのだとすれば、すごいことだと感じた。。。

そして。
ほんじつ最後5つめのことばは、
ゲーム『MOTHER2 ギーグの逆襲』の制作が頓挫しかかり
難航していた開発を立て直すべく現れた岩田さんが
言ったとされる、あの有名なことば‥‥





「よければお手伝いしますが、
つきましては2つ方法があります」

「いまあるものを活かしながら
手直ししていく方法だと2年かかります。
イチからつくり直していいのであれば、
半年でやります」


(「はじめてのひとも、もういちどのひとも。第1回より。)





‥‥です。

そこには「2つ」の方法があり、
そのひとつは「いまあるものを活かす」、
もうひとつは「イチからつくり直す」というときに、
前者ならば「2年」、後者ならば「半年」かかることを
考えて、伝える。って、かっこよいっ!!

岩田さんコンテンツまたすこしずつでも読み返したいー。
改めまして、
岩田聡さんのご冥福をお祈りします。

2016年3月27日 @ オネットのテーマ

油について。

2016年03月26日 | 日常
「油」のことを書きました前回エントリを書いてから
またちょっと考えてたのはねぇ、
じぶんは「油」のことってなにも知らんだわー。
たとえばさ、油は油でも、
ごま油やオリーブオイルやの「植物性の油」は、
冷えても固まらないじゃん。
でもかと言って「動物性の油」のそのどれもが、
固まるか固まらないかってのは全然わからない。

牛や豚の「油」だっても、
お肉の品質によって違ったりするかもだし。
他には魚とか。アザラシとか? ぼくは全く知識ないですが、
そういう動物から取れる「油」ってのも
ちょっと聞いたことある。

油って、なんなのだろう?!

ぼくの場合は、お料理でつかうとしても、
フライや天ぷらなどの揚げ物は家でやらなくって。
もっぱら野菜炒めとかオムレツとか肉じゃがとかソテーとか
お鍋やフライパンで作るだけなので、
つまり、食材が鍋肌にくっつかないための、油。
あとは、ラー油とか調味料としての、油。
油の海のなかにひたして揚げる揚げ物とは、
熱された油とパン粉との化学作用的な感じなのか??
それがどーいう構造になってるのか実はよく知らないー。

灯油や重油や原油やガソリンなどの「油」は、
これは「動物性」でも「植物性」でもないかな。
なんて呼ぶの? これって検索すればわかる気もするが、
ここではあえてせずに。えーと、埋蔵油、的な???
そーいう地面の中に潜ってる油は大昔の化石とかが
長い年月を経て変化して行ったって聞いたことあるけれど、
ほんとう?! だとすればどーいう原理なのだろう。。。

エネルギー的なための「油」もあれば、
火をともすための「油」もあって。また、
グリースのような潤滑油としての「油」もあるし。
食べるとうまい「油」や、調理につかう「油」や。
っていう、ぼくはそれぐらいしか言うことができない。

油って、なんなのだろう。

そーいえば、「水」と「油」のちがいだっても、
ちゃんとは説明できない~!!

2016年3月26日 @ BEEF

36度5分の体温

2016年03月25日 | 日常
夕ごはんにフライパンでお肉を焼き、
食べ終わってから台所にそのままにしておいた
フライパン見てみると、
お肉から出た油が冷えて白く固まっちゃていて。
お肉を食べることで、このような油が、
からだの中に溜まってゆくのはなにかいやだー。

‥‥んでも、肉喰いてぇ!! っておもいながら。。。

火をつけてフライパンをすこし熱すれば、
固まっていた油はまた透明の液体状にもどるからさ。
それを考えると、じぶんのからだの
「体温」がけっこう重要かもとおもうのよね。
体温が低ければからだの中の油は、
冷えて固まってしまう。フライパンに残るあの油ってば、
摂氏何度より液状に成るかはよく知らないけど。
できれば、なるべく高い体温でいられたら、
そーいうのが固まるこたぁ無いんかもしれん。

たとえば肩とか腰とかの筋肉が凝るみたいなことも、
たたいたりもんだりほぐしたりすることで、
すこしその箇所の温度があがって。
凝りがなんだか解消される的なシステムなのかねぇー。

あとは、
どこかなにか膠着してしまったような考えごとも、
比喩として「温める」ことによって、
動き始めるようなことってもあるんかもしれない。
凝った考えごとってどーいうふうにしたら温まる???

2016年3月25日 @ Sugar!!

きょうの夢(『のぞみ1号』ver.)

2016年03月16日 | 日常
きょう見た夢では、、、

くるり・岸田繁さんがぼくの家の部屋にやって来て。
岸田さんは、ぼくがいつも使ってるいすに腰かけ、
つくえの引き出しをひらけばどーしてか
そこに在るはずもないキーボードの鍵盤がならび、
岸田さんは弾き語りで唄われる。。

夢でうろ覚えなのですが、たぶん、
曲目はくるりの『のぞみ1号』で。

ぼくと、あと、部屋にはぼくの母もいて、
岸田さんの唄をしずかに聴いている。
唄がおわると、母とぼくは拍手をして‥‥

ていうところで、夢はつぎのシーンに移ったんだけれど。
なにかとっても貴重な時間を過ごせたような気がして、
有難かった。
今は『のぞみ1号』が入っている
AL『坩堝の電圧』をひさしぶりに聴いてるんよー。

2016年3月16日 @ glory days グローリー・デイズ

「忘れない」とは?!

2016年03月15日 | 日常
東日本大震災が5年前に起きたことを、
ぼくは忘れていなかった。
覚えていた。でもそれは、
「かろうじて覚えていた」だけかもしれない。
新聞テレビで報道されているのを見たり聞いたりするから、
「忘れてない」だけなのかもしれない。

逆に、
東日本大震災を「忘れる」とは、
いったいどういうことなのだろう?!

もしも、ぼくが、
東日本大震災を「忘れた」としたら。。。
例えばテレビで当時の震災映像を観たときに
(はて? そんなことあったかな。全く思い出せない…)
なんて思ってしまったら、怖い。
どれだけ考えてもどれだけ思い出そうとしてみても、
思い出すことができない、
という、そういう状態が「忘れる」なのだとすれば、
ぼくは忘れていなかった。でも、かと言いつつ

【2011年3月11日 東日本大震災】

のような学校の教科書に書かれてあるみたいなことを、
ただデータとして「覚える」ことだけを
ぼくはしているのかもしれない。とも思って。
それは例えば、

【1945年8月15日 終戦】

という一節と変わらない。けれど。
その一節を「覚える」というのだって大事な気がする。
だけど、そんなことを言ってしまったら、
これまで起きたありとあらゆる地震や災害や事件や事故を、
ぼくはもうかなり覚えていない。
数年前、いや、たぶん数ヶ月前のニュースですら、
(はて? そんなことあったかな。全く思い出せない…)か
(あぁ! そんなこともあったよなぁ、思い出した…)の、
ぼくの反応はどちらかに分かれるだろう。

「忘れる」や「忘れない」と言うのだっても、
そもそもぼく自身の「記憶している」こと自体が
少なすぎる気もする。仮に、
東日本大震災のことでも「ほぼ何も知らない」ひとと、
ぼくはそんな大差ない。
「忘れない」って言うほど「覚えてる」ことが無い。。。

早野龍五さん糸井重里さん共著
知ろうとすること。』という書籍タイトルでの、
「知ろうとする」こととは「忘れる」や「忘れない」への
ある種のアンチテーゼなのかもしれない。
「知ろうとする」をしているあいだは、たぶん、
「忘れる」ことは無いし。
「忘れない」と思っているあいだにも、
どんどんあたらしい事柄が出て来ているとして、
そのときに「忘れない」と思っていれば、もしかしたら
これまで「覚えたこと」にしがみつくようになってしまい、
知識の「更新」ができにくいかもしれない。

本当に「忘れない」ために、
「知ろうとすること。」をしていたい。

2015年3月15日

中学生のとき、本屋さんで。(後編)

2016年03月14日 | 日常
昨日書いた出来事を、ぼくはその後ずっと忘れていて。

出来事以来、初めて思い出したのが、
大学生の何年のときだったかは覚えてないけれど、
ひとり暮らしで住んでいたアパートでの
夜中ぜんぜん眠れなかったときにいろいろ考えてたら、
ハッと思い出し
「そーだ。そういう出来事がおれには起きたんだ…」
て思ったらなんだか無性に吐き気がしてきて。
トイレへ駆け込んだ。

それからたぶんすこしの期間は、
その出来事によるあの感触に思い悩まされながら。
でもまた忘れて。そしてまた次に思い出したのが、
前職を体調不良で退社してこれから療養の生活をしようと
思っていろいろ振り返ってたときで。。。

このときは大学の頃よりもうちょっとだけ真剣になって。
あの出来事は、もしかしたら、
じぶんのトラウマに成っていたかもしれない????
と考え。それがもしもぼくのひとつのトラウマだとすれば
なんとかしたい! そう想いましてそのときはねぇ、
なにか小説のような体裁で文章を書き、
フィクション的に克服させたい。
みたいなことをじぶんのなかで思って。書いて。
その文章はじぶんの慰安のためだけに書いたものなので、
データはすぐ消去したけど。
(←読むためには書いていない。という意味です。)

それからまた今に成りまして、
なぜだかこーしてブログに書こうと思い。

また思い出してちょっとだけ興味ぶかいのはさ。
ぼくは勉強できなかったけれど、
中学のあるときだけよい成績を取ったことがございまして。
それまでは学年約270名中130番目くらいとかで、でも、
そのあるときには学年30番、クラスで2番になって。
先生もみんなもぼくもなんでそーいうことが起きたのか、
よくわからなかったけど。振り返ってみれば、
たしかあれは中学二年の二学期期末テストのときでさ。
つまり、あの出来事の後だったのよね。たぶん。。。

無意識にでも忘れようとしてたのかもしれない。

あのとき、すぐ家へ帰ってしまわずに、
そのまま少しの時間だけでも本屋さんのお店のなかに居て、
そして声をかけてくれた店員さんの声に
応答ができればよかった。と、今はそう思う。

2016年3月14日

中学生のとき、本屋さんで。(前編)

2016年03月13日 | 日常
たぶん中学二年の10月だったと思うんだけれど。
自宅から自転車で10分くらいのところに在る場所の
今はもう無いそれほど大きくは無い本屋さんへ、
ぼくはたしか「ファミ通」等を立ち読みするため
毎週のように行っていて。

その10月のとある日も、
ぼくは本屋さんのちょっとせまい幅で囲まれた通路の
本棚のまえに立ち雑誌を読んでまして。
時間はたしか部活終わりの平日夕方過ぎだったのかな??
記憶の中ではそのときお客さんは誰も居なくて。
ぼくはひとり立ち読みをしていた。

っていうときにね、なにかよくわからないんだけど、
男性の外国人のおじさんがぼくに近づき、
片言の日本語でじぶんの股間を揉んでくれと言って来て。
ふつうならそこで逃げるはずなのだけれども、
なぜだか避けられない感覚に襲われ。ぼくは、
ぼくの身体にくっついて来た彼の股間を下着越しに揉む。、。
その最中はたぶんなにか相手のことを、
可哀想と憐れむような気持ちになっていたような気がする。
それから実際ではどれだけ時間経ったかわからないけど、
結構長いあいだだったと思えた、の、その次にはね、
彼が下着越しじゃあなく生のままで揉んでくれと言うもんで、
(え?!)って思いそれはぼくはできないよと申しあげ、
彼の股間からじぶんの手を離して、後ろ側にのけぞる。

逃げようと思い本棚のところから大きい通路に出れば、
レジのほうより数人の店員さんが出てきて
「だいじょうぶ?」と声をかけてくれるんだけれど。
ぼくはもう茫然自失で。たぶん、
「警察を呼ぼうか?」とも言ってもらったはずなのですが、
なにも考えられずに無言で外へ出て自転車に乗り
帰宅した。

(後編へつづく。)

2016年3月13日

トマトと小学校卒業。

2016年03月12日 | 日常
吉本ばななさん
おとなになるってどんなこと?』を読みながら、
ぼく自身「おとな」なのかどうか? を考えてみたけど。
それはもう全然なっていなくって。
んでもそーいえば、あのことは、
ほんの一歩でも「おとな」になりかけたと言えそうかも?
的なことを申します。

それは、トマトを食べられるようになった。
の話なんだけどもね。

ぼくは小さいころからトマトが苦手で。
それも、いちばんのおもいでは小学校の給食でさー、
ミニトマトが出て。それは口に入れて食べて、そして、
そのあと食器を片付けようとしたときに
※※してしまったこと。。。(←ごめんなさい。)
そのとき以来ずっとトマトを敬遠しておったのだけれど。

あれはたしか27歳ぐらいの時だったかな。
名古屋へひとりでライブ観てきた帰りの豊橋へ戻って、
これから夕ごはんを食べようと
びっくりドンキーというレストランに入り、
たぶん「おろしそバーグディッシュ」を頼みまして。
知ってるかたは知ってるとおもいますが、
お皿にあるサラダの上にはミニトマトがひとつのっていて。
それまではさ、誰かと一緒に行けば、
だいたいあげるのか残すのかしてたけど。
そのときはひとりだったからねぇー。
残すのもなにかどうかなと思い、
ハンバーグと一緒に口に入れ、食べたっ!

そのときからじぶんのトマト嫌いを克服しようと思って。
いろいろ考えたり試したり…

【アレルギーで無い「食べられなさ」は、
 もしやじぶんの思い込みが要因なのではないかと考えて。
 じぶん自身を「騙す」作戦をやってみたり。】

…したのが功を奏し今では完全に食べられるようになった。
っていうよりも、すきになったもんねー!!!
スーパーとかでもじぶんでトマトを買うようになったり。
たとえばサンドイッチのお店でも、
もう気兼ねなくサンドイッチ注文できるようになったし。
(豊橋・佐藤町のMERCY'Sがすきです。)
一時期のトマト・ブームにも乗っかることができ。
いちばんはモスバーガーの「モスバーガー」だわ~。
初めて食べたとき、あまりのおいしさにびびったもん。

さきほど申しあげました小学校の給食でね、
※※したあとに担任のK先生(工藤先生)が
「ひでしは卒業までにトマトを克服しなきゃなー!」
と言いまして。それがよーやく、
20代終盤になってトマト食べられるようになり。
つまり工藤先生のおっしゃったような、
そのときがぼくの本当の小学生卒業なのだわとおもった。

これは全然「おとな」とは言えないんだけども。

と。なので、
次回は「中学生」のときに起きたあることを、
ブログ書きたいとおもいますです。。。

2016年3月12日

真のフォロワー

2016年03月11日 | 日常
「フォロー」について考えているんだけども。
たとえば、何かのことを
考えたり知ろうとしたり分かりたいとするためには、
「フォロー」が重要だと思うのよね。
「フォロー」とは言いましても、
ぽちっとクリックするとタイムラインへ流れて来ては
そのまま時間と共に遠のいてゆき、そして、
すきなときに外したり付けたり登録したり、のような、
「フォロー」ではなくて。
えーと、なんて言えばいいんだろう??

松田聖子さん『赤いスイートピー』での
【I will follow you あなたについてゆきたい】
と唄われているみたいな、
そんな【follow】なのですが。。。

震災によって社会はたぶんに変化して。
ぼくだっていろいろ変わったんだもん、とか言ってみても、
私の場合はそんなのぜんぜん嘘っぱちで。
じぶん自身出来るようになったことなんて一つも無くって。
でも、ぼくがすきなひと、たとえば、
よく観ていたり読んでいたり聴いていたりしていた方々は、
震災を経て「変化」をなされて。
ぼくはその方々の「変化」のことを【follow】だけでも
したいと思い‥‥

たとえば、
WEBサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』や、
ASIAN KUNG-FU GENERATION後藤正文さんや。。
「フォロー」して、そしてそこから振り落とされないよう
なんとしてでも「ついてゆきたい」と感じながら、
目を見開いてる感覚。
そんなんじゃあダメだという批判もわかるよ。
じぶんの頭で考えてないことだし。
頼ろうとしていたり、依存していたり、っていうのは、
否定できんからさ。でもならば、
それなら誰も【follow】せずに生きると言うのだっても、
どうなのか?! とも思い。

そういうような、
「フォロー」や「フォロワー」のことについては、
すこしじぶんのなかで考えてみたいとぞんじます。

2016年3月11日 @ あなたに逢いたくて ~Missing You~