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なら斬り開く?!

アジもホッケも、物事さえをも、斬り開く。

ひさしぶりに『深海』を聴いて…(中編)

2015年03月09日 | 音楽
こんにちは!

前回エントリでは、これまでなぜか封印していた
ミスチルの『深海』をひさしぶりに聴き、
(素敵だなぁ!)と想いながら考えておりました
ミスター・チルドレンの「海」の事について申しあげます。

それとはね、ミスチルの歌、
いろいろなモチーフが登場するとは思うのですが
(←パッとおもうのは「風」とか「靴」とか、かねぇ。)
の、なかでもさ、
「海」のそんざいがとっても大事なのではないかっ?!
と感じました。

たとえば、、、





「夕暮れの海に ほほを染めた君が
 誰よりも 何よりも 一番好きだった
 二人していつも あの海を見てたね
 日に焼けた お互いの肩にもたれたまま 一日中 笑ってた」

    君がいた夏 / Mr.Children




1992年・デビューシングル
『君がいた夏』でのうたい始めの歌詞より、
さいしょの「海」が唄われていて。
それで、ベストアルバム『肉』の解説を拝見いたしますと

  「ちなみに詞の背景となったのは、
   桜井が子供のころに親しんだ、山形の海。」

とのことで。また、





「防波堤に打ち寄せる波の飛沫(しぶき) 浴びれば
 出会った日の二人がReplayしてる
 はぐれた時間(とき)の隙間など きっとすぐ埋まるよ
 ためらいのない想いが蘇る」

    Replay / Mr.Children




1993年・3rdシングル
『Replay』でもぜんたいに渡って「海」が唄われていて、
なんかその感じがすてきなんよね。

と、云うのから、一転‥‥





「罪深き恋の中で
 愛しさに身悶えて
 儚い闇を泳ぐ」

    ジェラシー / Mr.Children




1994年・4thアルバム『Atomic Heart』の7曲目
『ジェラシー』では、
「魔性」と「母性」の海に「溺れてゆく」であるような…
これまで「海」を砂浜より眺めてたのが、
ここから「海」の中へと入ってゆく感覚であるのかーっ??

えーと、よくわかりませんが。





「シーラカンス
 君はまだ深い海の底で静かに生きてるの?
 シーラカンス
 君はまだ七色に光る海を渡る夢見るの?」

    シーラカンス / Mr.Children




前回エントリより申しあげております、
1996年・5thアルバム『深海』での
オープニングインスト『Dive』よりひきつづき2曲目
『シーラカンス』から、、、





「僕の心の奥深く
 深海で君の影揺れる
 あどけなかった日の僕は
 夢中で君を追いかけて 追いかけてたっけ」

    深海 / Mr.Children




最終14曲目『深海』までのあいだ、
深い深い「海」の底まで潜ってゆき
だれのことを仰っているかはわかりませんが、
「僕」と云うひとは「君」のことを考える。

ぼくは、ひそかに『深海』の




↑このジャケットが好きなんよねぇー!!

と、そして、





「飛び込み台の上 僕等は否応無く
 背中を押され落ちてくんだ
 溺れそうな魂 水しぶきをあげて
 息絶え絶え水面をかく
 けれど」

    Image / Mr.Children




1999年・7thアルバム『DISCOVERY』最終11曲目
『Image』 では、
なにか『深海』の影、と申しますか、でも
「飛び込み台」ということばとは、
『深海』が別のイメージへ変化してゆくかのような…

また、





「孤独とゆう暗い海に ひとつの灯台を築こう
 君はただそれを見ていればいい
 一番安らげる場所で」

    安らげる場所 / Mr.Children




2000年・9thアルバム『Q』最終13曲目
『安らげる場所』では、
「暗い海」に「灯台」が築かれる。

『Q』のアルバム・ジャケット、




↑この、砂浜で、頭部だけ潜水服を着ている感じが
 なにやら意味深なのよね…





「ゆけ 荒れ狂う海原の上
 未来へと 手を突き出して
 もしかしたらずっと何も起こんないかも
 でも 永遠のパドリング」

    PADDLE / Mr.Children




2004年・11thアルバム『シフクノオト』2曲目
『PADDLE』では、
荒れ狂う「海」でももう溺れずに「ゆけ」と鼓舞させながら
「パドリング」を続ける姿が、かっこよい!!

っと、そしてっ、





「そうだ 明日プールに行こう
 澄んだ水の中 潜水で泳いで
 苦しくたって 出来るだけ 出来るだけ
 遠くまで あぁ あぁ あぁ あぁ 生きてるって感じ」

    潜水 / Mr.Children




2005年・12thアルバム『I▼U』(▼部分は「ハート」)の
最終13曲目
『潜水』が、ぼくはもう大すきなのですがっ。

ぼくはさ、5thアルバム『深海』の『深海』と
この『潜水』と云う曲はセットなのではないか?!
っておもっているのよねー。
(どちらもアルバム最終曲で、漢字2文字だし、
 語呂が「○ん○い」だから。)

んでも、その2曲の違うところは、
『深海』では「死」が唄われていて、
『潜水』では「生」が唄われている。
深い深い「海」だと思われていた場所とは、
じつは「プール」なのであった‥‥

‥‥と、そのように考えてみますと、
なんかミスチルが、時間をかけ
どんどん巨大となってゆく姿が思い出されて、
すごいっ!! ておもった。

あっ。あの、
こんかいのブログ、チョー長くなっているけれど、
まだまだつづくわよ。。。





「この目の前にある恐ろしくて
 それでいて優しい海原を
 僕は泳いでく 君と泳いでく」

    Wake me up! / Mr.Children




2007年・13thアルバム『HOME』の
オープニング曲『叫び 祈り』からつづいて2曲目
『Wake me up!』では、
「恐ろしくて それでいて『優しい』海原を」
とおっしゃる詞が、とても感慨ぶかい……

からの、さらに





「キャッチボールをしたり 海で泳いだり
 アルバムにだって貼り付けてあるんだもの
 ちゃんと覚えてるんだ ちゃんと覚えてるんだ
 ちゃんと覚えてるんだ こんなに」

    あんまり覚えてないや / Mr.Children




同じく『HOME』の、最終14曲目
『あんまり覚えてないや』では、
過去の「海」での思い出も思い出しながら。。

と、前アルバムの最終曲『潜水』で、
「そうだ 明日プールに行こう」てゆうコトなので、
『HOME』のアルバム・ジャケットは




↑次の日プールをおとずれ、
 ミスチルは現地でとある家族と出あった。的な?!





「さぁ 旅立ちのときは今
 風をよんでデカい帆をはれ!」

      fanfare / Mr.Children




2009年・配信限定シングル
『fanfare』では、
これまで生身のからだで泳いでいたのが
「船」を手に入れ、いざ出航!

そんで、





「アスファルトを飛び跳ねる
 トビウオに擬態して
 血を流し それでも遠く伸びて」

      擬態 / Mr.Children




2010年・16thアルバム『SENSE』2曲目
『擬態』では、もう
アスファルトの地面すら「海」と成ってしまってて。

そして、そのジャケットは




↑海面よりジャンプする、クジラ!!


と、このようにぼくがおもったのはさ、
ミスチルとは作品を重ねるごとに
「海」のイメージをどんどん深化させて行ったのではないか。
ってかんじたの~。

そして、また別にもうひとつだけ
『深海』を聴いて想ったことがございまして。
それは次回ブログにて申しあげます、ってゆーか、
文章がもう完全に長くなってしまっていて
よんでくださった方がもしおられましたら、感謝!!

ありがとうね。

2015年3月9日 @ hypnosis

ひさしぶりに『深海』を聴いて…(前編)

2015年03月08日 | 音楽
ミスチルのアルバムはくるまにつんであるもんで、
各アルバムけっこう毎度よく聴いているのですがっ。
『深海』だけはいつごろからか長いこと封印しておって、
それをね先日ふと解禁させ、
運転中に『深海』聴いてたらなんか昔聞いていた時と
じぶんの感ずる印象がどこかちょっと変化していたんよ~。

誤解を恐れずに申しますなら、「おもしろい」のよーな?!

絶望感的の、内容が内容だけに
そーいう気分に浸りたいときはヘッドホン大音量で、
部屋暗くして聞いてたりしたんだけれどね、以前は。。。

アルバム全体の流れやつながりや、
やっぱりすんごい素敵だなぁ。とおもって。

『Dive』と云う題名の、
海へと潜ってゆくようなインスト曲より始まって、
つづく『シーラカンス』、『手紙』……

……からの、とくには、歌づくりのデモ音源の雰囲気な
『Making songs』から進まれるアルバムの流れってば、
素晴らしい。

『Making songs』での、
『BOLERO』収録の『タイムマシーンに乗って』っぽい曲や、
『名もなき詩』弾きがたり風で終わるところとか。
そのあとの『名もなき詩』がさらに引き立つかのよーな…

そして、
アナウンサーの「臨時ニュースをお伝え…」の声より始まる
ラジオチャンネルをカチカチッと変えてゆく、
15秒間の『臨時ニュース』もカッコよくって!

(とちゅうで『名もなき詩』シングル・カップリング曲
 『また会えるかな』の「ヘイヘイヘーイ」が、
 聴こえるところとか、すごい、って思う。)

そこからの『マシンガンをぶっ放せ』、カラノーッ、
『ゆりかごのある丘から』では最後に


  ♪シーラカンス


のフレーズが再び唄われて。それは
ビートルズ『アビィ・ロード』の『Carry That Weight』で、
『You Never Give Me Your Money』がまた唄われるように…
『深海』を初めて聞いたとき(←たしか、中学生だった)は
『アビィ・ロード』をまだ知らないからねぇ、
そのあまりのドラマチックさに魅了されたんだわー。

「死」をも連想させるようなその内容にでも、
アルバム終盤の『花 -Memento-Mori-』は、
もう、ほんのかすかな希望の光のようだし。

「♪シーラカンス」と三たび唄われる
最後14曲目の『深海』、までのつながり……

……を聴きながら考えていたのはさっ、
ミスター・チルドレンの「海」についてのことなのですが、
そのことは、次回ブログにて申しあげます~。

2015年3月8日 @ So Let's Get Truth

まずは1998年を想いながら…

2015年03月06日 | 音楽
ぼくには、母親がおなじで父親のちがう兄がおりまして。
そんで兄にはね、
18歳になる男の子と1つ年下・年子の女の子(今度高3)の
つまりん、ぼくの甥と姪やね。

さいきんはなかなか会えていなくって、
みんなげんきだとよいなー。とおもっておるですが。

そーいえば、姪はねぇ
いま現在はどーかもうわからないんだけども、
音楽は、浜崎あゆみさんが好きなのだと話していて。
(へぇー…)って思いながら、よくよく考えてみるとさ。。

姪は1998年生まれなのだから、浜崎あゆみさんが
デビューされた年に姪は生まれたってコトだわー!
と、そうしみじみ想いましてぇ。
1998年と云えば、ぼくはたしか高2くらいの時だから、
『poker face』以降そういえば当時よく聴いてたなー!!

ってかんがえながら‥‥

ぼくは1982年生まれなので、
姪のようにじぶんが生まれた年にデビューなされた方の
音楽って、じぶんが高校生のとき聴いていたかなぁ?!
ってそーいうふうにおもいながらネット色々調べたりして…

稲垣潤一さん、小泉今日子さん、安全地帯中森明菜さん
 のかたがた。。。)

それでなんかおもったのはね、たぶん
その人が生まれた「年代」によっていろいろな事柄や世界の
見えかたや印象の感じかたって変わってくる。。。

たとえば、
「1998年」から16年前の「1982年」。から16年前の
「1966年」となると、、、
ビートルズが『リボルバー』を出した年だからさー。

それとはつまり、当時まだ生まれていなかった
ぼくが思えばすごく以前のような気もするんだけれど、
でも、姪とぼくの生まれた時間の差をおもえば、
じつは、めっちゃ昔でも無かったんかも?! とも想える。

なんと申しますか、
本日お生まれになった方が高校生になるときは
2030年代だからねぇー。。。

と、そんなよーな、時間のことを考えていたっ!!

2015年3月6日 @ evolution

交差点。

2015年02月12日 | 音楽
「誰もが胸の奥に秘めた 迷いの中で
   手にしたぬくもりを それぞれに抱きしめて
     新たなる道を行く」

     CROSS ROAD / Mr.Children


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ミスターチルドレンの『 CROSS ROAD 』を聴きながら、
「交差点」について考えているんだけどね。

なんてゆーの、やっぱり「交差点」という地点って、
道路のほかのどの場所よりも劇的といいますか、
ドラマチックといいますか。通常の場所でない感があるっ!

かの、
「赤信号、みんなで渡れば怖くない。」の噺で申しますとさ、
ぼくの場合は、たとえ青信号であっても
ひとりでも、みんなでも、何人でも渡るのは、怖い。
みたいな心持ちが、少しはあるのかもっ?!

と、話はすこし変わるけど。

いつか街が雪で停電になったとき、ちょうど外を歩いてて、
ある国道と市道(?)の交差点にさしかかかったのですが。
その交差点の信号も停電で、光は点いていなくって。
するってぇーと、国道側の道路のほうが
市道よりもだんぜん権力は強くってぇ、
国道の車ばっかりビュンビュンと走っているのね。

徒歩のぼくもその国道の向こう側へと渡りたいけれど、
なかなかタイミングがつかめなくって。
なので、じわじわと、そろそろと、
国道側の運転手さんにアピールをするように横断歩道を
ゆっくり進んで行って。からだで車を停めるように横断し、
その間には、市道側で滞っていた道路も動き始めた…


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「Round about city 孤独な街角
     過剰な愛に ゆがんだ Heart
 誰かが泣いてる 誰かが笑ってる
     浮足立つ路上の夢に oh God bless you

     Round About ~孤独の肖像~ / Mr.Children


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ラウンドアバウト型の「交差点」ってば、ぼくはまだ
進入したことないのですが、どんな感じがするんだろう?
大学での「建築計画」のときに
ラウンドアバウトのことも習って、そのとき、ミスチルだ!
とは思ったけれどまだまだピンとは来ていなくって。

最近になって、アルバム『 Atomic Heart 』での、
『 CROSS ROAD 』と『 Round About ~孤独の肖像~』
の両曲って、対をなしているかも? とおもったり。

上から見ると、「×」と「○」に見えるところとか。

んでも、「クロスロード」は交差してるから、
その「交差点」の地点でひと同士は出合えるけれど、
「ラウンドアバウト」は出合う瞬間も無く孤独のまま。。。

どちら側としても、それぞれの方々がそれぞれの未来へと
安全に、健康に、しなやかに、鮮やかに、
それぞれのスピードで進まれてゆくことだろう。

2015年2月12日 @ 横断歩道を渡る人たち

タンスはうまくかつげない

2015年02月08日 | 音楽
昨日エントリでは、どーしてなのかいきなり唐突に
嘉門達夫さんの『替え唄メドレー』のことを申しまして。
それでね、なんか補足的にあとちょっとだけ‥‥

ぼくは『替え唄メドレー』は、
たぶんこどもの頃にはじめて聴きまして。
なにぶんこどもの時分であったのでさ、その「替え唄」の
「元の唄」を知らなかったとおもうんだよねぇ。

サザンオールスターズも、プリンセス・プリンセスも、
米米CLUBも、リンドバーグも、ザ・ブルーハーツも、
井上陽水さんも、長渕剛さんも、松任谷由実さんも、
たぶん、ほとんど知らなかったと思うのよ。
(聴いたことあった唄も、あるとはおもうけれど。)

と云うよりも、昨日のブログ冒頭に記しました


  ♪海辺に バイクを止めたら 錆びる


が、近藤真彦さんの『ハイティーン・ブギ』だということ、
ぼくは昨日知ったからさ~。
エントリを書くためにネット検索してみて、それで
はじめてわかった。みたいな‥‥

だから、ぼくの『替え唄メドレー』の聞き方ってば、
普通の聞き方とは逆なのよね。
知っている「唄」の「替え唄」を聴いて、たのしむ。
の聞き方では無いからさっ。

まったく知らない「唄」の「替え唄」をまず聴いて、
(よいなぁ!)と想い、
あとから「元の唄」を知る。

それってさぁ、やっぱり
「唄」が、「唄」のメロディーが、すばらしくってぇ。

そして、こどもながらには
嘉門達夫さんの「替え唄」の歌詞ってとっつきやすくって。
(←嘉門さんの「声」も、かも。)
こどもだったじぶん的には、唄のメロディーの中に
自然と入って行けるかのよーな??

そーいう意味では、『替え唄メドレー』が、
ぼくの「唄」の「入り口」だったかも知れないなぁ!
って、なんかあらためて思いましたっ。

2015年2月8日 @ ダンスはうまく踊れない

海辺にバイクを止めたら…

2015年02月07日 | 音楽
なんとなく、ふとしたときに


  ♪海辺に バイクを止めたら 錆びる


のさ、知っている人は知っているあのフレーズが、
頭のなかにどーにもこーにも思い浮かんで来てしまって。
そーなっちゃえばっ、もうそのままあの「メドレー」を
ぼくは最後まで歌い切ってしまっているんだわ~。

と、このまえもそれでね、
歌っているうちにどんどんとつぎつぎと
思い出されてゆくあのメドレーでの、いちばん最終箇所!


  ♪人気もあったぁ テレビにも出たぁあ
   だけど世間は冷たいモノさ


と、ぼくが歌うからさ、ぼくは
「はて?! それって何についてを歌っているんだっけ」
と思い、んでもすぐにはわからなくって。
そのつづきをぼくが歌うのを、ぼくは待ったのね。
そーすれば‥‥


  ♪人気がなくなりゃ 見向きもしないぃ


と、ぼくは歌いだして
(そうそう、それは誰のこと??)とおもいながら、、、


  ♪エリー


うん…


  ♪マキー


おぉー。


  ♪トカゲぇー


あ、なんだ、エリマキトカゲか…


…って、あらためてよくよく考えてみますと、
嘉門達夫さんの『替え唄メドレー』ってさ。
ひとつひとつの「替え唄」のクオリティーもさることながら
「替え唄」と「替え唄」のつながりが、
なんか、絶妙のような気がしたっ!!

だって、今でも覚えてて、最後まで歌えるんだもの。

2015年2月7日 @ いとしのエリー

『恋はみずいろ』の思い出。

2015年02月03日 | 音楽
じぶんみたいな素人がこんなん言うのも
なんかちょっとおこがましいかも。なのですがっ。
ぼくのね、一番最初に音楽で「よいなぁ!」と思った経験は
幼稚園のときに園児一同で演奏いたしました
『恋はみずいろ』なのでして。

んでもよ、もちろん幼稚園のときだから
「この『恋はみずいろ』って云う曲は素晴らしいなぁ。」
だとかはそりゃあ思うこともなく。

意識を出来たのは、もうすこし大きくなった時のこと。

B'zのライブビデオ『BUZZ!! THE MOVIE』を観ていて、
(←DVDの方ではなく、まだVHSの時代だわね。)
その中での『もう一度キスしたかった』の演奏最後に
松本さんが『恋はみずいろ』のフレーズをぽろっと弾いて、
それでねぇ、(あ、これってどこかで…)と感じ。。。

記憶をたぐり寄せてみれば、
幼稚園のときにピアニカ(←たぶん)で弾いたわっ!
その曲のタイトルは、たしか楽譜の上のほうに
『恋はみずいろ』って書いてあったわーっ!!

みたいなことを思い出してぇ。
そいでさ、またもうちょっと大人になった頃には、
ポール・モーリアの演奏をじっと聴いたりしていたり。

なんかふとそんな
じぶんの約30年前からのことを思い返してた~♪

2015年2月3日 @ 消えない虹

ピアノ

2015年01月27日 | 音楽
このまえクルマの中でねっ、ひさしぶりに
上原ひろみさんのアルバム『 ALIVE 』を聴いていて、
そこでなんやらふと気がついたのですが。

そーいえばぼくはある時を境にして、一挙に
ピアノやキーボードの鍵盤で演奏された
音楽を聴くようになったかもぉ。。。 とおもいまして。

それは、いつ、どんなきっかけだったか?? 
はあんましよく覚えていないけれども。
(←時期は、00年代の終盤だったかな)
その方々とはうえ↑にて申しました上原ひろみさん。
矢野顕子さん。クラムボンさん。

そしてまた、昨日エントリで申しあげました
フジファブリックも、
金澤ダイちゃんの演奏かっこよいしっ!!

そして、その方々からのつながりで、
クラシックやジャズのかたの音楽も超にわかですが
すこし知ること・聴くことが出来たり。。。

近頃でございますと、ゲスの極み乙女。さん!!

それまでは聴くのはギターの曲ばっかりだったのが、
ピアノの音楽と出合い、それで少し世界が広がったかも…
って、なんとなく改めて考えておりましたら。。。
昨日のほぼ日でね、


  『ピアノがどんどん好きになる


というピアノのコンテンツ始まるのを拝見しまして。
もうちょうど「ジャスト!」と感じながらぁ、
なので今回このことをブログ書きました~!

魔法みたいだからさ、ピアノ、憧れるのよねぇ。

2015年1月27日 @ 人間2

ドキドキしてくる。

2015年01月26日 | 音楽
このごろはあんまりCDを買わなくなって、
聴きたいとおもえばツタヤでレンタル。って云ってもさ、
それさえもどこかタイミングを逃したりしてて‥‥

と。そして、今。

昨夏はつばいされましたフジファブリックのアルバム
LIFE 』を先頃ようやく借りて参りまして、
少しずつ部屋でひとりじーっと聴いているのですが。。。
聴いてるとぉ、なにやらドキドキしてくる~。

この気持ちとは、なんて言うんだろーね?!

なんだろう?? よくわからないんだけどもさ、うーんと
なんかやっぱしドキドキしてくるっ!!
たのしい、とか、わくわく、などもあるのだろうけれど、
すこしちがうと申しますか、それだけじゃ無い、
それだけじゃ言い尽くせない。のよーな‥‥

あの、なので、もうちょっとだけ聴きます。
あともうちょっと聴いてみます。
このドキドキがなにか?! が
すこしぼんやりとでも見えてくるまで、聴きます。

この感じってば、ちょっとひさしぶり~。

2015年1月26日 @ robologue

恩赦

2015年01月09日 | 音楽
「古い時代が 終わったなら
    すべての人に 恩赦があるのさ
 Woh Woh 罪深い人たちに どうぞ
    恩赦 恩赦 恩赦 On your mind 恩赦 for you」
  
    恩赦 / 忌野清志郎


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このなんにちか、
「恨み」や「憎しみ」や「欲望」のことを考えていたら、
なんかちょっと寂しくなって来ちゃって。。。 

なので、キヨシローさんの『恩赦』を… いえ、正確には、
矢野顕子さんのCD『矢野顕子、忌野清志郎を歌う』収録の
矢野さんが歌われているバージョンでの、
『恩赦』を聴いております。

『恩赦』ということばは、グーグル検索してみると
「刑罰を消滅もしくは軽減する制度」のことらしいけれど。

矢野さんの声で聴くキヨシローさんの唄は、
とってもやさしくて。そこには「制度」という枠を超えた
もっともっと大きい「赦し」の心が歌われている、
かのよーな、そんな気がして来て。

聴けば、いつも胸にこみ上げて来る…

あいつにも、どうか恩赦を。あなたにも、どうか恩赦を。
そして俺も同罪だから、
どうぞ 恩赦 恩赦 恩赦 for me

と。そーいえば、
先日おとずれた浜松・志都呂イオンヴィレヴァンの棚に、
キヨシローさんの本や雑誌やCD・レコードが
いちどうに集められたコーナーがございまして。
(おぉー!)っておもいながらしばらくそこに佇んでたよ。

ではではねぇ~!!
このブログに来てくれてどうもありがとうございます。
矢野さんの同アルバムの『セラピー』も、素敵なのよー♪

2015年1月9日 @ Daydream Believer

「歌」のおかげで思い出す。

2015年01月05日 | 音楽
昨日エントリでは、今でもまだごくたまにある
なんかビミョーに追い込まれたきもちになりながら、
こころのなかへと
幽閉されたかのように動けなくなっちまって。

の、そんなときっ!!

RCサクセションの『ステップ!』が頭に流れて来て、
そのおかげで、
(そーだ、ステップが大事だったんだ!)
とゆーのを思い出し、なんとか檻から抜け出せた…

的な、真夜中のある出来事だったのだけれども。

じぶんで「よしっ!」と決めた決め事ってさ、
覚えようとしてもじつはなんかすぐに忘れちゃってて、
大事な場面ではなかなか使えんかったりして。。。

なんとゆーか、「歌」って、
いろいろなすげぇ「力」があるとは思うのですが。
そのひとつには、そんな
「忘れていたことを思い出させてくれる。」
ものであるのだなぁ。と改めて感じ、感謝を想いました。

それではねっ!
このブログに来てくれてどうもありがとうございます。
どんなときでも耳をひそめれば、あの音楽がきこえる~☆

2015年1月5日 @ Atomic Heart

ライジングボール

2014年12月31日 | 音楽
「願いは 破裂するんじゃないかと
   願わず かなう夢はどうかと
     今ならば 思えてきている
       目の前は ただ巨大なハリコのトラ」
  
       ライジングボール / UNICORN


──────────────────────────────────

ひさしぶりに、クルマのなかで
ユニコーンの『 Quarter Century Live Best 』を聴いてたら
『ライジングボール』にさ、おもわずグッときたっ!

んもう、泣けてきちゃったわよ。。。

と、『ライジングボール』の「ボール」とは、
いったい何をあらわしておるのか?! ってのはよぉ、
よく知らないんだけれども。なんか、じぶんの感覚では、
「ことば」や「気持ち」や「想い」などの
「相手へ投げる表現」のことを仰っているんじゃないかと。

そして、その「表現」が相手へと届き、受け取ってくれて、
さらには投げ返して来てくれる的な「キャッチボール」に
成ればいいかと‥‥
‥‥みたいな願いが込められている歌なのではないかと??
ってのを考えてたんだけどねぇ。

歌・曲の力強さに、おもわずグッときたーっ!

とくにはさ、
どこにいちばんグググッってきたかと申しますなら

──────────────────────────────────


「ライジングボール のばす 手の上をいく
   ライジングボール 想像の上をいく
     ライジングボール 夢のボール
       強い強いボール」


──────────────────────────────────

この↑最後の部分での歌詞
「想像の上をいく」のところでありやす。

「想像」の「上」をいく。

と云うのは、果たしてどーいうことであるのか?! 
なんてぇのはおれにはまったくよくわからんのですが、
なんつーか、その雰囲気が壮大で、すごいっ!!

じぶんの「想像」の「上」にある、そのまた「上」の、
さらにさらに「上」をひろがっている
「宇宙」よりもまだもっと「上」の「上」の空間を、
やわらかに、しなやかに、かろやかに飛ぶ「ボール」…

…みたいなことを想ったら、なんか「おお」って叫んでた!


  ♪この場所は じゃまなんかない どこまでも空


それではねっ。
このブログに来てくれてどうもありがとうございます。
因みに本年の読書〆はみうらじゅんさん『人生エロエロ』!

2014年12月31日 @ よいお年を~

どうして、もっと早く聴かなかったのだろう??

2014年12月24日 | 音楽
2009年12月24日。
フジファブリック・志村正彦さんが亡くなられたニュースを
インターネットで見たときは、おもわず声が出た。
(調べてみますと、その報道は翌日の25日でした。)

ニュースを見た瞬間は、まだ当時使っていた
iBook(Appleのノート型コンピュータ)を抱えながら、
ベッドにあぐらで壁にもたれてネットサーフィンしていた。
たぶん夜の10時くらいだったと思う。

「おもわず声が出た。」と先ほどは申しましたが、
でもぼくは、フジファブリックの曲・音楽を
そのときはまだ全然聞いていなかったのね。

存じあげておりましたのは、
奥田民生さんがとあるコンサートで歌っておられた
『桜の季節』と、
そして、志村さんがご出演されたイベント
寺岡呼人さん主催の『Golden Circle』)での映像だけ。

「いつかは聴くのだろうなぁ…」とはおもいながらも、
でもなぜか
確実なきっかけは無く、CDをこの手に取ることも無く
そして、ご逝去の報道される日が訪れる。。。

ニュースのあとすぐぼくは近所のツタヤを訪れ、
フジファブリックの2ndアルバム『 FAB FOX 』を借りて、
聴けば、驚き、それから、後悔した。
(なぜ、ぼくはこの音楽を
 もっと早く聴くことをしなかったのだろう??)と‥‥
これまでにもその音楽を知る・聞くチャンスは、
いくらでも、いくらでも、いくらでも、あったはずなのに、
ぼくはそのチャンスをいつも逃していた。

その後、年が明けての2010年は、
もう一年間ずっとフジファブリックだけ、って云うくらいに、
フジファブリックの音楽を聴いた。

こころには、
(どうして、もっと早く聴かなかったのだろう??)
の想いを秘めながら。

それからはさ、ほんの少しでも気に成った物事があれば、
(←音楽以外にでも本や映画やいろいろな、の等々。)
あまり躊躇せず、出来たらなるべく早めに体験してみよう!
っていう気持ちになって。それは今もか細く引き継いでて。

で、その気持ちがトリガーとなっていたのか、もしかしたら
「じぶんの見えている世界がちょっとずつ広がり始めた。」
のような感覚を、
と、そういえば、なんかなんとなく少し受けるのだけど。

それは、
志村正彦さんの音楽と当時出合うことが出来なかった…
という想いから始まっているかも知れない。。。

クリスマスイブにねぇ、そんなことをおもいました~。

ほいではね!
このブログに来てくれてどうもありがとうございます。
今宵、恋人たちは 街を逃げ出した タッタッラッタッタと

2014年12月24日 @ 銀河 (Album ver.)

接続!

2014年09月22日 | 音楽
「線路を超えた向こうには
     古い工場に続く幹線道路
 遠く灰色の海の
     その先の風景と接続する想像を」

     オールドスクール / ASIAN KUNG-FU GENERATION


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1週間くらい前のことになるかな、カーステで
アジカンの『フィードバックファイル 2』を聴いていて。
それでね、その中での曲『オールドスクール』に、
こころおもわずぐっと来た!!

どこの箇所にか?! っと申しますと。
うえ↑にて、歌詞の引用をいたしましたシーンでの、
とくには

「接続」

と詠われているところ。。。

詞の内容ももちろんそうなのではありますが。
静かにしんみり演奏されはじめる間奏からの、その
「接続」ということばを経過することによってサビにへと、
音が、景色が、広がって行く感覚がとても好き!

これは、「接続」ということばによって、
音楽と音楽が、
「接続」されて行く雰囲気であるのかなぁ‥‥

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「曇りはじめた窓の鍵にそっと手を伸ばして
   飛び出せばそこに
     現実の世界が君を待っているから」
      

──────────────────────────────────

コンセントに接続されたコンピュータの電源を入れれば、
キーボードは、自動的にコンピュータ本体と接続されて。
そしてまた自動的に、
インターネットの世界とも無線接続がなされる。

目のまえにあられる
インターネット接続されたコンピュータ画面と
「ぼく」とは、ぼくに有るふたつの目を通じて接続する。

あたま・こころ・からだと接続しているぼくの
腕→手→指をおもむろに動かすことで、画面では
「ことば」と「ことば」がだんだんと接続されて行く。

接続された「ことば」と「ことば」は、ひとつの
「ことば」と成って、インターネット空間と接続!

接続によって歩きはじめた「ことば」は、
同じくインターネットに接続された
あなたの機器をつうじて、
あなたの両目から、あなたへと、接続がおこなわれる。

その、あなたがおられる場所から見える山々の
道路と道路は、巨大な橋によって接続がなされていて、
その橋のしたを流れる川は、広大な海と接続する。

海の水は水蒸気と成って、雲となり、雨がこぼれ落ちる。

雨は、長い時間をかけて街の水道局へと流れ着き、
美味しくて透き通った飲み水として変化を遂げ、
上水道の蛇口より、誰かのからだへ接続する‥‥

‥‥なぁんてことがあったらよいな~♪

それではねぇ。
このブログに来てくれてどうもありがとうございます。
日々エントリが過去と明日を「接続!」するものであれ!!

2014年9月22日 @ Old School