よっちんのフォト日記

旅先や日常で感じたことを
写真と文章で綴ってみたい。
そう思ってブログを始めてみました。

郷愁-京都府京丹波町:旧質美小学校

2018年07月11日 | 京都(京都市以外)
Old Shitsumi Elementary School, Kyotanba Town, Kyoto Pref.

さてさて、京都京丹波町の旧質美小学校へやって来たワタクシ達は、ワクワクしながら校舎に入って行きました


校舎内にはいろんな店舗があるのですが、店舗によって営業日や営業時間が違います。
(土日はほとんどのお店が営業しているようでした)
ワタクシ達は到着した時間が早かったので、まだ営業していないお店もあったんですよ。
いつも早い行動をとるワタクシ達ですが、朝早くから行動することの唯一のデメリットは、
まだ店舗が営業していないことが多いということでしょうね


郷愁…ワタクシが通っていた小学校は、50年前にすでに鉄筋コンクリート製の学校でした。
今にして思えば、当時の大阪市というのは革新勢力が強く、そのせいで福祉と教育に予算を注いでいたのでしょう。
小学校はほとんどが鉄筋コンクリート製で、プールもどの学校にもありました。
同世代の大阪人でも、大阪市以外の周辺都市出身者と話をすると「うちは木造校舎やで」
「プールなんかあれへんから、市民プールに行って泳いでた」などと言うんですよねぇ


ワタクシはあまり優秀な児童ではありませんでした。大阪弁で言う「いちびり」で「いらんことしい」な子供でした。
担任の先生との相性も悪かったのでしょう。よく屁理屈を言ったり、素直にハイハイという子どもではなかったように思います


中学校に入って、特に中3の時の担任の先生はワタクシのことをいつも褒めてくれました。
「俺は社会の教師やけど、俺の中学校の時よりあんたの方がずっと地理は詳しいで」
「英語の歌を聴いて英語の勉強になるなんて、あんたらしいなぁ。俺にもビートルズのこと教えてくれるか」
「あんたは自由な校風の公立高校が向いとるわ。自由な中でも、自分を見失うことは無いからな」などと
その先生から言われた言葉をよく覚えています。生徒は教師を選べませんから、いい先生に出会えるのは幸運ですね


かつての図工室ですが、この教室の中が素晴らしかったんです


明治43年以降、平成23年の閉校まで、すべての年の卒業式の記念写真が展示されてあったんですよ。
児童の服装、髪型などからその時の時代背景が垣間見得ます。
学校の開校は明治43年より前なのですが、その時代の写真が無いのはカメラが超貴重品だったので
写真を撮影することができなかったのでしょうね


「みちくさ」という、ちょっと面白いお店がありました。店主さんが集めた昔懐かしい商品が並んでいました


ジャケットがボロボロになり、レコードがすり減るくらいまで聴いたビートルズの「Abbey Road」。
今でもビートルズの歌は、歌詞カードを見なくともほぼ歌うことが出来ます。
そうそう。中3の時の英語の先生も素敵な先生でした。授業中に「おい○○(ワタクシの名前)、この新しく出て来た
satisfaction って単語はローリング・ストーンズの歌にあるよな。どういう意味や?」ってワタクシを指名し、
ワタクシが答えると「そうや。みんなもええか。外国の歌や映画に興味を持ったら、英語は楽しくなるぞ」と
ワタクシをみんなの前で褒めてくれました。校内暴力が横行し、荒れていた中学校でしたが、いい先生が多かったなぁと思います


五十路も半ばを過ぎたのに、小学校や中学校の時のことってよく覚えているものですよねぇ

使用したカメラ:FUJIFILM X-T1


誰もが自分の心の中に、小学校や中学校の時の思い出がたくさんあると思います。
その思い出が、楽しかったり嬉しかったりする思い出に彩られている人は幸せなのでしょうね。
今、学校が楽しくないと自宅に引きこもったり、学校に行くのを拒絶する子ども達が多いようですが、
彼らが大人になった時、心の中にどんな思い出が残っているのかと思うと、辛い気持ちになります。



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