気分はいつも雨のち晴れ!

散歩道で見つけた四季折々の山野草を紹介!

感動を受けた詩や新聞記事なども紹介!

「ミーアキャット」になった蒼太君❣

2024年06月14日 | 朝の詩

 

 

 

一昨日、此処でつぶやいた一言が

「朝の詩」の選者・八木幹夫さんに届いたのかしら?

昨日 掲載された詩は18歳女性 中嶋紗弥香さんの「ミーアキャット」でした!

        🐈

        🐈

朝の詩・「ミーアキャット」

 

はじめての

レストランに入った

どんなお料理なのか

わからない

11歳の弟は

ひとり立ち上がり

周囲の人のテーブル

見渡して

ミーアキャットに

なっていた

   (広島県福山市 中嶋紗弥香(18歳)さんの作品)

 

 

紗弥香さんの弟は蒼太君だ!

もう、11歳になったのね

蒼太君の詩はユニークで愛嬌があって

・・大ファンでした

この頃、さっぱり詩を書かなくなったのかしら

詩の対象がお母さんだったり

お姉ちゃんの紗弥香さんであったり

お父さんに子どもの義務を果たしてないって言われたり

小学生らしくて「くすっ」と、笑える、落ちがつく

とても楽しい詩でした❣

此処でも蒼太君の詩は何度かご紹介しました

 

 

 

蒼太君、あんたの詩、待っとるよ(広島弁w)

きっと全国のファンが待ってる、と思います!

ホントだよ!

 

紗弥香さん!

「ミーアキャット」になった

蒼太君を見せてくださって

有難う♡

 

 

(芦刈園の紫陽花)少し雨が欲しいな⁉

 

 

 

 

 

 

 


季節は初夏?

2024年06月12日 | 朝の詩

今の季節は夏でもなく

初夏というには少し進みすぎのようにも思えます

昨日 今日 暑すぎますよね

 

数日前の夕刻・・赤い帽子を発見!

「どんなに上手に隠れても赤いお頭が見えてるよ!」

 

 

何枚か続いている田んぼの代掻きが進み

雉さん夫婦は隅っこに追いやられました

確か、この田んぼは昨年も田植えがなされず

休耕田であったはず

なので雉さん 安心して此処に居てくださいね

 

 

 

「おや!この雉さん(♀)は足を怪我しているようです」

歩き方が変!大丈夫かな?

                             

                             

                             

「朝の詩」の選者が新川和江さんだった時代の詩を

切り抜きしたファイルから見つけました

 

詩のタイトルは「初夏」

 

一歩外へ踏み出すと

夏のにおいがした

 

ピアスをした耳朶を

恥ずかしげに染める熱

 

ワンピースを肌に

貼り付かせる潮風

 

かかとで踏みつけた

スニーカーを

履き直してみる

 

今日がはじまる

 

(横浜市戸塚区 伊藤 帆乃香さん 21歳の作品)

 

海辺の街の光と風が感じられる作品です

高齢者の作品が多い中、新鮮に感じた一編です

以前 読んだ時はそれほどまでに感じることはなかったけれど

年数が経って・・

自分も歳を重ねたからでしょうね~

若い人の詩に惹かれます

新川先生の選ばれた詩は

女性ならではの繊細さが感じられます

 

 

 

 

 

 


切手の消費・・・難しい!

2024年06月06日 | 日記

         (ササユリ)

 

今朝の朝晴れエッセー「26円の衝撃」を読んで・・・

作者の金井大典さんは切手の愛好家でもないのについ、

記念切手を買ってしまうそうで

84円切手が家に沢山 積まれているのだそう

前回82円から2円上がったときには大量のウサギを買ったのだそう

もちろん生物ではなく2円切手のこと。

今回は26円分の値上げ「どうやって26円貼ろう・・・」

         🐰

         🐰

私も過去には記念切手が発売されるとよく買っていました

家には80円切手がまだ使わずにあります

   

            ☝                              ☝

2000年に爆発的な人気を呼んだドラマ・「冬のソナタ」の記念切手が

発売されたのでした!

もちろん即 購入しました

永久的保存版として大切に仕舞っていました

 

他には紅葉処の永源寺の紅葉狩りに訪れたとき

永源寺郵便局から出張販売に来られていて

もちろん迷うことなく即お買い上げしました

            ☝

此方の切手シートは一枚だけ使用しました

 

他にも夏の花火や星座、キティちゃんなどの切手シート

絵柄が可愛くて、、こちらは大切に使いました

文を送った人からは いつも素敵な切手が楽しみ!

と言ってくださって・・・

 

でも最近は年賀状以外 手紙や葉書を書かなくなり

古い切手が作者の金井さんほどではありませんが小山積(w)になっています

作者は切手を消費するために「ファンレター作戦」と称して

親子4人でお気に入りの作家さんやお世話になっている

お店に手紙を書くというものらしいのです

作者同様 私も切手を消費したいのです

ご無沙汰している友人など

送る相手が居るうちにせっせと手紙を書かなければ・・・と

 

      (ササユリ)

令和6年6月6日 みなくち子どもの森のスケッチ


6月・・・カエルの鳴く頃 新酒の頃 家庭訪問の頃・・

2024年06月03日 | 6月

 

(6月といえばセンダンです)

 

ブログの記事は新聞に助けられることが多いです

今日は お酒にまつわる話です

国の指針によれば1日当たり純アルコール量が

「女性20g以上 男性40g以上」で

生活習慣病の恐れが高まる、という

40gとは日本酒ならおよそ2合 一升の5分の1で

健康志向が高まる中 酒に向けられる視線は

年々冷ややかになっている

 

という・・・6月は新酒が出来上がる時期です

昔の小学校では家庭訪問が始まる時期でもありました

 

(センダンが美しい6月)

 

 

以前にも当ブログで新任教師は大学出たての

ホヤホヤ教師だったことをとりあげましたが

その先生が造り酒屋のM君の家庭を訪問した時のことです

「先生、今 ちょうど新しい酒が出来上がってきたので一杯 如何ですか」

・・・とM君の両親に勧められ

先生は立場上 何度もお断わりをしたそうですが

それ以上に何度も何度も勧められて

とうとう根負けをし、

先生もお酒は嫌いじゃなかったので

頂いてしまったそうです

 

お酒も手伝って話が弾み・・

ついつい長居をしてしまい

M君の家をお暇した時には既に薄暮となっていました

 

当時 交通手段は自転車でした

自転車を引っ張て学校に帰る途中に堪らなく眠くなり

田んぼ沿いの道端で眠ってしまって・・・

 

「ゲロゲロゲロ・・・」カエルの大合唱で気が付き

身体も冷え、「ヤバイ!」と

なんとか学校に辿り着き児童たちの靴箱が並ぶ

すのこの上で安心して爆睡したそうです

 

翌朝、学校の用務員の小父さんに起こされ

(当時 用務員は学校で居住)

こっぴどく叱られたそうです

 

当時は大した問題にもならず

何事もなかったかのように

先生は教壇に立ちました

 

事件は事件にもならず・・・

昭和の大らかな?時代でした

 

これが今の時代だったならば・・

どうでしょう!

全国ニュースで流され、

ワイドショーでは毎日 毎日取り上げられ

第一、懲戒免職は免れませんよね!

 

私たちがこの事件を知ったのは

卒業後〇十年後の同窓会の席でした!

 

カエルの鳴く頃

 新酒の出来る頃

 家庭訪問の時期・・と

苦くも懐かしく

想い出しているのは先生ではないかと

思う6月です!

 

(センダンのひとつ花に近付いてみました)

 

 

 

みなくち子どもの森のスケッチより


紫式部の父・・下級貴族の星

2024年05月30日 | 大河ドラマ

放送中の大河ドラマ「光る君へ」にまつわる

興味深い記事を見付けましたので

記録しておきたいと思います

 

(画像はサイトより)

 

主人公・まひろ(紫式部)と父・為時の質素な暮らしぶりが

描かれているが、除目(じもく)を境に為時の生活は好転する

 

貴族の人事異動にあたる「除目」(じもく)の際に詠んだ為時の漢詩

天皇の心を動かし、当初は最下格の淡路国守だった任官が

最上格国の越前国守に変更された

下級貴族の人事異動は天皇を頂点とする上流貴族たちの思惑ひとつで

決まっており、除目のたびに明暗を分けるドラマが繰り広げられた

 

*苦学の寒夜は 紅の涙巾(きん)を みたし

 除目の朝(あした)は 蒼天眼(そうてんまなこ)にあり

 

漢詩が堪能な為時の作だけに格調が高いが

富山大学名誉教授の山口博さんによると

内容は☟のとおりです

「血走った赤い目をしながら夜も寝ないで勉強したのに

    除目の朝は失意の目に映るは 

ただの青空だけ 心の中も真っ青」

 

「今昔物語」などに書かれた説話では

この漢詩を読んだ一条天皇は あわれみ 道長は源国盛だった

越前国守の任官を中止し、為時の淡路国守と任官を交換してしまう

 

ドラマでは源国盛は漢詩が不得手で

まひろ(紫式部)への思いも手伝って

任官を交換するよう描かれました

 

「光る君へ」の時代考証を担当する倉本一宏さんは

淡路国守を申請した際の申分(もうしぶみ)(任官申請書)の

一節だったのかもしれないと推察

任国の交換の理由は説話の通りではなく

交易を求めて越前に来ていた中国・宋の商人との折衝に当たらせるため、

漢詩文に堪能な為時を任じたとみる

 

さて、一番 興味深いのは当時の貴族の給与です

米価を基礎にして現在の年収に換算した山口博さんの試算によると

為時の当時の官位にあたる従六位は年収600万円ほど

従五位に昇格して1,400万円に倍増し(中級貴族)

正五位に昇格して2,600万円に   (中級貴族)

このあたりが下級貴族の昇進の限界という

つまり下級貴族は中級貴族の下から2番目まで昇格できるのですね

従四位は3,200万円 (中級貴族)

正四位は4,000万円 (中級貴族)

上級貴族三位は   7,300万円

上級貴族二位は1億1千万円

上級貴族一位は3億6千万円

 

従一位まで上り詰める道長は

3億超の年収があった、と想定できる

 

(5/27 産経新聞・地方版による)