KUMIの句日記

写真と一日一句で綴るブログ。句の転載を禁じます。

居宅生活の限界は・・

2021年09月25日 | 俳句
天気 曇
古い写真ばかり出してみて、昔のカメラも悪くなかった・・などと。一眼レフを使う前のカメラの写真なので、15年以上も前のもの。昭和記念公園、だと思う。

新聞はスマホで購読、週刊誌も買わないし、あとはネットの記事を読むだけになった。でも結構面白いものを時々は読むことが出来る。
どの雑誌からの出典かは解らなくなったが・・
高齢者施設への入居は何時が良いのか、みたいな記事があった。
自分で決める、というのが一番なのだが、実は、ここでも、私のように自分から情報を集めて率先して入所、という人はあまり居ないようだ。無論、聞いて回った訳ではないが。

単身生活で脳梗塞や心臓病などで入院治療し、退院した時にここを選んだ人が結構居るようだ。試用期間が3ヶ月あって、その間にやっぱり居宅生活続ける・・と帰宅する人も居る。子供と同居している人が、家を高齢者向に改造するまでの繋ぎに・・と利用していた人も居た。逆に、体力が回復したら又家に戻るつもりが、3ヶ月の間に元気にはなったものの家事不要の暮らしに慣れてしまい、もう単身生活は嫌、と思うようになった人も居る。足腰が弱いので、段差のないここの暮らしは天国のようなのだと言っていた。無論、先月のようなコロナ感染の隔離生活がなければ・・の話で。

問題は、自分で決める能力のなくなった人だ。
ネットの記事でも、そんな例が書かれていた。認知症が進み、離れて住む家族は引き取れない状況で、とても単身生活に戻せない・・説得して、というよりは何とか騙して入居させてみたものの・・解る、解る。ほんと、認知症の人たちのご家族、苦労されたことだろう。
だんだん諦めていく人も居るようだが、そうではない人も居る。旅行に来ていると思っているらしく、時々思い出しては「お金を払わないと・・でも財布がみつからない」などと大騒ぎしたり。
「帰るから、会社に電話して車を廻してもらって欲しい」と、元社長さん。通りすがりの私は笑って済ませても、職員は大変だ。あまり家族も来ない方が諦めさせるには良いらしい。
「支払いは、息子(娘)さんが今夜の分も済ませてあるから大丈夫、もう一泊しましょうね」と宥めて、その気になれば、もう忘れる。だんだん、その頻度が少なくなっていくらしい。

ここは、それなりにお金を支払えば入居出来る。でも、支払い能力のない人は、場合によっては鉄格子のある病院に入院して、特別養護ホームの入所を待つことになるのだろうか。


隔離暮らし以後、いつも一緒に食事をしている95歳のお姉さまは、何とか車椅子に頼らず歩行して頑張っている。とにかく気丈な方だ。普通なら、楽をしたくて車椅子に乗ってしまう状態なのに。
ここへ入所するのは、骨折治療が終わって退院のとき、娘さんに見学してもらって自分で決めたのだという。ここからはかなり離れた市の人で、アパート経営もしていて息子さんと二世帯住宅に住んでいて、恵まれているのに何でここへ?と思ったら・・
「家に戻ったら結局、嫁さんに毎日世話になる訳でしょ。ああイヤイヤ。ここから娘の家が近いから決めたの」と。
「ここに居れば何も困らないし」
なるほど。でも、とっても気の強い姑さんの決心に、嫁さんもほっとしたに違いない。

九十の媼(おうな)夜長を持てあます  KUMI
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増える横文字

2021年09月24日 | 俳句
天気 晴

朝の空は、雲も秋めいた・・と思ったのに昼間は昨日のように暑くなった。もっとも湿度が低いので外出しても何とか凌げそうな。私は今日も外へは出ず。

コロナ(正確にはCobit19)蔓延以来、今まで見たことも聞いたこともない横文字がたくさん出てくるようになって、最初は何のこと?と思いつつ、いつの間にか覚え自分でも使うようになってしまった。
クラスター、なんて、今までは群れていることを言うとばかり思っていた。それが、ある組織集団の中の集団感染のこと、と覚えた。最近は「ブレイクスルー感染」。通れないはずの場所をすり抜けて感染する、ということか。何だか透明人間みたいなウィルスだ。(記事と関係ない5年前の写真です)



最近、職員も入所者も全員がワクチンの済んでいる施設や病院で、何十人ものブレイクスルー感染が出る例があるのだという。重症者は少ない、とのことだから、本来の重症化防止の役割は果たしているのだ。高齢者でも陽性者に症状は出ないことがあるらしい。
でも困る、怖い。施設暮らしではなく巷に暮らしているなら、感染しても無症状で自分が気づかなければそれまでのこと、知らないうちに陰性になってしまい、めでたしめでたし。
でも、施設暮らしではそうはいかない。誰かに症状が出れば、また全員が隔離され、さらに検査で陽性者が居れば隔離が長引き・・
もう、あの隔離生活は二度とゴメンです。自由の全くないのは警察の留置場と同じだ。経験はないけれど。運動したくてもドアの外へも出られないのは刑務所よりもひどい。こちらも経験はないけれど。
なので、今も部屋を出るときは必ずマスク。今月いっぱい、というラウンジでの食事もマスクをして、食べる時だけ黙食。小学生も今はそうしている、というから、大人のジジババはそのくらいは我慢出来ます。・・普通のジジババは。
食堂再開したら、それが出来ない相当数の人たち(認知症の)と、なぜかあまり気にしない一部の人たちと一緒になる。ちょっと怖い・・いや、かなり怖い。今は同じ階にマスク着用をすぐに忘れる人は一人しか居ないので何とかなっているが。その時は理解しても、その数分後にはすべてが過去になってしまう人が何人か居るのだ。外へ出ない彼らがウィルスを撒き散らすのではなく、私のように外へ出入りする入所者・職員から、彼らにうつる訳で。
マスクも、きちんと着用しなければあまり効果ない、とも言うし、気にする方がおかしい?

インフルエンザみたいに感染しました→タミフル飲んで1週間安静。というような病気になってくれる日がいつかは来ると思うけれど・・私には夢のまた夢。

木洩れ日の跳ねて白花曼殊沙華  KUMI
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暑さ寒さも・・

2021年09月23日 | 俳句
天気 晴のち曇 32℃

今朝の日の出前の東北東の空。これ以上東は見えないので、日の出はどこからか解らない。
今日は30℃を越える暑さになり、まさに暑さ寒さも彼岸まで。予報でも、これで今年の夏はお別れのようだ。あまり暑くなかった夏らしいが、唯一外出を許されていた病院では、寒さとの闘い。昨日も同じだった。冷房はいくら上着で防いでも、待合室で足が冷え切ってしまう。

昨日は、手術をするなら受けましょうか、と、かなりの覚悟をして診察をうけたのだが・・諸々の検査を総合して、手術に耐えうる体調ではない、という、ドクターの結論になった。無論、手術は出来るが、心臓は弱っているし膠原病の間質性肺炎が思いのほか進行し始めているし・・とマイナス要素が多い。リスクの高い手術が必要かどうか。成功しても、別のところの症状が悪化して苦しむのでは意味がない。何しろ、病気のデパート、というくらい病気の数が凄いのだから。
何だかねえ・・わが人生5回目の手術、と覚悟をしていたのに、俎板の上からころげ落ちてしまった鯉の気分になった。


人間の寿命なんて、誰にも決められない。
自分で決めることが出来たら、随分楽なのにねえ・・と、90歳の、いつも食事をご一緒するお姉さまの話。彼女の部屋で少し話し込んできた。
「生きるのもういいや、という時に薬飲んで、自分で好きに終わりに出来ればいいのにね」と続いた。
彼女も、明日、私と別の個所ではあるが同じ病気で、手術すべきか否かの結果を病院へ聴きに行く日なのだそうだ。私が「心臓弱っていて手術はダメだった」と話したことから、そんな話になった。
某北欧の国では、80歳過ぎたら余計な検査はしないし、病気が発見されても積極的な治療(手術など)しないのだそうだ。日本も、そういう国になっても良いのでは?長寿国=幸せの国、とは限らない。

(病気の内容など、詳細は略します。入院になったら書いた方がいいかな、とも思ったけれど、中途半端になったので)

昼の虫いのちの話少しだけ   KUMI
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たった一駅の遠出

2021年09月21日 | 料理
天気 晴
コロナ感染者が出て「隔離生活」を強いられてから、頚椎の整体治療はご無沙汰していた。施設側も病院への通院はまさか中止とは言わなかったが、格別急がない治療は出られなかった。8月は隔離3週間、それ以後は東京の凄まじい感染の拡大で、こんな小さな市でも今までの5~10倍もの感染者が出る日もあったり・・外出気分にもなれなかった。おまけに病院の検査のあれこれ・・
感染者数はようやく、落ち着いてきた。連休のせいもありこの三日、東京の感染確認者は300人前後になっている。わが市は昨日3人。12万人で3人なら、まずまずでしょ。でもお隣の市はゼロ?悔しいですよ。
ワクチンも、都心の方よりはこちらの方が行きわたっているようだし。
ということで、やっと頚椎の治療に行ってきた。たった一駅を、もう1ヶ月半以上も電車に乘っていなかった。
見慣れていた駅前も、久々となれば新鮮に見える。



そして、久々の治療でどうにも重くて痛くて毎日鬱々としていた頚椎がかなり軽くなった。無論、頚椎々間板症という症状が良くなる訳ではないが、とにかく久々に鉄の首枷がゆるんだ感じだ。

「通院後は寄り道しないで帰ってください」と言われていたって、たまにはいいでしょ。この連休の人出や賑わいをあれだけテレビで見せつけられていては、真面目な年寄だって、小さな反乱くらいは起こしたくなりますよ。病院のカフェ以外は8月から行ったことがない。
いつも寄っていたパン屋のカフェへちょっと寄り道。ここは感染予防徹底しているので安心の店だ。


10月にはもしかしたら少し自由になれるかもしれない・・のだが、私の方は明日の通院でどうなるやら。なので、今だけの自由、少しは許してください。
世間では、三連休は凄い人出になっているとか・・そんな報道をテレビ画面で見せるから、人出が余計に増える。
秋の終わりには、次の大感染が待っているのだそうだ。

今日は中秋の名月、少し雲が多いので見えるかどうか。
という天気になると思い、昨日のうちに眺めておいた。昨日は本当に澄み切った美しい月だった。

山姥にわれに等しく月今宵   KUMI 
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敬老の日

2021年09月20日 | 俳句
天気 晴

自分が老人になってから敬老の日、なんて意識して過ごしたことなぞなかった。老人福祉法で定められている老人は65歳から。でも、60代は私に言わせれば「花の60代」で、人生ではいちばん楽しめる年代だ。齢をとった、と思ったこともないままに20年も気持だけは同じに生きてしまった。体は相当に壊れてきたというのに・・

で、今日は昼食が上のようなお赤飯入り松花堂弁当に茶碗蒸し。おやつは紅白饅頭。美味しくいただきました。

高齢化社会では、長生きもあまり歓迎されなくなっている。ここには100歳の方(最近、食事に出てこなくなった)、も居るし、100歳近くで元気な方は何人も居る。
「長生きするのも大変なのよ、お目出たいとは言えないわ」
とは、いつも食事をご一緒する95歳のお姉さまのことば。頭はとっても元気でも、確かに足腰を痛めていて歩行困難な彼女のことばには重みがある。車椅子になりたくない、と自立して頑張っているので要介護ではなく要支援。
私はここでは、若い方に分類されるのだろうが、75歳を過ぎたら生きていくのにもう、年齢は関係ない。

敬老の日、というと、○○歳でもこんなに元気に活躍しています、といったテレビ番組が多い。20年くらい前には、そういう高齢者の話が大好きだった。が、だんだん、その齢でそんなに元気な人って、稀なことではないの?普通の老人って、どこかに故障を持って生きるのがやっとの体なのではないの?と疑問に思ってきた。元気な人の話は若い世代を勇気づけるかもしれない、でももう元気な自分に戻れない高齢者は、私のようにしらける人も居るかもしれない。・・それとも、そう僻むのは私だけ?
あれこれと故障だらけの体になってからは「高齢でも五体満足でこんなに元気に活躍しています、凄いことです」みたいな話は見ない・聞かないようになってしまった。
イヤな性格ですねえ。単純に、元気で長生きの自信がなくなったから僻んでいる、と思えばいいのに。

浮雲を眺めて眠き敬老日  KUMI
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