上海下町写真館2010

上海より半年ぶりに帰国しました。マイペースで故郷の風景や歴史などをご紹介します。

上海街歩きを極める(2)上海の土地勘

2010年09月01日 06時13分44秒 | 上海街角スナップ
地図を全部憶えるのは大変ですから、頭の中に漢字の「田」の字を思い浮かべて主要な道路だけ覚えてください。

1画目は左の縦棒ですが「中山西路」にします。市街中心部からここまで徒歩ではちょっと無理です。

租界も最終的にはこの辺りを越えて拡大しました。欧米人のゴルフ場跡が今の上海動物園で、別荘などに使用されていた優秀歴史建築も散在しています。

2画目の上の横棒は「蘇州川」でいいでしょう。蘇州川の北岸は現在の虹口区で当初米国が租界としましたが、後の1863年に南の英国租界と併せて共同租界となりました。

かつては日本人が10万人も住んでおり、小学校から女学校・商業学校、お寺や神社までありました。魯迅など革命思想家が中国官憲を逃れて転々とした場所でもあります。

右の縦棒が「外灘:中山東路」で、「浦西(プーシー)」と呼ばれる旧市街の東の端です。

黄浦江に面しており、その対岸が新市街の「浦東(プートン)」です。

3画目の真ん中の縦棒は「西蔵路」です。当事は運河があり、初期は英国租界の西端でしたが、後に徐々に租界が西へ拡大していきます。

今では人民広場など市街中心部を南北に貫通するメインストリートです。

4画目の真ん中の横棒が「延安路」で、市街の中心を東西に走る高架道路があります。フランス租界と英国疎開の境界でしたが、当事はここも運河でした。

今では中心部をを東西に貫く一番のメイン・ストリートです。

5画目最後の下の横棒は「中山南路」でいいでしょう。

この辺りは黄浦江が西に蛇行しており、南北両岸が万博会場になっています。租界に含まれない「華界」と呼ばれていました。上海の下町で、老上海がまだ少し残っています。

この「田」の字の外周は、旧市街地(浦西地区)ではほぼ軌道交通環状線(4号線)の浦西部分と同じですので、地下鉄を上手に利用すれば今では徒歩圏内ですね。

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2 コメント

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Unknown (ごーさん)
2010-09-01 09:51:40
なるほどよく分かりやすい説明ですね。
地図を見ながらだと良く分かると思いますので今日帰ってから見てみます。

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ごーさん (haichaolu)
2010-09-01 15:06:15
今日は。
昨日、万博に行きましたので「旅行ブログ」の方に少しずつUPしています。
「涼しくなると入場者も増えるだろう」と言われていますが、
昨日程度の混み方と気温だと、ゆっくり回っても半分近くは見れそうです。
もっとも、行列の少ない館はそれなりです。
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