「江戸前」という言葉から、すしを連想する人が多いだろう。もとは、深川などで取れた天然ウナギをさしていた。ところが、江戸にかば焼き屋が増えてくると、とても江戸前だけでは賄(まかな)いきれない。 ▼そこで幅をきかすようになったのが、「旅鰻」と呼ばれる地方産だ。同じころ、平賀源内が知り合いのかば焼き屋に頼まれて、土用の丑の日にウナギを食べる風習を広めたといわれている。「丑の日にかごでのりこむ旅鰻」と川柳にも詠まれた。 ▼今年の土用の丑の日、24日と8月5日を前にして、産地偽装事件の余波が収まらない。需要のピーク期に、輸入の養殖ウナギに頼るのは仕方がない。そうはいっても、中国からの旅鰻を、江戸前ならぬ国産と偽って、大もうけをたくらむとは。泉下の源内もあきれかえっているはずだ。しかも一部の中国産からは、発がん性物質が検出されたとあっては、消費者の不安は募るばかりだ。 ▼万葉の昔から、日本人に親しまれてきたこの魚の生態は、長らく謎に包まれていた。3年前の6月、東京大学海洋研究所の研究船が、太平洋のマリアナ諸島西方沖で、ニホンウナギの赤ちゃんを見つけ、ようやく産卵場所を突き止めた。 ▼そこから日本や中国の沿岸にたどりつき、稚魚のシラスウナギに成長したところで捕獲され、養殖される。もっとも、3000キロもの旅程をこなす目的は、あくまで河川をのぼって成魚に成長することだ。 ▼昭和40年ごろまでは、日本各地に生息していた天然ウナギは、河川の汚染やダム建設などによって減り続け、絶滅の危機さえささやかれている。今回の騒動が、安くて安全なかば焼きを求めるだけの消費のあり方を見直し、江戸前復活への契機になればいいのだが。
産経抄 産経新聞 7/7
八葉蓮華 hachiyorenge
産経抄 産経新聞 7/7
八葉蓮華 hachiyorenge