吉松ひろむの日記

高麗陶磁器並びに李朝朝鮮、現代韓国に詳しい吉松ひろむの日記です。大正生まれ、大正ロマンのブログです。

韓国旅の風景 六十二

2006年06月12日 14時32分09秒 | Weblog
韓国旅の風景 六十二

 キムチの国とワサビ  その二
 ワサビは日本の特産である。ワサビには成育条件があって、冷たい温度の湧き水の沢に自生している。奈良時代の『本草和名』にでてくるほど歴史は古い。
 日本では静岡県が四百年前の慶長年間(一五九六~一六〇五)に家康に献上した記録があって美味にして深い刺激の味にこれを門外不出のものと指定された。
 その根茎にふくまれる前述の長ったらしい化学名は芥子油の一種と言う。
 李善花はワサビは受け身型で一瞬の味、故に蛋白な日本人に合い、唐辛子は韓国人の能動タイプで、辛味があとに残り、粘り強い民族性格を表していると言う。
 日本人にはいろいろなタイプはあるが呉善花の前述日本人の特性はまとを得ていると思うがしかし唐辛子とワサビの食文化による比較には無理がある気がする。
 おそらくワサビも古くから栽培され、日本から移植されていたなら自然に李氏朝鮮王朝の庶民のものになっただろう。
 日本と異なり韓国は地理的に中央集権政治の行われ安い風土にある。
 日本の封建体制の発達も人文地理的な要素も考えられる。
 山が迫り、急流の多い日本の地理風土に比して韓国は平坦な丘陵、ゆったりと流れる川、気候は大陸性で冬の厳しさは北海道の旭川並である。ワサビの自生は聞いたことがない。 ワサビを食べないのではなく、栽培してないのである。

韓国旅の風景 六十一

2006年06月12日 07時25分27秒 | Weblog
韓国旅の風景 六十一

 キムチの国とワサビ  その一
 一昨年の秋、三十年来の友人のK氏が奥さん同伴で始めて日本にやってきた。
 著名な出版社K社の東京案内旅の名目できたのだ。
 しかし大都会の東京に疲れてすぐ私が住む東北のF市へやってきたのでI温泉のホテルに招待した。翌日、ホテルの食事が喉に通らず、奥さんが私が差し入れた富士リンゴとナシとインスタントコーヒーで食事をすませたと聞いてまさかと驚いた。いままで三十年も韓国旅をしてK氏から日本の食べ物は口に入らぬとは聞いたことがなかった。
 あくる朝、スーパーに行って、即席の白菜キムチと海苔巻きすしがいいと言ったのでそれを求めた。海苔巻きすしは韓国の市場ならどこでもその場で巻いて売っているのでK氏は買ったのだろう。しかし見た目は同じだが韓国のは酢はなく、海苔にゴマ油をぬってあるので、食感はちがうがなんとか口にした。白菜の即席(キムチの素の)キムチが美味しいと言って二バックも平らげた。
 それにしても朝のみそ汁くらいは…と思ったがやはりちがっているらしく駄目だった。 つまりお膳全体のおかずの匂を(和食)まったく受け付けなかったのだ。
 いったいその匂はなにものなんだろう。私は韓国旅をする度に、市場の食堂で韓式朝食をすませるが、とくにアジェモニーのジャコだしの良く利いたみそ汁は必ずお代わりをした。そして日本に戻ってもみそ汁の味はべつにどうってこともないのである。
 韓国人は唐辛子好きなのは有名だが、これももとをただせば、室町時代に南蛮貿易で入ったのを朝鮮半島に移植して栽培を始めたものであるが、半島の土壌が日本と異なって、日本ほど刺激の強い唐辛子でなくて、真っ赤な唐辛子でもやわらかな味で日本ほどの激辛ではない。しかしおなじ刺激の強烈なワサビはどうなんだろう。韓国の鋭い文明批評家で有名な呉善花(オチョンファ)はワサビの日本人、唐辛子の韓国人と題して比較文化を論じているが、その嗜好はお互いの民族性格によるとしてユニークな論調を展開するが、私はあながちその論はうがち過ぎで当を得たとは思えない。
 韓国人の唐辛子料理は日本の想像をこえるものがあるのは事実、しかしワサビより唐辛子民族かと言えばそうでもない。唐辛子も最初は倭奴(ウェノム…日本人の蔑称)は毒草)をもってきやがった!と警戒したが慣れるといけると言うことが分って、それまでの沈菜(チムチェ…日本の白菜漬)に唐辛子を使った所、絶妙な味がしたのでキムチ全盛を迎えたのである。
 ワサビもしかり、強烈な刺激と旨味は唐辛子とほほ同じである。
 ただワサビは日本の特産でありその根茎の刺激成分は学名をWasabia japonicaと言い、根のねばっこい成分は6ーメチルスルフィニルヘキシルイソチオシチネートと言う眼を回すほどの化学名だそうであるがなぜ韓国人は日本ほど使用しないのだろう。