ガイド日誌 - 北海道美瑛町「ガイドの山小屋」

北海道美瑛町美馬牛から、美瑛の四季、自転車、北国の生活
私自身の長距離自転車旅
冬は山岳ガイドの現場をお伝えします。

ブレーキとお客さん

2019年10月07日 | 電動自転車など
そのお客さんはこう言うのだ。
「ブレーキが緩いので直して欲しい。」

10分ほど前に来店したお客さんだ。
ちょっと注文の多いお客さんだったが、警戒するほどではなかった。
スタートレックのピカード艦長に似た男性だ。

しかし。
見たところブレーキは完璧だった。
左右バランスはピッタリだし、このタイプのブレーキとしては制動も上々。
バッテリーは満タンだし、日が暮れるまで走り続けたとしてもビクともしないだろう。

我ながら整備は完璧。

しかし、艦長は言う。
「ブレーキが緩い」と。

こういうとき、押し問答になってはいけない。
ほとんどの場合、相手は論を曲げない。
いったんふり上げた拳は、容易には下げられないものだ。そこを察しなければならない。

相手のプライドを保ちつつ、おさめる。
さて。
俺は一計を案じた。

「それでは、」と、俺は10ミリの両口スパナをポケットから取り出して(いつもポケットに入っている。自転車に触れるたびにブレーキの引きを調整しているのだ)ブレーキの調整ネジを緩めてみせた。そして、ネジをクルクル回して見せたが、元の位置に戻して締め直した。

前輪のブレーキも同様に、いったん緩めた上で調整したフリをして元の位置で締め直した。

俺は慇懃に言う。
腰は低い。
「どうですか?」

「これでいい。」
艦長は満足げに答えたのだ。


もちろん、ブレーキはただ緩めて元の位置で締めただけなので、変わっていない。
しかし、艦長の気分は悪かろうはずもない。

まもなく、
ピカード艦長に似たお客さんは、上機嫌で「青い池」に向かって走り出した。

こんな昔話、あったよな。
ギリシャだか、ローマだったか。

艦長の背中を見送りながら、
俺は静かに控えめなガッツポーズ。

見上げれば秋の青空。
雪虫が飛んでいる。