横浜市港南区集団登校中の小学生の列に軽トラックが突っ込み、1年生の男児が死亡した事故で、横浜地検は11日、自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)の疑いで逮捕された無職合田政市(ごうだまさいち)容疑者(87)について、鑑定留置を始めた。高齢ドライバーによる死亡事故の割合は増加しており、認知症かどうかの診断機会を来春から増やすが、戸惑いの声も上がっている。

 合田容疑者の鑑定留置の期間は3カ月。これまでの神奈川県警の調べに対し、「ごみを捨てようと家を出たが、帰れなくなった」「どこを走ったか覚えていない」などと供述しており、認知症の疑いがあるという。専門医による精神鑑定の結果を踏まえ、責任能力がないと判断されれば起訴されない。3年前に受けた免許更新時の認知機能検査では問題ないとされていた。

 合田容疑者は10月27日朝、ごみを荷台に積んだ軽トラックで横浜市磯子区の自宅を出発後、神奈川県内や東京都内で高速道路を出たり入ったりしていた。翌28日朝に事故を起こすまで断続的に走り続け、自宅周辺を何度も通り過ぎていたという。事故では男児1人が死亡したほか、児童4人と軽乗用車に乗っていた2人の計6人がけがをした。

■増え続ける高齢者の事故、道交法を改正へ

 警察庁によると、全国の車やバイクが起こした死亡事故のうち75歳以上の運転者の割合は年々高まり、昨年は12・8%だった。

 ログイン前の続き来年3月施行の改正道路交通法では、75歳以上が3年に1度免許を更新する際の認知機能検査で「記憶力・判断力が低い」と判断されれば、医師の診断を受けなければならなくなる。さらに75歳以上が道路の逆走や一時不停止といった違反をした場合も、認知機能検査が義務づけられる。認知症と診断されれば免許の停止や取り消しになり、受検しない場合も同様だ。

 警察庁によると、専門医は全国に約1500人で、専門外のかかりつけ医でも診断できるようにガイドラインを定めた。だが、専門医からは反発の声も出ている。八千代病院認知症疾患医療センター(愛知県安城市)の川畑信也センター長は「増えている認知症患者に今でも分刻みで対応している。法改正で年5万人もの高齢者が受診を義務づけられると見込まれており、十分な対応は無理だろう」。

 日本医科大学認知症センター(川崎市中原区)の北村伸部長は「車を必要とする患者から恨まれる可能性もあり、付き合いの長いかかりつけ医は認知症との診断をしにくいのではないか。『すぐに認知症と判断する』という評判が立てば経営にも響きかねない」と話す。

 警察幹部や医師がそろって指摘する決め手は運転免許の自主返納だが、全国で約1700万人いる65歳以上の保有者のうち、昨年の返納者は約27万人だった。

 昨年は75歳以上の約163万人が免許更新時の認知機能検査を受け、3・3%にあたる約5万4千人が「記憶力・判断力が低い」と判断された。このうち医師の診断を受けたのは1650人で、免許の取り消しや停止に至ったのは564人だったという。(古田寛也)

■「生活に車は必要」地方では不安の声

 地方で暮らし、マイカーが「生活の足」となっている高齢者には免許取り消しへの不安の声がある。

 茨城県に住む無職男性(74)は、認知機能が低下しているものの日常生活に支障はない状態の「軽度認知障害(MCI)」だ。今は免許取り消しの対象ではないが、MCIは認知症予備軍といわれる。

 自宅近くの公共交通は一時間に数本のバスだけで、車は買い物や通院に欠かせない。灯油を買う時などに頻繁に使うホームセンターまでは車で20分だが、バスなら倍はかかる。病院には車で50分で、これも電車を乗り継ぎ倍はかかりそうだという。「免許を取り消されて運転できなくなれば、不便でもバスなどを利用せざるを得ない。容疑者が認知症だとわかったら規制がより強化されるのでは」と心配する。

 認知症の高齢者に、運転をやめさせることができずに悩む家族も少なくない。

 「認知症の人と家族の会」(本部・京都市)にも相談が寄せられる。副代表理事の田部井康夫さんは「『やめて』と言ってもなかなか聞き入れてくれず、家族は苦労している。特に車がないと生活に困る地域では、家族が強く言いにくい面もある。家族だけに任せず、医師や警察など様々な関係者が本人に働きかける仕組みが必要だ」と話す。

 運転をやめてもらうには、車に代わる移動手段の確保が重要だ。注目されているのが、出発・到着時刻を指定できる「オンデマンド方式」の乗り合いバス。登録した住民が無料で乗れる「元気バス」を運行する三重県玉城町など、一部自治体が取り組んでいる。

 認知症の人の運転に悩む家族のため、国立長寿医療研究センター長寿政策科学研究部長の荒井由美子医師を代表とする研究班が「支援マニュアル」を作っている。同部のウェブサイト(http://www.ncgg.go.jp/department/dgp/index-dgp-j.htm別ウインドウで開きます)で読むことができる。認知症の原因別の運転行動の特徴のほか、本人が運転中止を拒むときのアドバイスなどが記載されている。