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水戸の見て歩き

水戸の稲荷(1)

2018-05-19 20:43:37 | 水戸

能化稲荷神社(本町1-8-16)
 徳川光圀が建てた常陸太田・久昌寺の学問所に招かれた日乗が持ち来たった能化稲荷(のうげいなり)の神体が、その後、久昌寺住職として常陸太田に行くために水戸本町の会所に泊まった日隆の霊夢にあらわれ、「我を本一町目に鎮座させよ」といったことによって能化稲荷は建てられたそうです。社殿は北向きで、祭神は宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)だそうです。

 

大串稲荷神社(大串町2251)
 この神社で行われるささらの歌に「大同二年(807)にお建ちある」とあるそうです。もともと今の地にあったそうですが、光圀により前谷の香取神社の側に移され、次の藩主・綱條(つなえだ)のとき、再び戻ったそうです。社殿が西向きで水戸方向に面していたり、修理や祭礼の費用を藩が負担したりしたそうですが、綱條の側室がこの地の出身であったことが大きく関係していたようです。祭神は稲倉魂神(うがのみたまのかみ)だそうです。

 

銭谷稲生神社(浜田町150)
 はじめ裡五町目(うらごちょうめ)の玉屋権兵衛が、宝暦・明和年間(1751-72)に持ち土地に祀った神社で、その後、今の地に移り、明治になってから一般の参拝がおこなわれるようになったそうです。この地に鋳銭場があったので、銭谷稲生(いなり)といわれたそうです。保食命(うけもちのみこと)を祀っているそうです。

 

稲荷神社(平須町1009)
 地元では明神様(みょうじんさま)といわれているようです。元禄14年(1701)に建立され、その後の火災で記録等が焼失したそうです。しかし、境内にあるご神木のスギ(樹齢530年)やケヤキ(樹齢430年)を見ると、もっと古い由緒があったように見えます。倉稲魂命(うかのみたまのみこと)が祭神だそうです。

 

稲荷神社(見川2-91)
 地元ではおいなりさんといわれているそうです。大掾氏の一族・箕川(みがわ)氏が信仰したそうですが、当時、桜川のことを箕川といっていたようです。新嘗祭(にいなめさい)には新穀が奉納されたそうですが、今も配られた袋に入れた新穀が奉納されているようです。祭神は、倉稲魂命だそうです。


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