曇りの朝だった、渚はホテルで起きた。
ふと我に返った、まさかと思うがベットの横を見た。
呑みすぎて記憶がなかった、大崎とどうにかなったかと思うと心配だからだった。
誰も居なかったので、安心した。どうもこの頃は自分じゃないみたいだ。
シャワーを浴びると軽く化粧をする、朝ごはんは面倒だったが今日は職探しをするから食べようと思った。
それにアパートは決まったが布団や家財道具も買わなくちゃと思う。
渚が借りたアパートは前の借り主がエアコンと冷蔵庫と洗濯機は置いていったのでかなり楽だ。
東京に帰ったとからしい。ガス台と台所用の棚がいる。運べるだろうか、配達して貰おうと思った。
携帯が鳴った大崎だった。
渚「昨日はごめんなさい」
大崎「そうだよ、ベロンベロンだったさぁー。部屋まで運んだんだから」
渚「えっ、そんなにひどかったの」
大崎「そのまま襲うかと思ったけど、吐いてたからなぁ」
渚「全然覚えてない、ごめんなさい」
大崎「まあ元気だったら良かったさぁー、俺仕事だから切るよ」
渚「本当に色々ありがとう又連絡します」
大崎は本当にいい男らしい、真面目に生きてきた自分が少し違う自分になった気がする。
渚はホテルでバイキングを食べると730交差点を渡り、石垣では繁華街と言える商店街まで歩いた。
携帯で石垣の求人を見たがホテル関係か水商売かバイト料はすごく安い。「考えるわね」独り言がでた。
商店街を入った左手の店のシャッターが上がった。
若い女がテキパキと掃除をしている。
「マリュード」の看板が見えた。
横にアルバイト募集中の紙が貼ってあった。
渚「アルバイト募集中なんですか」
綾香「そうだけど、バイト応募の人」
渚「はい職探しなんです」
綾香「バイトだから職業になるかしら」
渚「取り合えずって言ったら聞こえ悪いんですけど、今日から石垣に住むので貯金も少しはありますから、雇っていただけないでしょうか」
綾香「今日から住むんだ、私もこの島が気に入って住んでいるんだけど」
渚「でも何もわからないですけど」
綾香「あなたネットは使える」
渚「ええ一応の事はできます」
綾香「じゃ採用します」
渚「いいんですか、あなたがこの店のオーナーなんです」
綾香「いいえ店長よ、午前中だけのバイトの女の子が辞めちゃって」
渚「じゃオーナーはお店には居ないんですか」
綾香「オーナーは石垣で店するのが夢って言うくせに、めったにまともに来た事ない人なのよ」
渚「変わったオーナーですね、若い人ですか」
綾香「いいえ白髪頭のおじさんよ、今日はくるかなぁいつから来てくれるの」
渚「今日はアパートの布団とか買わなきゃならないので明日からでも」
綾香「布団とか運べるの、今からバイトしたら仕事終わったらマックスバリューに軽トラックで買い物付き合ってあげる」
渚「いいんですか」
綾香「店の車あるからいいのよ、それとついでに歓迎会しましょ。オーナーくるかなぁ」
今10時過ぎだ、渚は綾香にユニホームのデニム生地のエプロンを貰った。
何処にでもあるようなお土産屋さんだ。
綾香「今日は平日だから、お客さんは少ないと思う。ネット販売もしてるから、あなたも覚えてね」
渚が奥に入ると小さな喫茶スペースがある。
綾香「飲み物もあるけど、一番の稼ぎ頭はソフトクリームだから、ソフトクリーム作った事ある」
渚「無いです、練習します」
綾香「たのみます、時給とかはオーナー来た時に」
渚の新しい一歩が始まった。
山城は思った、必ず渚は見張られているはずだ。
早く店を出なくてはならない。
山城「アヤちゃん、カクテルでも呑みにいこう」
綾香「オーナーが二件目なんて珍しいですね、歳だから無理じゃないんですか」
山城「いや4日も居なかったから、もう少し謝るかと思ってな」
綾香「いいですよ謝るのは、でもカクテルは呑みに行きましょ」
山城は店を出た、店の前には誰も居なかった。
店の中では渚がメニューで悩んでいた。
渚「石垣牛のサイコロステーキにジーマミ豆腐かなぁ今日はおごりますね」
大崎「それはダメだよ、俺だすから女の人におごって貰った事ないよ」
渚「えー悪いですよ」
大崎「いいから楽しく呑もう」
渚「大崎さん奥さんはいるんですか」
大崎「急にストレートだね今は居ない、別れたさぁー子供も居なかったからね」
渚「やはり浮気とか」
大崎「ストレートだね、違うよ神戸から2人で来たんだけど島の暮らしに馴染めなくて神戸に帰ったさぁー」
渚「えーそうなんですか、もてそうですよね」
大崎「もててたら嬉しいけど、俺話しがあまり上手くないから」
渚「私は無口がいいけどなぁ」
大崎「そんな事思ってもないくせに」
渚「思ってますよ、話し変わりますけどここら辺で働くとこありますか」
大崎「アルバイトは時給が低いけど、水商売は季節があるしなぁ」
渚「私水商売は向いてませんから、明日近くを少し歩いてみます。」
ベービーフェイスは石垣のマンションの一室に居た。
発信器で女の居場所はわかる、自分も1人なので当分泳がせておく。
今は焦ってもしょうがない、組織から連絡がないので不信に思ったのかメールが来た。
2人の仲間は会う前に連絡が跡絶えたこと、今捜していることを伝えた。
まだ終わり屋の事は報告していない、自分で決着をつけるつもりだからだ。
山城はしばらくショットバーに居たが、綾香と別れ少し居酒屋の周りを歩いてみた。
変装をしているので、わかるはずは無い。
やはり奴の気配は無かった、一度家に帰ろうと思った。後ろから声がかかった。
綾香「オーナーなにウロウロしてるんです」
山城「えっ帰ったはずじゃ」
綾香「スーパーに行ってたんです、またお姉さんの店でも行く気ですね」
山城「歳だからそんな事ないから、じゃお休みなさい」
綾香「ダメですよ、少し呑みたりないのでもう一件おごって下さい」
山城「えっまだ呑むの大丈夫かい」
綾香「いいんです、めったに無いんだから」
2人はまた小さな店に入った。「南の隠れ家」と看板にあった、細い路地を入ったところにある本当に隠れ家みたいな店だ。
店には誰も居なかった。カウンターに8人座れば満席の店だ。
マスター「山ちゃんいらっしゃい」
山城「いつものビールで」
綾香「えっ常連の店あったんだ、何回御飯の後にバーに行きましょって言っても歳だからって断るのに」
マスター「また可愛女の子と一緒だね、珍しいことだね愛人かなんか」
山城「愛人じゃないよ、社員だよ店長だから」
マスター「綺麗な店長の愛人なんかじゃあ」
山城「違うから、歳なんだらもういいって」
綾香「オーナーよく来るんですか」
マスター「わりと来るよ、口癖が歳だからだけど。呑む時はかなり呑むかなぁ」
山城「そんな事言ってないで、注文聞いたら」
マスター「お嬢さん何にします」
綾香「ブラッディメアリーでお願いいたします」
綾香はオーナーと夕食はよく食べるが、呑むのは初めてだった。少し何か違う気がした。
山城はゆっくりと外に出た、夕方だがまだ陽射しは強い。
石垣にきた時に土産屋を始めた、組織から逃れるのは海外でも良かったが容姿を変えれば目立つ事はない、無職は目立つから職業がいるためだ。
毎日変装するのも大変だったが生きるためだ、早期退職をしたサラリーマンが南の島で暮らしたい、ありがちなストーリーを演じてきた。
山城の店は離島桟橋から近い石垣では繁華街になる場所を借りている。
貝殻で作ったネックレスや民芸品など、ごく普通の店だ山城にとって店の経営などどうでもいい。
店を開く時とりあえず店長を雇った、神奈川出身だと言っていた。綾香(あやか)という女だった石垣にはもう2年ほど住んでいて、色々なバイトをしていたとか。
山城は色々やる事があるのと、変装しなくてもいい時間が欲しかった。
あえてバイトではなくて、社員として雇った。仕入れも全部まかせて、好きなようにやらせているが不思議と経営的には成り立っている。
ガレージから車を出した、何台かあるが店に行くときは青い軽自動車だった。
30分ほど走り、店の近くの駐車場に停めて歩いて3分ほどだ。
店の名前はマリュードにした、西表の滝の名前だ。
木の模様を基調に落ち着いた雰囲気の店だ、中に入ろうとすると綾香が飛び出してきた。
アヤ「オーナー昨日は団体さんが来て大変でしたよ、4日も何処行ってたんです」
山城「だから親戚が危篤で九州に帰ってたんだよ」
アヤ「連絡くらい下さいね、もう任せきりなんだから」
山城「ゴメンゴメン、アヤちゃんが居たら安心だから」
綾香も何もかも任せてもらって、店を自由にできるので本当は楽しいしオーナーは売り上げなど関心がないみたいに優しい。
店の奥には小さな喫茶スペースがあって、山城の担当は喫茶店のマスターだが。
喫茶の営業時間は昼1時から3時くらいで、後は消えてしまう。
仕方ないので、他の時間はお客さんに合わせて綾香がコヒーを入れる事になる。
店には観光客がチラホラ居た、山城は軽く会釈すると奥に入った。店は7時までだ山城は飯でも食べようと綾香を誘った。
近くの居酒屋だ、石垣料理が旨い店だった。
綾香「しばらく店にこなかったから、埋め合わせですねいっぱい食べよっと」
山城「まあそれもあるけど、僕もこんな性格だから何かあったらと思って」
綾香「何言ってるんですか、小さな店だしオーナーと2人でなんとかやってきたんだし頑張りますよ私」
山城「そうかい、いつも悪いね」
綾香「でも携帯の番号だけは教えて下さい」
山城「わかった、明日教えるから」
自分の携帯は教えられない、いざという時と情報屋の連絡に使うからだ明日別に1台買うかと思った。
綾香は思っていた、オーナーは外見は初老だが体格もガッシリしていて、笑顔の中に時おり見せる目線が鋭い。
早期退職して退職金で店を出したと聞いた、長年の夢だとか言っていたがあまり店に夢があるように見えない。
綾香「オーナー今度の休み潮干狩りに行きましょ」
山城「せっかくの休みなのに、おじさんじゃなくてボーイフレンドと行けば」
綾香「平日だし、今回の穴埋めですよ行方不明だったんだし」
山城「わかりました、バーベキューでもしよう」
渚は夕方なんとかアパートも決めた、大崎と2人で居酒屋に居た。
渚「色々ありがとう、あまり私の事知らないのに」
大崎「何いってるさぁー、お互い様だよ」
渚「なんか住むとこ決まって安心した、冷たいビール呑みたい」
大崎「ビール2つちょうだい」
山城は目を疑った、居酒屋に渚と男が入って来たからだ。
必ず奴が見張っている、早く店を出ないといけない。
渚を乗せた高速艇は凄いスピードで波間を走る、みるみる石垣に近づいてきた。
離島桟橋に大工の大崎が迎えに来ていた。
大崎「今日も綺麗な服だね」
渚「まず服ほめるかぁ少し違うでしょ、迎えにきてもらってアリガト。本当に保証人頼んでいいの」
大崎「なんくるないさぁー、さあ車あっちだから」
駐車場には黄色いバンが停まっていた。
大工の車らしく、脚立とかドリルとかが乗っていた。
大崎「お昼食べたー」
渚「食べました、美味しい八重山そばあなたは食べたの」
大崎「まだだけど、不動産屋を見てる間に食べるさぁー」
車は一軒の不動産屋に入った。
渚の乗ってきた高速艇に、初老の男も乗っていた。
フォックスを監禁していた男だ。
年寄りのはずなのに大きなバックを軽々担ぐとタクシーを拾った。
遠くのホテルの高層階から、ベビーフェイスが双眼鏡で渚を見ていた。
渚のポーチに仕掛けた発信器で女の位置はわかる。一緒にいた男が終わり屋の変装かとも思ったが、違うと思い直したあまりに隙が多いからだ。
渚は不動産屋に入った、金城不動産と書いてある。
大崎が電話を入れていてくれたらしい、ニコニコ顔の主人が目ぼしい物件を持ってきた。
大崎「俺飯食べてくるさぁー、早く食べないと夜になるから」
主人はニコニコしながら言った。
主人「繁華街がいいですか、少し離れても」
渚「車もないのでこの近くがいいです」
主人「じゃこれかな、女の人ならちょうどだと思うよ」
渚「部屋見せてもらえるかしらん」
主人「近くだから行ってみる」
2人は主人の車でアパートを見に行った。
その時、初老の男はタクシーを降りると家に向かっていた。
途中で近所のおばあと会った。
男「またゲートボールかい」
おばあ「そうだよ当分見かけなかったけど何処いってたさぁー」
男「仕事が長引いて、こないだの野菜ありがとう」
男は1年くらい前からここに住んでいる。
一戸建てのコンクリート造り、石垣では台風が多いからほとんどだが。
まあまあ広い家になる、石垣にきた時買ったのだ。
3LDKの家だ、家に入ると玄関の鍵を閉めるリビングの小さな絵を持ち上げ、壁の穴にキーを入れて回した。
すると壁がスライドして、別の小さな部屋が表れた。
ライフルや手榴弾やピストルが並ぶ、男は荷物を小部屋に入れると壁を閉めた。
ゆっくりとカツラとマスクを外した。
鋭い眼光が表れた、終わり屋はソファーにもたれてテレビを見た。
昨日の追手は森に埋めた、何年かすれば自然に土になるだろう。
2人の事はニュースになっていないから大丈夫だ。
冷蔵庫から炭酸を出すと、泡盛をグラスに入れ割った。
パソコンの前に座る、情報屋からメールは来てない。
昼間見た渚を迎えにきた男はなんだろう。
組織の人間でもなく、旅行者にも見えない。
こっちで知り合った男だろうか、知らぬ男は警戒しなくてはならない。
終わり屋はシャワーを浴びると少し考えていた。
その時家の電話が鳴った。
「もしもし城山ですが」
終わり屋はこの地では城山になっていた。
「オーナー何処いってたんです、店が割りと忙しくて大変だったんですよ」
城山「アヤちゃんゴメン、親戚がやばくて実家帰ってたんだよ」
アヤ「オーナーいい加減、社員に携帯教えて下さいよ」
城山「石垣きたとき誓ったんだよ、携帯に左右されない人生送るって」
アヤ「私オーナーが携帯かけてるの知ってますまた呑み屋のお姉さんだけ教えて、それに時々居なくなるんだから。久々だから今から来て下さいね」
城山「はいはい店長にはかなわないなぁ」
また変装しなくちゃならない、今日はゆっくりしたかった。
男は急いでメイクにかかった。
渚は昨日呑みすぎた、寝坊をして民宿の人に朝遅いので起こされた。
呑みすぎて朝御飯はパスすした、シャワーを浴びて軽く化粧をすると食堂に行ってコーヒーを飲んだ。
女将「ずいぶんゆっくりですね」
渚「すみません起こしてもらって、呑みすぎました」
女将「今日帰るのですね、短い間でしたけどどうでした」
渚「良いところですね、私しばらく石垣に居ますからまた来ます」
女将「えっ会社はどうするんです」
渚「もう会社はいいんです、どうしても石垣にもう少しいたくて」
女将「へーそうなんだ、また来て下さい」
優しい笑顔で答えてくれた。
渚は会計を済ませると、レンタカー屋さんに車で向かった。
レンタカーの店から港まで送ってもらう。
上原港の近くの食堂でそばを食べた。
おばあが食後にパイナップルをくれた、甘くてジューシーだ。
港で沖を見ていると、棲んだ美しい海が静かに波をたてている、遠くに高速艇が見える。
渚が乗る船なのだろうか、今日は石垣で大工と食事の約束をしていた。
西表の青い空を見ていると、人間の一生なんて小さな事に思えてきた。
1人の男を死ぬほど思ってみても、心が通じない時もあり。独りになりたくても、かまってくれる男がいたりする。
渚はしばらく1人で生きていくつもりだ、だから今は石垣に向かう。
取り敢えず石垣のホテルをネットで予約した。その足で不動産屋に向かい、部屋を決めるつもりだ。
1ヶ月か3ヶ月いや1年か、ただ知らない人間の中で生活してみたかった。
電話が鳴った大工の大崎からだ。
大崎「今どこにいるぅ」
渚「まだ西表よ、なぜ聞くの夜の約束よね」
大崎「仕事早かったから、観光でも付き合うかとおもったさぁー」
渚「石垣で不動産屋さんに行きたいの」
大崎「なんで、石垣に住むつもりなのー」
渚「急にそう思ったの、船もうすぐだから不動産屋さんに連れて行ってくれない」
大崎「いいよーそれに保証人がいるさぁー」
渚「あっそうか親戚とか知り合いが私居ないわ」
大崎「いいさぁー、俺がなるよ。渚ちゃん人が良さそうだから」
渚「悪いわぁーでも他の方法ないの」
大崎「6ヶ月分とか払うとオッケーのとこもあるかなぁ」
渚「もし仕事なかったら辛いかなぁ」
大崎「ともかく迎えにいくさぁー、1時間ね」
渚「お願いします」
考えてなかった、保証人とかいるんだ。
ずっと実家だったが、友達はマンション住まいだったので聞いた事があった。
高速艇に乗った、その姿を遠くでサングラスの男が見ていた。
フォックスと言う男は明日、漁師小屋で見つかる事になっている明日の朝連絡するからだ。
殺してはいない、使えない男はあえて生かしておく。
ベビーフェイスの居所がわからない、あの男を泳がせれば必ず奴のところに行くはずだ。
あの女も石垣に戻って、次は何をする着かと思う。
さっぱり行動が読めない。情報屋から会社は辞めた事は聞いていたがそろそろ1人旅も終わりだろう。
終わり屋は女心はわからない、お人好しな人を疑わない女だと思っているだけだ。
今いる組織の人間を全て掃除したら、次にどうするか自分が現れたのだから組織は女を拉致するだろう。
女など自分に価値が無いから、今まで女は生きてきたのだ。追手を始末したのだから、組織はもう黙ってはいないだろう。いざとなったら一緒に逃げるしかないが。
足手まといは必然だ、あんな女など未練などはないが、やはり5年間疑わなかったとてつもなくお人好しの女だから。
未練はなくても、それでも1年間情報屋に見張らせていたのだ。
組織の残りの1人は手強い、手の内が知られている。
現に今で行き先は不明だ、たぶん西表にはもう居ない。先に動いたのだ、応援を呼んだか。奴の事だまだ1人で仕掛けてくる。女の姿を追いながら考えた。