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ケータイ業界の動きを読む~ドコモ・au・ソフトバンク・ウィルコム

マクドナルド残業代を支払う

2008年05月23日 | ビジネス全般
マクドナルドの残業代未払いの件で、以前判決後に記事を書きました。だから今回マクドナルドが店長に対して残業代を支払うことになったとの報道があったので自分なりの感想を書きます。

マクドナルドの給与体系は、店長が管理監督者であることを前提と店長手当てを支給していた実体がある以上、今回の裁判で店長は管理監督者でないという判決が出たなら、管理監督者手当てとしての店長手当てをなくすことにするのは妥当に思う。そうでなければ、店長は手当てを2重取りすることになる。今後は残業代として公明正大に会社は残業代を払い、店長は残業代を受け取ればよいと思う。

私がマクドナルドという会社に一番腹が立つのは、月間200時間を超えるような残業を社員にさせていたり、月間休日が1日とか2日しかないようような過酷な勤務実体を長年放置していたことです。本来の人間としての通常の生活習慣からあまりに逸脱していることの改善が急務と思います。

世間一般に月間80時間を越える残業によって過労死したとか脳梗塞になったとかは、そんな残業時間数なんてほとんど問題ではないですね。残業ゼロの人でも脳梗塞や心筋梗塞ぐらいなる人もいるものだ。月間50時間・・・1日2時間程度の残業が体に及ぼす影響なんてほとんどないし、店長手当てを何万円かしらないがもらっているなら、それぐらい状況によって残業はしてもいいだろうと思う。

残業時間数を判断の尺度にするのは仕方ないだろうが、実体は残業ゼロの就労であっても過度の精神的ストレス・プレッシャーを掛けられる方が、心身とも疲れるもので、自殺や病気につながる可能性がはるかに高いと思う。しかし、労働基準監督所によって、精神のストレス状態を客観的に数値測定することが出来ない以上、残業時間数を尺度にして議論するしかないのが現状で、根本解決にはならないと思う。

ごく最近、マクドナルドチェーン店の創業者であるレイ・クロックの自伝のような本を読んだ。レイ・クロック没後20年以上?経過した現在では、創業者がこだわってきた精神というものがなくなり、現在のMACは全く異質な会社に変貌してしまっていると強く感じる。

企業が時代と共に変貌を遂げることは当たり前なことだけれど、その成功理由を見失ってしまえば、あとは漂流するただの企業でしかない。レイ・クロックおじさんは確か52・3歳?でマクドナルドを起業し、80歳を超える老齢になっても毎日15時間以上働いていたような人です。お店を心から愛し、お店と共に生活をするような人間がお店をマネイジメントするのが、マクドナルド流なのです。そういう人だから、マクドナルドのお店の運営を店長は任されるのです。

今の日本の労働環境やマクドナルドの社員の精神を見て、あの世でレイ・クロックさんは随分と嘆き悲しんでいることでしょうね。

会社に巣食う寄生虫ならぬ寄生人

2008年04月30日 | ビジネス全般
自分は、会社に巣食う寄生虫ならぬ寄生人なのだろうか?もちろん、そう考える自分自身と自分以外の寄生人がこの会社には居そうだ。寄生人は、寄生する宿主を弱らせて、やがて宿主を死に至らしめることになる。そして宿主と共に、自らも死に至ることを知らずに。しかし中には、ウジ虫となりやがて宿主から成虫として巣立ち、また新たな宿主を求め、新しい就職先で寄生するのであろう。そういう寄生人の人生もまんざら悪くない。一度その味をしめると、なかなか止められないものだ。憲法・人権そして法律という傘を蓑にして、その中で繁殖を繰り返し、寄生人という仲間を増やし続けてみよう。企業だけでなく、日本全体が寄生人の巣窟となろうとしているみたいだ。そういう多くの仲間が居るから、自分は特別な存在ではないのだと安心する。

失敗のすすめ!失敗を続ける者こそ成功者

2008年04月21日 | ビジネス全般
最近の自分自身の近況というか、考えていることを今日は少し書いてみようと思います。ブログタイトルには、「失敗のすすめ!失敗を続ける者こそ成功者」なんて随分と無責任なことを書いていますが、この歳になってもう一度たくさんの失敗をしようと自分に言い聞かせている最中なんです。

ある程度役職も上になって、責任も重たくなると、どうも保守的になって無難なことしかやらない自分に正直ウンザリ・アキアキしてきてるんです。オマエなんて首だと言われるぐらいのことでもやろうかな?なんて思っています。

失敗しても失敗を続ける者こそ成功者・・・
これの意味を説明すると、実は毎日失敗の連続なんです。失敗というか成功したと思えていないから、だから失敗してると自分は思っていると言う方が正しいんですが。でも、失敗したなと思っても、めげないでがんばってます。もし、今のように失敗の繰り返しにチャレンジしなかったら、全然前進しないから。

それに成功しなくても、自分はそれなりに色んなことを考えて、毎日工夫して、改善してみて、いろんなことを試しています。だから回りからまた無駄な金と時間を使っているように見えても、自分の中って色んな発見や気付きや反省があって、少しずつですが、成長していることを実感できているんですよ。そういう実感があるから、きっと失敗にめげないでいられるのかな?なんて思っています。少なくても、失敗をしてみて、これは効果がないことなんだということは、経験してみて解ることが本当に多いです。これを知ることだって立派な成長だろうって言いたいです。

失敗という成功への種をまいて、本当に成功といいう果実を手に出来るときはいつなんだろうと思うこともありますが、成功(成果)という果実を手にしなければ、成長したと言えないような成果主義の会社なんかにはしたくないと思っています。むしろ社員・部下の成長主義を大切にする会社の風土に自分はしたいと思っています。そのことを伝えるためにも、自分はもっと失敗による自己成長のすばらしさを身をもって体験して、そして伝えられる存在になりたいと思っています。

今日、部下から失敗を指摘され、部下からこうした方がいいですよなんて、自分としては屈辱的なことを言われたりして・・・少々凹んでいますが、おれはそんな目先な小さな成功を目指してるんじゃないって、心の中で叫んでいた自分がいました。

そういううっぷんを晴らすために、この記事を書いているような・・・書いていないような気がします。




閾値とは・・・閾値を超える仕事の大切さ

2007年10月11日 | ビジネス全般
閾値とは( 「しきいち」または「いきち」とも言う)

意味:
ある刺激によってある反応が起こる時、刺激がある値以上に強くなければ、その反応は起こらない。その限界値のことで、厳密には反応が50%の確率で起こり、また50%の確率で起こらない刺激値のことです。 簡単に言えば、反応する・反応しないの分かれ道っていうことです。

例)
私が小さいころ風邪を引いて小児科にいくと、お尻に何度か注射されました。子供ながらに、それが嫌で早く大人になりたいと思ったものです。どうして子供にはお尻に注射をするのでしょう???

例えば、人間の皮膚って敏感な場所とそうでない場所があります。人差し指とお尻では敏感性が違います。裁縫の縫い針を指の上にのせてグーっと押してみる。乗せているだけで殆んど力を加えなければ、殆んど痛みを感じません。しかし、少しずつ力を加えていくと、ある瞬間に痛いと思うところに到達します。そのときに力の加わっている力量が20gだとすると、次にうつ伏せになって同じようにお尻に
針を乗せて力を加えます。痛みを感じる瞬間は何グラムぐらいでしょう。おそらく30gとか40gでしょうか?

お尻に注射する方が、痛みが少ないから病院の先生はお尻に注射針をさしていたのでしょうね。
PS:お尻でも注射はやっぱり痛いものです。(また子供の視界に入りにくいのでくずられにくいという利点もあったかも)

要するに痛みを感じる痛点があり、この点(値)が閾値ということです。言い換えれば、閾値に達しなければ、痛みを感じるという反応は起きないのです。


これを仕事の頑張り(力量)と成果(反応)に置き換えて考えてみます。




閾値を越えたときにお客様の認識・反応(行動)が変わり始める。言い換えれば、閾値に達しなければ、「あまり変わり映えしない。」「変わった??前とあんまり変わってないような気がする・・・」という認識となってしまい、努力が報われて行かないのです。

中途半端な頑張りや適当な努力の多くは、無駄な徒労になりやすいのです。徹底してがんばり、閾値を超えたときこそ、周りの反応(お客様の反応)が変わり始めるのです。


がんばってるつもり、努力しているつもり。でも成果が思うように上がらないのはお客様の中のものさしである「閾値」を超えられていないだけなのかもしれません。誰が悪いわけではない。単純にこの「閾値」を早く見つけて超えるだけのことなのかもしれません。




コムスン社長が引責辞任で、トカゲの尻尾きり 会長続投

2007年06月08日 | ビジネス全般
コムスン社長が引責辞任へ、グッドウィル会長は続投を表明(読売新聞) - goo ニュース

そもそも不正請求発覚による事業所つぶしの指示は会長の折口は了解済みのことだった容易に推測できますね。折口会長の存在感は絶対神のようなカリスマ的存在だから、傘下のコムスン社長の辞任なんて、折口からみれば大したことではない。社長の存在など、体よく責任転嫁できる防波堤程度の役割でしかないのです。一応、社長は社長ですから。

折口会長は、介護福祉事業に未練たっぷりだから、何とか世間にはわからないような事業転売方法を考え出すか、あるいは資本関係がないような第三のダミー会社を設立するか、または既存事業社への事業移管話を持ちかけることでしょうね。資本参加しなければ、資金は折口から実質的に出ていても、わからないように第三会社経由で迂回貸付して、実質事業を牛耳る方法だってあります。

そもそも役所を相手にする商売ほどボロイ商売はないですから。福祉介護事業は、高齢者を対象とするのではなく、あくまでもお金の出所が役所なんだから。




コムスン、グッドウィルへの譲渡凍結・・厚労省

2007年06月08日 | ビジネス全般
コムスン、譲渡凍結も 厚労省が強く指導(朝日新聞) - goo ニュース

「グループ会社への譲渡は、利用者や国民の理解を得られないものである」として営業譲渡を凍結するよう指導した。厚生労働省もなかなか素早い対応で良かったと思います。

あえてそこで一言。国民の理解が得られないから・・・もし国民が声を大きくして言わなければ、そのままになっていた可能性があるということ?でしょうか?「国民が」と言えば、国民中心に物事考えているような印象を与えるが、本当は国民が言わなくても、当たり前のことを当たり前にきちんとやってくれるという信頼を得ることが大切だと思います。

いちいち国民の顔色を見て、ご機嫌取りなどする必要などないと思います。福祉介護行政のトップとしての厚生労働省が、おかしいものはおかしいと明確に判断し、国民にそれを示していくことで、行政への信用力は高まるのだと思います。

結果としては、今回はなかなか良い判断だったと思います。

著作権物複製の違法性「MYUTA事件」の補足

2007年06月02日 | ビジネス全般
「MYUTA事件」のサービスは、現行法あるいは今までの判例などの経緯を鑑みると、やはり違法とする判断は妥当と言えます。

今回は、サーバーでのユーザー所有の音楽ファイルの複製という事件ですが、これを書籍に例えて考えるとわかりやすいです。複製作業を顧客の意思・依頼によって書籍を丸ごと一冊コピーしますよというサービスを提供していると考えてください。

コピー希望の方は、こちらまで書籍をお送りください。コピーが完了しましたら、送り返しますよ。料金はいくらになりますxxxみたいな感じです。

こういうサービスは、実はやってはいけないことに昔からなっています。

購入書籍は、ユーザーの所有物ですし、複製の意思もユーザーからのものです。何も業者が勝手に複製して、コピーをして販売するわけではありません。しかしこれはネットの時代だからとか電子データだからどうこう言う問題ではなく、概念的にユーザー自身の手によらないで、第三者が著作権物の複製に大きく関わる業(商売)ですから、従来から著作権を侵害する行為と判断されてきている訳です。

例えば、TSUTAYAなどで、音楽CDをコピーするマシン(PC)を設置してiPodに取り込みやすい環境を提供したり、ビデオのダビング機やCDやMDなどに焼く機械を設置してきていない理由はこういうところが根拠なのです。そして複製対象物の大半が著作権物を対象としているのは、客観的に明らかですからね。

多くの議論の中で、論点が色々すりかわってしまっています。MYUTAの件は、銀行の貸し金庫のような保存・保管を目的としたオンラインストレージサービスではなく、その前提として専ら音楽楽曲という著作権物の業者による複製作業が伴うということで、違法性が懸念される保存サービスとは、明らかに質が異なるものと受け取るべきでしょう。

今回の判決理由の本旨が、こういうところにあったのだとわかれば、何となく納得できますよね。


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国立大生の国の負担年180万円 卒業まで約1,000万を負担?

2007年06月02日 | ビジネス全般
国立大授業料に格差を提言 財政審の建議案(朝日新聞) - goo ニュース

現在、国立大の学生1人当たり年間180万円の国費が投入されている一方で、国立大の年間授業料は基本的に53万5800円で横並びになっている。

ということは、国立大学生は授業料と国費負担を合わせると年間230万円が必要となっていることになりますね。私立の場合でも、多くの大学で年間授業料等は年100万円~120万円ぐらいというところが多いと思います。

そこで国立が230万円となると私立の約2倍のお金が掛かっている計算になりますが、その辺りの理由がどうもわからないです。それに卒業までに一人の国立の学生に国費約1,000万円を投入するその国民への見返りは、一体何なのだろうか?もし国立を卒業して、その後就職浪人・フリーターやニートになってしまったら・・・何か釈然としないものが心の中でモヤモヤします。なんせ毎年1兆円の国費が国立大学生に投費されているのだから。

また、下記のように国立の学生数の増加の仕方は異常です。日本の高度成長とともに人口が増加していった経緯(子供の増加)は理解できますが、少子化を背景とする今の時代なら、将来は学生数をもっともっと少なくするべきでしょう。

一部議論の中で、国立の授業料値上げや大学や学部の授業料格差の導入など検討されているようですが、それ以前に学生数の縮小と教職員の縮小が真っ先の課題ではないでしょうか?(大学統合の加速も必要)

最終的には今の学生数の半分で、むしろ授業料などは値下げでも良いと思います。

ただ正直なところ所得格差に比例した教育格差が問題となっている現代、裕福で親の所得が高い家庭の子供の方が国立に行く可能性が高いという矛盾を大きくはらみますが・・・そうなると親の年収制限みたいな話???これはちょっと違いそう?

いずれにしても国立大学の存在意味・目的を改めて考えてもいいのかもしれませんよね。
参考までに国立大学生の学生数推移は下記↓

文部科学省の学生数データより
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/002/002b/18/082.pdf

国立大学の学生数推移(千人)
S30年 186
S40年 238
S50年 357
S60年 449
H02年 518
H02年 624
H17年 627



早稲田大学の授業料と施設費用
http://www.waseda.jp/jp/databook/2003/expence.html

マイクロソフト「Surface」を仕事に活かす 空想の世界

2007年06月01日 | ビジネス全般
「Surface」を導入した近未来型の携帯電話ショップの受付カウンターはこうなる。(あくまでも近未来型の接客イメージです)

対面販売している現在の接客カウンターに、各々「Surface」を設置する。携帯電話を画面上に置くとパスワードを入力画面が表示され、パスワード認証後にはお客様の携帯番号や契約内容(プランなど諸々)が表示される。

プラン変更をしたい時は、画面をタッチをして新しいプランを選択・・・署名ウィンドウで署名完了。

機種変更の時も画面から気に入った機種を指タッチで選択・・・詳細情報や価格などをチェックして、旧機種(現在使っているおサイフケータイ機能付)を画面上に乗せるだけでチェック完了(支払完了)。そしてスタッフが新しい機種をさらに画面上に置くと、「Surface」を介した無線通信で旧機の情報を新機種にデータ転送で完了。

なんて世界はやがてやってくるのだろうか?少なくても10年以内にそうなっているだろうな。


発表:マイクロソフト新機種サーフェイス(Surface) 未来SFみたい~

2007年06月01日 | ビジネス全般
マイクロソフト新機種「Surface」の発表があったみたいですね。
大きさは約1m四方で高さ50cmぐらいの大きさです。価格は50万円~60万円はするみたいですが・・麻雀台ぐらいの大きさかな?(麻雀ソフトが出るかも・・・)

操作はマウスなしで、指先で画面をタッチしたりなぞったりするみたいです。当然無線LANでネットに繋がっているし、近距離無線通信でデバイスを認識するのかな。



こんな感じです。





ゲームなんぞをしている様子です。





無線機能を搭載したデバイスを画面に置くと、その中身が左上部のように表示され、それらの画像ピクチャーを指先で右下のデバイスに向けてドラックすると、そのデバイスに保存されるイメージです。



マイクロソフトオフィシャルサイト↓専用プロモビデオ
http://www.microsoft.com/surface/>


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システム管理者「パスワード悪用で盗み見経験アリ」3割超

2007年06月01日 | ビジネス全般
管理者パスワード悪用で盗み見経験アリ」の社員が3割超 - 米調査
http://news.goo.ne.jp/article/mycom/business/it/20070601-08-mycom.html

管理者の3人に1人以上が、なんと管理者パスワードで社内システムにアクセスして、他社員のEメールや個人ファイル、給与明細などのプライベート情報を盗み見たことがあると認めた。

3割を超えるというのは、ちょっと驚きですね、せいぜい1割ぐらいのものかと思ってましたが・・・システム管理者は、様々な情報にアクセスできる権限をもっており、他人の情報を容易に閲覧できる立場にあるため、絶えず誘惑に駆られようですね。それだけにいつも自分との葛藤をしなければならない立場と言えます。

気になる社員がいれば・・・例えば、好意を寄せる気になる異性社員や憎たらしい上司や部下などの秘密情報を探りたくなる心境にきっとかられるのでしょう。その気になれば誰がいつどのようなサイトを閲覧しているのか?誰といつどのような内容のメールを取り交わしたかなども詳細に情報を入手できてしまいます。

ひょっとしたら、私の情報も誰かに盗み見されているかもしれない・・





著作権物複製の違法性判断基準

2007年05月31日 | ビジネス全般
音楽著作権違法「MYUTA事件」の検証(感想)
http://blog.goo.ne.jp/googoomobile/e/a5227486a3eac25ba8253796dee9e39a
>そこに専ら業として第三者が支配的に複製に関わっていることは著作権侵害にあたり違法であると言える訳です。

と書きました。

今回の判決理由を前提にしてみると、ふと疑問に思うこととして、YouTubeのような動画投稿サイトに代表される国内の動画投稿サイトは、なぜ違法にならないのか?という点です。
MPG形式のファイルをネット経由で投稿すると、さらにデータ量が軽いFLASH形式に自動変換された動画がサイトにアップ公開されます。FLASH形式の動画にサーバープログラムで自動変換することは、特殊な技術でありますが、アップロードに際し特に独自専用ソフトを使用させているわけではありませんから支配的とはいい難い点と、専ら著作権物を対象に動画投稿をさせているわけではない点、主に個人のハンディービデオカメラで撮影されたものなども多く、テレビ放映の映像などは、そのうちの一部であり、著作権物の違法複製に積極的に関与しているとは言えないと言う解釈になるのでしょうね。ただし、違法性のある動画については、積極的に検査し削除をするということは、著作権者から強く要求されることとなりますが。

今回の司法判断の逆を言えば、(ギリギリ違法とならないためには)
①専ら著作権物を対象としていない。(一部違法複製物が含まれることは回避できない)
②ユーザー自身の手動作業により、複製ファイルの作成が容易であること(業者の複製作業に積極関与が少ないと思われる)
であれば、違法性についてはセーフとなる可能性が高いのかもしれません。

とは言ったものの、ケータイ電話を購入すると音楽CDのリッピング用のソフトが同梱されており、上記①②の点について言えば、クロと言えますが、これらがセーフとなる理由には、さらに裁判で争点となった自動公衆送信権と送信可能化権の点について、サーバーを介さず自分のローカルPC内で複製が完結し、複製ファイルにロックを掛けるなどして第三者でのケータイ利用を制限する機能が盛り込まれている点が上げられます。そういう意味では、十分にセーフ(シロ)となるのであろうと推察できます。

いくつかの複製について違法性の判断基準を考察してみましたが、やはり今回のMYUTA事件は、あらゆる点でクロという判断になったと思われます。

今回の判決についての賛否・解釈は種々あろうかと思いますが、法律に疎い素人の解釈としてはこれが限界です。

追記:
auのWIN端末(リスモ対応機)には、上述のとおりCDリッピングソフトが付いているのに、何でわざわざそれとは別の専用ソフトをインストールまでして、アップロード&ダウンロードするような手間の掛かる操作をさせるサービスが提供される必要があるのだろう?と疑問です。ひょっとしたら不特定多数の人(友達などに)パスワードを教えて、サイトに登録している携帯個別識別IDを変更してしまえば、友達がリモートでダウンロードできてしまうような抜け道が用意されてたのかも・・・って勘ぐりますけど。(機種変更などに対応して携帯個別識別IDを変更可能な仕組みにしておく大儀がある)特に若いユーザー層は、裏技的な隠し技として面白がって使い、爆発的に普及したような事例も過去に多くあるので、あえてサービス提供側が抜け道を用意してやることも企業の裏戦術として取りうる可能性も否定できませんからね。(そういう利用方法を想定していたのかも)


音楽著作権違法「MYUTA事件」の検証(感想)

2007年05月31日 | ビジネス全般
auの携帯電話に音楽をダウンロードするサービスが著作権侵害となる判決文を読んでみました。率直な感想としては、なるほどなと納得できる部分も多くあり、一方でよく理解できない(公衆送信の解釈)というのもありました。

2日前の怒りの記事については、やや感情的になりすぎました。(反省)
やはり判決文というものをよく読んでみるのも勉強になりますね。

今回の裁判は、被告がJASRACで、原告はイメージシティーというサービス提供会社です。これは著作権侵害の差止め請求権が無いことを確認するために原告が起こした裁判でした。

争点(お互いの言い分)としては、著作権物の複製は誰がしたのか?その主体者とは誰か?さらに複製された著作権データを送信している主体者は誰なのか?という点です。

結論として、ユーザーの意思により複製が行われたとしても、実際に複製を行っているのは原告のサーバーにおいてであり、原告主張のユーザーが勝手に複製をしているのであって、うちの会社は関係ないですは通りませんよ。複製の共同主体者と言わざる得ないというJASRAC側の主張が認められた形になったようです。

その判断の根拠となるところは、ユーザーが音楽をアップロードするためには、原告の専用ソフトを利用しなければならず、またユーザーがCDの音楽ファイルを複製することは(3G2ファイルへ変換後複製保存すること)、一般ユーザーの技術レベルではかなり困難で、原告のサーバーを介さないと複製が困難な事から、支配的な管理のもと複製が行われており、原告の関与の度合いが極めて大きいと言える訳です。さらに有料でサービスを提供しているのは原告であることより、ユーザーだけでなく原告も複製の共同主体者と考えるに十分であると言えるということです。

ユーザーが個人で音楽を楽しむためにユーザー自身がそれを複製したり、バックアップを取ることが認められても、そこに専ら業として第三者が支配的に複製に関わっていることは著作権侵害にあたり違法であると言える訳です。

この判決で違法性が懸念されることとなった従来のストレージサービスについては、これらは主にバックアップを目的としたり、今回のように著作権物(ほぼ99%)を複製することを目的としないもので(著作権物の複製が一部含まれることは業者では回避しがたい)あることから、本質的に異なるものであるという含みがあったように思います。

最初はJASRACの見せしめ的な裁判かと思いましたが、原告がサービス提供会社であったので、見せしめ行為ではなかったと思います。

公衆送信についても主体者は原告ということでほぼ全面的にJASRAC勝訴と言える判決で・・・ただ自動公衆送信と送信可能化の裁判長の解釈は、私にはよく理解できませんでした。


追記:今回の原告の主張は、データの複製はユーザーによって行われ、サーバーにデータを保存するのは、単に銀行の貸し金庫にデータを預けるようなものだと主張したようですが、判決理由では複製の主体者が預かる側(サーバープログラムによるファイル形式の変換を伴う複製保存による積極関与のため)と判断されています。貸し金庫でデータ(著作権物)が自動複製されれることはなく、仮に貸し金庫内で自動的に複製されれば、当然貸し金庫は違法行為となりますが、実際には複製されるような貸し金庫などは存在していないので、貸し金庫は合法で、貸し金庫のようなものと主張する原告の主張は、当然退けられたということです。

どうも今回の裁判は、争点として複製の主体者が誰なのか?というところの解釈において、過去の判例検証がまずくJASRAC相手に抗弁するには、あまりにも原告側の弁護士の力量が未熟であったのではと感じます。




目標達成のコツって?夢を叶える近道

2007年02月24日 | ビジネス全般
さあ、これから42.195kmのマラソンを走れるようになろうと目標を立てました。

そう考えただけで、とても目標が達成できそうにないと、すでに目標をあきらめる心理が起こってきます。

きつい、ツライ、、難しそう・・・考えれば考えるほど、余計にマイナス心理が深層心理に深く刻み込まれていきます。

そして目標達成に取り組もうとするたびに、心の中で悪魔が囁きます。この悪魔とこれからいつも葛藤し続けなければなりません。これでは到底多くの人が目標を達成することが困難になります。目標達成には、必ず継続的な時間軸が発生しますから、この時間軸が長ければ長いほど、達成の可能性は小さくなります。

目標を設定すること自体が悪いことではありません。目標を達成するということは、目標があることがすでに前提になっていますから、避けることはできませんが、ただ、42.195kmという数字がよろしくないということです。あまりにも道のりが遠すぎると感じてしまうから、マイナス情報として心理に刷り込まれてしまいます。

フルマラソンを完走しようという目標を設定したなら、それをもっとチャンクダウンして、今日から1kmをまず走るようにしようという目標に変えるべきなのです。・・・もし1kmが難しければ、500mを走るようにしようでも良いかもしれません。500mをとにかくいつも走ることを癖付けして、500mを楽しむこと、500mの中に楽しさや喜びを見つけることが一番大事なことのようです。

自分の設定した目標、それが大きなものであろうが小さなものであろうが、最初は簡単に行動に移せて、達成が簡単であるレベルを目標にすることが重要かもしれません。そして楽しみや喜びを必ず見つけること。苦しいこと、ツライことにしないことが肝要です。(まずは行動すること。でも行動が継続しない・・・3日坊主の人って多いから)

そしてそれを継続している自分を好きになること、その自分の過去の足跡褒めることだそうですよ。目標達成に向かって進む時に、楽しい・うれしいなどのプラス情報を心理に刷り込むことができるように、自分がその枠組みを用意することが一番大事なことかもしれません。

目標設定=楽しいこと・うれしいこと・喜びを感じ取る枠組み設計をすること。

一度試してみてください。


「成功者の告白」を読んで オススメ

2007年01月04日 | ビジネス全般

2007年 お正月に読んだ本
「成功者の告白」
著者:神田昌典
出版:講談社文庫
税別781円 全348ページ


お正月のヒマな時間に久しぶりに物語風のビジネス書を読んでみた。
なかなか面白く読めました。オススメです。

仕事上の光と影。仕事で成功すればするほど、なぜ人は不幸になっていくのか?
そこには、どんな法則が働いているのか?
成功の階段を上っていく時、多くの人が、陥ってしまうワナとは一体?

決して主人公のような成功者では自分はありませんが、読みすすめると「そうそう」と思わずうなずいてしまう自分がそこにいました。
仕事が順調で忙しければ忙しいほど、妻との関係がギクシャクし、子供が病気になったり、ケガをしたり・・・その因果関係をヒモ解く1冊です。

20世紀最高の経営者と言われるのジャックウェルチも言っていました。自分が最も幸せな経営者であると言えるのは、家庭との両立を考えなくて良い時代に経営者に成れたことだと。

仕事と家庭の両立に苦しむビジネスマンには、十分に参考になりますよ。
また、ビジネスモデルの考え方やチームワークによる組織の作り方なども、とても勉強になりました。

新年早々、良書に出会えてとてもハッピーです。
ちなみに本の帯にR25編集長絶賛の書と書いてありました。
R25って何?コチラのことのようです。↓
http://r25.jp/

(実は正月に6冊も本を買ってしまいました。あと5冊をなんとか1月中に読みます。2007年は読書50冊を読みます・・・読めたらいいなが今年の抱負です)