
5月5日に描いた8番さん「千手観音さまかな!?誰れの手だろう?」(6月22日掲載)に似ている

赤い衣を着てふくよかで、チョット目が妖しいかも・・・

「八番さんのご兄弟?・・目がいい雰囲気です」と描きました


札幌「円山八十八ヶ所」15番さんだ(2003.5.11) 描いた頃は連休明けだ
先月の30日、久々に「円山八十八ヶ所」を訪ねた
一年ぶりだ・・・行こう行こうと思っているうちにすぐ一年が経ち・・
1番さん2番さん・・・と順に登って行くと・・懐かしい
よだれ掛け?ほとんどの石仏さんが“新調”されていた
もちろん15番さんも“ナツカシーイ・・・・”
この15番さん。髪の毛プチプチで、なんかおにぎり持って瞑想中のようだ
そのまま“頭”の印象で「パンチパーマです」と書きました
札幌「円山八十八ヶ所」14番さんだ(2003.5.11) 描いた頃は連休明けだ
何かこの頃から石仏さん達の「コーディーネート」を自然体でしようとパレットの絵の具が明るい色寄りになったかも????
少しずつ楽しさが分かり始めた時期だ。三度目の円山に
描き上げた仏さんの、“目”を見て何故か“インド”を感じて
何故インドなのか理由はない
「インド風に仕上がりました」と書いたが??
なんか、言葉にインパクトがナイのだ??
札幌「円山八十八ヶ所」13番さんだ(2003.5.11) 描いた頃は連休明けだ
○○観音様だと思う お地蔵さんではないですね
「むにゅむにゅむにゅ・・」さんには仏教はよくワカラナイのだ
頭髪はきっちり結って、冠を載せて・・・その冠の中に小さなお地蔵さんがいた
大きな赤い蓮の花を持って・・
それを見て「華やかさいっぱいです」と書きました
なになに??蓮の花・・・「長ネギ」に見えるってかい
札幌「円山八十八ヶ所」10番さんだ(2003.5.5) 描いた頃は端午の節句、子供の日だ。 手がニョキニョキといっぱいあった。
赤いよだれ掛けをしていていろんなものを持っている。左右に4本ずつの腕を持っている仏さまだ
ちょっと“円山”・・第2話
円山ってどんな山? ~札幌の町づくりの原点~
札幌の街づくりの原点が円山にあったという歴史をご存知ですか?明治2年、開拓判官として着任した島義勇(しま よしたけ)は、雪の中を円山に登った。
そして、広漠とした石狩平野を見渡しながら、山頂から東方一直線に基線を引き、次にその基線と南北に直交して川を掘削しようと思い付く。
この島判官の構想は、岩村通俊判官に引き継がれ、明治4年から具体的な札幌の町づくりが始まった。
その後、一直線の基線は現在の南1条通りとなり、掘削された川は東西を分割する基点、創成川となった。と
「円山」って楽しいですよ
10番さん、赤いよだれ掛けが盾に見えて・・・槍を両手に、オマケに手投げ弾・・??
いろんな物持っててカラフルで・・頼もしく見えた・・・
そこで「矢でも鉄ぽうでも・・・ハデハデさん」と書きました
札幌「円山八十八ヶ所」9番さんだ(2003.5.5) 描いた頃は端午の節句、子供の日だ。 弥勒菩薩と刻印されていた。
ちょっと“円山”・・・・・・
円山八十八ヶ所って何?札幌市中央区にある「円山」(まるやま)。この円山の大師堂からの登山道には、登山口から山頂まで、山道に沿って約200体の石仏が安置されています。大正3年、円山村の開拓功労者である上田万平・善七兄弟が自費で円山に登山道を開き、そこに霊場「四国八十八ヶ所」にちなんで一番から八十八番までの石仏(釈迦像、地蔵、観音像、不動明王ら)を配置。当時は、開拓者たちの心の拠りどころとなり、以後現在にいたるまで、札幌市民の心を支え続けています。この霊場を円山八十八ヶ所と言います。 プチプチ頭にお月さんを背負っているように見えて、ふくよかでどっしりと・・・
そこでそのまま「どっこいしょっと・・・」と書きました
今改めて見ると週末に人間ドック受診予定の「むにゅむにゅむにゅ・・」さんのオナカのようです・・・
“メタボ風”。軽やかなコトバに替えれますヨ・ウ・ニ
札幌「円山八十八ヶ所」8番さんだ(2003.5.5) 描いた頃は端午の節句、子供の日だ。 急に手がにぎやかになった石仏だ。 上の右手は托鉢のときに使う“モノ”、上の左手には“剣”か?? その他左右4本ずつ・・・合計10本の手だ さぞ便利だろうって勝手に思っている。昔の人の発想は豊かだ
でも描いてて、背中の後ろに“4人”いるように見えたり・・・
「千手観音さまかな?誰の手だろう?」と書きました