八王子で大昔、「紅茶専門店」をやっていたマスターブログ

元がじゅマスターが頑張ってブログを書いてます。

悲惨な思い出Ⅲ

2010-08-31 08:41:00 | 北海道自転車ツーリング
3日連続の雨中走行の後、ジンギスカンで元気を取り戻した翌日は朝から大雨の中一日中の雨中走行でした。これが一番辛かった。

朝食後、元気に出発の図。
この時も連泊してこの雨を避けたい気持ちがあったのですが、予定の予備日をすでに使っていたので強行出発。国道238号をクッチャロ湖からオホーツクの海岸線に出ると、風が逆風向かい風。風力発電風車がみんな向こうを向いてグルグル。私も風に押されてフラフラ。海岸線の道は風を避ける物は全く無くコイでもコイでも進みません。坂道も多く上り坂は上からアスファルト道路に降った雨水が路側帯の排水溝へ流れ込む為の河となって流れてきます。それに逆らい登り、下り坂はその水の流れで滑りそうな歩道も無い道を何キロも走りました。そんな道でも石を積んだダンプカーが何台も追越して行き水跳ねは容赦なく身体に当たります。40キロ進んで一息。運動量が多く体が熱いのでソフトクリームはアチコチで食べましたがこの時の味が最高でした。

その時話したバイクの旅人は「寒くてしょうがないのでもう一枚出して着たのですがまだ寒い」と言っていました。こちらは熱くて汗ボタボタです。
そこでの休憩中に又仲間を発見。稚内ドームでテントを張っていた栃木の人でした。「道の駅 岡島」から一緒に走り始めたのですが若い人は早いです。とてもペースについていけず自己ペースで残りを走ります。20キロ走っては一休み。休む所は国道沿いのバス停。北海道のバス停は建物になっていて中にベンチがあり雨雪に濡れないようになっていて休憩にはもってこいです。そこで非常食のパンを食べ雨が止む事を祈り(結局応えられなかった)そして又雨の中へ走り出す事をしました。途中の道路情報掲示板には行く先の「雄武、紋別地方大雨雷注意報」が出たきりでした。そこへ向って走るのは危険を感じながら廻りにはバス停しかなく人の住んでいる所へ早く行きたいと一生懸命走りました。
後で考えたのですが、朝夕2本でも、バス停があるという事は利用する人が居ると言う事で回りに人家があるという事だと思いましたが思い出してもあまり人家は見えませんでした。一日中雨の中を走り、先行している自転車旅行者が宿泊予定地としていた「日の出岬」に到着。しかしライダーハウスの前に自転車も無く、人の居る様子も無かったのでもっと先に行ったのだろうと興部まで走りました。興部の道の駅には電車の車両を利用した無料のライダーハウスがあり先着順で泊まれるとの情報を頼りに頑張りました。そして到着。先行しているはずの自転車旅行者は居ませんでした。「何処へ行ったのだろう?」雨の中チェックイン。先客4人はみんなバイク旅行者でした。

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悲惨な思い出Ⅱ

2010-08-29 09:01:00 | 北海道自転車ツーリング
稚内のモシリバYHに泊まった翌朝は今にも振り出しそうな、ハッキリとしないお天気だった。お約束の写真を撮り出発。

だが風は追い風これを味方に日本最北端、宗谷岬へ。30キロをアベレージ26キロで激走。8時半には到着する。ソコには自転車旅行者(チャリダーと言うらしいが私はあまり好きな言葉ではないので使わない)が何人も到着していて写真の撮りあいや情報交換をしている。


私も混じってこれから行きたい「北オホーツクサイクリングロード」の情報を聞くが皆さん知らないと言う。私のネットによる情報では宗谷国道を南下して「道の駅さるふつ」手前を右折道道1089号を進む。だけでしたので誰か知らないかと思ったのですが残念。

そのまま宗谷国道(238号線)を日本最北端から南下。国道沿いの郵便局のATMで生活資金を下ろす。その間何人かの自転車旅行者が先行して行く。見えなくてもこの道には何人もの人が自転車で走っている事を実感する。でも皆が知らないサイクリングロードを探して浜鬼志別で右折してみる私。綺麗な道が(農道だろう)何処までも続き左右に時折牧場名が表示されるが道路番号は表示が無い。人がいないから聞けずとても不安。間違えて戻る距離が半端でないから間違えたくないのだ。

ここに到着した時はホッとしてお腹が空いたのだが元天北線猿払駅前なのに何も無い。こんな時の為の非常食(セイコーマートで買ったアンパンが役に立つ)。周りを見ながら食べたのだが「ヒグマが出ました」が落ち着いて食べる気をなくさせる。昔、店で使っていたドアベルを持ち出し自転車に付ける。走りながら鳴るようにして出発。ここは天北線の廃線後線路を取り外しアスファルトを敷いてサイクリングロードとして在る。

私の撮った動画ではないのですが状況が良く判るので貼り付けておきます。感謝!
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いかにも何か出そうでした。出ました。鹿が!。

鹿の白い三角のお尻がピョンピョン跳ねて逃げて行くのですが左右とも崖や藪が続き逃げ込めなくてサイクリングロードを一緒に走りました。

廃線跡だとわかるホームの跡。休憩所が壊れかかって哀れ。その後の天気の急変で私が哀れに変身。空が急に真っ黒になって大きな雨粒が降り出したのです。これで三日連続の雨中走行。一本道とは言え誰にも会わない道で、早くそこから抜け出したいのに浜頓別までは距離が結構有って生きた心地がしませんでした。雨は強くなる一方で本日の走行はココまでと決め宿泊場所を探しましたが浜頓別YHはだいぶ前に閉館とか、サイクルセンターはウイングと名前を変えて高級温泉ホテルになっていて除外。そのそばのキャンプ場は綺麗な芝生に水が浮かんでいて除外。とほ宿「トシカの宿」にやっと空いたベッドを確保。ホッとするがビショ濡れで自転車を降りて荷物を乾いた所へ持ち込むまでの処理に時間がかかる。でも乾いた寝床と屋根の有る所で食事の心配も無く過ごせるのは天国です。後からやはり自転車旅の人が到着。聞くと、昨日の夜稚内のドームでテントを張っていた一人の方だった。明日から同じ方向へ走る話をしながら、夕食はジンギスカンと毛がに。ご馳走様でした。

チットも悲惨そうに見えないと言う声が聞こえそうですが、雨に降られ誰もいない道を一人宿を求めて携帯電話圏外を走るのは結構辛い体験でした。
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悲惨な思い出Ⅰ

2010-08-28 08:10:00 | 北海道自転車ツーリング
ちょうど一ヶ月前、北海道自転車ツアーを始めて7日目から4日連続の雨と言う悲惨な体験をしました。リアルタイムのブログ更新では書く気にならず「悲惨な体験はカットして」と飛ばしたのですが自宅へ帰って思い出しながらの更新はその体験も有かな?と書いてみます。
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天塩のキャンプ場で目が覚めたのは6時前、雨の音の所為でした。本日の予定は稚内までの80キロと楽な行程でしたがサロベツ原野と日本海の間の何も無い道を走る予定でした。お天気が良ければ左に日本海の中に利尻島が見えて、右にはサロベツ原野が見渡す限り広がっている景色が見えるはずでした。

それが先ず雨と風に覆われて何も見えずこんな景色でした。
幸運だったのは、風力発電風車がこちらを向いている事でした。つまり「風は背中から吹いている」です。当日はこんな天気にも拘らず、自転車移動時のアベレージが一時間当たり23.9キロとこの旅行中最高でした。どれくらい追い風が強かったかは想像できると思います。逆にこれが向かい風だった事を想像すると恐ろしい気分です。この雨風の中80キロを3時間チョッとで稚内に着きテント泊はあきらめ、YHに予約を入れて1時過ぎにはチェックイン。YHでもこの天気は凄いと言い、開館以来初めての雨漏りとかで皆さんがバケツを持ってバタバタしていました。
夕方には風はそのままでしたが雨が止んで稚内の街中を歩く機会がありました。学生時代に来た時のコース稚内駅と北防波堤ドームを見に行きました。テント村になっているかと思ったのですがさすがにこの天気では3つのテントがあるだけでした。お話をすると明日朝、船が出たら利尻へ渡るとか。私はYHへ戻りゆっくり布団で寝れる幸せを味わいました。

不思議なご縁でそのテントの方お二人と後日一緒に又雨の中を走る機会がありました。
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テント雑感

2010-08-26 09:23:00 | 北海道自転車ツーリング
二回目の装備の話です。予告どおりテントについて語って仕舞います。
北海道はアチコチにキャンプ場があり上手く旅程を組めばテント泊だけで廻ることが可能です。今回の旅行も、3対1でテント泊を考え、体力回復と天候不良時の宿泊は「YH」とか「とほ宿」を探す予定でした。
テントは、イロイロなメーカーを調べネットを徘徊、現物を見にアチコチのショップを訪ねました。最終的に残ったのが「アライテント」と「モンベル」の2~3人用でした。

自転車旅行とは言え出来るだけ軽いもの、そして実績有るメーカーとコストパフォーマンスで絞りました。最後の二つの差は出入り口の場所です。アライテント製はテントの短辺に出入り口が有り奥行き重視です。モンベル製は長辺に出入り口が有り横幅重視です。最後の決め手は入口前に出来る「前室」の大きさでした。どちらも「前室」と呼べるほど大きくは無いのですがほんの少しモンベル製が優っていたのが決め手となりました。
写真でも判りますが半分をテントの中に入れない予定の物を収納に使っています。「くつ」や「汚れ物」などを置いておきました。中は130×210で「本当に二人寝れるのか?」と言うサイズですが、着替えと濡れてはいけない、シュラフとマットと貴重品を持ち込んで一人が寝れるサイズは有りました。しかし170センチの私が枕を利用して210センチに横になると頭の上「目の前」に天幕が有りそれを避けて少し足元に移動するとシュラフのつま先がやはり天幕に触ります。それが重いとか抵抗になると言うのでは無いのですが朝起きた時テント内の結露が大事な羽毛のシュラフの足元を濡らしている事が有りました。シュラフカバーを使えば良いのでしょうが準備が無く旅行の後半はシュラフの乾燥に気を使いました。2~3人用でこんな状態ですから一人用は荷物も持ち込めず「前室」も少ないのは大変だと思いました。

他のテントで気になったのがダンロップやロゴス、サウスフィールドなどでした。その中でダンロップの「前室」が二箇所あるタイプは他のテントより風に強く使い勝手が良さそうでした。ただ重さの点で私は選べず軽さを選びました。用品選びは本人の思い込みと使い方で、「弱点はそれを越す長所を持つかどうか」と考えて選ぶ割り切り方だと思いました。

それにしても良いお天気の時のテント生活は精神がリラックスして気持ちの良いものでした。(傍から見るとホームレスと何処が違うか判りませんが)
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厚岸から浦幌

2010-08-24 09:59:00 | 北海道自転車ツーリング
テントのそばでガサゴソ音がする。熊ではなく鹿に起こされ今日も早めの起床。昨日のコンビニ非常食を朝食にして130キロ先の浦幌森林公園を目指すため早めに出発する。

6時過ぎには厚岸駅前到着。名物の牡蠣弁当屋さんもまだ開いていないがコンビニは営業中。便利な世の中になったもんだ。非常食と朝食の追加(ヨーグルトとグレープフルーツジュース)を買い店頭で頂く。車で来たガテン系のヒゲのお兄ちゃんに「オジ(-?)サン、何処まで行くの?」と声をかけられる。最初私の事だと思わなかったが他に人は居ないし「浦幌まで」と答えると「オジ(-?)サン元気だね」と言われる。やはり俺はオジ(-?)サンになってしまったのか? 自分では、まだ声をかけてきたお兄ちゃん同じ位の意識だったが、コンビニのガラスに映っている自分はやはりキタナジジーだった。
その親切なお兄ちゃんは「釧路までに深山と言う山がとてもキツイ」と情報をくれて去っていった。ありがとう。
2時間後その「深山」(フカヤマ)を登っている時までキタナジジーが頭を離れず結構なショックだった。その後は深山を反対側(釧路から)登ってくる自転車旅行者と御互いに健闘を讃えあい手を振り合う事で気分は回復していきました。元気回復して釧路の町へ到着。昨年夏予備知識を得るために釧路湿原をレンタカーで走り既知の町で簡単にスルー。38号線を白糠まで急ぐ。まだ10時台だが白糠道の駅名物「ブタ丼」を注文。1000円で豚肉4枚。1100円で6枚。4枚を注文したが先に来ていた旅行者風の人はほとんど6枚だったようで私もゆっくりだったら食べれた気がした。

満腹の満足顔のキタナジジー。

このコースは自転車旅行者に人気が有るらしく同じ浦幌へ向う学生3人組と会ったり、グループ自転車旅行者10人組とか、単独ツアーに3組とかにすれ違った。途中、JR根室本線沿いを太平洋をながめながら幾つも河口を渡る。広大な景色は北海道ならではと思う。

直別川をすぎて海を離れ山の中へ。段々と山が深くなりトンネルをいくつかくぐり町にぶつかるとソコが浦幌だった。早速テントを張って洗濯。町へ買物に行くと碁盤の目ような道が広がり一軒あたりの敷地も広く、カナダの観光地ローレンシャンの隣町、地元の人の暮らす落ち着いた村の雰囲気がしてとても気に入った町でした。

温泉ではないがお風呂に入ってコンビニでビールを買って汗をかかないようにゆっくりと森林公園へ戻り夕食の支度。

まだ明るいうちにのんびりできる幸せな一日でした。

白糠で会った学生3人組は夕方7時過ぎ到着。ノンビリとサイクリングを楽しんできた様子で到着後も公園内を遊びまわり食事を作り出したのが8時過ぎ。ガソリンバーナーを使っているのだが使い方も未熟で火がつかず大騒ぎ。耳栓を使って私は寝たのだが翌朝流し台にはバーナーと茹でそこなったそうめんが散らかり訓練不足が感じられた。キャンプは早めの到着、早めの食事、早めの就寝、早めの出発が基本です。(キタナジジーの一言)
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