再開発が進む東京は、急速に街並みが変貌している=東京都港区で2023年11月24日、本社ヘリから
毎日新聞 2024/8/4 10:00 有料記事
東京に駐在する外国メディア特派員らの目に、私たちの社会はどう映っているのだろうか。フランス、英国、バングラデシュ、シンガポールなどの個性豊かな記者たちがつづるコラム「私が思う日本」。第106回は、仏紙「ルモンド」のフィリップ・メスメール東京特派員が、東京都知事選で大きな争点とならなかった東京の再開発について考えた。
7月7日投開票の都知事選では、小池百合子氏が再選された。フランス人ジャーナリストから見て驚きだったのが、選挙戦の政策論争で、日本の首都管理を巡る根本的な課題にほとんど触れられなかったことだ。都知事選は、同じく7日に投開票されたフランスの総選挙と時期が重なったが、フランスでの討論の方が、より活気に満ちていたように思える。
私が都知事選で論じられるべきだったと思った課題の一つは、首都の住環境についてだ。
東京都民は、緑地や地元商店があるヒューマンスケール(人間の感覚や行動に適合した、適切な空間の規模やものの大きさ)の街並みを望むのか。それともオフィスやショップ、レストランが入ったコンクリートとガラス張りの高層ビルが建ち並び、その脇に緑と称して数本の樹木を植えただけのような街を好むのか。
東京都知事選で当選確実となり、花束を手に笑顔を見せる小池百合子氏=東京都新宿区で2024年7月7日午後8時11分、前田梨里子撮影
小池都政は後者を選んだように思える。築地市場跡地の再開発や渋谷大改造、港区エリアのプロジェクトといった大規模開発事業が次々と進んでいるからだ。
首都では、一部の史跡は保存されたものの、歴史的な建築物など多くの遺産が姿を消した。その理由は三つある。自然災害、戦争、そして「建築狂」だ。
1923年の関東大震災は、明治時代の面影を消し去った。第二次大戦末期の45年には、米軍による東京大空襲で、震災後の20年代に造られた建築物が破壊された。戦後になると、64年の東京オリンピックに向けた建設ラッシュにより、古い建築物は一掃された。80年代後半のバブル経済期には、60年代から70年代の建築物も大型プロジェクトによって姿を消した。
21世紀への変わり目には、耐震技術の進歩によって超高層ビル群が出現した。さらに2020年の東京オリンピック・パラリンピック(開催は21年)に向け、再び建設ラッシュが到来。五輪選手村を改修した分譲マンション「晴海フラッグ」のような記念碑的な住宅群や商業施設、ホテルなど過剰ともいえる建設が進み、その開発は今も続く。
再開発計画に揺れる明治神宮外苑地区。(右から)国立競技場、解体が進む神宮第2球場、神宮球場、秩父宮ラグビー場が並ぶ。ラグビー場の左はイチョウ並木=神宮外苑で2023年6月30日、本社ヘリから三浦研吾撮影
市場の法則は、首都の遺産を守るために行政が介入しなかったことで、街並みを変貌させた。日本の建築基準は耐震性と日当たりの点を除けば、それほど厳しいとはいいがたい。建築物は数十年で時代遅れになるという考え方が定着しており、開発業者に、不必要ともいえる開発を進める自由を与えてしまった。
東京の魅力の一つは、街ごとに趣が全く異なるのに、そうした対照的な空間が共存しているところにある。それによって東京都民の多様なライフスタイルを保っている。ところが、「建築狂」ともいえる建設ラッシュによって、その魅力が失われつつある。
そうして新たに登場した風景は、もう一つのリスクがある。次々と誕生する複合施設には特に「日本的」な要素が感じられない。他のアジアの都市の建物と区別がつかないのだ。
その複合施設に出店するブランドは、どこもほぼ同じ。無味乾燥で画一的なものにみえる。これでは、政府や東京都が呼び込もうとしている金融やITなど高度なスキルを持った外国人エリートをひきつけるのは難しいだろう。
大規模マンション「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」=東京都中央区で2023年10月19日、本社ヘリから渡部直樹撮影
また、大規模開発が環境に与える影響はどうなのかという疑問も残る。日本の人口減少を考えれば、大規模開発にどれほどの有用性があるのかも疑わしい。
夏はますます暑くなっている。都市はヒートアイランド現象に見舞われ、風の流れをさえぎる高層ビル群の建設によって悪化している。今後は、都市を緑化し、より環境に優しい住環境をつくることに重点を置くべきだ。明治神宮外苑地区の再開発に反対する声は、人々が再開発による大量の樹木伐採に反対し、緑豊かな環境を望んでいることを示している。
都知事選では、こうした課題についての論争はほとんど行われなかった。これは、もしかすると都政と再開発事業を手掛ける民間事業者の距離が近いことも関係しているのではないかと勘ぐってしまう。一部メディアは選挙前、都庁OBが再開発を手掛ける民間事業者に天下りしていたと報じた。
東京は、都民の意思が問われないまま、変貌を遂げようとしている。【訳・国本愛】
「神保町の雰囲気が好きです」と話すルモンド紙東京特派員のフィリップ・メスメール記者=東京都千代田区で2021年3月23日、梅村直承撮影
フィリップ・メスメール(Philippe Mesmer)氏
フランス・パリ出身。2002年に来日し、仏紙「ルモンド」のほか、仏誌「レクスプレス」の東京特派員として活動する。東日本大震災の被災地に発生直後から足を運び続け、宮城県や福島県の住民の声をフランスに届けている。好きな街は東京・神保町。昭和の薫りのするカフェと、最近は数が減りつつある古書店を愛する。
私は、テレビの再放送で「古地図で旅するヨーロッパ都市物語パリ」で、19世紀半ばまで悪臭漂う中世都市だったパリをナポレオン3世に信任されたオスマン男爵の大改造番組を観て、パリ・オリンピック関連で空からのパリの街を望んだからか、この仏紙「ルモンド」のフィリップ・メスメールさんの視点にとても共感を覚えた。
私の19歳上の長兄は仕事で世界中の街に出張していたが「パリの街は綺麗だな」とひとこと言っていたその意味がようやく分かってきた。私は東京に住んだこともなければパリに行ったこともないが、新宿副都心が出来、六本木ヒルズ内も歩いた頃には有頂天になっていた。その後、品川の旧国鉄貨物ヤード跡地にも超高層ビルがポツンと建ったのかなんて思っていたら、あっという間に摩天楼群に変貌していた。それどころか今では、無計画に?東京中に超高層ビルが林立している。
私の近辺では、神戸市がその独自性を持った街づくりだと好感を持っていたが、現在は超高層ビルを次々に建設して神戸市らしい景観が消えてしまったと私は思っている。幸か不幸か私は神戸の外れの緑あふれる明石市に暮らして、超高層ビル・景観公害?から免れている(笑)。田舎者の負け惜しみかな?(汗)
毎日新聞 2024/8/4 10:00 有料記事
東京に駐在する外国メディア特派員らの目に、私たちの社会はどう映っているのだろうか。フランス、英国、バングラデシュ、シンガポールなどの個性豊かな記者たちがつづるコラム「私が思う日本」。第106回は、仏紙「ルモンド」のフィリップ・メスメール東京特派員が、東京都知事選で大きな争点とならなかった東京の再開発について考えた。
7月7日投開票の都知事選では、小池百合子氏が再選された。フランス人ジャーナリストから見て驚きだったのが、選挙戦の政策論争で、日本の首都管理を巡る根本的な課題にほとんど触れられなかったことだ。都知事選は、同じく7日に投開票されたフランスの総選挙と時期が重なったが、フランスでの討論の方が、より活気に満ちていたように思える。
私が都知事選で論じられるべきだったと思った課題の一つは、首都の住環境についてだ。
東京都民は、緑地や地元商店があるヒューマンスケール(人間の感覚や行動に適合した、適切な空間の規模やものの大きさ)の街並みを望むのか。それともオフィスやショップ、レストランが入ったコンクリートとガラス張りの高層ビルが建ち並び、その脇に緑と称して数本の樹木を植えただけのような街を好むのか。
東京都知事選で当選確実となり、花束を手に笑顔を見せる小池百合子氏=東京都新宿区で2024年7月7日午後8時11分、前田梨里子撮影
小池都政は後者を選んだように思える。築地市場跡地の再開発や渋谷大改造、港区エリアのプロジェクトといった大規模開発事業が次々と進んでいるからだ。
首都では、一部の史跡は保存されたものの、歴史的な建築物など多くの遺産が姿を消した。その理由は三つある。自然災害、戦争、そして「建築狂」だ。
1923年の関東大震災は、明治時代の面影を消し去った。第二次大戦末期の45年には、米軍による東京大空襲で、震災後の20年代に造られた建築物が破壊された。戦後になると、64年の東京オリンピックに向けた建設ラッシュにより、古い建築物は一掃された。80年代後半のバブル経済期には、60年代から70年代の建築物も大型プロジェクトによって姿を消した。
21世紀への変わり目には、耐震技術の進歩によって超高層ビル群が出現した。さらに2020年の東京オリンピック・パラリンピック(開催は21年)に向け、再び建設ラッシュが到来。五輪選手村を改修した分譲マンション「晴海フラッグ」のような記念碑的な住宅群や商業施設、ホテルなど過剰ともいえる建設が進み、その開発は今も続く。
再開発計画に揺れる明治神宮外苑地区。(右から)国立競技場、解体が進む神宮第2球場、神宮球場、秩父宮ラグビー場が並ぶ。ラグビー場の左はイチョウ並木=神宮外苑で2023年6月30日、本社ヘリから三浦研吾撮影
市場の法則は、首都の遺産を守るために行政が介入しなかったことで、街並みを変貌させた。日本の建築基準は耐震性と日当たりの点を除けば、それほど厳しいとはいいがたい。建築物は数十年で時代遅れになるという考え方が定着しており、開発業者に、不必要ともいえる開発を進める自由を与えてしまった。
東京の魅力の一つは、街ごとに趣が全く異なるのに、そうした対照的な空間が共存しているところにある。それによって東京都民の多様なライフスタイルを保っている。ところが、「建築狂」ともいえる建設ラッシュによって、その魅力が失われつつある。
そうして新たに登場した風景は、もう一つのリスクがある。次々と誕生する複合施設には特に「日本的」な要素が感じられない。他のアジアの都市の建物と区別がつかないのだ。
その複合施設に出店するブランドは、どこもほぼ同じ。無味乾燥で画一的なものにみえる。これでは、政府や東京都が呼び込もうとしている金融やITなど高度なスキルを持った外国人エリートをひきつけるのは難しいだろう。
大規模マンション「HARUMI FLAG(晴海フラッグ)」=東京都中央区で2023年10月19日、本社ヘリから渡部直樹撮影
また、大規模開発が環境に与える影響はどうなのかという疑問も残る。日本の人口減少を考えれば、大規模開発にどれほどの有用性があるのかも疑わしい。
夏はますます暑くなっている。都市はヒートアイランド現象に見舞われ、風の流れをさえぎる高層ビル群の建設によって悪化している。今後は、都市を緑化し、より環境に優しい住環境をつくることに重点を置くべきだ。明治神宮外苑地区の再開発に反対する声は、人々が再開発による大量の樹木伐採に反対し、緑豊かな環境を望んでいることを示している。
都知事選では、こうした課題についての論争はほとんど行われなかった。これは、もしかすると都政と再開発事業を手掛ける民間事業者の距離が近いことも関係しているのではないかと勘ぐってしまう。一部メディアは選挙前、都庁OBが再開発を手掛ける民間事業者に天下りしていたと報じた。
東京は、都民の意思が問われないまま、変貌を遂げようとしている。【訳・国本愛】
「神保町の雰囲気が好きです」と話すルモンド紙東京特派員のフィリップ・メスメール記者=東京都千代田区で2021年3月23日、梅村直承撮影
フィリップ・メスメール(Philippe Mesmer)氏
フランス・パリ出身。2002年に来日し、仏紙「ルモンド」のほか、仏誌「レクスプレス」の東京特派員として活動する。東日本大震災の被災地に発生直後から足を運び続け、宮城県や福島県の住民の声をフランスに届けている。好きな街は東京・神保町。昭和の薫りのするカフェと、最近は数が減りつつある古書店を愛する。
私は、テレビの再放送で「古地図で旅するヨーロッパ都市物語パリ」で、19世紀半ばまで悪臭漂う中世都市だったパリをナポレオン3世に信任されたオスマン男爵の大改造番組を観て、パリ・オリンピック関連で空からのパリの街を望んだからか、この仏紙「ルモンド」のフィリップ・メスメールさんの視点にとても共感を覚えた。
私の19歳上の長兄は仕事で世界中の街に出張していたが「パリの街は綺麗だな」とひとこと言っていたその意味がようやく分かってきた。私は東京に住んだこともなければパリに行ったこともないが、新宿副都心が出来、六本木ヒルズ内も歩いた頃には有頂天になっていた。その後、品川の旧国鉄貨物ヤード跡地にも超高層ビルがポツンと建ったのかなんて思っていたら、あっという間に摩天楼群に変貌していた。それどころか今では、無計画に?東京中に超高層ビルが林立している。
私の近辺では、神戸市がその独自性を持った街づくりだと好感を持っていたが、現在は超高層ビルを次々に建設して神戸市らしい景観が消えてしまったと私は思っている。幸か不幸か私は神戸の外れの緑あふれる明石市に暮らして、超高層ビル・景観公害?から免れている(笑)。田舎者の負け惜しみかな?(汗)
多摩の人間にはどうでも良い、普段は暮らしに関係ない地域のことです。
多摩地域は、ちょっと違いますし、いわゆる都内だって、緑地は多く残してあります。
皇居もまた、歴史の遺産ですし。
江戸のころの広大な大名屋敷を庭園として残したことは、素晴らしいこと、と思います。
フランス人に言われたくない・・と思わす言いたくなります。
パリは、まだ下水道施設が戦前のまま。
それを使っているのでセーヌ川は改善しないとか。
旧市街地の景観を残す限りは、仕方ないのでは?という感じらしいです。
パリは、景観だけが綺麗な街。
いわゆる東京の高層化・巨大化は興味もないので、それはそれでいいのでは・・
多摩地域の自然と暮らしだけ、その轍を踏まないで欲しい、と思っています。
でも、私にはもう先がないのでどうでもよいような・・
>何か、フランス人に言われたくない(笑)... への返信
コメント誠に有難うございます。
私がぼんやり想像しているのは、外国の観光名所で歴史地域(旧市街)と呼ぶ場所がテレビでよく紹介されますが、パリの街全体がそのような規制のもとに保存されているのかなとも感じるわけです。
でも、パリは、フランス最大の都市であり、同国の政治、経済、文化などの中心地であるわけですよね。そこが不思議な点なんです。
ありゃ、今ウイキペデイアでパリを検索してみました。するとエッフェル塔の向こうに超高層ビル群の街が写っているではないですか(汗)
↓
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AA
概要、説明として、市域はティエールの城壁跡に造られた環状高速道路の内側の市街地(面積は86.99km2)、および、その外側西部のブローニュの森と外側東部のヴァンセンヌの森を併せた形となっており、面積は105.40km2とありました。
参考で東京都・山手線の内側は63km2、ニューヨーク市・マンハッタンは59km2とも。
>パリは、まだ下水道施設が戦前のまま。それを使っているのでセーヌ川は改善しないとか。
そうなんですか、なんでもナポレオン3世時代の都市大改造以前の下水道は酷いものだったらしいですね。
又別の記述を見つけました、パリのトイレの歴史です(笑)。
KUMIさんが現在のパリ?のトイレ事情を書かれていましたかね。その歴史は桁外れのようですね。
↓
https://paris-rama.com/paris_history_culture/029.htm
現在は多少ましになった方なんでしょうか?
と言うより、日本のトイレ文化が世界を先駆けているのか?と思ってしまいます。
>多摩地域の自然と暮らしだけ、その轍を踏まないで欲しい、と思っています。
私のたった今の思いつきですが、長兄が町田に家を持った時は、何もなかったんです。でも2007年にはビル化が進んでいて、今では大きな街に変貌していますね。
人口の東京一極集中が止まらないかぎり自然は減少していく気がします。
KUMIさんの視点に、また感心してしまいました。