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今日の運命

2024-03-31 08:09:21 | タブレットPC


2024 年 3 月 31 日

一白水星の日

この日には不遇、失意気味の来訪者が多いものです。自分自身も、憂い事で憂鬱になるものです。 部下や子供の問題も出る。この日は特に陰徳に心がけることが大切です。

勢至菩薩

ご利益

智慧明瞭、家内安全、除災招福のご利益があるとされています。午年の人々を守る守護本尊であり、午年に生まれた人々の開運、厄除け、祈願成就を助けるともいわれています。

 


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知性、情緒、意志のバランスを崩さ

2024-03-30 10:41:23 | タブレットPC
 


 

 

心の修行において、念覚支は重要な一端を担う。しかし、その修行は単純なものではない。修行者は、念の力を強化し、精神力を高めることに努める。知性、情緒、意志のバランスを崩さずに、それぞれの力を鍛えねばならない。だが、この修行は容易なことではない。知に偏ると理屈っぽくなり、情に流されると心が揺れ動き、意志が強すぎると頑固になる。だからこそ、バランスを保つことが肝要だ。そして、念そのものの力を神秘的なほどに高め、一点に集中した時には火花を散らすほどの力を持つようになる。その上で、「空観」を体得し、「四念処法」の修行を積むことで、諸法の実相を悟り、真実を見極める。この道は、宗教や信仰、哲学の中から真理を選び取る道であり、修行者は真実なるものを見極め、正しい信仰を選び取らねばならない。この修行は、自己の勉強と修行によって、真実を見極め、正しい道を歩むことに他ならない。

 

 

 

念力をつよくして

ノ一バランスをたもつ

 

これはどういう修行法かと申しますと、仏教辞典などを見ますと、「おもいを平らかにする」うように説明しております。念覚支とは「おもい」つまり念を平安にすることである、とこ’うように説明しておりますけれども、わたくしは、それだけでは念覚支の修行の説明になっないと思います。

わたくし自身の修行体験によりますと、そんな簡単なものではなくて、こころを平安にする、いは確かにそうでありますけれども、それは結果から出てくるものであって、修行そのものでらいわけです。おもいを平安にするというのは、念覚支を修行した結果、つねにおもいが平安なる、おもいが平らかになる、ということであって、それ自体が修行ではない。

わたくしは、この修行を二つに分けることができると思うんです。まず、念の力を強化する。

活力といってしまうと、なにか安っぽくなってしまいますね。自分で『念力』という本を書いおきながら、そういうことをいうのはおかしいけれども、念力、と言でいってしまうと、ちっと安っぼくなってしまう。念の力を強化する、要するに、精神力というものを非常に強化すということですね。

それをただたんに精神力というと、漠然としますけれども、要するに、意志の力、知能の力。ういったものを非常に強化する訓練である。

もっというならば、人間の精神作用というものは、知・情・意、この三つから成り立っていま

知性の力、知能の力、そして情緒的なはたらき、それから意志の力です。

要するに念の力を強化するというのは、この三つの部門(知・情・意)のはたらきを強化し、しかも、そのいずれにもかたよらないようにする、ということです。それが、結局、結果的におもいが平安になるということじゃないですか。

人間の精神力というものは、この知・情・意のはたらきから成り立っています。ところが、こいがかたよりやすいわけです。

夏目漱石の『草枕』の書き出しに、

-知にはたらけば角が立つ。情に棹させば流される。とかくこの世は住みにくい」とあるでしょう。

だから知というものにかたよると、とかく理くつっぽくなって角が立ちやすい。頭が非常よいと、知能のはたらきがつよいですから、すぐ理くつでものをわりきろうとします。

情に棹させば流される それはそうでしょう、人情的になりすぎれば流されてしまいます。

意志がつよかったらどうかというと、これは強情で、どうにもしようがないということになりますね。

ですから、知・情・意、それぞれのはたらきを強化し、たかめる、そういう修行です。しか

そのいずれにもかたよらないように平均化する、これがいちばん大切なことじゃないです知的にも非常に高度で、情緒面においても、いわゆる情操がゆたかであるというように、芸術面などでもよく理解することができる。情操的な情のないひとというのは、無昧乾燥にな力やすいわけです。芸術的なことは、なにもわからない、はなしをしてもちっともおもしろくない、シャレをいったって、ニコリともしない。今日きいたシレを、三日ぐらいたっ七急に笑,い出じて、「ああ、そうだ,ったのか」なんて(笑)、それじやあおはなしにならんでしょう。

意志がつよいのはけっこうだけれども、それが頑固になってしまうのではいけない。

だから、知・情・意の精神作用を、非常に強化し、たかめるという訓練をする。そしてそのいずれにもかたよらないということ。これがまず第一です。

しかし、それだけじやない。

念そのものの力を、神秘的にまで強化する。一点に集中したとき、火を発するほどの力を出す。ですから、この念覚支の修行には、クンダリ’’ー ヨーガの修行が入るわけです。

つぎに「空観」を体得する。ですから、この七覚支には、「四念処法」の修行が入っている。

この空の体得により、諸法の実相がわかるようになります。つまり、「縁起の法」を如実 にさとることになるわけです。

この念覚支が、七覚支法の中の、目玉といつてよいでしよう。いや、三十七道晶の中でも

これは、宗教、信仰、哲学というたくさんの教法、。思想のなかから真実なるものをえらびだす

ということです。

択というのは、「選択」のタクでず。 略どない本漢字は「選揮」と書いて、選 えらぶ、「揮」。もえらぶ、という字です。

つまり、ほんとうに真実なる教法をえらびとる、ということですね。この世の中には、さまざまな宗教、信仰、思想があびます。そのなかから真実なるものをえらびとる。そうして、まちがったものや、いつわりのものを捨て石、取捨選択するということです。

正しい信仰をえらびとって、正しくないものを捨てさるということが修行というのは、どういうことなんだろう? そう思ったことかありますけれども、考えているうち、やはりそれは修行なんだなと思うようになった。というのは、それが修行であるというのは、自分自身の勉強、知能によってそれをなすというところにあるわけです。         、

たとえば、つぎのようなことです。

お釈迦さまが出家されて、自分がさとりをひらくに到るまでには、当時のさまざまな信仰や宗教、いろいろなことを教える思想家、そういったかたがたに、肘あたりしてぶつかっていっているわけです。いろいろな仙人にもあって、はなしを聞く、それだけではなくて、それが正しいか、正しくないか、ということをご自分でI生けんめい考えられたということです。

そうして結局、当時のインドにあったところのあらゆる教え、宗教というものは、みな正しくないという結論に達したわけです。それには、釈迦ご自身のふかい修行と勉強によってそこに到達したわけです。

ですから、わたくしたちも、この択法覚文が修行であるというのは、自分自身の勉強と修行によって、ほんとうに真実なるものをえらびとり、正しくないものは捨てさる、ということをしなければいけないんです。

瞑想ひつとっても、日本に、瞑想を教える学校みたいなところや、瞑想の先生、そういったものがたくさんあるでしょう。そのたくさんの瞑想のなかから、どれが正しい瞑想法なのか? どの先生が、正しい瞑想法を教えているのか? というこ

 

 

 

 

 

上の文章を小説風して




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強健な心身を築く呼吸術と生きる智恵"

2024-03-30 08:34:47 | タブレットPC

"強健な心身を築く呼吸術と生きる智恵"

- 心は意・念・気に分類され、呼吸と密接な関係があり、相互に影響を与える。
- 呼吸をコントロールすることで心を制御し、高度なテクニックを身につける。
- 正しい呼吸は健康に寄与し、体と心の調和を促進。
- 浅い呼吸は生命力低下や病気の温床になりかねない。
- 強い呼吸筋を養い、深い呼吸を身につけることが重要。

**心の分類:**
- 意: 心が一定の方向に向かって動いている状態を指す。
- 念: 意の動きが集まり、一つの力を持つ状態で、「念力」と表現される。
- 気: 念が身体の中を流れる状態で、意識的・無意識的な二種類があり、「元気」などに表れる。

**心の使い方:**
- 呼吸と心は密接に関係し、呼吸をコントロールすることで心も制御できる。
- 呼吸は心と体と一体であり、正しい呼吸が健康に寄与し、悪い呼吸は影響を及ぼす。

**呼吸:**
- 呼吸は生命そのものであり、心と体との一体性が重要。
- 正しい呼吸は健康促進に寄与し、体全体に酸素供給。
- 不十分な呼吸は生命力低下や病気のリスクを引き起こす可能性あり。

**基本的な呼吸法:**
- 強い呼吸筋による強くたくましい呼吸を体得することが基礎。
- 正しい呼吸は全身の細胞に影響し、健康で若々しい体と明敏な脳を育む。

 

 

 

 

心は意・念・気に分類され、呼吸と密接な関係がある。心の状態が呼吸に影響し、逆もまた然り。呼吸をコントロールすることで心を制御し、高度なテクニックを身につける。正しい呼吸は健康に寄与し、体と心の調和を促進。浅い呼吸は生命力低下や病気の温床になりかねない。強い呼吸筋を養い、深い呼吸を身につけることが重要。この基礎を築くことで、強健な心身と明敏な脳を育むことができる。

 

 

 

  1. 意とは心が一定の方向に向かって動いている状態を指し、「意志」などとも呼ばれる。
  2. 念は意の動きが集まり、一つの力を持つ状態で、「念力」と表現される。
  3. 気は念が身体の中を流れる状態で、意識的・無意識的な二種類があり、「元気」などに表れる。
  4. 心の使い方には呼吸との密接な関係があり、呼吸をコントロールすることで心もコントロールできる。
  5. 呼吸は心と体と一体であり、正しい呼吸が健康に寄与し、逆に悪い呼吸は影響を及ぼす。
  6. 正しい呼吸は体の生命力向上に寄与し、全身の細胞に酸素を供給することで健康を促進する。

箇条書きにまとめました。何か追加の質問や要望がありますか?

 

 

意と念と気ところで、その「心」を、わたくしは、そのはたらきの上から、つぎのように分類している。

 意・念・気

 である。

 意とは、意志、というように、心が一定の方向に向かって動いている状態をさす。

 念とは、意の動きが集申し高まって、ひとつの力を持つに至った状態で、念力、という名がこれをよく表現している。

 気とは、念がある方向に向かって身体の申を流れていく状態である。ただし、この気」には、意識的につくり出されたものと、無意識的・生理的に、自然に身体の中を流れているものと、二種類ある。たとえば、「元気だ」というような

言葉で表現されるものである。そこで、見方によっては、気を集中したものが念なのだ、ということもできるであろう。もともと、心というひとつのものを分けて考えているのであるから、そこのところはどうともいえるわけである。

 ここでは、便宜上このように分類して、「気」という場合は主として意識的につくり出されたものをいっていると考えていただきたい。

心をどのように使うのか

 さて、それでは、その「心」をいったいどのように使うのであろうか?

 心とは元来、この上なくとらえがたいものである。コロコロとつねに動いてと

どまらぬところから、これを約めてご』ころ”ということになったのだといわれるくらい、それは把握しがたいものである。いったいどうやって、これを思うとおりに駆使するのか?

 ひとつ、方法があるのである。

 なにか?

 心.

 心と呼吸とは、非常に密接な関係がある。

 心の状態がそのまま呼吸にあらわれ、呼吸の状態がそのまま心を映し出す。心が静まれば、呼吸も静まり、呼吸を静めれば心も静まる。

 心と呼吸は一体なのだ。

 そこら、呼吸をコントロールすることにより、心をコントロールするとい

う、高度のテクニックを使うのである。ここからスタートして、しだいに熟達し、ついには自分の思うように心を使うことができるようになるのである。

 いや、それだけではない。一歩進んで、体(筋肉)をも、思うとおりに使いこなすことができるようになるのである。というのは、呼吸は心と一体であるが、それだけではなく、体とも一体であるからだ。修行が進むと、今度は、呼吸と心が。体になって、心が描くイメージどおり、不随意筋をも動かすようになるのである。

 

呼吸

呼吸は。生き”である

 いま、わたくしは、心と呼吸は一体であるといったが、呼吸は、心と一体であるだけではなく体とも一体なのである。

 健康で心が安定していれば、呼吸もおだやかで安定している。

 体が不調であると、呼吸もリズムが乱れて不安定となる。疲れたときや病気が

重いとき、呼吸は浅く、荒くなる。精神的な激しいショックを受けたときもおなじである。

 また、心因性の病気を持つ人や、精神病者も、呼吸が荒く、正常ではない。

 まさに、呼吸は、〃生き”なのである。

 そこで、心をコントワールする呼吸法は、まず、正しい呼吸のしかたからスタートする

 

 

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大日如来の智慧を表現した「金剛界」 .一印会 "Kongokai" expressing the wisdom of Dainichi Nyorai.Ichiinkai

 

胎蔵界曼荼羅 たいぞうかい Womb Realm Mandala Taizokai

 

 


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ブッダの智慧を学ぶ:「七科三十七道品」のエッセンス

2024-03-29 19:33:08 | タブレットPC
 
 


 

 

 

 

1. ブッダの智慧を学ぶ:「七科三十七道品」のエッセンス
2. ニルヴァーナへの道:ブッダの教える修行法の奥深さ
3. 知恵の宝庫:ブッダの智慧を探る「七科三十七道品」

 

 

 

 

風が穏やかに舞い、寺院の中庭には静寂が広がっていた。修行僧たちは、古い経典を手に、ブッダの智慧を求める道を歩んでいた。

師は、神聖なる智慧を獲得するための七つのシステムと、三十七のカリキュラムを教えた。彼の言葉は、心に響き渡り、修行僧たちはその意味を深く噛み締めた。

「四念住法」と呼ばれる内観の修行は、瞑想の中で自らの身体、感覚、心、法に向き合うことを意味した。

そして、「四正断法」は、悟りを得るための精進と律儀さを追求する修行であり、四つの断ち切りが求められた。

「四神足法」は、超自然的な力を得るための特別な修行であり、欲望、精進、心、観察という四つの神足が鍛えられた。

その他にも、「五根法」「五力法」「七覚支法」「八正道法」など、数々の修行が説かれ、修行僧たちはその教えに従い、自らの心を清めていった。

この古い寺院には、ブッダの智慧を求める者たちの姿があった。彼らは、神聖なる道を歩み、ニルヴァーナの智慧を目指して、静かに修行を続けていった。

 

- **修行法の概要:**
- ニルヴァーナの智慧を獲得するための「七科三十七道品」または「三十七菩提分法」が存在する。
- これは七種類のシステムと三十七種類のカリキュラムから成り立つ神聖な修行法である。

- **修行法の発見:

- 阿含の経典には、ブッダによって説かれたニルヴァーナの智慧を得る修行法が明示されている。
- これを「神聖なる智慧を獲得するための七種のシステムと、三十七種類のカリキュラム」とも呼ばれる。

- **具体的な修行法:**
- **四念住法:** 身念住、受念住、心念住、法念住の四つの内観・瞑想法。
- **四正断法:** 断断、律儀断、随護断、修断の四つの修行。
- **四神足法:** 欲神足、勤神足、心神足、観神足の四つの神通力を得るための修行法。
- **五根法:** 信根、精進根、念根、定根、慧根の五つの修行。
- **五力法:** 信力、精進力、念力、定力、慧力(または智力)の五つの修行。
- **七覚支法:** 択法覚支、精進覚支、喜覚支、軽安覚支、捨覚支、定覚支、念覚支の七つの修行。
- **八正道法:** 正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定の八つの修行。

-修行法の種類

- **瞑想修行:** 四念住法・五根法。
- **実践と瞑想:** 四正断法・五力法・七覚支法・八正道法。
- **特殊な練行:** 四神足法。

 

 

ニルヴァーナの智慧を獲得する修行法
「七科三十七道品」あるいは「三十七菩提分法(ぼだいぶんぽう)」

神聖なる智慧を獲得するための七種類のシステムと、三十七種類のカリキュラム
ブッダの説かれた阿含の経典群の中には、ニルヴァーナを表現したと思われる経典、仏典を見出すことができるのです。
それどころか、ニルヴァーナの智慧を獲得する修行法までも、発見できるのです。
その修行法とは、「七科三十七道品」あるいは「三十七菩提分法」と名づけられた修行法です。これは、七科目・三十七種類にわたる教科目であり、桐山管長は、これを「神聖なる智慧を獲得するための七種のシステムと、三十七種類のカリキュラム」と呼んでいます。世の人々は、大乗仏教だけしか知らないために、仏教にこういう経典のあることをほとんど知りません。
パーリ文「中阿含」第百三の kinti sutta につぎのように述べられています。
ここに比丘らよ、われによりて法は悟られ、汝らに説かれたり。すなわち四念住・四正断・四神足・五根・五力・七覚支・八正道これなり。それゆえにすべての比丘らは相和し相欣び、争うことなくして、これを学ばざるべからず。
ブッダによってさとられた智慧の獲得の修行法、実践法が、ここに明らかにのべられています。
阿含経に説かれたこの七科目の修行法は、アビダルマ論師によって「七科三十七道品」あるいは「三十七菩提分法」と名づけられました。さとりにいたる三十七の修行法という意味です。

四念住法(しねんじゅうほう)
旧訳では四念処(しねんじょ)といいます。四念処観ともいいます。さとりを得るための四種の内観・瞑想法です。身念住(しんねんじゅう)・受念住(じゅねんじゅう)・心念住(しんねんじゅう)・法念住(ほうねんじゅう)の四つです。

四正断法(ししょうだんほう)
旧訳では四正勤といいます。断断(だんだん)・律儀断(りつぎだん)・随護断(ずいごだん)・修断(しゅだん)の4つの修行。

四神足法(しじんそくほう)
四如意足とも訳す。
四つの自在力を得るための根拠となるもの。超自然的な神通力を得るための4種『欲神足(よくじんそく)・勤神足(ごんじんそく)・心神足(しんじんそく)・観神足(かんじんそく)』の修行法。

五根法(ごこんほう)
信根(しんこん)・精進根(しょうじんこん)・念根(ねんこん)・定根(じょうこん)・慧根(えこん)の五つ。根とは自由にはたらく能力をいう。仏法僧の三宝にたいする信と、精進・念・禅定(瞑想)・智慧が、ニルヴァーナに向かって高い能力を発揮する修行。

五力法(ごりきほう)
信力(しんりき)・精進力(しょうじんりき)・念力(ねんりき)・定力(じょうりき)・慧力(えりき)(または智力)。ニルヴァーナに至る高度な力を得る修行。

七覚支法(しちかくしほう)
択法覚支(ちゃくほうかくし)・精進覚支(しょうじんかくし)・喜覚支(きかくし)・軽安覚支(きょうあんかくし)・捨覚支(しゃかくし)・定覚支(じょうかくし)・念覚支(ねんかくし)の七つをいう。ニルヴァーナへみちびく七つの修行。

八正道法(はっしょうどうほう)(八聖道とも書く)
理想の境地に達するための八つの道『正見(しょうけん)・正思惟(しょうしゆい)・正語(しょうご)・正業(しょうごう)・正命(しょうみょう)・正精進(しょうじん)・正念(しょうねん)・正定(しょうじょう)』

以上が、「七科三十七道品」です。
四念住法・五根法、これは、瞑想です。
四正断法・五力法・七覚支法・八正道法は、実践と瞑想です。
四神足法は、特殊な tapas( 練行)です。神足とは、神通力(超人的能力)のことで、この四神足法は、超自然的な神通力を得るための四種の修行法です。

 

- **Summary of training method:**
- There are ``Seven Sciences and Thirty-Seven Ways'' or ``Thirty-Seven Bodhisattvas'' to acquire the wisdom of Nirvana.
- This is a sacred training method consisting of seven systems and thirty-seven curricula.
- **Discovery of training method:

- The Agon scriptures clearly state the training method for attaining the wisdom of Nirvana as taught by the Buddha.
- This is also called the ``Seven Systems and Thirty-Seven Curriculum for Acquiring Divine Wisdom.''

- **Specific training method:**
- **Four Nenju methods:** Four introspection/meditation methods: body-nen-ju, sen-nen-ju, heart-nen-ju, and Dharma-nen-ju.
- **Four correct methods of cutting:** The four practices of cutting, discipline, zuigodan, and shudder.
- **Four God Foot Methods:** A training method to obtain the four divine powers of Desire God Foot, Kinshin Foot, Shinshin Foot, and Kanshin Foot.
- **Five Roots Method:** Five practices: Shingen, Shojinkon, Nengen, Sadane, and Keignen.
- **Five Power Method:** Five training methods: faith, diligence, psychokinesis, fixed power, and wisdom (or intellect).
- **Seven Gakusho:** Seven trainings: Selective Gakusho, Shojin Gakusho, Ki Gakusho, Light Ans Gakusho, Saku Gakusho, Jo Gakusho, and Nen Gakusho.
- **Eightfold Path:** The eight practices of right view, right thought, right speech, right karma, right destiny, right devotion, right thought, and right determination.

-Types of training methods

- **Meditation training:** Four thoughts and meditation methods and five root methods.
- **Practice and Meditation:** The Fourfold Dharma, the Five Powers, the Seven Awakenings, and the Eightfold Dao.
- **Special practice:** Shigami Ashiho.

 

 

 

Training method to acquire the wisdom of Nirvana
``Seven Courses and Thirty-Seven Ways'' or ``Thirty-seven Bodhisattvas''

Seven types of systems and 37 types of curriculum for acquiring divine wisdom
Among the Agon sutras that the Buddha preached, we can find sutras and Buddhist scriptures that seem to express Nirvana.
In fact, you can even discover the training methods to acquire the wisdom of Nirvana.
This training method is called the ``Seven Sciences, Thirty-Seven Ways,'' or the ``Thirty-Seven Bodhisattvas.'' This consists of seven subjects and 37 types of subjects, which Abbot Kiriyama calls ``seven systems and 37 types of curriculum for acquiring divine wisdom.'' People in the world only know about Mahayana Buddhism, so they hardly know that Buddhism has such sutras.
The kinti sutta in the 103rd chapter of the Pali text ``Naka Agon'' states as follows.
Here, O bhikkhus, the Dharma has been understood and preached to you by Me. In other words, the fourfold meditation, the four right decisions, the four divine feet, the five roots, the five powers, the seven enlightenments, and the eightfold path. Therefore, all bhikkhus should learn this in harmony and without conflict.
The training and practice methods for acquiring wisdom as taught by the Buddha are clearly described here.
The method of training in these seven subjects taught in the Agon Sutra was named by Abhidharma theorist the ``Seven Sciences and Thirty-Seven Ways'' or the ``Thirty-Seven Bodhisattvas.'' It means 37 training methods that lead to satori.

Four thoughts and thoughts (Shinenjuho)
In the old translation, it is called Shinenjo. It is also called the four thoughts. Four types of introspection and meditation methods for achieving enlightenment. There are four types: shin-nen-ju (self-reflection), sen-en-ju (sensation), mind-remension (shin-nen-ju), and honen-ju (honen-ju).

Shishodanho
In the old translation, it is called shijokin. There are four types of training: Dandan, Ritsugidan, Zuigodan, and Shudan.

Shijinsokuho
It is also translated as shiruyi-sho.
The basis for obtaining the four free powers. A training method for four types of ``Yokujinsoku'', ``Gonjinsoku'', ``Shinjinsoku'', and ``Kanjinsoku'' to obtain supernatural power.

Gokonho
There are five roots: Shinkon, Shojinkon, Nenkokon, Jokon, and Ekon. Root refers to the ability to work freely. A Buddhist monk's faith in the Three Treasures, as well as diligence, thought, jhana (meditation), and wisdom, are practices that demonstrate high ability toward Nirvana.

Gorikiho
Faith (Shinriki), Devotion (Shojinriki), Psychokinesis (Nenriki), Fixed power (Joriki), Wisdom (Eriki) (or Wisdom). Training to gain advanced power that will lead to Nirvana.

Shichikakushiho
Chakuhokakushi, Shojinkakushi, Kikakushi, Kyoankushi, Shakakushi, Jokakushi ) and the seven Nenkakushi. Seven trainings that lead to Nirvana.

The Eightfold Path (also written as the Eightfold Path)
Eight paths to reach the ideal state: ``Shoken'', ``Shoshiyui'', ``Shogo'', ``Shogo'', ``Shogo'', ``Shomyo'', and ``Shojin''''. )・Shonen・Shojo”

The above is the ``Seven Departments and Thirty-Seven Ways and Principles.''
The four-spirited meditation method and the five-root method are meditation.
The Fourfold Dharma, the Five Powers, the Seven Awakenings, and the Eightfold Dao are practices and meditations.
Shigami Ashiho is a special type of tapas (training). Kamiashi refers to divine power (superhuman ability), and these four Kamiashi methods are four types of training methods to obtain supernatural power.

 

 

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2024年3月30日  今日の運命

2024-03-29 19:30:07 | タブレットPC


2024330

九紫火星の日

金銭問題、女性にかかわる苦労あり。人に背反されることあり。派手な苦労をする日。

 

 

 

普賢菩薩 あらゆる場所に現れ、命あるものを救う慈悲を司る菩薩

 

 

 

普賢菩薩(ふげんぼさつ)とは?

普賢とは「全てにわたって賢い者」という意味で、あらゆるところに現れ命ある者を救う行動力のある菩薩です。

 

文殊菩薩とともに釈迦如来の右脇侍として三尊で並ぶことが多いですが、独尊で祀られる場合もあります。文殊菩薩の智慧とともに修行を司る菩薩として、明晰な智慧で掴み取った仏道の教えを実践していく役割を果たすとされています。また、女性の救済を説く法華経の普及とともに女性に多く信仰を集めました。

 

ちなみに普賢菩薩から派生した仏に延命のご利益のある普賢延命菩薩があります。

 



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仏教の最高難度法に挑む:思念の相承と水晶龍神瞑想法

2024-03-29 13:31:05 | タブレットPC


  

 

 

仏教の最高難度法に挑む:思念の相承と水晶龍神瞑想法

 

四神足法の解説へと、我々はいよいよ足を踏み入れる。これは釈尊の成仏法の中心であり、輪廻転生瞑想法の根幹である。

その厳しさは他のどの法にも匹敵するものだ。これまでの修行をこなしてきた者であっても、容易には立ち向かえない。ますます難しさを増す訓練に、多くの者が不安を覚えるだろう。

霊界において、如来は常に法を説いている。その一つが「思念による王者の相承」だ。これは言葉や象徴を介さずに、自らの心を相手の心に伝えるものである。その心は単なる思念ではなく、力を帯びたものだ。これにより、相手は即座に仏として覚醒する。

これこそが最高であり、理想的な存在だ。「王者の」が示すとおりだ。

しかしこれには条件がある。それは何か?それは以下の通りだ。

「思念による王者の相承」は最高の理想だが、それを受けるためにはtapasが必要だ。また、サヘートーマヘートの霊的バイブレーションにも言及される。その伝達が間脳開発の成果なしには不可能だからだ。

思念の相承を受けるためには、まずtapasを達成する必要がある。そしてそのためには四神足法が不可欠だ。この法を修行せずして、思念の相承を受けることはできない。しかし四神足法は、容易には修行できない。そのため、釈尊の成仏法を修行しなければ、思念の相承は得られず、間脳の開発も不可能だ。そして霊性開顕も絶望的なものとなるだろう。

しかし、そう絶望する必要はない。私は永年の修行の末、この問題を解決し、どんな者でも比較的容易に成仏法を修行できる法を見出した。

それが「水晶龍神瞑想法」だ。この瞑想法こそが釈尊の成仏法の真髄であり、四神足法そのものなのだ。そしてその最大の特徴は、「瞑想法自体が思念の相承である」ということだ。

修行者はこの法を通じて、思念の相承を受けつつ、四神足法に必要なチャクラの開発を進めることができる。特にクンダリニー・ヨーガにおいては、危険とされる脳内のチャクラの開発も、安全かつ穏やかに進められるのだ。

この水晶龍神瞑想法を修行すれば、神通力を得ることができるだろう。ただし、この法は極秘のものであり、全てが明かされることはない。

四神足法の解説へと、我々はいよいよ足を踏み入れる。これは釈尊の成仏法の中心であり、輪廻転生瞑想法の根幹である。

その厳しさは他のどの法にも匹敵するものだ。これまでの修行をこなしてきた者であっても、容易には立ち向かえない。ますます難しさを増す訓練に、多くの者が不安を覚えるだろう。

霊界において、如来は常に法を説いている。その一つが「思念による王者の相承」だ。これは言葉や象徴を介さずに、自らの心を相手の心に伝えるものである。その心は単なる思念ではなく、力を帯びたものだ。これにより、相手は即座に仏として覚醒する。

これこそが最高であり、理想的な存在だ。「王者の」が示すとおりだ。

しかしこれには条件がある。それは何か?それは以下の通りだ。

「思念による王者の相承」は最高の理想だが、それを受けるためにはtapasが必要だ。また、サヘートーマヘートの霊的バイブレーションにも言及される。その伝達が間脳開発の成果なしには不可能だからだ。

思念の相承を受けるためには、まずtapasを達成する必要がある。そしてそのためには四神足法が不可欠だ。この法を修行せずして、思念の相承を受けることはできない。しかし四神足法は、容易には修行できない。そのため、釈尊の成仏法を修行しなければ、思念の相承は得られず、間脳の開発も不可能だ。そして霊性開顕も絶望的なものとなるだろう。

しかし、そう絶望する必要はない。私は永年の修行の末、この問題を解決し、どんな者でも比較的容易に成仏法を修行できる法を見出した。

それが「水晶龍神瞑想法」だ。この瞑想法こそが釈尊の成仏法の真髄であり、四神足法そのものなのだ。そしてその最大の特徴は、「瞑想法自体が思念の相承である」ということだ。

修行者はこの法を通じて、思念の相承を受けつつ、四神足法に必要なチャクラの開発を進めることができる。特にクンダリニー・ヨーガにおいては、危険とされる脳内のチャクラの開発も、安全かつ穏やかに進められるのだ。

この水晶龍神瞑想法を修行すれば、神通力を得ることができるだろう。ただし、この法は極秘のものであり、全てが明かされることはない。


 

- 釈尊の成仏法の中心は四神足法であり、「輪廻転生瞑想法」の根幹となる法である。
- 四神足法は最高難度であり、先行する訓練をこなしても容易ではない。
- 霊界では完成者タターガタが「思念による王者の相承」を説き、これは霊的バイブレーションによる伝達である。
- 王者の相承を受けるためには、条件として「tapas」が必要である。
- 仏陀や仏陀の境地に至るためには、「思念による王者の相承」が必要であり、その受ける条件として「tapas」が不可欠である。
- tapasを成就することで、霊的バイブレーションを受けられ、「思念による王者の相承」を得ることが可能となる。
- 四神足法が「tapas」であり、これを成就することで、「思念による王者の相承」を受けやすくなる。
- 修行者が水晶龍神瞑想法を通じて四神足法を進めることで、「思念の相承」を最初の段階から受け、チャクラの開発訓練を進めることができる。
- 水晶龍神瞑想法は釈尊の成仏法の真髄であり、最大の特長は「瞑想法自体が思念の相承である」。
- 修行者はこの法を通じて神通力を得られるが、この法は極秘伝である。

-

思念の相承と四神足法

 

 いよいよ、釈尊の成仏法の中心の法である、四神足法の解説に入る。これが

「輪廻転生瞑想法」の根幹となる法である。

 

釈尊の成仏法の中でも、最高難度の法である。

 

 いままでの訓練をこなしてきた修行者であれば、なんとか歯が立つのではないかとは思うが、決して容易ではない。いままでの訓練でさえ、むずかしいのに、これ以上の訓練はできるだろうかと、不安に思う方も多いのではないだろうか?

 

霊界の法の世界において、法の完成者タターガタ(如来)が常恒に法を説いている。

「思念による王者の相承」とは、この法身タターガタが、言葉や象徴という媒介なしに、直接相手の心に自分の心を伝達するものである。

 

この場合、心、というのは単なる思念の心ではなく、パワーを主としたものと思うべきである。これによって、相手はたちどころに仏陀として完成するのである。

 

 これは最高であり、理想的なものであること、もちろんである。「王者の」、という所以である。

 

 とのべた。つまり、仏陀となって成仏するためには、この「思念による王者の相承」を受けることが、理想とされているのである。

 

 しかし、これには条件があるのだ。

 

どのような条件か?

 

 わたくしは、つぎのようにのべている。

だが、そういうと、一 (「思念による王者の相承」)は最高理想のものなのであるから、他のなにものも必要ないのではないかといわれるかもしれない。そうではないのである。その最高理想のものを受けるために、tapasは必要なのである。

 

 また、同章で、インドのサヘートーマヘートにおける強烈な霊的バイブレーションについて、つぎのようにものべている。

 

 賢明な読者はすでにお気づきであったろう。これが、チベット密教のいう「思念による王者の相承」であることをI―。思念による王者の相承とは、じつに、霊的バイブレーションによる伝達だったのである。

 

 わたくしは、これによって、解脱に至る四つの階梯のうちの、第三の境地に達したことを自覚したのであるが、これは、間脳開発の練行taPasを成就していなかったら、絶対に得られなかったものである。丙なる受容の態勢がととのって初めて、外よりの王者の相承が発せられるのである。

 

 つまり、仏陀となる、あるいは仏陀の境界に近づくためには、「思念による王者の相承」が必要なのであるが、その王者の相承を受けるためには、間脳開発の練行taPasを成就していることが必須なのである。

 

 わたくしは、この王者の相承を受けて、阿那含の境地に達し、このとき、死ぬまでにかならず仏陀になると強く自覚したが、それはわたくしが、tapasを成就した上で、インドのサヘートーマヘート、ミラクルの池に行ったからこそ、白銀のバイブレーションを受けることができたのである。

 

 したがって、「思念による王者の相承」を受けるためには、tapasを成就していることが、絶対条件なのである。

 

 では、その練行tapasとはなにか?

 

このこそが、四神足法なのである。

 

いい換えれば、四神足法を成就していなければ、仏陀になるために必要な「思念による王者の相承」を受けられないのである。しかしながら、四神足法は、釈尊の成仏法の中でも最高度にむずかしい法である。だれでも容易に修行できる内容ではない。

 釈尊のむずかしい成仏法を修行しなければ、いつまでたっても思念の相承を受けられず、間脳が開かず、霊性開顕が不可能であるならば、いったいどれは

どの人が、霊性開顕をすることができるであろうか?

 

 ごく限られた、わずかなエリートしか、到達することができないであろう。

当然のことながら、釈尊の成仏法を発展させた輪廻転生瞑想法も成就できないことになるのだ。

 

 だが、そうではないのである。

 わたくしは、永年の修行により、この問題点を解決し、だれでも比較的容易

に成仏法の修行を進めていける法を完成することができたからである。

 

 それは、「水晶龍神瞑想法」という法である。

 この瞑想法は単なる瞑想法ではない。

 じつは、この水晶龍神瞑想法は、釈尊の成仏法の真髄である、

「四神足法そのもの」 なのである。

 そして、この水晶龍神瞑想法の最大の特長は、

「瞑想法自体が思念の相承である。」

 ということなのである。

 修行者は、この法にのっとって修行を進めていくことにより、本来であれ

ば、tapasである四神足法を成就しないかぎり、絶対に受けられない思念の相承を、修行をはじめる最初の段階から受けながら、四神足法に必要な、チャクラの開発訓練を進めていくことができるのである。

ことに、クンダリニー・ヨーガでは、最も危険とされる脳内のチャクラの開発を、安全に、おだやかに進めていくことができるのだ。

 

あなたは、この水晶龍神瞑想法(四神足法)を修行することによって、神通力

を得ることができるであろう。

 ただし、この法は、最極秘伝に属する法なので、すべてを筆にすることはでない。

 

This is the best and ideal, of course. That is why it is "the king".

 

It was said that. In other words, in order to become a Buddha and become a Buddha, it is ideal to receive this "consensus of the king by thought".

 

However, there are conditions for this.

 

What are the conditions?

 

 

With the consent of this king, I reached the border of Ana, and at this time I strongly realized that I would become a Buddha by the time I died, but after fulfilling tapas, I was in Sahe, India. It was because I went to Tohmahet and Miracle Pond that I was able to receive the silver vibration.

 

Therefore, in order to receive the "consensus of the king by thought", it is an absolute requirement that tapas be fulfilled.

 

Then, what is the training tapas?

 

For example, if you do not fulfill the tapas Iddhipada method, you will receive the consensus of thoughts that you will never receive from the first stage of training, and proceed with the development training of the chakra necessary for the Iddhipada method. Can be done.

In particular, Kundalini Yoga can safely and gently proceed with the development of the most dangerous chakras in the brain.

 

By practicing this crystal dragon god meditation method (Iddhipada method), you have the power of magic.

Will be able to be obtained.

However, since this law belongs to the most secret, it is not possible to write everything.

 

 

http://cyber-price.com/buddha/

Buddha  Japan Journal

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大日如来の智慧を表現した「金剛界」 .一印会 "Kongokai" expressing the wisdom of Dainichi Nyorai.Ichiinkai

 

胎蔵界曼荼羅 たいぞうかい Womb Realm Mandala Taizokai

 


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今日の運命

2024-03-29 12:36:46 | タブレットPC



2024329

白土星の日

内輪もめが起こりやすい。格別慈悲心が大切の日。もうけ話は損失となりやすい。

あらゆる場所に現れ、命あるものを救う慈悲を司る菩薩

名サマンタバドラ (Samanta bhadra) の「サマ 「タ」は「く」、「バドラ」は「賢」と漢訳しま す。 「賢」とは具体的には「さとりを求める心か 起こる、成仏しようとする願いと行ない」のこ とです。それが、ときとところを選ばず在して いるということを象徴したのがこの菩薩です。 で すから、菩薩行を実践する者をつねに守護するほ とけでもあります。

白象に乗り、文殊菩薩とともに釈迦如来 の脇侍をつとめます。 文殊菩薩のに対して、 (行)をつかさどります。

なお、密教では、堅固不壊の菩提心を象徴する

金剛薩埵と同体とします。

と巳年生まれの人の守り本尊とされていま

 

普賢菩薩(ふげんぼさつ)の像容

白象に乗っている姿が一般的です。3つや4つの頭の象に乗っている場合は普賢延命菩薩像の可能性が高いです。

 

 

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瞑想への第一歩:準備の大切さ

2024-03-27 20:16:50 | タブレットPC

1. "瞑想への第一歩:準備の大切さ"
2. "心地よい瞑想のための環境整え"
3. "身体・食事・睡眠:瞑想への道を整える"

 

 

 

静かな山の中、一人の修行者が瞑想の準備を整えていた。

「六法を調える…」彼は静かにつぶやいた。

環境を整えることから始めた。自然の美しい景観に囲まれた山中であれば最適だが、都会の中でも静かで清潔な場所を求めた。光は穏やかな色調で、室内の調度と窓外の眺めが調和するように心を配った。

次に、食を整える。身体と心の養いになる食事を心掛け、バランスの取れた食事を摂ることを重んじた。肉を避けつつも、卵や乳製品を取り入れることで完全な栄養を確保しようとした。

そして、睡眠を整える。適度な睡眠時間を守り、心身の健康を保つためには規則正しい生活が欠かせないことを理解していた。

最後に、身を整え、息を整え、心を整える。これらの条件は一体であると認識し、正しい呼吸法を体得するために日々の生活に注意を払った。

山の静けさが彼を包み込む中、修行者は心を落ち着け、瞑想に臨む準備を整えていった。

 

 

 

瞑想の準備

 


六法を調える

 

瞑想に入る前には、まず六法を調える。

 

六法とは。
一、環境(場所)を調える
二、飲食を調える
三、睡眠を調える
四、身を調える
五、気息を調える
六、心を調える、身を調える、五、気忠を調える、六、心を調える、ことである。

環境を調える

第一に、環境を調えることが大切である。
最もよいのは、山岳、森林、海浜など、自然の景観がすぐれ、空気の澄んだところである。
山ならば、滝のあるところなど、最も理想的である。

都会ならば、部屋はなるべく静かで清潔なところが望ましい。室内の調度・家具など、簡素なほどよろしい。植物などを置くとなおよい。

光線は、あまり明るすぎないほうがよい。カーテンをもちいる場合は、薄みどり色か、薄いブルーがよい。室内の調度と窓外の眺めのバランスをとり、視神経にソフトな調和をはかるべきである。

気温は、あまり暑すぎたり、寒すぎたり、湿度の高いのもよくない。暑くても、なるべくクーフーや扇風機をかけないこと。そして、空気の流通によく往意しなければいけない。

以上は、「訓練の場所」という狭い意味での”環境”といったのであるが、広い意味でいうならば、この輪廻転生瞑想法の修行をつづけていくことのできる生
活環境をつくり出すことである。

いくら白分かその気になっても環境がそれを許さない、ということのないよう、環境づくりをすることである。大酒を飲まない、喫煙をひかえる、というように、生活を規制することも大切な環境づくりのひとつである。

 

食を調える

第二に、食を調えるというのは、つぎのようなことである。

六万は本来、身心の養いのためにするものであり、健康をたもち、充実した精陣活かるためのものである。

その’ハめいには、適度の量と、体の助けになる質のよいものと、この二つがそわなけい。
分白身の体内組織からとることを余儀なくされ、その結果、筋肉と皮膚が衰えてくる。

 

体内でタンパク質の燃焼が起こっているが、無傷のまま残った脂肪のために、
そうとわからないことが往々にしてある。つぎにアバラ骨が外から見えるようになると、これはもう明らかにタンパク質不足である。だから、最も健康な菜食主義者には、卵・乳をとり入れた菜食主義をとっている者が多い。つまり、肉類はとらないようにしながらも、食事に卵と乳製品をとり入れるのである。卵と牛乳は、最も質の高いタンパク質を提供するのである。

これらは、アミノ酸を完全なかたちで含む見本のようなものである。

私は、これに加えてより完全な栄養を確保するために、菜食主義者のライフスタイルに少量の魚と、ときには肉類の臓物をとり入れることを勧めている。

ビタミンヨには、菜食していると最も不

また、メチオニンが不足する。

 

修行を助ける食事をとらなけれぱいけない

前記のロジャー・ウィリアムズ博士は、よい健康を維持するだけではなく、ずば抜けた健康状態を可能にするための方法として、つぎのようにのべている。

1、食事に変化をもたせて、広く牛乳や卵および乳製品、新鮮な各種の果物や野菜、魚や肉、そして穀類を食べあわせること。

2、加工や精製の過程で栄養価値を損っている精製、加工食品を避けること。つまり、砂糖やキャンデー、純粋澱粉食品(菓子など)、アルコ      ール飲料、ソフトドリックその他、過程の差はあっても必須栄養素の含有量がほとんど無に等しい加工食品の摂取は、過度にならないように心がけること。

3、これはいい食品で、あれは悪い食品という判断のできる”体の知恵”を育

ビタミンとミネラルのサプリメント(特定の栄養素を補うための食品のこと)
栄養を々保険としてとること
行するのである。

睡眠を調える

第三に睡眠を調える。

人間は、仕事をし、はたらいて、活動したあと、かならず休んで体力の回復をはからなければならない。睡眠は最もよい休息であり、人間が生きている上に絶対必要なものである。

しかし、健康な成人ならば、六、七時間の睡眠で足りる。もし眠ることが必要度を過ぎて多いときは、かえって精神がふるわず、心を暗くする。しかしまた寝不足であると、頭がぼんやりして集中できず、訓練に適さない。

だから、かならず決まった時間に眠るようにして、節度を保ち、つねに気持ちをさわやかにして訓練に入るべきである。要するに、寝不足にならず、寝すぎもしない、ということである。

第四に、身を調え、第五に、息を調え、第六に心を調えるのであるが、

この三つの条件は、ひとつに合わせておこなうべきものであるから、別々に説明せず、ひとつの動作として、順にのべることにする。

身を調える

身を調えるとは、われわれが正しい呼吸法を体得するためには、まず休を。削しく調えなければならないということであるこの訓練をはじめる前から、歩くときにも立ち止まるときにも、動くときも静かにしているときも、なにかをしているときでも、いちいちがみな注意深く綿密でなければいけない。もし動作が粗雑であれば、息づかいもそれだけ乱れる。息づかいが荒いと、心も乱れておさめにくくなる。呼吸法や瞑想のために静坐をしても、心が乱れがちで、落ち着いた気分にはなりにくい。
だから静坐をはじめる前から、あらかじめ注意していなければならない。そのように用心しておいて、いざ静坐をはじめようとするときには、なおよく身も心
も落ち着けるようなところを選ぶようにしなければならない。

初めて坐るべき場所についたら、その場所にしっかりと落ち着かなければいけない。つねに安穏にしていられるように心がける。そのためにはまさに坐る脚から姿勢を正しくすべきである。

 

Preparing for meditation

 

..
Adjust the Six Codes

 

Before going into meditation, first prepare the Six Codes.

 

What is the Six Codes?
1. Adjust the environment (place)
2. Adjust food and drink
3. Adjust your sleep
Four, get ready
Five, adjust your breath
Six, to adjust the mind, to adjust the body, five, to adjust the loyalty, six, to adjust the mind.

Adjust the environment

First, it is important to adjust the environment.
The best is a place with excellent natural landscapes and clear air, such as mountains, forests and beaches.
If it is a mountain, it is most ideal, such as where there is a waterfall.

In the city, the room should be as quiet and clean as possible. The simpler the interior furnishings and furniture, the better. It is even better to put plants.

The rays should not be too bright. If you use curtains, light green or light blue is good. A soft harmony should be achieved with the optic nerve by balancing the room furnishings with the out-of-window view.

It is not good that the temperature is too hot, too cold, or too humid. Even if it's hot, don't use a fan or a fan as much as possible. And we have to go to the air circulation well.

The above is an "environment" in the narrow sense of "a place of training", but in a broader sense, a student who can continue to practice this reincarnation meditation method.
It is to create a living environment.

It is important to create an environment so that the environment does not allow it no matter how much white it is. It is one of the important ways to create an environment that regulates people's lives, such as not drinking heavy alcohol and refraining from smoking.

 

Prepare food

Secondly, preparing food is as follows.

60,000 is originally intended to nourish the body and mind, to maintain good health, and to utilize a fulfilling spirit.

There are two things to do with it: a moderate amount and a good quality one that helps the body.
Forced to be taken from the body tissue of the whitefish, resulting in weakened muscles and skin.

 

Protein burning is occurring in the body, but due to the fat that remains intact
I often don't understand that. The next time the Abara bone becomes visible from the outside, it is clearly protein deficient. Therefore, many of the healthiest vegetarians are vegetarians with eggs and milk. In other words, eggs and dairy products are included in the diet while avoiding meat. Eggs and milk provide the highest quality protein.

These are like swatches that contain the amino acids in their entirety.

In addition to this, I recommend incorporating small amounts of fish and sometimes meat offal into the vegetarian lifestyle to ensure more complete nutrition.

Vitamin yo is the most deficient nutrient when vegetarian.

Also, methionine is deficient.

I have to eat a meal to help my training
Dr. Roger Williams mentioned above as a way to not only maintain good health, but also to enable outstanding health:
1. Change your diet and eat a wide range of milk, eggs and dairy products, fresh fruits and vegetables, fish and meat, and grains.
2. Avoid refined and processed foods that impair nutritional value in the process of processing and refining. In other words, do not overdose sugar, candy, pure starch foods (confectionery, etc.), alcoholic beverages, soft drinks, and other processed foods that contain almost no essential nutrients even if there are differences in the process. Keep in mind.
3. Foster "body wisdom" that can be judged as good food and bad food

Vitamin and mineral supplements (foods to supplement certain nutrients)
Taking nutrition as insurance
To go.

Adjust sleep

Third, adjust your sleep.

After working, working, and working, human beings must always rest and recover their physical strength. Sleep is the best rest and is a must for human beings to live.

However, for a healthy adult, six or seven hours of sleep is sufficient. If you sleep too much, your mind will not behave and your heart will be darkened. However, if you do not sleep well, your head will be dull and you will not be able to concentrate, which is not suitable for training.

Therefore, you should always sleep at a fixed time, maintain moderation, and always feel refreshed when you start training. In short, you don't run out of sleep and you don't sleep too much.

Fourth, prepare yourself, fifth, breathe, and sixth, mind.

Since these three conditions should be performed according to one, they will not be explained separately, but will be listed in order as one operation.

Get ready

Getting ready is a break for us to learn the right way to breathe. Before starting this training, which means that you have to adjust sharply, every time you walk, stop, move, be quiet, or do something, you are all careful and meticulous. I have to. If the movement is rough, the breathing will be disturbed. If you breathe hard, your heart will be disturbed and it will be difficult to hold back. Even if you sit still for breathing or meditation, your mind tends to be disturbed and you do not feel calm.
Therefore, you have to be careful before you start sitting. Be careful like that, and when you are about to start sitting still, your body and mind will be even better.
You have to choose a place where you can calm down.

When you get to the place where you should sit for the first time, you have to settle down firmly in that place. Always try to stay calm. For that purpose, the posture should be correct from the leg on which it sits.


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心と呼吸の結びつき:体と心のバランスを整える」

2024-03-27 19:55:57 | タブレットPC

1. 「心と呼吸:健康と幸福への道」
2. 「心と呼吸の秘密:穏やかな生活を手に入れる方法」
3. 「心と呼吸の結びつき:体と心のバランスを整える」


風が草原をなでるように、古い寺院の庭園に静かな静寂が漂っていた。青々と茂る木々の間に、心静かな修行僧たちが座していた。その中心に、老僧が座り、深い静寂の中で彼らに教えを授けていた。

「意と念と気…心が持つ力を理解するためには、これらを分類することが重要だ。」老僧の声がそよ風に乗って響く。

「意は心の動きの方向を示す。念はその動きが力を持ち、気はその動きが身体を流れる状態を表す。」老僧の言葉が修行僧たちの心に沁み入る。

「心をどう駆使するか…その秘訣は呼吸にある。心と呼吸は一体であり、心が静まれば呼吸も静まる。そして、呼吸をコントロールすることで心をコントロールするのだ。」老僧の指導が深く重みを持っていた。

修行僧たちはその教えを受け止め、静かに座りながら呼吸を整えていった。呼吸が整うにつれて心も静まり、気持ちが落ち着いていくのを感じた。

「呼吸は生命そのもの…その重要性を理解することが肝要だ。正しい呼吸によって体も心も健やかになり、明るい未来が開ける。」老僧の言葉が、彼らの心に深く染み入る。

その日以降、修行僧たちは呼吸を整えることにさらに意識を向け、心身の健康を求めて精進を重ねていった。そして、その努力の果てに、強くたくましい心身と明晰な精神を手に入れることができたのである。

 

 

意と念と気ところで、その「心」を、、そのはたらきの上から、つぎのように分類している。
意・念・気である。
意とは、意志、というように、心が一定の方向に向かって動いている状態をさす。
念とは、意の動きが集申し高まって、ひとつの力を持つに至った状態で、念
力、という名がこれをよく表現している。

 

気とは、念がある方向に向かって身体の申を流れていく状態である。ただし、この気」には、意識的につくり出されたものと、無意識的・生理的に、自然に身体の中を流れているものと、二種類ある。たとえば、「元気だ」というような言葉で表現されるものである。

そこで、見方によっては、気を集中したものが念なのだ、ということもできるであろう。もともと、心というひとつのものを分けて考えているのであるから、そこのところはどうともいえるわけである。

 

ここでは、便宜上このように分類して、「気」という場合は主として意識的につくり出されたものをいっていると考えていただきたい。

心をどのように使うのか
さて、それでは、その「心」をいったいどのように使うのであろうか?

心とは元来、この上なくとらえがたいものである。コロコロとつねに動いてとどまらぬところから、これを約めてご』ころ”ということになったのだといわれるくらい、それは把握しがたいものである。いったいどうやって、これを思うとおりに駆使するのか?

 

ひとつ、方法があるのである。
なにか?

心.
心と呼吸とは、非常に密接な関係がある。
心の状態がそのまま呼吸にあらわれ、呼吸の状態がそのまま心を映し出す。心が静まれば、呼吸も静まり、呼吸を静めれば心も静まる。

心と呼吸は一体なのだ。
そこI、呼吸をコントロールすることにより、心をコントロールするとい
う、高度のテクニックを使うのである。ここからスタートして、しだいに熟達し、ついには自分の思うように心を使うことができるようになるのである。

いや、それだけではない。一歩進んで、体(筋肉)をも、思うとおりに使いこなすことができるようになるのである。というのは、呼吸は心と一体であるが、

それだけではなく、体とも一体であるからだ。修行が進むと、今度は、呼吸と心が。体になって、心が描くイメージどおり、不随意筋をも動かすようになるのである。

 

呼吸

呼吸は。生き”である
いま、わたくしは、心と呼吸は一体であるといったが、呼吸は、心と一体であるだけではなく体とも一体なのである。

健康で心が安定していれば、呼吸もおだやかで安定している。

体が不調であると、呼吸もリズムが乱れて不安定となる。疲れたときや病気が重いとき、呼吸は浅く、荒くなる。

精神的な激しいショックを受けたときもおなじである。

また、心因性の病気を持つ人や、精神病者も、呼吸が荒く、正常ではない。
まさに、呼吸は、〃生き”なのでる。

そこで、心をコントワールする呼吸法は、まず、正しい呼吸のしかたからス
タートする。

というのは、悪い呼吸をしていたら、超能力どころではない。体も、心も、ま

た脳も、悪い影響を受けて、本来持っている力さえも、十分に発揮することができないのである。

いや、それだけではない、健康を害して病気になったり、ときには大切右生命まで失ってしまうおそれがあるのである。

その反対に、正しいよい呼吸を身につけると、体は強健になり、いつまでも
若々しく、心はつねに明るくさわやかに、脳もまた明敏なはたらきをするようになる。

それがウソではない証拠に、その反対の、よくない呼吸をしてみよう。どうなるか?

まず、最悪の呼吸のしかたである。
そわは、浅い弱々しい呼吸と、それにもまして、悪いのは、しばし息を止める呼吸である。

たとえば、心配ごとや不安に心が閉ざされると呼吸運動にほかならない。肺そのものは、決して自力で息を吸ったり吐いたりできないからである。

 

したがって、呼吸筋を十分にはたらかせずに呼吸している人は、十分な呼吸をしていないということになる。

だれだって、生体の維持に、呼吸がどれほど大切な役割を果たしているか、知らない人はないであろう。息が止まったら、即、死につながるのである。それほど大切な呼吸を、不十分なしかたでしているとしたら、一生を通じてどれほど不利益なことになるか、あなたは考えたことがあるだろうか?

 

これは、生きるということの最も基本的なあり方の見直しというべきものである。

呼吸運動の目的は、肺のガス交換だけではないのである。それは、血液循環に対しても重要な仕事を分担している。浅く弱い呼吸ばかりしていると、血液内の酸素にが不足するばかりでなく、炭酸ガスのFの体外への排出も不十分なことになる。

また、血液の流れも悪くなる。したがって、こういう呼吸をつづけてい
ると、体全体の生命力が低下してくる。当然、健康がおとろえ、病気に対する抵である。

抗力がなくなって、体は病気の温床となる。

人間の体は、約六十兆といわれる膨大な数の細胞で構成されている、その
六十兆の細胞は、すべて流れている血液によって養われ、生きているのである。

酸素をたっぶりふくんだ血液の流れる内臓にはガンも発生しないという。ガン細胞は酸素がきらいなのである。た

かが呼吸が浅いくらいと、軽視してはならないのだ。

さらに、いまいったように、呼吸は、全身の細胞に深い関係があるだけで
はなく、呼吸運動は、自律神経系、ホルモン系、あるいはリンパの流れ、各臓器間の状態にまで強い影響をあたえるのである。

それにはまず、強い呼吸筋による強くたくましい呼吸のしかたを体得しなければいけない。

それによって、強くたくましい心身、明るく聡明な脳を獲得するのに必がな第一の基礎ができあがるのである。

 


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犀の角(さいのつの) 

2024-03-27 17:41:51 | タブレットPC


犀の角(さいのつの)  より抜粋

「孤独なる角」

草原の風が草の穂を揺らし、遠くには鳥の囀りが静かなる大地に響く。その中、ひとりの旅人が砂漠の彼方へと歩を進めていた。

彼の名は風の如く、さまざまな遍歴を経てこの大地を彷徨う者。彼の心は自由な鳥のように、とどまることを知らず、ただ独り歩むことを選んだ。

「すべての生命に暴力をふるわず、その苦しみを与えず、子を求めず。そして、朋友を得ることなかれ。」風は古い言葉を心に留めながら、砂漠の中を静かに進んでいく。

交わりを持てば、愛情が生じる。しかし、愛情は時に苦しみをもたらす。風はその真理を知りながら、ただ独り歩むことを選んだ。

「朋友や親友に憐れみをかければ、心がほだされ、自らの利益を失う。」風は自らに誓い、独り歩むことを決意する。

林の中で、縛られぬ鹿が自由を求めて走るように、風は独立を目指し、ただ独り歩む。

「仲間との遊戯や情愛も大切だ。しかし、別れの苦しみを恐れず、ただ独り歩むことこそが真の自由だ。」風はその境地を知り、決して迷わずに進む。

そして、賢明で協力的な同伴者を得れば、あらゆる困難に立ち向かい、喜びに満ち、安らぎを得て共に歩むことができるだろう。

風はこの大地を独り行く者として、その道を進む。寒さも暑さも、飢えも渇きも、風も太陽の熱も、虻も蛇も、それらすべてに立ち向かい、ただ独り歩む。

 

あらゆる生きものに対して暴力を加えることなく、あらゆる生きもののいずれをも悩ますことなく、また子を欲するなかれ。況(いわん)や朋友(ほうゆう)をや。犀(さい)の角のようにただ独り歩め。

交わりをしたならば愛情が生じる。愛情にしたがってこの苦しみが起こる。愛情から禍い(わざわい)の生じることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め
朋友・親友に憐れみをかけ、心がほだされると、おのが利を失う。親しみにはこの恐れのあることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め
子や妻に対する愛著は、たしかに枝の広く茂った竹が互いに相絡むようなものである。筍(たけのこ)が他のものにまつわりつくことのないように、犀の角のようにただ独り歩め
林の中で、縛(しば)られていない鹿が食物を求めて欲するところに赴くように、聡明(そうめい)な人は独立自由をめざして、犀の角のようにただ独り歩め
仲間の中におけば、遊戯と歓楽とがある。また子らに対する情愛は甚だ大である。愛しき者と別れることを厭いながらも、犀の角のようにただ独り歩め。

もしも汝が、<賢明で協同し行儀正しい明敏な同伴者>を得たならば、あらゆる危難にうち勝ち、こころ喜び、気をおちつかせて、かれとともに歩め。
われわれは実に朋友を得る幸を讃(ほ)め称える。自分より勝(すぐ)れあるいは等しい朋友には、親しみ近づくべきである。このような朋友を得ることができなければ、罪過(つみとが)のない生活を楽しんで、犀の角のようにただ独り歩め。

寒さと暑さと、飢えと渇(かつ)えと、風と太陽の熱と、虻(あぶ)と蛇と、──これらすべてのものにうち勝って、犀の角のようにただ独り歩め。



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衝動と運命:ソンディ理論の解明

2024-03-27 13:15:47 | タブレットPC


衝動と運命:ソンディ理論の解明


1. 「祖先の影響:運命をめぐる家族的な秘密」
2. 「選択の謎:無意識が導く個人の道」
3. 「衝動と運命:ソンディ理論の解明」


深遠な無意識の領域に身を委ね、ゾンデ″は驚くべき発見をなした。彼は、「家族的無意識」と名付けられた領域の中に、特別な抑圧意識を見出したのである。

その抑圧意識を一言で表すならば、「個人の内に封じ込められた祖先の欲求が、愛、友情、職業、疾患、そして死に至る無意識的な選択行動を通じて、個人の運命を規定する」というものである。

ソンディは述べる。「愛、友情、職業、疾患、死に至る選択の分析を基に、その根源は家族的な欲求にある」と。

言い換えれば、個々の運命は、愛情から死に至るまでのすべての選択が、その個人の心の奥深くに潜む祖先の抑圧された意識によって決定される、ということだ。

この考え方によれば、個人の運命を形作るこれらの選択行動は、意識的で理性的な考慮に基づく決定ではなく、むしろ衝動的な行動によって動かされる無意識のものであるという。そしてその衝動は、その個人の血縁関係に深く関連している、と。

しかしながら、運命を決定する要素が抑圧された祖先の欲求だけではないことも示される。それが全てではない。大きな要因ではあるが、それだけが全てではないのである。

なぜならば、密教占星術によれば、運命の「時期」までが予め定められているからだ。ソンディの理論では、「形式」の形成に関する説明はあるが、「時期」の決定については説明がない。それには他にも要因があるからである。その詳細についてはここでは触れないことにする。別の機会に譲る。それはかなり複雑な話題だからだ。

ソンディの理論は「平面彫成」(空間)に基づいているが、それに加えて「立体構成」(時間)の理論も存在する。後者は数学的な手法によって説かれるが、非常に難解なものである。これについてはまた別の機会に詳しく語ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

近代心理学は、

(1)フロイトの個人的に抑圧された無意識の層、

 

(2)ユングの集合的(群衆)無意識の層、

 

の二つの道を歩んできた。

 

 これ対し、

〔3}ソンディは、その中間にある家族的無意識の層を発見したのである。

つまり、個人と群衆のあいだに「宗族」を発見したのだ。これは、当然、出ずべくして出でたものである。個人

にしても群衆にしても、だれひとりとして「家族」でなかったものはない。とすると、当然そこにひとつの無意識司が存在(または形成)されるはずである。

 では、その無意識層の中に、ゾンデ″はなにを発見したか?

 かれは、「家族的無意識」と名づける無意識層の中に、特殊な抑圧意識を発見したのである。

 それは、ひと口でいうならば、

  「個人のなかに抑圧されている祖先の欲求が、恋愛・友情・職業・疾病および死亡における無意識的選択行動とたって、個人○運命を決定する」

というのである。

 

 ソンディはこういう。

  「恋愛・友情・職業・疾病および死亡における選択の分析にもとづいて、選択の根源はこの家族欲求」

 つまり、ひとの、恋愛、友情、職業、病気、死にかたまで、すべて、それらを決定するのは、そのひとのこころの深奥にひそんでいる祖先の抑圧された意識である、というのである。

 

 これは、個人の運命を形成するこれらの選択行動は、意識的・理性的な考慮の上に立つ決断にょって決定されるのではなく、(もちろん表面的にはそれがなされるが、実際には)選択行動は衝動行為であり、衝動的に選択する無意識的なものによって動かされるのだということである。(ここまではフロイトもほとんどおなじである。フロイトとちがうのは、その衝動が、その宗族-祖先-にふかい関連、かおるというのである)

 

 それはなにかというと、ひとの運命を決定するものが、抑圧された祖先の欲求ばかりではないということである。それがすべてではないということだ。それは非常に大きな要因ではある、が、そればかりではないということである。

 なぜかというと、密教占星術によれば、運命の「時期」まで決定されているからである。ソンディ理論によれば、「形式」の形成の説明はつくけれども、「時期」が決定される説明はつかない。それは先祖の抑圧意識のほかにも要因、かおるからである。それについてのわたくしの理論と意見はここでは述べない。べつな機会にゆずることにする。かなりに厖大な址となるからである。

ソンディ理論は「平面彬成」(空間)の理論であり、このほかに「立体構成」(時間)の理論かおる。㈲の理論は、ソンディのごとく、心理学的方法でなされるが、時間の理論は数学的方法でなされ、かなりに難解なものになる。これはまたべつな一冊の書物となるであろう。

 

あなたの運命は変えられる―ソンディ博士の運命学 (1979年)

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闇に囚われし魂:抑圧と葛藤の中 "Souls Trapped in Darkness: In Oppression and Conflict

2024-03-27 08:58:40 | タブレットPC


闇に囚われし魂:抑圧と葛藤の中 "Souls Trapped in Darkness: In Oppression and Conflict

そのフロイトの理論の影響と意味の中で、リボット・ソンデイが指摘する「特殊な祖先の欲求」、つまり、霊障のホトケによる抑圧が存在すると考えます。この結果、子供の心の奥深くには、抑圧や葛藤、そして精神的な傷が残ります。時には、これらを避けるために、心の奥深く(無意識の領域)に逃げ込むこともあります。しかし、これらの影響は永遠に沈黙しているわけではありません。常に表面に現れる機会をうかがっています。子供自身はもちろんですが、成人になっても、それらを思い出すことはできず、気づくこともありません。しかし、その影響は彼らの行動を常に支配し続けています。

つまり、ヒューストン・リードの人生は、幼少期から、この抑圧と藤の谷間を彷徨い続けてきたと言えるでしょう。彼の六十年にわたる人生は、夢遊病者のそれとほとんど変わらないものであり、本当の人生は今始まったばかりだと私は言いたいのです。彼は幸運にもその谷間から脱出することができました。守護仏によって救い出されたのです。

しかし、このような抑圧と葛藤の暗い谷間を苦しみながら彷徨っている不幸な人々がたくさんいます。あなたの周りにも、必ず何人かいます。いや、あなた自身がそうかもしれません。そうした不幸な人々はどうすればいいのでしょうか?

彼らの苦しみは、他の人には理解できないものです。その内面世界は常に暗く、絶望に包まれています。得体の知れない焦燥感に駆られ、常にイライラしています。それに理由なく、突然、激しい怨念や悲しみに襲われたり、深い悲しみに陥ったりします。その後、再び手のつけられない状態になることもあります。そして彼らは決して精神病者ではありません。

彼らはすべて衝動的です。考慮することはありません。しかし、すぐに衝動がそれを打ち消します。そのような抑圧と葛藤から逃れるために、彼らはしばしばアルコールに頼ります。最近では、シンナーや麻薬に走ることも多いようです。また、暴力行為や犯罪行為に及ぶ人もいます。

しかし、そこまで至らなくても、多かれ少なかれ精神的な負担を抱えている人々が、平穏な人生を歩むことはできません。その中には、卓越した才能や優れた素質を持つ人もいます。そうした人々ほど、付き合ってくる衝動や抑圧と闘うために、葛藤がひどく、自暴自棄になり、性格の崩壊に陥ることがあります。しかし、その理由はわかりません。精神科医に診断を受けても、精神病ではないとされます。しかし、治療法はありません。せいぜい精神安定剤を与える程度です。彼ら自身がもちろんですが、それに巻き込まれる家族の苦しみも想像を絶するものがあります。一家心中を考える家族も少なくありません。

闇に囚われし魂:抑圧と葛藤の中 "Souls Trapped in Darkness: In Oppression and Conflict闇に囚われし魂:抑圧と葛藤の中 "Souls Trapped in Darkness: In Oppression and ConflictIn the influence and meaning of Freud's theory, I believe there is a "special ancestral desire" pointed out by Ribot Sonday, that is, repression by the spiritual Buddha. As a result, repression, conflict, and mental wounds remain deep in the child's mind. Sometimes, to avoid these, they escape deep into the mind (the unconscious realm). However, these influences are not silent forever. They are always waiting for an opportunity to surface. The child himself, and even as an adult, cannot remember or notice them. However, their influences continue to control their actions.

In other words, Houston Reed's life has been wandering in this valley of repression and wisteria since his childhood. I would like to say that his sixty years of life have been almost the same as that of a sleepwalker, and that his real life has just begun. He was fortunate to escape from that valley. He was saved by the guardian Buddha.

However, there are many unfortunate people who are suffering and wandering in the dark valley of repression and conflict like this. There are surely several around you. Well, maybe you are one of them. What should such unfortunate people do?

Their suffering is something that others cannot understand. Their inner world is always dark and despairing. They are driven by an inexplicable sense of impatience and are always irritated. And suddenly, for no reason, they are attacked by intense resentment or sadness, or fall into deep sadness. Then, they may become uncontrollable again. And they are by no means mentally ill.

They are all impulsive. They do not consider. But the impulse soon counteracts it. To escape such oppression and conflict, they often turn to alcohol. Recently, it seems that they often turn to paint thinner and drugs. Some also commit acts of violence and crimes.

However, even if they do not reach that level, people who are more or less mentally burdened cannot live a peaceful life. Some of them have outstanding talents and excellent qualities. The more such people fight the impulses and oppressions that they are associated with, the more severe the conflict is, and they can become desperate and fall into a breakdown of their personality. But we do not know the reason. Even if they are diagnosed by a psychiatrist, they are not considered to have a mental illness. However, there is no cure. At most, they are given tranquilizers. The suffering of not only the sufferers themselves, but also their families who are caught up in it is unimaginable. Many families even consider committing suicide together.

Some people are able to control their repression and conflict to a certain extent through their outstanding willpower and great talent, but




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2024 年 3 月 27 日 今日の運命

2024-03-26 12:02:19 | タブレットPC

2024 年 3 月 27 日

六白金星の日

新しい企画を持った人との接触あり。気が高ぶり争いが起りやすい。負けるは勝ち。怒ったら損、自己を誇るなかれ。心豊かにほのぼのと

破壊の週 危の日

虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)とは?

  • 虚空蔵とは宇宙のような無限の智慧と慈悲の心が収まっている蔵(貯蔵庫)を意味し、人々の願えを叶えるために蔵から取り出して智慧や記憶力、知識を与えてくれるとされています。

真言宗の開祖・弘法大師は虚空蔵菩薩の真言を100万遍唱えるという虚空蔵求聞持法(こくうぞうぐもんじほう)を行ったそうですよ。無限の記憶力がつき、仏の智慧を体得することができるといわれています。求聞持法の本尊像のほかに、増益(ぞうやく)や除災を願って行う修法の本尊である五大虚空蔵菩薩があります。これは虚空蔵菩薩の持つ智慧を5方に配し、金剛界五仏の変化した姿としたものです。

 


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"仏陀とクンダリニー:修行の違いと気道の秘密

2024-03-25 19:42:45 | タブレットPC

 

 

1. "仏陀の修行法とクンダリニー・ヨーガ:異なる道の一致"
2. "仏陀とクンダリニー・ヨーガ:気道の秘密を解き明かす"
3. "仏教とヨーガの融合:内なる力の探求"

「当然だが、道教の気道法は、仏陀のそれと同一ではない。」彼は静かに語った。"仏陀の気道法を受け継ぎ、それを発展させたのが道教の独自性だ。原点は仏陀にある。そして、それは同時にクンダリニー・ヨーガにも関わる。"

"仏陀の成仏法を探るのは至難の業。阿含経に僅かに散見されるだけで、ほぼ不可能だろう。しかし、阿含経に記された仏陀の修行法とクンダリニー・ヨーガや道教の修行法を対照し、実践を重ねることで、何かが浮かび上がってくる。経験を積み、修練を積み重ねると、突如として洞察が訪れる。"

"私は三十歳で仏道に志し、四十年の歳月をかけて仏陀の成仏法をほぼ復元し、体得したと確信する。その瞬間、悟りを得た。この法こそが、地球を救う究極の救世主の法であると信じる。"

"そして、仏陀の気道法は、クンダリニー・ヨーガの不足を補うものだ。" 彼は続けた。"クンダリニー・ヨーガの気道は三つある。"

"上深秘の呼吸法。スシュムナー管、ピンガラ、イダーの気道だ。中心となるのはスシュムナー管。クンダリニーが目覚めると、そのエネルギーは爆発的にスシュムナー管を上昇する。同時に、ピンガラとイダーの気道も上昇し、エネルギー調節をする。"

"ピンガラは太陽の気道、イダーは月の気道とされる。間違ってピンガラを通ると、修行者は焼け死ぬ危険がある。仏陀はこのエネルギー放射を行うことで、クンダリニー・ヨーガの完成者であることを示した。"

"そして、修行が順調に進むと、クンダリニーはサハスラーラ・チャクラに到達し、修行が完成する。しかし、ここまで到達できる修行者は稀だ。" 彼は考え込んだ。"尾骨から延髄への経路は明瞭だが、延髄から先の経路は不明だ。"

"仏陀がクンダリニー・ヨーガを禁じた理由は、過激で不安定、不確実だからだ。仏陀は完璧な成仏法を授けたのだ。" 彼は静かに語り終えた。

 

 

もちろん、道教の気道の法が、すべて仏陀の気道の法そのままだというのではない。
仏陀の気道の法を受けついで、さらに道教独特のものに発展させていったということである。原型が仏陀にあり、仏陀にさかのぼることが出来るというのである。そしてそれはまた、同時に、クンダリニー・ヨーガにも関わってくるということになる。
仏陀の成仏法の修行法を、いま、如実に知ることは至難の業である。それはごく、わずかに、阿含経の中に散在するに過ぎず、不可能に近いといっていいであろう。
しかし、クンダリニー・ヨーガと道教の修行法を、阿含経の中にある仏陀の修行法わざアーガマと対照しつつ実践を重ねていくと、おのずから男罪と浮かんでくるものがあるのであ
る。そしてさらに体験を重ね、錬磨し、修行を積んでいくと、突然、閃めきとともにかたちをあらわしてくるものがある。
わたくしは、三十にして仏道に志し、以来、ひとすじに仏陀の成仏法を求めつづけて四十年、ようやくこれをほぼ復原し、体得したと確信するに至った。そしてその瞬間、さとったのである。この法こそがいままさに壊滅せんとする地球を救済する、究極の救世主の法であったということを。

完璧な仏陀の気道法


ところで、わたくしは、前の節で、仏陀の気道の法は、クンダリニー・ヨーガの気道法の不十分な部分を補足したものであるとのべた。
それはどういうことか?
クンダリニー・ヨーガの気道は三本ある。

 

上深秘の呼吸法」


一つはスシュムナー管、他の二つは、ピンガラ、イダーの気道である。
中心となる気道はスシュムナー管である。これは、さきにものべたように、尾武骨から始まって、延髄に至っている。
特殊な意念の力でクンダリニーが目ざめると、そのエネルギーは爆発的な勢いで、スシュムナー管を延髄まで上昇する。同時に、クンダリニーは、ピンガラ、イダーの気道を上昇し、クンダリニーのエネルギー調節その他補助的なはたらきをする。
脊髄の右側にあるピンガラは、太陽の気道と呼ばれ、熱を統御する気道とされる。
左側のイダーは、月の気道と呼ばれ、冷気の流れを統御する。もし誤ってピンガラを通ってクンダリニーが目ざめると、外から全くコントロールのきかないすさまじい体内熱のために、修行者は、最悪の場合、文字通り真っ黒になって焼け死んでしまうことがあるという。
クンダリニー』の著者、ゴーピ・クリシュナは、この過ちのためにかれ自身、危うく死をまぬがれた体験を記している。
わたくしが、仏陀を、クンダリニー・ヨーガの完成者であると断定するのは、こ 点からである。
さきにあげたミラクルの池の伝説や、雑阿含経に説かれる仏陀の奇蹟- 上半身から火を出し、下半身から水を出すという奇蹟は、このピンガラとイダーを使ってのエネルギー放射なのである。この奇蹟は、クンダリニー・ヨーガ完成者独特のものなのだ。
さて、クンダリニーが目ざめ、スムーズにエネルギーが気道を上下するうちに、修行が順調に進むと、クンダリニーはサハスラーラ・チャクラに到達し、ここで修行が完成する。(ただし、ここまで到達できる修行者は、古今、稀である)このように、クンダリニーは、尾祇骨から延髄にまで到達し、それからさらに上昇して、究極的には頭頂のサハスラーラ・チャクラにまで到達することになっているのだが、延髄からさきの、サハスラーラに至る経路がどのようになっているのか、明瞭
ではないのである。尾武骨から延髄までは、脊柱が通っていて、いうならば一本道であるから、はっきりしている。しかし、延髄からさき、サハスラーラに至るルートは、一体どういう気


わたくしは、さきに、仏陀が弟子たちにクンダリニー・ヨーガを用いさせなかったのは、過激すぎるからだといったけれども、それはそれだけではなかったのである。
クンダリニー・ヨーガのチャクラ開発法は、不安定であり、不確実だったのである。
仏陀は完璧な成仏法を作製して、弟子たちに教えたのである

 

 

Of course, not all Taoist airway laws are the same as Buddha's airway laws.
It was said that he accepted the Buddhist airway law and developed it into something unique to Taoism.
Is. The prototype is in the Buddha, and it can be traced back to the Buddha. and
It also involves Kundalini Yoga at the same time.
It is extremely difficult to know the practice of the Buddhahood Buddhahood. That's very
It is only scattered in Agama, and it can be said that it is almost impossible.
However, the practice of Kundalini yoga and Taoism is the practice of the Buddha in Agama.
Move
Argama

If you practice it in contrast to it, there are things that naturally come to mind as male sins.
To. And as I gained more experience, refined, and practiced, suddenly with a flash of light.
There is something that shows the shape.
I aspired to Buddhism at the age of thirty, and since then I have continued to seek the Buddhahood method of Buddhahood.
Forty years later, I was finally able to recover from this and be convinced that I had mastered it.
And at that moment, I took it. This law is the earth that is about to be destroyed
That it was the ultimate savior's law to save.

The perfect Buddha airway

By the way, in the previous section, the law of the Buddha's airway is Kundalini Yoga.
He said that it supplemented the inadequate part of the law.
What does that mean?
There are three airways in Kundalini Yoga.

 

 

Top secret breathing method "

The

Let's go

One is the Sushmuner tube and the other two are the Pingala and Eider airways.
The central airway is the Sschmuner's canal. This is the tail bone, as I mentioned earlier.
It starts from and reaches the medulla oblongata.
When Kundalini awakens with the power of a special idea, the energy is explosive.
Ascend the Sschmuner's canal to the medulla oblongata. At the same time, Kundalini is Pingala, Ida's
Ascends the airways and acts as a kundalini energy regulator and other ancillary function.
The pingala on the right side of the spinal cord is called the airway of the sun and is the airway that controls heat.
The ider on the left, called the lunar airway, controls the flow of cold air. If you accidentally pingara
When Kundalini wakes up, he has a tremendous body that is completely out of control from the outside.
In the worst case, the practitioner will literally turn black and burn to death because of the internal heat.
It is said that there is.
Gopi Krishna, the author of Kundalini, is in danger of himself because of this mistake.
It describes the experience of being able to survive the death.
It is this that I conclude that the Buddha is the perfector of Kundalini Yoga.

From the point.
The legend of the miracle pond mentioned earlier and the miracle of the Buddha explained by Samsung-the upper body?
The miracle of putting out fire and water from the lower half of the body is done using this Pingara and Ida.
It is energy radiation. This miracle is unique to the Kundalini Yoga completer
is.
Now, as Kundalini awakens and the energy moves up and down the airway smoothly, Osamu
When the line goes smoothly, the Kundalini reaches the Sahaslara chakra, where the training begins.
Complete. (However, practitioners who can reach this point are rare in ancient times.)
Thus, the kundalini reaches from the caudal bone to the medulla oblongata and then rises further.
And finally, it's supposed to reach the top of the Sahaslara chakra.
However, it is clear what the route from the medulla oblongata to Sahaslara is.
It is not.
The spinal column runs from the tail bone to the medulla oblongata, so it's a straight road.
I'm sorry. However, what is the route from the medulla oblongata to Sahaslara?

I did not let the Buddha use Kundalini Yoga earlier for his disciples.
It's because it's too radical, but it wasn't the only thing.
The Kundalini Yoga chakra development method was unstable and uncertain.
The Buddha created the perfect Buddhahood method and taught it to his disciples.
Buddha's practice is still going on

 

 

http://cyber-price.com/buddha/

 

Buddha Japan journal
日本の仏教を発信します
Send Japanese Buddhism

ニルヴァーナを智慧と慈悲をめざす。

"Nirvana aims for wisdom and compassion."

 

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脳内の明星が開く扉!求聞持法で感じる奇跡の瞬観 

2024-03-25 15:40:22 | タブレットPC

「明星の秘密解明!求聞持法で身につける驚きの力」

 

1. 弘法大師空海の求聞持法では、結願の日、天気晴朗にして宝剣が現れ、明星が口に入り悉地成就の相を現すと伝えられている。
2. 求聞持聡明法の口伝は秘伝であり、修行者はこれを目標に努力するが、失望することが自然であると述べられている。
3. 明星は実際の天体ではなく、修行者の脳内に現れる閃光であり、それが明星の秘密であると説明されている。
4. 修行者が特殊なトレーニングを通じて大脳の視床下部を刺激すると、眼前に光が浮かび上がり、それが明星となる。
5. 明星の見え方は個人の努力や工夫に依存し、成功する修行者だけがその秘密を理解できると述べられている。
6. 求聞持法の口伝は間違っていなかったが、その秘密は修行者の努力によって解明されるべきであり、導師は直接には教えないことが強調されている。
7. 文中では作者が自らの修行体験を通じて、求聞持聡明法の秘密を理解し、それを技術として編成したことが述べられている。
8. 修行者は生化学と生理学に基づいた正しい指導のもとで訓練を積むことで、必ず効果を得られる技術としている。
9. 最後に、このような技術は本来秘伝として伝えられるべきだが、作者はこれを広く伝えるべきだと示唆している。

 

 

 

 

 

されるのである。弘法大師空海の場合は、結願の日、天気晴朗にして、 宝剣、

いずれからともなく忽然と座の前に落ち、明星飛んで口に入って悉地成就の相を現じたと伝えられる。

以上が、求聞持聡明法成就に関する口伝であり、秘伝なのである。したが って、修行者はこれを目標に必死に修行を重ねる。 そして失望する。当 然なのだ。なぜならば、この秘伝が間違っているのだ。 ケ こういう伝や秘伝を頼りにいくら修行しても、気の毒だが求聞持法は成 就しない。まるっきり違うのだ。どう違うのか?

明星とは、現実の明星ではないのである。 はるか彼方の空間にきらめく明 星ではないのだ。それは、なんと! 修行者自身の脳の内部にまたたく閃光 なのだ。 受

私の体験を語ろう。

夜明け

「ああっ!」

私は三度目の必死の修行に入っていた。

それは、ほぼ一〇〇日目、私の法のシステムでいって百度目のトレーニン

グのときであった。真言宗に伝わる求聞持法の九種の印明、 それに、古代ヨ ガに伝わる特殊な呼吸法、古代ヨーガの秘伝から私が創案した特殊な印契 とポーズ、この三つによるトレーニングで、私のからだと大脳皮質と脳髄は、 微妙な変化を起こしつつあることが感じられていた。 チャクラの開発も順調 にすすんでいた。機が熟しつつあることを、私の六感は感じていた。

まどろんだような感じであった。しかし、ねむりではなかった。 しびれの 感覚であった。かるい失神、めまいに似ていた。忘我の一瞬であった。その 刹那、

私は苦痛の叫びをあげていた。脳髄の一角に電流が流れる感覚が走った。

落雷かと感じ、瞼の裏を紫電が走った。つぎの瞬間、眼前でフラッシュをたかれたように、私の視野は真っ暗になった。失明! という考えがチラリと脳裡をよぎった。 と、そのときであった。頭の内奥、深部に、ポッカリと明かりがともったのだ。そして、それは、私の脈搏とおなじリズムで、 しずか にしずかにまたたきはじめた。ちょうど、この修法をはじめる一〇〇日前、 山にこもって凝っと見つめたあのときの明星 暁けの明星のように、それ はつめたく、黄ばんだ白さでまたたいた。

私は力いっぱい膝をたたいた。

「そうか! これが明星だったのか!」

私は目をみはって叫んだ。私はついに明星の秘密を発見した!

明星とは現実の明星ではなかったのである。

大脳の或る部分を或る方法で刺激すると、目の前に光が見えるようになる のである。その光は、かたちも色も大きさも、いろいろに見えるが、意識を 記憶の座に向けて沈静させると、つめたい、やや黄色みを帯びた白銀色にな って、しずかに眼の奥でまたたく。 それはちょうど明星そっくりに見えるの である。

これが明星なのだ!

或る特殊なトレーニングにより、この部位 大脳の視床下部のあたり)への 刺激が、目のなかに光を浮かばせるのである。目を或る角度に向けると、目 開いていても閉じていても、ポッカリと光が浮かんで見える。

この光が見えるようになると、大脳の記憶の座が自由にあやつれるように なるばかりでなく、さまざまな、奇蹟としか思えぬような力が出てくる。す なわち、求聞持聡明法の成就である。

これが、求聞持法、明星の秘密である。 大空を一〇〇年ながめて空中の明 星を見つめていてもムダだ。 明星はわが大脳の奥にあるのだから。

このことは、密教五〇〇〇年の歴史に、私がはじめてつかんだ秘密である。 私以外にこれを知る者はついになかった。 求聞持法の秘密を私はついにつか んだ。私はそれを誇りに思う。

私は先に、求聞持聡明法の口伝は間違っていると言った。しかし、この口

伝は決して間違っていたのではなかったのである。修行が成就すればたしか

同じことである。

に明星は眼前に現われるのである。ただし、それが頭の深奥に現われるのだ ということは、修行者自身が心血を注ぐ努力、工夫をしてつかまねばならぬ 秘密なのである。その秘密が解けない修行者は、失格なのだ。つまり、天才 にはなれないのだ。

密教の秘伝とか、口伝というものは、つねにこのような表現で真実を現わ (あるいは隠しているのである。その隠されたナゾ解きが、密教の「修 行」というものなのである。 法を成就した導師は、決してそれを素直に表現 して教えようとはしない。 それは決して意地悪や不親切なのではないのであ る。ストレートに密教の秘密の技術を出してしまったのでは、その秘密技術 を弟子は身につけることができないのである。それを身につける力が生じな いからである。

禅宗には、「公案」がある。一つの公案のナゾ解き (悟り)に何年も、時 には何十年も心血を注ぐ。 ナゾを解くことはもちろん大切でありそれが目的 だが、ナゾを解く過程の努力が、その修行者に力をつけるのである。それとそれにしても、明星が眼前を「遊現する」とはなんという巧みな比喩であ ろうか。空海の場合には、「明星が飛んで口の中に入った」という。法が成 就して、その秘密を身を以て体験した者には、「なあんだ」といおうか、「な るほど」といおうか、拍子抜けするような感じであるが、真剣になって、虚 空はるかにまたたく金星をなんとか目の前に遊曵させようと必死になり、時 には口の中に飛びこませようと大きな口をあけて待った無数の修行者を考え ると、おかしくもあり、気の毒でもあるという思いである。私はこれをもと にして、私の「求聞持聡明法」を編成した。これは、今までの「法」などと いうアイマイなものではない。生化学と生理学をもとにした「技術」であり、 システムである。正しい指導のもとに訓練を積めば、必ず、だれでも効果を 得られる技術である。

本来ならば、こういうことは、私の「大極秘伝」として、ごく限られた者 だけに、ひそかに伝えてゆくべきものなのだろう。

 

It will be done. In the case of Kobo Daishi Kukai, on the day of his wish, the weather was clear, the treasured sword,

It is said that out of nowhere, it suddenly fell in front of the throne, flew into the morning star, and entered its mouth, manifesting the aspect of complete fulfillment.

The above is an oral tradition and a secret regarding the fulfillment of the Law of Gumonji and Sage. Therefore, practitioners train desperately to achieve this goal. And disappointed. Of course. Because this secret is wrong. I feel sorry for him, but no matter how much he practices by relying on these traditions and secrets, he will never be able to achieve the practice of gimonjiho. It's completely different. What's the difference?

The morning star is not an actual morning star. It is not a bright star twinkling in a faraway space. It's amazing! It's a flash of light that flashes inside the brain of the practitioner himself. Receiving

Let me tell you about my experience.

dawn

“Ah!”

I was on my third desperate training.

It was almost the 100th day, the 100th training in my legal system.

It was at the time of I trained using the nine types of inmei of Gyomonjiho passed down in the Shingon sect, special breathing techniques passed down in ancient yoga, and special inji and poses that I created from the secrets of ancient yoga. It was felt that subtle changes were occurring in his body, cerebral cortex and brain spinal cord. Chakra development was also progressing smoothly. My six senses knew that the time was ripe.

It felt like I was dozing off. But it wasn't sleepy. It was a feeling of numbness. It was similar to faint fainting and dizziness. It was a moment of forgetfulness. That moment,

I was screaming in pain. I felt a current flowing through a corner of my brain.

It felt like lightning, and purple electricity ran behind my eyelids. The next moment, my field of vision went black, as if a flash had been fired right in front of my eyes. A thought flashed through my mind: I'm going blind! That was then. A light suddenly lit up deep inside my head. Then, it began to beat again and again, in the same rhythm as my heartbeat. It twinkled with a cold, yellowish whiteness, just like the dawn star that I had gazed upon while holed up in the mountains 100 days before I began this practice.

I patted my knee as hard as I could.

"I see! This was the morning star!"

I looked up and screamed. I finally discovered the secret of the star!

The morning star was not a real morning star.

If you stimulate a certain part of your brain in a certain way, you will be able to see light in front of your eyes. The light appears to be of various shapes, colors, and sizes, but when you turn your attention to the seat of memory and calm down, it turns into a cold, slightly yellowish silver color, and quietly shines again in the back of your eyes. Taku. It looks exactly like a morning star.

This is the star!

Through some special training, stimulation of this part of the brain (around the hypothalamus) causes light to appear in the eyes. If you turn your eyes at a certain angle, whether your eyes are open or closed, you will see a flash of light floating in your eyes.

When he becomes able to see this light, he not only becomes able to freely manipulate the memory seat of his cerebrum, but also a variety of powers that can only be considered miraculous emerge. In other words, it is the fulfillment of the law of wisdom.

This is the secret of Gumonjiho and Myojo. There is no point in staring at the sky for 100 years, staring at the morning star in the sky. Because the morning star is deep within my cerebrum.

This is the first secret I have discovered in the 5,000 year history of Esoteric Buddhism. In the end, no one else knew this except me. I finally grasped the secret of Gumonjiho. I'm proud of it.

I said earlier that the oral tradition of Gumon Jisomeiho is wrong. But this mouth

The legend was never wrong. It is true if the training is successful

It's the same thing.

The morning star will appear before your eyes. However, the fact that he appears in the depths of one's mind is a secret that the practitioner must put his whole heart and soul into and use his ingenuity to grasp. A practitioner who cannot solve the secret is disqualified. In other words, he can't be a genius.

The secrets and oral traditions of Esoteric Buddhism always reveal (or hide) the truth using expressions like this. Unraveling the hidden mysteries is what is called ``training'' in Esoteric Buddhism. Fulfilling the Dharma. A master who has done this will never try to express it honestly and teach it. This is not because he is mean or unkind.If he just gives out the secret techniques of esoteric Buddhism straight away, he will never try to teach them by expressing them honestly. Disciples cannot acquire it because they do not have the strength to acquire it.

In Zen Buddhism, there are ``koans.'' People spend years, even decades, pouring their heart and soul into solving the mystery (enlightenment) of a single koan. Solving the riddles is of course important and the goal, but the effort in the process of solving the riddles gives the practitioner strength. By the way, what a clever metaphor it is to say that the morning star ``appears'' before our eyes. In Kukai's case, ``Myojo flew into his mouth.'' For those who have experienced the Dharma's fulfillment and its secrets firsthand, they may say, ``Wow!'' or ``I see!'', but when they become serious, they realize that the sky is far away. When I think of the countless practitioners who desperately tried to get the twinkling Venus to float in front of them, sometimes with their mouths wide open in hopes of letting it fly into their mouths, it was both strange and pitiful. I also believe that there is. Based on this, I organized my ``Gumonjisōmeiho.'' This is not what he calls the ``law'' of the past. It is a "technology" and a system based on biochemistry and physiology. It is a technique that anyone can benefit from if trained with the right guidance.

Normally, this should be my ``big secret'' and should be passed on to only a very limited number of people.

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