朱禪-brog

自己観照や心象風景、読書の感想
を書いてます。たまに映画も。

小説感想 小川国夫 求道者

2022-05-26 12:57:25 | 本 感想



小川国夫自選短篇集
あじさしの洲 骨王
短篇集に含まれる
「求道者」

作者の夢をみた体験から
書いたとあとがきにある。

文章や言葉つかいに、難しさはない。
が、たびたびその言葉と言葉の
間に立つ「言葉」に、はたと、読み進める
のをとめてしまう。

情景描写や心象描写は、写生的で
センテンスも短く、簡潔であり
難解な表現はないのだ。
にも関わらず、わからないではなく
読み手が、とどまってしまう。

すると、小説内の文字が
立体的に「立ってくる」
(あぁ…そうやったんか…)と。
読み飛ばそうと思えば
スラスラ読めると思う。

読書にやっつけ読書はないと思うが
読み飛ばすには、もったいないと思う。

故郷の静岡藤枝、大井川、安倍川河口
作者が、自分の経験したことを
自分の言葉として、右から左に流し
読者を立ち止まらせる
作品だと思う。

出だし、中盤、山場、オチ
或いは、起承転結
それらがなくとも
心にくっきりと輪郭が浮かびあがる
小説だ。

そして、何度読んでも
読み飽きることのない作品(集)
とも思う。

小説感想 「三たびの海峡」 帚木蓬生

2022-05-24 09:18:10 | 本 感想

文庫本の奥付きをみると
1992年とある、30年の風月を重ねた
作品だ。
釜山でスーパーマーケットを
3店舗経営する、ある老実業家が
主人公。
彼の過去と現在が入り乱れた回顧録、
告白記の体で物語は進む。

そして「事実こそ小説」と信じて
疑わなかった故吉村昭さんの言葉を
反芻しながら、500頁近い長篇であるが
ほぼ、一気読了となった。

昭和17年、18年の戦時下に
慶尚北道に暮らす17歳の主人公
「河時根(ハシグン)」は、肺に持病をもつ
父親が戦時徴用となる知らせを受け
体の弱い父親の身代わりに17歳で
海峡(玄界灘)を渡る。
強制連行である。

小用は入口近くに置かれたバケツ。
ぎゅうぎゅう詰めの列車の揺れで
バケツは倒れ、主人公は尿まみれと
なり、屈辱に涙する。

鶴の集団が押し込められてるかと
見間違った、白のチョゴリと
パジの集団と共に
足を数珠つなぎにされ、嘔吐にまみれ
関釜連絡船で日本の土を踏み
九州北部、筑豊炭田にたどり着く。

造船所に徴用されたことは
嘘であることをしるが
高さ3mの塀に囲まれた
形ばかりの寮に至る。

この小説では、日本と韓国との
国家間に渡る記述はほとんどない。
あるにはあるが
ドイツとの比較が目にとまったくらい
だった。

再三、このブログで申しあげてるように
ぼくは、在日コリアン三世である。

日本全国に散らばった海峡を渡った
一世達は、全国の河川、港湾、鉄道に
炭鉱(ヤマ)
散らばったのも多い。

埼玉県東松山市に、名物の「やきとり」がある。
実際には、鳥ではなく豚肉であり
それも、カシラ、テッポウ、シロ、
コブクロがメニューとしてある。
カシラは頭肉の一部であり
テッポウ、シロ、コブクロは内臓

仙台では、牛タンが名物ともなって
いるが
これも、生肉(しょうにく)ではない
河川の護岸工事や防波堤などに
徴用、出稼ぎの、一世達が
日本人が食べない部位(棄てる)を
貰いさげ、唐辛子や唐辛子味噌、
味噌で味つけをして、食料としたもの
名残りであろう。

ホルモンは、よく知られているが
すてるもの
(関西では、ほかす、ほるもん)
だからが、由縁となる。

話が逸れた。

炭鉱仕事の過酷さを
よくもここまで調査し(史実)
炭鉱作業者の日々を克明に記録し
主人公が愛した2人の女性を
その想いに乗せ
姿形や言葉の言い回しを
生き生きと甦らせる。

後に、港湾や土方に従事した
主人公は、それに従事する同胞が
奴隷と一緒だとうそぶくのを聞き
「炭鉱に比べたら、この仕事は
殿様商売だ」と内心語るのだ。

強制連行や女子挺身隊が
あったとか、なかったとか
日本の植民地支配に対して
ぼくは、感慨や意見を持たない。

あるのは、権力というのは
いや、権力のある立場に立つと
人間はかくも、残忍で、非情で
人への慈悲や思いやりを無視し
己の保身と我が身かわいさが
露呈するのだろうと思う。

とくに、同じ朝鮮人である者が
炭鉱側(会社側)となり、
同じ同胞が、その同胞を人間としての
尊厳をズタズタにする行為が
正に、権力そのものだと思うのだ。


ぼくは、竹刀でボコボコにされた
ことがあるが
青竹を3つ割って、そこに塩水を
染み込ませたもので、幽体離脱する
まで、どつき倒されたことはない。

ゴムの鞭で、どつき倒されたこともない。

それでも
主人公は生きのびた。

冒頭に
回顧録、告白記と書いたが
それに加えると
女性の強さと愛情の記録である。

最後に

「水に流す」というのは
加害者側がいうものではなく
被害者がいうものであるという
小説内の言葉に
涙したことを残したい。

趣味

2022-05-16 06:53:45 | 日記
趣味

好きなものに触れる
好きなところへ行く
好きなことをする
責任感ありきではなく
自然と手にとるもの
心地よい時間
時間を忘れる
苦痛を感じない
見返りを求めない

趣味と頭に浮かべると
こんな感覚だろうか

ぼくは、多趣味ではない
銭湯に行く
酒を飲む
直感でえらんだ小説を読む

銭湯や酒は生活の中の、一部とみると
趣味ではなく
単なる習慣とすると
直感での小説が、唯一の趣味
だろう。

世の中には、紙、電子問わず
情報や文字が、それこそ
スマホ1台で、清濁合わせて
奔流となり、溢れかえっている。

小説を買い、読むのは
そこに意思がおのずとはたらく。
テレビはまったく観ないが
漠然と、テレビの画面を観てるもの
とは違うと思う。

読書することが
いいこと、または、悪いこと
それが、先立つと
自分にとっての、読書は
単なる優劣に終わってしまうだろう。

経験上、読書は
気持ちが不安定になりつつあれば
そこに、何がしかのヒントや気づき
を求め
その不安定を越えた状態で、さらに
何かを求めると、求めたものに
なり得ない自分と、向き合うこととなる。

ここまで行くと
もう読めなくなり
さらに、まだ読もうとすると
漫画や新聞の意味もわからなくなり
肉体と精神の過労と限界を知る。

ぼくは、医師でもないが
自分の体に起こったことで、判断すると
うつや躁は
脳の神経回路の故障と
肉体、精神の酷使からと思っている。

明らかに治療を要する、うつでは
前述の、漫画、新聞の意味ではないが
問診票も書けなくなる
意味というか、判断ができないがために
書けない。
(あなたは、自殺したいと思いますか)
という問診票に
何十分も考えこんで書けない。

こういう経験をすると
文章や活字を追うことが
どれだけ、脳に負荷を与えているか
わかる。

なので、ぼくの読書(趣味)は
一種の、肉体的、精神的の疲労や過労
計る計器なのかもしれない。

読みたいなと思えば読む
読みたくないと思えば読まない

この、感覚でいいと思う。

せっかくの、趣味も
体があってであり、その趣味に強制は
不粋だろうと思う。

学びが、趣味だと言える方は
凄いと思うのも
また、趣味の違った一面だろう。



読書感想 猪飼野詩集 金時鐘 キンシジョン

2022-05-15 10:23:21 | 本 感想

何故、この本を読もうと思ったのか
と自分に問うと
精神的に凹んでいたでしかないと思う。

詩集もまた、断片的に拾い読みを
したことがあっても
皆無に近い。

作者の金時鐘(キンシジョン)さんは
もう90歳を越える方である
ずいぶんと前に
梁石日(ヤンソギル)さんが
金時鐘さんをモデルにした
「大いなる時を求めて」という小説を
上梓され、読んだことがある。

梁石日さんと金時鐘さんは
同じ、猪飼野出身で
金さんが年長で兄弟のような盟友と
言える関係だろう。
梁さんの、エッセイや小説に
たびたび、金さんが登場するので
その名前は、かなり前から知っていた。

「猪飼野」(イカイノ)
1973年2月1日を持って
地図上から、地名として消滅した
在日コリアンの一大集落地であった。

大今里ロータリーから大池橋方面に
向かうと、一つ目の停留場に
「猪飼野橋」がある
それだけが、唯一残る。

突然だが、ぼくの外祖母は
自らが一世であるが
徹頭徹尾「チョウセン」を嫌った
数え100歳まで、生きたが
その訛りは「チョウセン」訛りの
日本語であったものの
ぼくが物心ついた
時からキムチは食卓に並ばず
口にしたのもみたことがなかった。

育ったのは「猪飼野」ではなく
大阪の西方の「此花区」と言う町で
1970年代後半と言えば
近隣の工場から、これでもかとばかりに
煤煙が天に溢れ
校庭には、光化学スモッグの
赤旗、黄旗がしゅっちゅう立てられ
ていた。

職人や日雇い労働者、
飲食、飲み屋(スタンド、スナック)が
うじゃうじゃ林立する典型的な大阪の
下町だった。

ただ、チェサ(祭事)の準備に
関しては「猪飼野」に行かねば、
供物の調達ができないのだった。

いまでは、コリアンタウンと呼ばれる
場所は、朝鮮市場通りと呼ばれていた。
「猪飼野」の真っ只中だ。
そこは、子供のぼくからすると
異国であった。

豚の頭、豚足、ホルモン、とさかから
観念し茹であがった鶏、蒸し豚、
胴体を真っ二つにした生肉の豚肉、
みたことのない香辛料、エイの刺身、
鮫までか並ぶ海産物
前時代的な祭器
(90キロぐらいの雌豚の前足に近い部位から肩肉にかけてが、肉の部位でも、
一番うまいと知っていた外祖母)

聞いたことのない「チョウセン語」が
燕のように飛びまわるところ

いまでは、韓国焼酎の代名詞ともいえる
チャミスルなどは、微塵もない
家に帰れば、密造のどぶろくがあるのだ。

あってもない町
無くてもある町と金時鐘さんは言う。

実父が、あらゆる親戚、知人から
借金をし、ひとり息子であった
金時鐘さんを潜水艦組(密航者のこと)
として、済州島から逃がし
たったひとり、みよりのない地に
辿りつく。

そこは、北も南もあるが
ひとりの朝鮮人が、生きて、生きて、
逃げて、また戻り、その日その日を
家族総出で、生きるしかなく
ときには
小金持ちとなった、ある工場主が
「ヤメタァ!チョウセンヤメヤァ!」
嘆き
動かぬ体を救急車に搬送される老婆が
「ホットケ、ホトッケ」というのは
仏なのだろうか
それとも、かまうな。なのだろうか

きれいごとではすまない
人々の暮らしがあった。
昨日も明日もない
あるのは、ただ過ぎる今日があるのみ

そんな、猥雑としたあけっぴろげな
日々を町ごと生きて行ったのが
「猪飼野」だろう。

詩集は、連作詩もあり
それらの生きねばならぬ人達の
実存が描かれている
お涙ちょうだいは微塵もなく
懸命に生きるしかない実存。

書籍の表紙写真は
名もない在日コリアンの家族だろう。

一世は、朝鮮服であるチマチョゴリ
母親らしき女性は二世
手をひかれている子供は三世とみるなら
三世の子供は
いまのぼくと同年代に近いと思う。

最後に金時鐘さんの言葉を引用
させていただきます。

やはり、私は猪飼野に運ばれて
きたようである

地方弁丸だしの猪飼野だったからこそ
故郷を失った私であっても
猪飼野の頑な伝承から
つきない生気を得てきたのだ。

その猪飼野で多くの忘れ得ない人々と
出会ってきたし、その猪飼野でまた
多くの別れを交わしてきた。

にぎにぎしくも、どこか切ない町
笑って泣いてる町

たとえ、描ききれないまでも
人間性を際立せるものに詩がある
という確信は揺るがない。
人の多くはのど元までつきあがってくる
思いを、それぞれ他の仮託の形にして
生きている。

(中略)

人々は銘々が自分の詩を生きている
のであり
詩人はたまさか言葉による詩を選んだ
者にすぎない。
ために詩人は特定の職能でもなければ
権威の保持者でもないのだ。
詩人が「言葉」に取りついて離れられないのも、
そこに他者の「生」と重なる
自分の「生」があるからだ。
と。