自民党の若手有志による「責任ある積極財政を推進する議員連盟」が発足し、2月9日に設立総会が開かれた。そこに講師として招かれた安倍晋三元首相と元財務省官僚の本田悦朗氏が、今こそ積極財政を推進する意義を語り合った。
〇安倍晋三が積極財政派に転じた理由
安倍が積極財政的な考えを強くしたのは民主党政権時代だったという。 「東日本大震災の復興をどうするかを与野党で議論し、国民からの税負担で復興費用に充てるということになった。その時、
『これだけ負荷を感じている国民にさらに負荷を重ねるのは間違っているのではないか』という素朴な疑問を持ち、こういうときには税ではなく、国債によって思い切った財政出動をすべきではないかと考えた」 そこで第二次安倍政権の発足に際して元財務官僚の本田悦朗やイエール大の浜田宏一らの経済ブレーンと共に作り上げたのが「アベノミクス」と称する経済政策だった。
しかし、「黒田バズーカ」と言われる大胆な金融緩和を実行したにも関わらず、目標としていた2%の物価安定目標は達成されなかった。 「最初は大胆な金融緩和を行い、第二の矢として軌道的な財政政策をおこなった。ただ、今から考えると『機動的な』ではなく『継続的な』財政政策と言ったほうが良かったかもしれない」
安倍政権時代に内閣官房参与を務めていた本田はこう振り返り、
財政出動が弱かった点と2度にわたる消費増税を残念がる。安倍も第二次政権時に「成長率が金利を上回っていた」として、「その状況でPB目標に向かって、やや緊縮的な政策を取る必要はなかったと思う」と悔しさをのぞかせる。
〇自民党内で真っ向から対立する「2つの本部」
岸田政権発足以降、自民党本部にこれまであった「財政再建推進本部」が
①「財政政策検討本部」に変わったことが話題になった。本部長は党内きっての積極財政論者として知られる西田昌司参院議員だ
これに対して総裁直轄の組織として
➁「財政健全化推進本部」が新設され、元財務大臣の額賀福志郎が本部長、前財務大臣の麻生太郎副総裁が最高顧問に就いた。
初回の会合には岸田総裁自らも出席するほどの力の入れようで、
党内に真っ向から意見が対立する2つの本部が存在することになった。
両者の最大の違いは基礎的財政収支(プライマリー・バランス=PB)の捉え方だ。
〇安倍が「2025年PB黒字化目標」に否定的なワケ
PBとは「国債の返済や利子などを除く政策的経費」と「税収」のバランスである。
➁新規国債に頼らず税収だけで財源を補う「PB黒字化」の状態を作り出し、政府の負債を減らしていくべきだとするのが「財政再建派」の主張だ。 岸田首相も「2025年までにPB黒字化」という目標を堅持する考えを示している。
それに対して、
①いわゆる「積極財政派」はPB黒字化が必ずしも必要ではないと主張する。
安倍もこの「2025年PB黒字化目標」に対して否定的な見解を示す。
「デフレ経済下で財政健全化というのは不可能だと思う。デフレから脱却して経済を成長させることによって税収を増やし、財政を健全化させていくべき。私は(「2025年までに」といった)カレンダーベースでPB目標(を立てること)はするべきではないと思う。インフレがどうなっているか、ということを基準におくべきだ」
本田もこれに同調し、PBよりも経済状況の改善が必要だと説く
「経済を良くしないと財政は良くならない。特に税収は名目GDPによって決まる。まず考えるべきは名目GDPを増やすことです。インフレ率が高くなってきた時にはPB黒字化も一つの目標になりうるが、それはあくまで経済が正常化した後の話だ」
2025年PB黒字化目標は国際会議の場でも公言してきたことから「事実上の国際公約」などと言われる。しかし、安倍は「国際公約ではない」と否定する。 「(首相時代に)予算委員会でも『国際公約したのではないか』と聞かれたが、私は『国際公約ではなくコミットメントだ』と言ってきた。
確かにG7やG20でこの目標について述べたことはあるが、それは発言要領の中に財務省が書いているから。 せっかく(財務省が)書いたんだから読まないと可哀想だと思って読んだが、G7でもG20でも(他国は)そんな約束しろとは誰も言ってない」
〇国債による財政出動でも「通貨の信任は崩れない」
安倍政権ではPB黒字化目標よりも経済成長を目指すべきだとしてきたが、なぜ日本の経済は依然として停滞し、所得は上がらないのか。本田は民間に需要が不足している以上、政府が財政支出を拡大するべきだと語る。
「今は需要が足りない。需要不足の経済において金利は上がらないので、そういう時に国債を発行して財政出動しても全く将来負担の心配はない。また、それをやらないと資金を有効に活用したとは言えない。いま政府が頑張って赤字を出しているが、将来見通しが良くなれば企業の投資も増える」
その上で、今は財政出動に適した状況にあると訴える。
「現在は10年ものの国債の目標金利がゼロです。これほど金利が低いのだから、財政を出せば直接(経済)効果が出る。財政を出したお金(国債)は全部日銀が買い取ります。そういうありがたい状況になってきているので、これを最大限活用してGDPをできるだけ大きくするということを最優先でやるべきです」
もっとも、国債を発行して財政出動を拡大することには「通貨の信任を損なう」という批判がつきまとう。しかし、安倍は十分な状況だと主張する。 「政府の財政というのは国家財政全体の中の政府セクターでしかない。これ(財政)はまさに赤字ですが、日本は対外純資産が360兆円で30年間世界一を続けている。これが圧倒的な信任になっている」
〇岸田総理はどう動くか
本田がこれに補足する。 「『国家』と『政府』というのは違います。政府は国家の一部に過ぎない。
対外純資産が360兆円もの資産超過でお金を持っている。
一方、日本政府の1000兆円を超える債務は国民によるものである。つまり、国民から見ると1000兆円の債務は大事な金融資産になる。政府の金融負債は国民の金融資産です。
よく『一人当たりの国の借金が900万円』とか言いますけど、ほとんど何の意
味もない数字です。それと国力は関係がありません」
同議連の設立趣意書には「令和の高橋是清、池田勇人を目指して」という表題がつけられている。池田勇人は言うまでもなく岸田首相が会長を務める宏池会の創設者である。 安倍は最後に「この『令和の高橋是清、池田勇人』というのは大変政治的に良く考えられたメッセージだと思います」と意味ありげに語った。議連には50人を超える議員が入会予定だという。党内で勢力を増す「積極財政派」の声を岸田首相はどう聞くのか注目される。