日本小児神経学会
*2016年版からの改訂
以下要点
CQ1. 体温管理療法(36℃)を実施可能な施設において、急性脳症を疑う患児に対する本療法の実施はAESDへの進展,後遺症,重篤な有害事象を考慮した場合有用か?
→発熱に伴い下記を満たす症例に対して、36℃を目標体温とした早期(24時間以内)の体温管理療法は、AESDへの進展、後遺症リスクを低下されるため、実施することを弱く推奨する。
- または2),3)を満たす。
- 難治性けいれん性てんかん重積状態
- 6時間以上続く意識障害
- 多臓器障害を疑わない(例:神経症状出現6時間以内のAST<90U/L)
- 急性脳症の定義
JCS 20以上(GCS 11未満)の意識障害急性に発生し24時間以上持続する。
- ほとんどは感染症の経過中に発症する。
- 多くは頭部CT、MRIで脳浮腫が描出される。
- 脳炎、髄膜兼など他の疾患が否定される。意識障害は、睡眠、薬物(抗けいれん薬・麻酔薬)の副作用・心因性発作でない。
先行感染症の病原による分類
- ウイルス感染症に続発する脳症
・インフルエンザ脳症
・HHV6/7脳症
・ロタウイルス脳症
・水痘脳症
・麻疹脳症
・RSウイルス脳症
・その他ウイルス脳症
- 細菌その他の感染症に続発する脳症
・百日咳脳症
・サルモネラ脳症
・腸管出血性大腸菌感染症による併発する脳症
・猫ひっかき病脳症
・マイコプラズマ脳症
・その他の細菌性脳症
- 病原体不明の脳症
- 急性脳症の疫学
近年の日本における急性脳症全体の罹患率は1年当たり400~700人と推定される。
- 病原分類ではインフルエンザとHHV-6/7が最も多く、次いでロタウイルス、RSウイルスの順である。
- 症候群分類ではけいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)、可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(MERS)、急性壊死性脳症(ANE)の順である。
- インフルエンザはMERS,ANEの先行感染として最も多い。
- HHV-6(突発性発疹)はAESDの先行感染として最も多い。
HHV6/7、インフルエンザがそれぞれ16%、ロタウイルス4%、RSウイルス2%、腸管出血性大腸菌、サルモネラ2%、マイコプラズマ1%。AESDが34%、MERS18%、ANE3%
男児48%、女児51%、年齢分布0~1歳。
(インフルエンザ脳症は平均年齢5.2歳、中央年齢5歳)
- 急性脳症の予後
近年の日本における急性脳症全体の致死率は5%、神経学的後遺症の率は36%である。予後は症候群別で大きく異なる。
- けいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)では死亡は少ないが、神経学的後遺症が多い。
- 急性壊死性脳症(ANE)や出血性ショック脳症症候群(HSES)では死亡と神経学的後遺症がともに多い。
- 可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(MERS)では大部分の症例が後遺症なく治癒する。
急性脳症全体
治癒56%、後遺症(軽・中)24%、後遺症(重)12% 死亡5%
MERS
治癒94%、後遺症(軽・中)4% その他・不明2%
- 急性脳症の診断に必要な診察と検査、タイミング
- 急性脳症を疑う場合、意識障害、神経学的異常を主とした臨床症状の評価、頭部画像、脳波検査、血液検査/尿検査を行う。B
- 判断に迷う場合、ある時間的間隔をあけて再度評価・検査を行う。C1
・病初期において各種検査で異常が認められず、数日の経過で症状や検査異常が顕在化する急性脳症も存在する。
・設備や時間帯などの状況により各種検査の実施が難しい場合は、実施可能な医療機関へ転送を検討する。
・他の疾患との鑑別などに備えて、急性期の残検体を保存する。
- 急性脳症の鑑別診断
- 急性脳症の鑑別診断の対象として、感染症の経過中に急性発症の意識障害を生じる多彩な疾患が含まれる-頭蓋内感染症(ウイルス性脳炎、細菌性髄膜炎など)、自己免疫性脳炎、脳血管障害、外傷、代謝異常、中毒、臓器不全、その他
・けいれん重積型急性脳症(AESD)では、発症直後の数日間は複雑型熱性けいれんと区別できない例が多い。
・急性壊死性脳症(ANE)などサイトカインストーム、全身臓器障害を伴う病型では、重症感染症、熱射病など他の病ゲインによるSIRSを鑑別する。
・Reye症候群、疑似Reye症候群では、先天代謝異常症を鑑別する。
感染症・炎症性疾患
- 脳炎
単純ヘルペスウイルス1型、2型、6型、7型
水痘帯状疱疹ウイルス・EBウイルス・サイトメガロウイルス
麻疹ウイルス・風疹ウイルス・ムンプスウイルス・アデノウイルス7型・エンテロウイルス、日本脳炎ウイルス、ウエストナイルウイルス、細菌、マイコプラズマ、原虫、寄生虫など
- 髄膜炎
化膿性髄膜炎、結核性髄膜炎、真菌性髄膜炎、ウイルス性髄膜炎
- 脳膿瘍、硬膜下膿瘍、脱髄性疾患(ADEM, MS)、自己免疫性疾患(SLEなど)
- 急性脳症の画像診断
- 急性脳症の診断に画像検査(CT/MRI)を行うことが推奨される(B)
- 急性壊死性脳症(ANE)(B),けいれん重積型急性脳症(AESD)(B)、可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(MERS)(B)ではMRIが特徴的な所見を有し、診断の根拠となる。
- 急性脳症の脳波検査
- 急性脳症では、診断や治療に関する有用な情報が得らえる可能性があるため、脳波検査を行うことが推奨される。B
- 通常脳波あるいはa EEGを用いた長時間持続型モニタリングも有用であり、可能な施設では実施することが推奨される。B
- 急性脳症では脳波異常が高率であり、おもな異常所見として全般性・片側性・局在性の徐波化や発作の存在があげられるB
- けいれん性てんかん重積・けいれん性てんかん遷延状態への対応
- 治療の留意点:けいれん性てんかん重積・けいれん性てんかん遷延状態の治療では、全身管理を行いながら、けいれん持続時間に応じた適切な薬物治療の選択を行う。
急性脳症の早期診断にはけいれん後の意識状態の評価が重要であるので、必要以上の抗けいれん薬の投与を行わないことを考慮する。C1
- 非経静脈的治療法:けいれん遷延状態に対する非経静脈的治療法として、ミダゾラムの頬粘膜投与、鼻腔内投与、筋肉内注射投与を行う。B
医療機関来院時におけるジアゼパム坐薬の直腸内投与は推奨されない。C2
- 経静脈的治療法:けいれん性てんかん重積・けいれん性てんかん遷延状態に対する経静脈的治療法の第一選択薬としてミダゾラム、ロラゼパム、ジアゼパムを投与し(B)、第二選択薬としてホスフェニトイン、フェニトイン、レベチラセタム、ないしフェノバルビタールを急速静脈投与するB。難治けいれん性てんかん重積状態に対してミダゾラムの持続静注、チオペンタールないしチアミラールの急速静注・持続静注を行う。B
- 急性脳症の全身管理
- 中等症~重症の急性脳症に対しては、全身管理を行うための適切なモニター装置を使用し、全身状態をできうる限り改善・維持するための支持療法を行う。A
- PALS2020に準拠した初期蘇生
- 3次救急医療施設ないしそれに準じる施設への搬送
- 必要な場合、ICUへの入室
- 呼吸、循環、中枢神経、体温、血糖・電解質・栄養を含む全身管理
- 先天性代謝異常症による急性脳炎の特徴
- 急性脳症は様々な要因によっておこるが、先天性代謝異常症においてもしばしばみうられ、これらは代謝性脳症ともいわれる。いくつかの疾患が含まれるが、共通して下記の特徴があげられる。
- 新生児期や小児期に健康と考えられていた児の場合、前兆がないことが多い。
- 脳症早期のサインは軽度の行動変化のみで、気づかれないことも多い。
- しばしば急速に進行し、変動することが多い。
- 限局した神経症状は呈さないことが多い。
- 急性脳症は様々な要因によっておこるが、先天性代謝異常症においてもしばしばみうられ、これらは代謝性脳症ともいわれる。いくつかの疾患が含まれるが、共通して下記の特徴があげられる。
- また、急性脳症に加え、下記の症状があるようであれば、背景に先天性代謝異常症を疑って検索を進めていく必要がある。
- 感染症や絶食後の急激な全身状態の悪化
- 特異的顔貌・皮膚所見・体臭・尿臭
- 代謝性アシドーシスに伴う多呼吸、呼吸障害
- 成長障害や知的障害
- 心筋症
- 肝脾腫(脾腫のない肝腫大、門脈圧亢進所見のない脾腫)
- 関連性の乏しい多臓器にまたがる症状の存在
- 特異的な画像所見
- 先天代謝異常症の家族歴
- 先天性代謝異常症の診断と治療
- 急性脳症をきたし、先天代謝異常症が疑われる際は、最初にfirst line 検査を実施する。
- その結果を踏まえて、second line検査を進めていく。また、来院時にsecond line検査に必要な検体を採取しておくことを考慮するとよい。
First line 検査:B 遊離脂肪酸のみ推奨グレードC1
血糖、血液ガス、アンモニア、乳酸/ピルビン酸、血中ケトン体/尿中ケトン体、遊離脂肪酸
Second line 検査:B
- 血清または血漿:アミノ酸分析、カルニチン2分画、アシルカルニチン分析(タンデムマス分析)
- 尿:尿中遊離酸分析、(必要に応じて)尿中アミノ酸分析
- 濾紙血:濾紙血タンデムマス分析
- ミトコンドリア救済の治療
ミトコンドリア救済薬の有効性は確立していないが、特別な病態に有効薬が報告されている。さらに、先天代謝異常症以外の急性脳症に対するこれらの治療薬の有効性の報告は殆どないが、ビタミンB1、カルニチンなどは、代謝異常の診断確定前の脳症例に使われることがある。
- 炎症のマーカー
炎症のマーカーとして、直接的および間接的な指標が提唱されている。
- SIRSの診断項目は間接的指標となる。
- インフルエンザ脳症の予後不良因子は間接的指標となる。
- 様々なサイトカインや関連因子が報告されている。
- 副腎皮質ステロイドの意義、適応、方法
サイトカインストーム型では、副腎皮質ステロイドの投与を考慮するとよい。
- ANEでは予後を改善させることが期待できる。
- 他のサイトカインストーム型の症例でも効果が期待される。
- メチルプレドニゾロンパルス療法が一般的である。
- ガンマグロブリンと血液浄化の意義、適応、方法
ガンマグロブリン投与と血液浄化療法については、サイトカインストーム型など炎症が病態に関与する急性脳症では理論上効果が期待されるが、エビデンスはない。
- 急性壊死性脳症(ANE)の診断と治療
- 急性壊死性脳症は、臨床症状、検査所見、画像所見を組み合わせて総合的に診断する。両側対称性の視床病変が特徴的であるが、同様の画像所見を呈する疾患との鑑別を行う必要がある。B
- ANEの治療としては、発症後早期のステロイドパルス療法が推奨される。B
ガンマグロブリン大量療法や脳低温・平温療法の効果は現時点では明確になっていない.
- けいれん重積型急性脳症の診断と治療
- けいれん重積型急性脳症は日本の小児急性脳症で最も高頻度(約30%)である。
- 診断は二相性の臨床像と特徴的な画像所見による。B
- 治療は支持療法を基盤とする。B
- 難治頻回部分発作重積型急性脳炎(AERRPS)の診断と治療
- 難治頻回部分発作重積型急性脳炎は、てんかんや神経疾患の既往のない人に生じた発熱に続く極めて難治かつ頻回の焦点性けいれん性てんかん重積状態を呈する疾患と定義される。診断は器質的・中毒性・代謝性疾患など既知疾患の除外に基づいて下される。髄液、脳波、頭部MRI所見は疾患に特異的ではないものの診断の参考となる。C1
- 高用量バルビツレートを中心とする抗てんかん薬による治療が中心となるが、バルビツレートの長期投与による弊害が指摘されているため投与期間は極力短くするべきである。C1
- 一部の例でケトン食療法や抗サイトカイン療法が有効である可能性がある。C1
- Dravet症候群に合併した脳症の診断と治療
- Dravet症候群は乳児期に発症し、発熱や高体温で誘発されるけいれん性てんかん重積状態を繰り返すてんかん性脳症である。
- Dravet症候群では急性脳症の合併がまれでなく、死亡することがある。
- 重積する発作を抑制することができてもその後の意識の回復が悪い時には、急性脳症の合併を疑い集中治療を行う必要がある。B
- 先天性副腎皮質過形成に伴う脳症の診断と治療
- 先天性副腎皮質過形成に伴う脳症は先天性副腎皮質過形成において発熱や胃腸炎症状を契機に急性副腎不全に伴い発症する急性脳症である。脳症症状は非可逆で神経学的に後遺症を認めることが多い。
- 発症時にはブドウ糖含有生理食塩水の急速点滴投与、ステロイドパルス療法の実施を考慮してよい。C1
- 可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎・脳症(MERS)の診断と治療
- MERSは日本の小児急性脳症で2番目に高頻度19%である。
- 診断は、比較的軽症で予後良好な神経症状と、特徴的な画像所見によるB
- 治療は支持療法を基盤とする。B
- 現時点でエビデンスのある特異的治療・特殊治療は存在しない
- 典型軽症例には、ステロイドパルス療法、ガンマグロブリン大量療法を必ずしも実施する必要はない。C2
- 腸管出血性大腸菌感染症に併発する脳症の診断と治療
- EHEC感染症、HUS発症と相前後して急性脳症を発症することがある。高頻度にみられる症状は、けいれんと意識障害である。
- 診断は臨床症状と画像診断に基づく。脳症を疑った檀家でCT、MRI Bと脳波検査Bを行う。
- 治療は支持療法を基盤とする。B
- 特異的治療として、ステロイドパルス療法の実施を検討してもよい.C1
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