近年、「大地震の発生直前に上空の電離層で異常が起こり、上空電子数(TEC)が増える」と主張する研究があり、テレビなどメディアでも紹介されています。代表的なものには、日置幸介・北海道大教授や、梅野健・京都大教授による研究があります。
「夢の地震予知が実現か」と一部では期待されているこの研究ですが、個人的には私は非常に懐疑的にみています。その理由を、以下に幾つか挙げてみます。
(1) 地震と関係がない場所でも電子数増大が起きている
梅野教授らは、東日本大震災を起こした東北地方太平洋沖地震や、熊本地震の直前に、上空の電子数が異常に増えたと主張しています。たとえば下の図は、東北地方太平洋沖地震の発生4分前の上空電子数を示した図です(地上の各観測点と、斜め上空の或る衛星と、の間の空域の電子数を示しているので、日本列島がずれたようなプロットになっています)。
(http://www.hazardlab.jp/know/topics/detail/1/7/17114.htmlより。矢印は筆者による)
たしかに東北沖で電子数の増大(紫矢印)が起きているように見えますが、よくみると、ほかにも鳥取沖や日向灘といった震源とは全く関係ない場所にも、強い増大が起きている(緑矢印)ことが分かります。
東北での大地震の4分前に、東北のみならず鳥取沖や九州沖でも異常が起きているのなら、6分前や8分前や10分前や・・・にも、日本のあちこちで異常が起きていたのではないかと想像できます。しかし、なぜかそのことは触れられません。なお、梅野教授は「2016年熊本地震の本震40分前に九州で異常があった」とも主張していますが、そのときの動画をみても、ほぼ同時刻に九州だけでなく北陸地方にも異常が出ていたことが見てとれます。
都合の悪い事実を隠蔽しているわけではないのでしょうが、震源近くの異常値だけを強調し、地震とは関係なさそうな場所でも異常値を示していることを黙殺するというのは、この種の研究としてはいささか不誠実だと思います。
(※追記 2021年に、この梅野教授らの主張に疑義を呈する研究結果が出ましたので、追記しておきます。結論としては、梅野教授らが地震の前兆として観測したという電子数の変動は、地震のない平常時にも頻繁に観測されるものであり、有意な異常とは言えない、というものです。)
(2) 電子数の増大が本当に「異常」かどうか疑わしい(※)
日置教授は、チリ地震や東北地方太平洋沖地震といった大地震の直前に、電子数が正常値より増えていたとして、以下のような観測結果を示しています。この図で日置教授は、それぞれの大地震の直前に、電子数の観測値(赤矢印)が、正常値(青矢印)より増え、地震の発生後に急激に戻ったと主張します。
(地震予知総合研究振興会「地震ジャーナル」53号, 2012年より。赤青矢印は筆者による)
しかし、ここで大切なことは、電子数は季節変化も時刻変化もし、さらには日によって大きく変動のしかたも変わる、不安定なものであるということです。つまり、青矢印で示した電子数の「正常値」を表す曲線が、正しく仮定されたものであるかが分からないのです。
この点については、鴨川仁・東京学芸大准教授らが、日置教授が示す電子数異常は、単に正常値の計算方法が不適切であるための見かけの現象であり、日置教授の計算方法による正常値を使うと、地震当日だけでなく前後3日を見ても、同時刻には電子数が異常増大していることになってしまうと指摘しています(鴨川ら2013)。
(http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/jgra.50118/fullより)
鴨川准教授らはあわせて、大地震当日に、地震発生直後に電子数が急激に低下しているのは、地震の発生に伴って前兆が消えたからではなく、単に津波の発生による音響波が上空に届いた影響であろうとしています。
・日置教授が地震当日のデータしか出していない(※下記参照)
・地震の前兆で漸進的に増えた電子数が、地震後に「急激に」減るというのは、感覚的に受け入れられない(逆に津波の発生で音響波が上空に届いた影響というのは非常に受け入れやすい)
・日置教授が報告している、地震直前に電子数が増え地震後に急減する事例が、津波が発生した海溝型大地震に限られている事実を、津波発生による音響波で説明できる
・・・といった点からみても、鴨川准教授らの主張にはおおいに分があると思います。
(※追記: いまや日置教授は上記のデータではなく例えばこちらのデータで議論しているとご指摘を頂きましたので、ご留意下さい。地震の前に電子数が正常値よりも大幅に増大していたとする主張を事実上取り下げて、変動のグラフが折れ曲がっている、と見せ方を変えるものです。
(http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/2015JA021353/fullよりFig.6)
ただし、そもそもこのような「後でごっそり取り下げて別の主張に変えなければいけないようなデータを提示して何年も地震前兆と主張していた」ということ自体も、疑う理由となり得ます(前の論文は取り下げて主張を撤回するべきではないでしょうか)。たとえば、「折れ曲がり」は「正常値からの増大」とは限らないので、異常増大したとの主張が事実上極めて大幅にトーンダウンしています。それに、今後また同じようにデータの見せ方が総取替されるのではないかなどの疑念も抱かせるものです。
また、新しいデータの見せ方でも今のところ地震と異常との相関を疑義なく納得できず(① Fig.6では、特定の観測点-衛星の組み合わせによる観測値を示しておられるが、震源上空をカバーする他の組み合わせ、震源上空をカバーしない他の組み合わせ、について考察が足りないため相関が議論できない、② Fig.6だけを見ても地震と関係ない折れ曲がりが多くみられる、③ 折れ曲がりだけでなく極大や極小などの特徴点も考え合わせれば無数に異常があったと言えてしまう、④「折れ曲がりは地震と関係なく10時間に1回はある」という記載すらある)、上記の津波の議論、および以下の(3)(4)についての感想は変わらないので、上記はそのまま残しておきます)
(※追記2 2020年に、日置教授らの主張に疑義を呈する研究結果が発表されていますので、追記しておきます。内容を要約しますと、上述の私の疑問①~④に関するもので、視野に入る別の衛星による観測値も考慮すると、日置教授が主張するような「異常」の頻度は(地震と関係なく)もっと高くなり、大地震の前に異常があったというのは偶然(換言すれば都合の良いデータを示した衛星を選んだことによりそう見えただけ)と言えそうだ、というものです。)
(3) 研究結果の間に矛盾がある
そもそも「地震の前兆として電子数が増える」と言われ始めたきっかけとなった、古い研究結果が幾つかあります。しかしそこでは、電子数が異常を示すのは、地震発生の数日前だとされているのです。
(「内陸地震に先行する電離圏変動:GPSによる検証」菅原守氏(北大)2010年より)
この図では、2008年の四川大地震(Mw7.9)の3日前に電子数の異常がみられたことを報告しています。これに対し、日置教授や梅野教授らの主張は、地震発生の直前の数十分から数十秒のオーダーという直前のタイミングで異常が起きるというものです。この不一致は、いささか納得できません。
さらに言えば、上に示した日置教授の電子数遷移のグラフと、梅野教授が示した異常のデータも、そもそも整合していません。日置教授のグラフによれば、電子数は地震発生前40分前から異常に上昇し、高い値を長時間保ち続けますが、梅野教授が示したデータでは、電子数が異常増大を示すのは地震の4分前、それもほんの一瞬のことです。
(4) 上空の電子数が増える原因が考えられない
これを言ってはミもフタもないのですが、数キロから数十キロという深い地下や海底で地震が発生する前に、高い高い上空の電離層で異常が発生して電子数が増えるということ自体が、はっきり言って少々荒唐無稽に思えます。そのようなことを説明できる物理モデルがあるとは、残念ながら思えません。
特に、海底での大地震の前に震源で発生した異常が、厚い厚い海水をどう伝わって、電磁気的な異常として上空に到達するのか・・・と考えてみると、ほぼそんなことはありそうにないと思います(たとえば、電波が海中ではすぐ減衰して使えないことは有名ですし、雷が海に落ちても海面下の魚たちは全く無傷です)。
もし仮に、地震の直前に、はるか上空まで到達するような電磁気的な異常が起きるのであれば、我々が暮らしている地表や海面ではもっと大きな電磁気的な異常が起きるのではないかと思うのですが、そのような観測データはないように思います。
また、特に日置教授の示したデータについて言えば、どの事例をみても見事に共通して、地震の前兆としての電子数増大が、地震の約40分前に始まっています。つまり、電子数が増えはじめた瞬間に、これから起きる地震が大地震となることが予め決まっており、しかも地震が起きるのは40分後であることも決まっている、ということになります。地震が起きる場所も、深さも、規模もまちまちなのに、電子数の異常が始まるのは40分ほど前にだいたいそろうというのは、極めて不自然に思います。
(5) 地震を予測した実績がない
日置教授や梅野教授の主張はいずれも、地震が発生した後になって、「実は地震の前に異常が起きていた」と言っているだけであって、発生する前に地震を予測をした実績は全くありません。仮に以上に示した(1)~(4)をクリアしたとしても、事前に地震を予測できなくては、まだまだ話にならないと言うべきでしょう。
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・・・以上のようなことから、私は「地震の前に上空の電子数が増える」という研究には、いまのところ極めて懐疑的です(というか、実は個人的には全く信じてません)。しかしながら、ぜひこれから客観的なデータを積み上がっていって、議論が進み決着がついて欲しいと期待しています。
(※追記: 以上はあくまで「電子数異常が地震の前兆だという研究を、私が疑う理由」です。「この研究は間違っている!」となどと偉そうに指摘するものではありませんし、そのつもりもありません。個々の論点について具体的なご指摘は歓迎します(具体的な指摘を欠くコメントには返答しないかもしれません)。ご意見に応じて、上記の内容を書き換えることがあり得ますことをご了承下さい(履歴は残すつもりです))
付け足すとすると、「電離圏の電子数の異常」という前兆現象は、偶然に見つけたのですから、「これが見つかれば証明できる」という性質のものではありませんから、なおのこと、否定的な検証が必要だということでしょう。
例えるなら、河原で拾った石が「外観が似ているから隕石に違いない」と言っているようなもの。
こんな石は、まず隕石である可能性はありませんよね。
それを隕石だと言うには、徹底した検証が必要です。
偶然に見つけた「電離圏の電子数の異常」が地震の前兆なら、マグレ当たりの発見であることを、上川様にケチをつけたM.K氏は認識していないように感じました。
その意味では、M.K氏は科学的センスがちょっと・・・
もう少し詳しいことは、弊ブログに書きました。
(私の名前をクリックすると、私のブログに飛びます)
リンクは貼りませんが「新・地震学セミナー」で検索すればすぐ見つかるでしょう。
>その梅野健教授の地震予知手法に疑問を持つというサイトがありましたので、紹介し、疑問を解消しておきたいと思います。
しかし、石田氏は(4)に対して、現実の化学や物理の基本法則を無視したファンタジー理論=地震爆発論(笑)でなら、こういう原理で説明できるとしているだけです。
(1)(2)(5)については引用すらせずに闇に葬っています。
このページの説明で大事な所は、(1)地震の予兆である電子数異常と無関係なノイズを区別する方法が示されておらず、それ故に、(5)梅野教授は地震を予測した実績がないということのはずです。
この点について何も説明せずに「疑問を解消」できるはずがありません。
>地殻の変形を観測して予知しようとするグループは「地震予知は不可能」と決め込んでいるようですが、電磁波的な異常を観測して予知に繋げる研究は大いに希望の持てる手法だと地震爆発論学会は考えています。
「決め込んでいる」のは石田氏の方ですね。