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心は、青春!

「青春とは、人生の青年期ではなく、向上心を持ち努力を続ける心の在り方!」と言うサムエル・ウルマンの詩に感銘を受け命名。

「玉川上水に親しむ会」入会→事前学習「まいまいず井戸」

2015-03-25 05:44:44 | 歴史

縁あって「玉川上水に親しむ会 」へ入会させて戴いた。

しかし、会歴20年の諸先輩方の輪に入るには、話題も知識もないfumi-G

 

4月11日「玉川上水再踏破」スタートの初日までに、情報収集と学習を始めます。

 

3月22日は晴れ、羽村市まで出向きました。

 

このあたりの地形も玉川上水の意味を知る上には重要!のはず・・・・・・。

奈良・室町時代に掘られたとも言われる「まいまいず井戸」を見学。

駅の傍と言う情報から、立派な屋根を発見、近くへ寄ってみると、

 

五ノ神社!!

この境内と言うか、写真左手が目指す「まいまいず井戸」の表示と、大きな穴が開いています。

 

向こう側の道路から、

大きくえぐられた穴の底に小さな屋根があり、その下が井戸のようです。

もどの場所へ戻り、降りて見ます。

ぐるぐる回りながら水汲みに下りて行ったのでしょう。

降ります。

井戸の前に来ました。

中を覗いてみます。

かなり下の方に、落下防止用金網が映る水面が見えました。

 

上を見あげる。

関東ローム層の最高部には水がありません。

1000年以上前の人の知恵と実行力には、学ぶものが大いにあります。

 

今日の政治家もこのような仕事をして欲しいものです。

 

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 24日の歩数は、僅か5,796歩でした。

早朝のウォーキングをサボると途端に減少します・・・・・。


玉川上水 Vol.01-初めての玉川上水・羽村堰と羽村市郷土博物館

2015-02-24 05:44:42 | 歴史

2月22日、羽村市「ゆとろぎ」で開催中の「北の国から」写真展を見学に出掛けた。

 

日曜日なので少し早めに出発するが、道路ががらがら、

一寸早く着き過ぎた。

 

小一時間あるので、玉川上水を見に回り道・・・・。

おっ、此処だと多摩川と両方見えるぞ!!

と、入った交差点の先は、右も左も鉄パイプが立っており、行き止まり・・・・・。

 

Uターンをして、しばらく進むと、車が停められそうな場所を発見、

「しんぼりばし」とあります。

一寸した空き地に車を停めて、玉川上水を初めて撮影!

下流

 

同じくしんぼり橋の上から上流側

100m進んで、21cm下がるという絶妙の設計が、穏やかな流れを作りあげています。

 

多摩川側にある小高い丘から、しんぼりばし方向を見下ろす。

 一寸早めに切り上げ、細い路地を抜け、目的地へと向かいます。

 

そして、会場の「ゆとろぎ」へは40分程早めに到着。

200名ほどの方が、写真展会場方向へ行列をされている。

 

こんなに人気があるのか!!

と、驚きながら進むと、今回の写真展でお世話になったSZ様と遭遇。

「大勢のお客様は、羽村市専用の商品券を買い求められているのです。

 写真展へも来て頂きたいのですが、・・・・。」

 

会場入り口付近で、

全作品をしっかり確認、仕上がりはまずまずと自己満足をして見学は終了。

 

昨年お世話になったTさん・Sさんと会場でお会いできました。

昼食のお誘いを戴きましたが少々早い!

 

「羽村堰を見に寄ってから昼が丁度くらい!」

と言われ、fumi-Gの古い車に同乗、羽村市郷土博物館へ到着、

時間一杯見学をします。

 

羽村市郷土博物館は、T様と懇意なK様が館長、

内部を大変わかりやすく説明して頂きました。

 先週と今週、NHK Eテレ「知恵泉」で紹介されている玉川上水を見て来たので、絶好のタイミング!!

(内部の写真撮影は禁止。)

 

後ろ側の庭にある門は、大菩薩峠(全23巻)を執筆した中里介山家の正門が移設されている。

 

その裏側には、古民家「旧下田家」も移設・保存されていました。

 

正面から、パノラマ撮影

昔(fumi-Gの子供のころ)の家がそのまま残っている感じ。

内部には囲炉裏があり、専門の方が常駐され、火を燃しておられた。

自然の木が燃える時に出る煙には防虫などの効果があるそうです。

 

 

そして、いよいよ本日のメイン・羽村堰の実物を見学します。

 

堤防に上がり、多摩川右岸より左岸にある羽村堰方向を見る。

左側の上流から流れてきた水は、此処へぶつかり、やや穏やかな流れになった水が羽村堰へ向かう。

流れを弱くするための仕掛けが、右岸の河川に設置されているのです。

 

手前の河川敷にあるのは、牛枠と呼ばれる流れを調整する道具。

 

堤防に接地されている案内板

 

 

身近な浅川で作業している橋脚補強の工事は、開始後既に数か月、完成は来年の春と表示されている。

 

玉川上水は、羽村から四谷大木戸までの大凡43kmを8ヶ月で完成したらしい。

短期間に成功させたことも凄いが、一番驚くのは、水が常に変化を続けていることに対する対応力の凄さ。

堰を壊さないよう水量に応じた対応に驚愕します。

 

平成の技術者より、江戸時代の人の方が水の恐ろしさと、使い方をわきまえている様に思える。

自然との共生を具体的な形として見せられて居る「玉川上水」、

大いに学ばせてもらう教材です。

 

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23日の歩数は、9751歩でした。


江戸時代の名輔佐・保科正之-2月17日Eテレ 知恵泉

2015-02-21 05:30:51 | 歴史

2月17日(火)のEテレで放送された「知恵泉」は、保科正之氏の紹介だった。

 

保科 正之(ほしな まさゆき)は、江戸時代初期の大名。

会津松平家初代。信濃高遠藩主 、出羽山形藩主を経て、陸奥会津藩初代藩主。

江戸幕府第3代将軍徳川家光の異母弟 で、家光と4代将軍家綱を輔佐し、幕閣に重きをなした。

 

再来月から全行程走破を計画している「玉川上水」を計画された方だそうです。

 

17日の番組の録画をようやく見ました。

 

羽村堰から、四ッ谷まで飛び飛びで紹介があった。

 

羽村堰

取水口の仕掛けは江戸時代からアイディアを継承して居るようだ。

 

玉川上水の個人宅使用が許可されている田村家

 

小金井辺りの玉川上水

江戸時代にこんな絶妙な計算が出来ていることに驚く!!

 

江戸時代の工事の正確さと早さに驚く!!

四ッ谷の大木戸辺りの絵が興味深い!

上の図は、下の図と同じ位置だそうです。

ここから江戸市中に、地下に埋められた木道を利用して水道が引かれた。

総延長距離は152kmだそうです。

 

素晴らしい江戸時代、素晴らしい保科正之氏!!

 

 

 

 

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20日の歩数は、8,642歩でした。