GAOの隠れ処「ムンダナ」

都内のアマチュアオーケストラでVnとVaを弾いているGAOの、音楽を中心とした関心事についてのあれこれ

まぐろと『桜桃』

2006-09-30 11:35:40 | 日記
昨夜、ひと月余りの激務から解放されて、銀座の鮨屋にてささやかな慰労会となった。
直属の上司「コードネーム0024氏」と部下「下町の素潜り君」に私という面々である。
(このひと月、昼食と夕食は、ほとんどこのメンバーで共にしている・・・)

3人とも野球に明け暮れた少年時代を経験しているため、普段から野球の話題が多い。
乾杯後の常で、このひと月余りの仕事の成果と来月以降の業務展望が話題となったが、
またしても野球の話題に花が咲き、昨夜は、野球マンガやアニメの話で盛り上った。

さて、久しぶりの鮨屋で刺身に酢の物、煮物と、ちょっと贅沢をしたわけだが、
なかでも「まぐろ三昧」という刺身の盛合せには、思わず声をあげてしまった。
当たり前といっちゃあ当たり前なのかもしれないが、美味いのなんのって!!!
大トロなんて脂はのってるし、舌あたりのなめらかさといい、適度な弾力といい、
もう、これはまさに食感という言葉で表現するに足る味わい。
私ら庶民には贅沢極まりない瞬間とも言える


こんなに美味しいものを食していてもいいのだろうか・・・


しばし悦びに浸っていると、ふと「桜桃」が頭をよぎった・・・



そう、
職場やオケ仲間との付き合いでとくに美味しいものを食するとき、
ほとんど反射的に、「桜桃」のことが頭をよぎるのだ。


太宰治の晩年の作品に『桜桃』という短編がある。戦後間もない昭和二十三年の発表。
中学生時代に買い求めた新潮文庫版の「ヴィヨンの妻」に収められている。
「子供より親が大事、と思いたい。」という書き出しは、当時の私にはかなりショックだったが、
そんなことを含めて、この短編で描かれる小説家が強烈な印象となって頭に焼き付いている。

この短編は、話の流れとしては、小説家の家庭の状況と、その妻との夫婦喧嘩が描かれ、
それを機に、執筆道具をもって飲み屋に避難することが描かれている。
(ここでは、小説としての味わいや行間を読み解くことはしない)
そして、その飲み屋でぜいたく品の「桜桃」を口にすることになる。

「桜桃が出た。」
「私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、見た事も無いかも知れない。食べさせたら、よろこぶだろう。父が持って帰ったら、よろこぶだろう。蔓を糸でつないで、首にかけると、桜桃は、珊瑚の首飾りのように見えるだろう。」
小説家はそんなことを考える。

「しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいにつぶやく言葉は、子供よりも親が大事。」
初めてこれを読み終えた時、とにかく辛くて辛くてやりきれない気持になったものだ。
読みながら頭の中に思い描たイメージが、映画のワンシーンのように、
ぼんやりした映像ではあるが、その印象はかなり鮮明に焼きついている。


状況として、鮨屋のまぐろと『桜桃』の話は次元が違うが、
こんな美味しいものを家族の知らないところで自分だけが食している。
平常ではいられないような気持が胸を突いて、どこかへ逃げ出したくなる。
楽しいひと時、シアワセなひと時に、そんなハッとする瞬間がある。
「桜桃」は、そんな酸っぱい記憶である。



・・・・・気がつくと野球マンガの話で盛り上っている。
まぐろが美味い美味いと、3人で上機嫌になっている。
不思議なものだ。


蛇足ながら・・・
鮨屋を出るとき、店内の壁に張り出している「本日のおすすめ」なんぞをながめていて、
「鮪」という字をなんとなく見つめていると、まぐろは「魚」が「有」ると書くことを再発見。
鮨にしても、刺身にしても、まぐろは代表格である。
漢字の造りの本当の意味は知らないが、魚が有るとは恐れ入った。

ひと月ぶりの下り電車

2006-09-30 02:24:49 | 日記
本日9/29は、ひと月ぶりで電車に乗って帰宅した。

それまでの一か月間は、業務繁忙のため、空が白み始める時間に帰宅し、
数時間の睡眠後出勤。
これをひたすら繰り返していたのだ。
しかも、30人近くの同じチームの上司や同僚達全員がである。
今日、その繁忙業務が一段落して、早々に職場を出ることができたのだ。
明日は休日だが、事後処理の雑務を片付けなくてはならない。
それでようやく一息つける。

社会人になった頃は三日三晩徹夜しても頑張れたが、最近はそういう無理はまず利かない。
よほど気が張っていても、二晩完徹すると何かおかしなことになってしまう。
このひと月間、睡眠不足と肉体疲労が、朝寝坊したり、出勤の電車で居眠りして乗越したり、
電話の相手方を勘違いして話を進めたり・・・等々、マンガみたいなドジや失敗を巻き起こした。

10月になれば、そんな状況ともおさらばできると思うと、ホッと一息である。
そんなことで気持が緩んだためか、最後の最後でとどめのドジを踏んだ。
東京駅から千葉行きJR総武快速に乗車。
席に座れたのでウトウトして・・・気がついたら、既に一時間以上経過しているではないか!
なのに、未だ東京駅の隣にある新日本橋駅で停車しているのだ・・・?????
しかも、ホームの位置が逆。

つまりは、ぐっすり寝込んでしまい、千葉まで行って帰ってきたのだった。
かろうじて終電で目的の新小岩駅にたどり着くことができたが、
これが、もっと遅い時間の電車だったら、こりゃ悲惨だわな。

「気楽な稼業」とは言われるが、サラリーマンって本当大変だ。ガチョン!

かめじろう達の旅立ち

2006-09-24 17:09:18 | 日記
秋風の気持ちよい日曜日。久しぶりに佐倉までドライブとなった。
ドライブとはいっても、女房と小学生のチビ2人には佐倉に目的があった。

我が家がよく散策しに出かける佐倉城址公園には、
水面を蓮が埋め尽くしている「姥が池」という池があって、
その昔、蛙の鳴き声がにぎやかで二手に分かれて合戦が行われたそうな。
蛙の他にも鯉や亀が沢山住んでいるし、池の周りにも蝶やとんぼが舞っている。
子供達には格好の遊び場で、いつ訪れても池の生き物に歓喜するにぎやかな声がする。

この池に、我が家の水槽が窮屈になったミドリガメの三兄弟を放そうというのである。
丁度、大中小と三拍子揃った彼らを、私は「かめじろう達」と呼んでいた。
どのカメがかめじろうなのかよくわからないが、家族は皆そう呼んでいた。

実は、彼らの旅立ちに際しては、チビ2人が多少の感傷を持つのではないか?
別れの様子を見守る女房と私が思わずジ~ンとするようなドラマがあるのでは?
ひと昔のまえの子供と動物のふれあい映画(文部省推薦)の一場面を思った。
新しい環境ですぐに周囲に馴染めるだろうか?
いままではエサを与えてもらっていたが、これから自然界で食っていけるのか?
大人なりに、人並みの心配は起こってくる。

が、次男が水槽から彼らを池に入れてやる光景は随分あっさりしたものだった。
それは「別れ」というよりは、「作業」であった。
しかも、池を泳ぎ始めた彼らの行方をいつまでも追うわけでもなく、
ちょっとすると、とんぼや蝶を負い回し、バッタやカマキリをつまみ上げ、
空になった水槽は、たちまち虫かごとなってしまった。
結構ドライだな・・・。
いや、実のところ、それなりの感傷もあったのかもしれないが、
子供なりに現実を受け入れて、割り切っているのかもしれない・・・。
大人のほうが情けなかったりするのかも。


我が家のチビどもは、常に前に向かって未来に向かって動いているようだ。
北に向かって走ったはずが、気がつけば東に向かっていたり、
転んだかと思ったら、頭上高く飛び上がっていたりする。
面白い生命体だ。


ところで、かめじろう達との別れを一番に惜しんでいたのは
彼らに一番手をかけた女房のようだった。

お~い、かめじろう達。達者で暮らせよ!

My Favorite Things

2006-09-24 07:28:11 | 日記
ご存知、ミュージカルの名作「サウンド・オブ・ミュージック」の名曲で
マリアがトラップ家を訪れた晩、雷を怖がる子供達を元気付けるために
好きな事を考えようと歌う曲が、この「私のお気に入り」だ。
私のお気に入りの曲でもある。

この曲、JR東海か西日本のどっちだったか忘れたが、
CM「三都物語」でも流れていて、それだけであのCMが好きだったな・・・。

この曲を初めて聴いた(認知した)のは、
中学生の頃FMでJ.コルトレーンの演奏で聴いたときだった。
あまりの印象に、それから数か月はメロディーがずーっと頭から離れないで、
何をしていても口ずさんでいたっけ…。
その後、高校生になって映画「サウンド・オブ・ミュージック」を観たとき、
さらに強烈に私のお気に入りになったのだ。


ちょっと前置きが長くなったか。
夕べ、末娘が「お父さんが欲しいものってどんなもの?」と聞く。
(ん?何を聞くのやら・・・。もしかして何か欲しい物があるのかな?)
「う~ん、そうだな、ヴァイオリンとかチェロとかいろいろあるな。」
「えーっ!もっと違うものないの?
「そうだな・・・じゃ、大きな本棚のある書斎とか、広いお家とか・・・」
「なんか大きなものばっかりっ。
「じゃ、小さな夢をかなえるとか、小さなことでもこだわって生きるとか・・・」
「はぁ~…、なに言ってんのよっ!わけわかんないっ。
そしてあきれた顔して自分の部屋に戻っていた。

その後、そろそろ寝ようかなと思っていたら、
再び娘の登場である。それも、なにやらキラキラする袋を握っている。

「はいっ、これ。」
袋についているメッセージカードには
「お父さんおたんじょうびおめでとう

娘はニンマリして「昨日も帰りが遅かったでしょ。」
(あ~っ!そういうことだったのか!・・・しばし絶句。)

すぐに言葉がでなかったが「ありがと」と顔をなでてあげると、
満足げな顔してスキップしながら自分の部屋に戻っていった。
なんかグッときちゃたな。


こどものこんな気持が「私のお気に入り」
寝床に入っても、しばらくコルトレーンの演奏がよみがえってきて、
夕べはそんなことで、しばらく眠れなかった。

秋の歌

2006-09-24 00:00:41 | 音楽日記
秋の日の ヰ゛オロンの 
ためいきの 身にしみて
うら悲し。

鐘のおとに 胸ふたぎ
色かへて 涙ぐむ
過ぎし日の おもひでや。

げにわれは うらぶれて
ここかしこ さだめなく
とび散らふ 落葉かな。 《「落葉」上田敏訳》

これは、ヴェルレーヌの「秋の歌(落葉)(Chanson d'automne)」という詩で、
処女詩集『サチュルニアン詩集(Poèmes saturniens)』に所収されている。
日本では、上田敏の訳詩集『海潮音』に「落葉」という名訳で紹介されており、
この“秋の日のヴィオロンの・・・”というフレーズであまりに有名。
我が家には、新潮文庫版の堀口大學訳があるが、題は「秋の歌」となっていて、
その訳詩も上田敏の訳とは趣が異なっている。

秋風の ヴィオロンの
節ながき啜り泣き
もの憂きかなしみに
わがこころ 傷つくる。

時の鐘 鳴りも出づれば、
せつなくも胸せまり、
思ひぞ出づる 来し方に
涙は湧く。

落葉ならね 身をばやる
われも、
かなたこなた 吹きまくれ
逆風(さかかぜ)よ。    《「秋の歌」堀口大學訳》

詩の出だしが、上田敏が“秋の日の”、堀口大學が“秋風の”と訳していて、
この違いについて、新潮文庫版では次のように解説されている。
「原作の字面は単に“秋のヴィオロンの”となっており、日も風も入ってはいない。
十年ほど前まで僕も“秋のヴィオロンの”として安心していたが、
ふとこのヴィオロンは秋風の音だと気づいた時から、風の一字を加えることにした。
これで最後の連の「逆風(さかかぜ)」とのつながりも妥当性を増すことになる。」


詩の味わいって、ホントに語感だな~などと思う秋の日の午後。
上手く言えないが、言葉とイメージが視覚的に響き合うって感じかな・・・。

さてさて、前置きが随分長くなってしまった。
今日秋分の日は、台風14号の影響もあってか風が強かったのだが、
妙に秋を感じた午後だった。

陽が傾いて長くなった影と、そこここにできた陽だまり。
セピア色に染まっていく周囲の建物から、視線を見上げた空の遠いこと。
すっかり秋になってきたことを語りかけてくるようだった。
まだ青いながら風に舞った木の葉が視界に入ってきたとき、
ふと、上田敏の名訳“秋の日のヴィオロンの”が口をついてでてきた。

かくして、時間が止まったような錯覚のなか感傷的な気分になると、
今度はあるメロディーが流れてきた。

ショーソンの「ピアノ、ヴァイオリンと弦楽四重奏の為の協奏曲ニ長調Op.21」だ。
この曲の2楽章「シシリエンヌ(Sicilienne)」は、もう美しいというだけではない。
決してかなわぬ憧憬のようなイメージがあって、秋の日のヴィオロンと重なるのだ。

ほんの瞬間だったが、ヴェルレーヌ(というか上田敏)とショーソンがやさしく包んでくれた。
そんな午後だった。

BeethovenのVnソナタ全集

2006-09-22 23:03:17 | 音楽日記
夕べ寝入る前か、今朝方夢うつつ状態のときか、どちらだったか定かでないが、
BeethovenのVnソナタのCD全集を、パールマン(Vn)&アシュケナージ(Pf)の
コンビで録音しているものが欲しい…と、女房が話していたような気がする。
どういう話をしたのかよく覚えていないが、この録音が『レコ芸』で推薦盤だった頃の
レコードジャケットのイメージが出勤前から頭に浮かんで離れない。
パールマンとアシュケナージの並んだ顔がジャケットにでかでかと写っている。
(あれっ?二人の全集はレコード・アカデミー賞を獲ったんだっけ?)

我が家には、オイストラフ&オボーリン盤、ムッター&オーキース盤の2種の全集があり、
他に『春』と『クロイツェル』のカップリングで、いろいろな演奏家のCDがある。

オイストラフ盤は、学生時代から20年越しで欲しいと思っていたものを、
山●●筰先生のもとでレッスンを始めた女房が、先生が尊敬する演奏家と聞き、
なにがなんでもオイストラフ!…ってなキッカケで買い求めたものである。
オイストラフは、とにかく演奏上の無駄な動きがなく、背筋が伸びて凛としている。
その不動の演奏姿は、いつみても惚れ惚れとする。まさに“King of Violin”

今回は、パールマンのヴァイオリン演奏というよりはむしろピアノらしい。
ヴァイオリンを演奏する立場から、アシュケナージのピアノに注目し、
その間合いといい、絶妙な歌いまわしといい、ぜひ一聴すべきだと言われたよう。
現代の巨匠となったパールマンだってものすごい演奏をするけれど、
山●先生には、今やN響の音楽監督としてタクトを持つアシュケナージの音楽に
より魅力的な何かが聴こえたのであろう。

かくして、パールマン&アシュケナージ盤が我が家のコレクションに仲間入り。

最近の我が家のCDはこんな感じで増殖している。

深夜うどんの「五右衛門」

2006-09-22 03:25:38 | 食べあるき
昨日の昼食は、並木通りの「さか田」でざるを食したが、
そのことを書いていて、急に高松の「五右衛門」が恋しくなった。

とにかく深夜のどんな時間に入っても、絶品の麺が出てくる。
こののどごしっ!もう最高っ。
ちょっと勢いに乗ってかなりハシゴしてフラフラになっていても、
「五右衛門」のざるでしめると、不思議とシャキッとするのである。
今から思えば「五右衛門」一軒あるだけでシアワセだった・・・。


ところで、昨日、「さか田」から職場に戻ると
直属の上司で同郷の先輩でもあるコードネーム0024氏が、
「なに食うてきたんや。」と聞くので、
「久々にさか田です。」と答えると、
「おまえ、うどん行くんやったら、言え~や。」と不機嫌になった。
「じゃ、今度一緒に行きましょう。」と、すぐにご機嫌取りモード。
「どうせやったら、夜やの。」
「あっ、いいっすね~。じゃ、おでんと冷酒でかるーくっ。」
「来週あたり、サッサと仕事終わして行こか。」
「えっ?大丈夫っすかね。さか田は確か22時までじゃ・・・」
「はよ終わせばええんじゃ。」
「ほやけど26日は組閣もあるし・・・」
「っんなもん、関係ーあるかっ!」
「五右衛門みたいな店があったらいいっすけどね。」
「そやの。」

ところで、コードネーム0024氏によれば、
「五右衛門」の真髄は「カレーうどん」にあるという。
あの名著『恐るべきさぬきうどん』でもこの点を特筆している。
しかし、あろうことか!
2年間の高松生活で、幾度となく「五右衛門」で食しておきながら
GAOはカレーうどんだけは一度も食べたことがないっ。
うどんにカレーをかけるなんざ、しょせん邪道と考えていて、
見向きしようとすら思わなかったが・・・。

なんと「五右衛門」のカレーうどんは首都圏に進出しているという。
横浜のカレーミュージアムで、カレーうどんを出しているというのだ。
こうまで言われると、一度、横浜に行かんといかんな。
帰省したときに高松に寄るか、横浜に行くか、どっちが早いか。
いずれにしても、カレーうどん食ってみんとな。

うどんの「さか田」

2006-09-21 01:42:11 | 食べあるき
香川県出身のGAOはうどんが好きっ。
(とはいっても生まれたのは東京都国分寺市ではある…)

今日は、職場の同僚ツル氏とともに並木通りの「さか田」で昼食。
しばらくうどんらしいうどんを食べていなかったので禁断症状がでて、
ツル氏に声をかけて職場から飛び出したのである。

このお店、東京は有楽町なんぞにあるのに
空前のうどんブームを巻き起こした名著『恐るべきさぬきうどん』で
香川県内の名立たるうどん屋と肩を並べて紹介されている。
ここの麺は、艶やかでコシがあるし、そのまま飲み込んでも美味しいので
長らくさぬきうどんを食してきたGAOには当たり前のうどんなのだが、
「どうして?」と思うぐらい、この東京では滅多にお目にかかれない。
この辺りでは、「さか田」のように普通のさぬきうどんを出す店は少ない。
そんなわけで、お値段は銀座価格だけれども、ちょくちょく食べに来ている。

本日は、GAOが「ざる」、ツル氏が「ぶっかけ(ひや)」。
共に大盛りっ。
先日のカラフトマスの話や映画「UDON」の話題で盛り上がりながら
あっという間に平らげてしまったが、ちょっと失敗した。
実は、「さか田」では「ぶっかけ」か「やまかけ」を食べることが多いのだが、
今日は魔がさして「ざる」を注文してしまったのである。
GAOは基本的に「ざる」が好きなのだが、だしは「いりこ」がベーシック。
ところがわけあって、ここのだしには「いりこ」を使っていないのだ。
(そのへんの事情は『恐るべきさぬきうどん』を読んでみてね。)
今日は久しぶりに来たのと、ツル氏との話題が盛り上がっていたことで
ついつい何の思慮もなく「ざる」を頼んでしまった。
その結果、「さか田」にしてちょっと違和感の残る昼食となってしまった。
あーっ!もったいないことをしてしまった。
ツル氏が「ぶっかけ」頼んだときに気付くべきだった…。
ルンルンでやってきたのに、ちょっと悔いの残る昼食だった。
また来るしかないな…。

でも、こんな話、所詮はGAOの好みだけの話。
「さか田」は基本的にどのメニューも美味しいとの評判である。

ちなみに、夜はお酒も呑める。
じゃこ天とおでんなんぞを肴にグイッと呑んで良い気分になり、
最後はうどんでしめる。

…そういえば、上京する前に住んでいた高松では、
あちこち飲み歩いたら、最後はうどんでしめるのが常だった。
「五右衛門」か「鶴丸」に寄って「ざる」か「やまかけ」を好んで食べた。
加えておでんを2品とビール1本って感じかな・・・。

我が家の近所にも気軽に立ち寄れる美味しいうどん屋があれば良いのに・・・

【メモ】
『さか田』:中央区銀座1-5-13 仰秀ビル2F(TEL 03-3563-7400)
 ○営業時間/11:30-15:00、17:00-22:00/日祭定休日、土曜は昼のみ営業

チェンバロがやって来た

2006-09-19 00:08:03 | 音楽日記
この3連休、初日は一日中寝入って夜になってから家族と土手を走ったり、
昨日は、日テレの番組「波瀾万丈」でジャズ・ヴァイオリニスト寺井尚子さん
(彼女は私より1つ年下だったんだ・・・)のサクセスストーリーを観て、その後
出勤してミーティング(休日出勤だったけど仕事としては面白かった)したり、
今日は、女房がチェンバロ・レッスンを受けるのを見学して刺激を受けたり、
結構いろいろなことがあった。
クライマックスは、雨がやんで真っ赤な夕焼けが演出するなか訪れた。


なんと、我が家にチェンバロがやって来た!!!


午前中のチェンバロ・レッスンのあと、先生から別室に案内されて
「この楽器でどうかしら?」と楽器を見せていただいた。
そう、女房が先生からご指南を仰ぐことを決めたとき、
いくつかお持ちの楽器から適当なものをお貸しいただく話もできていた。
勿論、どこにでもあるわけじゃない楽器なので有償でのレンタルである。
「今使っている楽器とは雲泥の差があるんだけれど・・・」などとおっしゃるが、
留学してチェンバロを学んでいた頃の恩師から譲ってもらった楽器とのこと。
そんな想い出の大切なものをお借りしても良いのだろうか・・・?

・・・身に余るような待遇ではないか!
嬉しいような、畏れ多いような・・・ちょっと、複雑な心境。

でも、やって来た。

私は未だチェンバロのことをよく知らないが、
先生によれば、この楽器は『フレミッシュ』と呼ばれるタイプらしい。
フレミッシュ・チェンバロとは、16世紀から18世紀までに、フランドル地方
(現在のベルギー、オランダ)で製作されたチェンバロのことを言うらしい。
音楽辞典によれば、さらに、初期フレミッシュ(16世紀~17世紀)と、
後期フレミッシュ(18世紀)に分けて呼ぶこともあるとのこと。
他にもいろいろなことが解説されているが、
要は、ヨーロッパにあるいろいろなタイプのひとつということらしい。
フレミッシュ・チェンバロは、アルプス以北の広葉樹を基本的な材料としていて、
やや重構造の楽器で、音色も重厚、音の延びも長いとのこと。
確かに、楽器を運び込むとき「この楽器は見た目のわりに重いんです。」と、
楽器職人さんが額に汗しながら語っていた。
この楽器のこと、これから勉強してみよう。


ところで、実のところ、チェンバロがやって来て一番喜んでいるのは、
女房というより私なのかもしれない。
鍵盤楽器なんてやったこともないので、チェンバロを弾けるわけはないが、
来週から、このチェンバロの調弦にチャレンジしたり、あちこち眺め回して、
職人気分でいろいろといじってみようと思う。

いずれ、女房に伴奏してもらって、J.S.Bachの名作であり私の憧れでもある
『ヴァイオリンとチェンバロのためのソナタ第4番ハ短調BWV1017』を弾く。
その夢の実現に向けて、今日、その第一歩を踏み出した!
ん~っ!感激~ぃ!

チェンバロ・レッスンを見学した

2006-09-18 17:18:37 | 音楽日記
今年の春先、女房があるチェンバロ奏者のサロンコンサートに出かけた。
コンサートの後、お客様も自由に楽器を弾いてくださいなということを聞いて、
チェンバロの先生やお客様がお茶でくつろいでいる前で、不敵にも、
J.S.Bachの「ゴールドベルグ変奏曲」のテーマなんぞを弾いたそうな。
たちまち、周囲の注目を浴びてしまい、そんなことがきっかけとなったのか、
先生にチェンバロのご指南をいただくことになった。
先生の演奏を聴いて、その音楽と人間性に一目(聴き)惚れぼれしたらしい。
もともとチェンバロの音色が大好きで、よくバッハなんぞ弾いていたし、
常日頃「本物の楽器が欲しい・・・」などと贅沢なことを言っていたので、
先生からレッスンを受ける話は、あっという間に決まったようだ。
(・・・というか、無理矢理お願いし倒したんじゃないかしらん?)
女房はすぐにでも・・・と思っていたらしいが、先生の演奏活動のご都合などで、
8月以降、秋くらいからスタートということだったらしい。


・・・ってなことで、本日午前、ようやくレッスン初日となった。
以前から興味津々な私も、先生のお宅までの運転手を買ってでて、
レッスンの様子を見学することにした。

ゆったりした天井のレッスン室は、サロン・コンサートの会場ともなり
毎回、40~50人程度の聴衆でいっぱいになるという。
天窓から入ってくるひかえめな明かりが、白い壁と木の床をやさしく包み、
特に祭壇があるわけでもないのに、なんとなく小さな礼拝堂にいるような気分。

先生と女房は教師と生徒という以前に、既にお友達になっているので、
挨拶後のおしゃべりがなかなか終わらない。(レッスンやる気あるんかいな?)
・・・と、おもむろにバッハのメヌエットを素材にレッスンが始まる。


レッスンは、というと、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
みたいで、彼女にはちょっと経験したことない類のレッスンだったよう。

 
初回のレッスンは1時間半ほどで終わった。
レッスン室の片隅でずっと見学していた私にもインパクトがあり、
なんだかタダでレッスンを受けたみたいな感じ。
ただ、おっしゃることが音楽への姿勢としてはごく当たり前のことなのに、
即応できないのは、自分の音楽へ基本姿勢がその次元に達していないためで、
先生のレッスンを継続できるか否かは、今後、そのような姿勢で音楽を感じ、
接していくことができるかどうか、その方向に向かえるかどうかだと思った。
(もっとも、レッスンを受けているのは女房ではあるのだが・・・。


私なりに理解したポイントは以下の3点。

①チェンバロは打つのではなく弾く楽器
 (平坦な弾き方はできない。身体と響きの関係をつかむ。)
②自らのイメージなくして音楽なし
 (責任をもって音を出す。音の処理にまで責任を持つ。)
③表現は音の強弱ではなく音価
 (音の意味を考えよう。短三度の処理がポイント?)

こんなふうに文章にしてしまうと何のこともないような話だな・・・。
まあ、レッスンなんてものはその場で体験しなければ意味ないし、
文章で表現できるくらいなら、レッスンなんて必要ないわけだ。
チェンバロのレッスンだったけれど、おっしゃっていることのほとんどが、
すべての楽器演奏や音楽表現につながることだということはわかる。
この先生は本物だなと思った。

今後、女房が先生から何を学びとっていくのか。
・・・楽しみだ。