goo blog サービス終了のお知らせ 

クハ481-103の駅巡り旅のページ

鉄道の旅を楽しみながらJR線全駅踏破を目指しています。

高徳線全駅訪問の旅(その8)

2010-02-03 23:12:57 | 四国地区

三本松駅前には、ぶどう餅の本舗である巴堂が。欲しくなったので中に入りました。



とりあえず、今日のおやつとして5本入り(370円)を購入。(日持ちがしないので、家内の土産にはしません。)「ぶどう」は「武道」のことで、小麦でこし餡を包んだ、いわゆるお茶受けの饅頭です(グレープ果汁は入っておりません!)。


11時3分発の4329D(1506)に乗車し、再び徳島方面へ。



11時10分に引田駅に到着。単行気動車が3つ並びました。昨年(2009年)10月の両数改正により、単行が随分増えた気がします。


 昼間なので駅名標を。



もう1回降りたので、改めて駅舎撮影。窓口営業時間は7:00~9:10、9:40~10:15、15:45~20:15なので、この時間は無人でした。



滞在時間を64分確保したので、引田の町を散策。駅から5分ほど歩くと古い商家の立ち並ぶ町並みに出ます。各家には由来の書かれた案内板があります。


 最初に入ったのはひな人形の蔵。



そして、最大の目的地・讃州井筒屋敷(右側の和風の建物)へ。香川県観光局によるアンケートに答え、母屋へ。障害者手帳を持っていたので、150円で入れました。尚、敷地内には手袋などの専門店がいくつかあります。



母屋内の和室にて。ちょうど、「旧家の屏風と正月展 ~冬のしつらえ~」が行なわれており、各座敷にはかんざしと屏風の組み合わせが見られました。



中には和風庭園が。かんざしの花が風情を出しています。 



別の部屋では酒瓶と醤油差しが。この屋敷は旧井筒屋(旧佐野邸)で、酒と醤油の醸造で栄えました。


 
その後、17年前まで操業していた工場の中の手袋工房へ。東かがわ市は日本一の手袋産地です。この手袋は「世界一長い手袋」としてギネス登録されており、全長は12.5mあります。



その後、12時14分発の4335D(キハ40 2144)で引田の町を後にします。国鉄型車両は非力で1000(1200)・1500形の倍近くの時間で讃岐山脈を越え、12時30分に阿波大宮駅に到着。島式ホーム1面2線の構内です。以前は2面3線だったかもしれません。



駅舎に出る前に駅名標を。阿波大宮駅の駅番号は「T08」。


駅舎に入ると建設会社の作業員が休憩中なので、まずは周辺散策です。


つづく
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高徳線全駅訪問の旅(その7)

2010-02-01 20:43:55 | 四国地区

9時36分に讃岐白鳥駅に到着。交換可能駅で2面2線の構内を有し、両ホームは跨線橋で結ばれています。


 駅舎に出る前に駅名標を。



駅舎に出ました。財産票は「昭和3年9月27日」ですが、近年にリニューアルされています。「きっぷうりば」はありますが、営業時間が6:45~11:15と11:45~12:00で且つ、土休日はやっていません。



待合室の様子。近くの保育園児が作成した2本のクリスマスツリーが季節感を醸し出しています。撮影して間もなく、女性の先客がやってきました。



風がゴウゴウと吹き抜けて寒いですが、46分の滞在時間を利用して白鳥神社に行ってきます。



歩いて10分弱で白鳥神社に到着。四国曼荼羅霊場第7番に指定され、中々格式の高い社殿です。ここで旅の安全を祈願しました。


 裏手には「白鳥の松原」が広がっていました。



松原を抜けると、播磨灘の絶景が広がってきました。向こうに見えるのは小豆島。



折角なので、砂浜に出てみました。そう、白鳥海岸は「日本白砂青松100選」の1つに指定されています。ここでずっと佇んでいたいですが、気が付けばあと16分だ~



何とか10分以内に駅に戻り、10時22分発の4330D(1253)に乗れました。10時25分に三本松駅に到着。東かがわ市の中心駅で、構内は2面3線です。


 改札をくぐる前に駅名標を。



駅舎に出ました。昭和9年3月27築の駅舎ですが、近年にリニューアルされたようで4つの耳をもつ木造駅舎となっています。窓口営業時間は7:00~17:30(休み3回)です。



内部の様子。近くの保育園児が作成した2本のクリスマスツリーが季節感を醸し出しています。奥にはKIOSKがあります。


37分あるので、駅前を散策しましょうか。


つづく
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高徳線全駅訪問の旅(その6)

2010-01-30 00:41:26 | 四国地区

2009年12月19日(土)の朝となりました。6:45に起床。7:00の朝食オープンと共に、おにぎり5個の朝食。歯磨きも済ませ、何とか7:25までにチェックアウトを果たしました。



「青春18」に日付印を入れ、7時32分発の950D(キハ47 1039+キハ47 191)で出発。佐古を出ると吉野川の滔々たる流れを渡り、その先には今回の目的の9駅が。



7時43分に勝瑞駅に到着。交換可能駅で、2面2線の構内を有します。



ホームを下りて通路を渡って駅舎に出ました。昭和32年4月築のの細長い駅舎です。藍住町の中心駅で、大半の「うずしお」が停車します。窓口営業時間は6:50~18:50です(但し、直営駅ではなく委託駅です)。



滞在時間は54分あるので、案内板に誘われるがままに勝瑞城跡に行ってきます。住宅街の中の道を暫く通り、大きな道路に出てすぐに到着。駅からは500mくらい。室町時代には阿波国守護・細川氏、のちに三好氏が本拠としましたが、1582年に廃城となっています。見性寺の境内の一部ですが、三好氏の菩提寺で江戸中期にこちらに移設されています。



こちらは城跡の濠。勝瑞城は四国でも珍しい平城でした。ここで腹が持ちこたえられなくなったので、急ぎ足で駅に戻ります。


 
駅で少し休んだ後、「北高ロード」をそぞろ歩き。スナックが並んでいますが、右側は徳島北高のグラウンド。



出発する前に駅名標を。勝瑞駅の番号は「T03」。8時37分発の4324D(1232)で次なる駅を目指します。



8時54分に板野駅に到着。この駅で折り返す列車も多く、2面3線+保線用側線1本の構内です。


 駅名標です。



跨線橋を渡り、駅舎に出ました。横長の木造駅舎です。駅員が居て切符を販売していますが、みどりの窓口が2009年11月に閉鎖されて指定席特急券の発券が煩雑になりました。尚、窓口営業時間は、7:00~12:00と13:00~15:20です。



22分の滞在ですが、駅前を散策。古くからの市街地で道路が狭いですが、札所が比較的集中する地区で旅館が何軒かあります。尚、駅裏にスーパーがありますが、開店前ということで…。


 
9時16分発の4328D(1245)に乗車し、讃岐山脈を越えました。


つづく


参考サイト  さいきの駅舎訪問

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高徳線全駅訪問の旅(その5)

2010-01-27 00:11:46 | 四国地区


15時58分に丹生駅に到着。交換可能駅で、島式ホーム1面2線です。かつては貨物用側線があったようです。それにしても、ホームが狭いこと。



跨線橋を渡り駅舎に入る前に、駅名標と町並みを。駅裏は長閑な風景です。尚、駅番号は「T13」。



駅舎に出ました。昭和3年9月27日築の木造駅舎ですが、近年になって鉄骨のファザードが付けられました。



駅舎内部の様子。かつては有人駅でしたが、後に無人化されて窓口は塞がれました。その跡には券売機が設けられています。関口知宏氏のポスターが掲げられていますが、果たして効果のほどは…。


滞在時間を31分確保したので、周辺を回ってきます。駅前は閑静な住宅地ですが、県道に出たとたんに賑やかになります。ローソンで金陵カップを購入して戻ります。



だいぶ日が落ちてきましたが、16時29分発の358D(1515+1511)で1駅引き返します。このあたりは、高徳線で海を望める数少ない区間の1つです。



16時33分に鶴羽駅(T14)に到着。交換可能駅でホームは対面式です。つくづく思うのですが、高徳線の小駅のホームは全て狭いです。


「うずしお」の通過を待って外に出ました。鶴羽駅はR11に沿って立地している駅。施設といえば券売機とベンチのみで、駅舎は存在しません。



ここで再び発車時刻表。土休日運休を合わせて、1日に上下それぞれ31本ずつ停車します。



16時46分発の357D(1513+1505+1501)に乗車し、引田駅に向かいます。既に日が落ちる時間帯で、車内はそれなりに混雑。しかも、乗客の大半は高校生。



17時1分に引田駅2番乗り場に終着。御覧のように、2面3線+側線1本の構内を有する駅です。357Dとなった編成は、お客さんを下ろすと、切り離し作業に入りました。



乗り継ぎ時間がしばらくあるので、駅前に出てみました。試しに「1/10sec F6.7」で撮影しましたが、何とかモノになりました。「カフェ カンパーニュ」が併設している木造駅舎です。看板を見ると、引田には古い町並みが存在し観光名所もあるので、何とかして明日また行こう。


17時31分発の4363Dは「1513」の単行。始めは余裕で走行音を録音できましたが、板東あたりからは大混雑に。


18時28分に徳島駅に到着。今夜は東横イン徳島駅前に宿泊。チェックイン後、徳島ラーメンの夕食。今回は「なかむら」に入りました。つくづく思うのですが、徳島ラーメンは豚骨スープにバラ肉と煮卵が基本なのですね。


つづく

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高徳線全駅訪問の旅(その4)

2010-01-24 00:18:20 | 四国地区

駅に戻ると、狭い待合室は藤井学園寒川高生らで埋め尽くされてました。彼らと共に、14時42分発の4344D(1501)で高松方面へ。



14時46分に造田駅に到着。交換可能駅で、対面式ホーム+側線1本の構内です。1,2番乗り場は屋根の無い跨線橋で結ばれています。


 
駅名標です。「T17」といえば「くびき野」を連想してしまうのは私だけでしょうか。



リニューアルこそされていますが、大正14年11月29日築の駅舎が健在です。トイレもまた然り。駅前に児童館があります。



駅舎内部の様子。子供達による手製のクリスマスツリーが季節感を出しています。窓口営業時間は、7:00~11:50(土休日休み)です。


滞在時間は15分ですが、ちょうど小学生の下校時間にぶち当たっているので散策するわけにいきません。15時1分発の349D(1244+1253)で徳島方面に折り返します。この列車は平日のみの運転で、木曜夜に新津を発った最大の理由の1つです。



15時10分に讃岐津田駅に到着。交換可能駅で、構内は2面3線です。



駅名標です。「神前」にしかナンバリングがありません。



駅前に出ました。リニューアルこそされていますが、大正14年12月19日築の駅舎です。委託ながらも窓口がありますが、営業時間は平日の7:10~11:15、11:15~12:00だけです。



滞在時間を40分確保したので、早速「津田の松原」に行ってきます。まず神社に行けばよかったのですが、海岸を目指して入り込み宿舎(民家?)の敷地に入りこんでしまい、番犬に追っかけられるハプニングも。



松林脇の車道を数分歩いて願い橋を渡り、琴林公園に到着。松林の向こうには青い空と青い海が広がっており、四国を旅してよかったなと感じました。新潟は大雪だったそうですが。それはともかく、この砂浜は「日本の渚100選」に選ばれており、夏になると大勢の海水浴客で賑わうそうです。



琴林公園から駅に戻る途中、ロケット弾の形の忠霊塔に立ち寄りました。太平洋戦争の末期に津田の町を大空襲が襲って多数の死者が出て、その霊を慰めているそうです。


駅に戻ると、上下のホームには多数の高校生。讃岐津田駅は高校を抱える駅の1つで予め予想してはいましたが、かなりやばい雰囲気です。15時50分発の353D(1230+1231)に乗車し、次なる下車駅を目指します。


つづく

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高徳線全駅訪問の旅(その3)

2010-01-21 19:27:52 | 四国地区
先日は衝撃的なレポートをお伝えしましたが、そろそろ四国旅行に戻りましょう。



彼の仕業ダイヤが終わるのと同時に、13時11分発の4343D(1255)にて徳島方面へ向かいます。車内は高校生が多数。


 13時19分にオレンジタウン駅に到着。



駅舎を跨線橋の上から見ています。新興住宅地ですが、魚のイラストが可愛いですね。ひょっとして、クエですか??



いよいよ駅舎撮影。平成10年3月13日築(開業)のコンクリート駅舎です。手前は駐車場(P&R)で、主な顧客はニュータウン周辺の住民と思われます。



駅舎内部の様子。季節柄、窓ガラスにはイルミネーションの電球が多数で、夜には光のページェント(?!)が展開されます。ところで、中には20人以上が座れるようにベンチが設けられてますが、設備といえば券売機とトイレだけ、つまり無人駅です。



構内を見たところ。交換可能駅で、狭い島式ホームの1面2線です。寒波が来ているとはいえ、溜池の奥の山には紅葉が残っています。



駅の調査を終え、周辺散策。陸橋を下りて長行池(幸田池)に向かいます。遍路道(86番札所→87番札所)に当たっており、時折お遍路さんとすれ違いました。この日の香川県はの予報で、雪がちらついてきました。88番札所(大窪寺)は雪が積もっているかな。



14時7分発の345D(1511+1515)に乗車して、次なる下車駅に向かいました。



14時20分に神前駅に到着。ホームは片面1面のみです。


 駅名標です。ホームが狭いですが。



駅舎に出ました。昭和36年1月30日築の、コンパクトな木造の駅舎です。無人駅ですが、券売機も無かったような気がします。



駅から1歩出ると、まるで私が子供の頃にタイムスリップしたような住宅地。大川町と寒川町の境界線だった所で、今ではいずれもさぬき市の一部です。尚、ここから1.4kmの所に春日温泉があります。


つづく
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高徳線全駅訪問の旅(その2)

2010-01-18 19:38:09 | 四国地区

お昼を終えて5分ばかり歩くと、もう八栗口駅に到着。時刻は12時10分。近くにセルフうどん店があったので、ちょっぴり悔しい気分です。



ほどなくして上り列車がやってきました。交換可能駅で対面式ホームの構内ですが、無人駅で駅舎は存在しません。



列車が行った後、一旦外に出ました。「ようこそ源平古戦場へ」の文字とイラストが踊っていることから、近くにゆかりの遺跡があるに違いありません。


 
駅の時刻表です。土休日運休を含め、上下それぞれ1日35本ずつ停車します。


調査を終えた前後に、近くの高松北高から女子高生がやってきました。彼女と共に寒風の吹き抜ける中待ち、12時29分発の4339D(1501)に乗車しました。



12時35分に志度駅(T19)に到着。特急列車に抜かれる普通列車も存在し、2面3線の構内を有します。


志度駅はさぬき市の代表駅で、平成10年3月に橋上駅舎化されています。窓口営業時間は、7:00~18:40(休み2回)です。



まずは南口に出ました。橋上駅舎化に伴い新設されており、ロータリーも整備されています。駅前は住宅地。



続いて北口に出ました。ここだけはバリアフリー設備があります。旧駅舎があった所で、階下に観光案内所が、左手にワーププラザがあります。近くに琴電の志度駅があり、86番札所・志度寺まで700mです。


 ついでに、北口階下の海女の玉取り日記のモニュメント。



プランの制約上、15分滞在しただけで、12時50分発の4336D(キハ40 2148)で1駅折り返します。



12時55分に讃岐牟礼駅に到着。ホーム片面1面のみです。鉄道整備会社の仕業ダイヤに当たってしまいました。



駅名標。両隣にナンバリングがありません。ところで、「礼」のはねの部分にマスコットは何だろう?



例によって駅外観。古高松南駅と同じつくりで、設備は券売機のみです(但し、ジュースの自販機あり)。



R11を挟んだ蓮向かいには、琴電の八栗新道駅。そちらの方が利用が多そうです。


つづく


参考サイト  さいきの駅舎訪問
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高徳線全駅訪問の旅(その1)

2010-01-15 21:58:04 | 四国地区
 引き続きまして、「高徳線全駅訪問の旅」をお伝えします。2009年12月17日夜~20日にかけて行い、行きは「きたぐに」&「のぞみ」、帰りはJAL2251便を利用しました。ただし、「全駅」といってますが、池谷駅は昨年訪問済みなので取り扱いません。


 2009年12月17日は新潟地方が大雪で、列車のダイヤが相当乱れていました。「日本海」、「あけぼの」などが運休の中、「きたぐに」が動くということで予定通り旅立ちました。当該列車の583系B4編成は、23時15分頃に新津駅1番線に入線。6分遅れで発車し、今回もB寝台の上段に入りました。


 一旦目が覚めて時計を見ると2時20分。ほどなくして駅に到着し、駅名を見ると何と「直江津」!強風の影響で柏崎~柿崎で徐行運転したため、90分遅れでの運転とのアナウンス。その後、遅れはやや回復するものの、米原からは通勤・通学時間帯に差し掛かり、京都まで各駅停車の731Mを先行させてノロノロ運転に。狭い寝台で朝食をとりながら打開策を探ります。



山科駅場内信号で「サンダーバード2号」を先行させるなどして10分近く止められ、京都駅には107分遅れの8時3分に到着。新大阪まで付き合ったら高徳線全駅訪問が果たせなくなる可能性が大きいと判断し、ここであえなく「棄権」。ホームには通勤客がズラリ。



急いで自由席特急券を買い足し、8時11分発の「のぞみ1号」(N700系Z31編成)に乗り継ぎます。関西地方はで、定刻9時12分に岡山駅に到着。


 
岡山駅から「青春18」使用開始。9時32分発の「快速マリンライナー17号」(5000系M3編成+223系P6編成)で四国へ渡ります。車両が新しくなってからは初めてです。



およそ7年ぶりの瀬戸大橋からの風景。撮影に悪戦苦闘しながらも瀬戸内海の風景を堪能してきました。



10時25分に高松駅に到着。更に、44分発の4335D(キハ40 2109)に乗り継いで、ようやく高徳線駅巡り開始。尚、この単行のキハ40は、5時間近くかけて牟岐までロングランするそうです。


 11時6分に古高松南駅に到着。



駅名標です。今回の旅でも極力紹介していきます。ちなみに、「T」は「高徳線」を、「22」は「徳島から22駅目」を意味します。



駅全体像。片面ホーム1面と待合所のみの無人駅ですが、券売機はあります。周囲はアパートなどの住宅地ですが、五剣山が借景です。


 国道側から見たところ。



昼食場所を探す関係上、隣駅まで駅間徒歩。歩道のある大きな道路(R11)をトレースしますが、出るとすぐに屋島に圧倒されました。屋島といえば、1999年2月に屋島ケーブルに乗って登ったことがありますが、現在は廃止されており徒歩か車(バスを含む)で登るしかありません。



再び五剣山を望みます。道中は各種店舗があり賑やかです。このあたりの「餃子の王将」での昼食を画策しましたが、グランドオープン前ということで近くの中華料理屋でランチにします。


つづく
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2008年冬の青春18解禁乗り継ぎ(その10)

2009-01-18 16:47:46 | 四国地区
池谷駅で少しブレイクした後、11時25分発の4958D(キハ40 2142)に乗車して終着駅を目指します。教会前~金比羅前間は、「×」があるということで走行音を録音。



11時43分に鳴門駅(N10)に到着しました。昭和45年3月築の、国鉄標準様式の駅舎です。21世紀に入って初めての訪問ですが、1999年の初訪問当時に旅行センターだったと思われる区画は、ペットショップ・きゃんでぃーになっています。鳴門線で唯一の有人駅で、窓口営業時間は、確か7:00~19:00だったかと思います。


  駅横のモニュメント。渦潮と扇子だと思われます。


駅舎調査後、サンクスにて買出し。Tポイント貯め忘れました~。尚、道路を渡ると、どさん子ラーメンがありますが、ゆっくりする時間はありません。



申し遅れましたが、鳴門駅の構内は行き止まり式の1面2線で、駅舎とは構内踏切で結ばれています。



鳴門駅の訪問は折り返し時間のみで、12時1分発の4963D(キハ40 2142)で引き返します。阿波大谷駅(N05)までの15分間を利用して、サンクスで購入した中華弁当でお昼にしました。



阿波大谷駅は片面ホーム1面のみの駅で、ホーム上にしか駅名を表現するものがありません。「猟師の墓」と「猿の墓」(いずれも古墳)は、其々北方4kmのところにあります。



29分の滞在時間を利用して北方に向けて散策すると、焼酎の酒蔵のような建物を見付けました。が、実は大谷焼の窯元なのです。


12時45分発の4960D(キハ40 2142)に乗車して鳴門線最後(2008年最後)の未乗降駅へ。



12時57分に撫養駅(N09)に到着。この駅が最寄り駅という高校があり、昭和50年3月築の待合室を有する駅です。(駅自体は無人です。)この駅の調査を終えれば、鳴門線全駅下車達成です。



駅前道路をまっすぐ行けば、事代主神社にぶち当たります。ここにて徳島線&鳴門線の全駅訪問達成へのお礼参り。



14分の滞在時間はあっという間に過ぎ去り、この片面ホームに入線した4965Dに乗車して徳島駅に戻りました。そういえば、撫養駅の駅名板にはナンバリングがありません。



13時45分に徳島駅に到着。この並びを撮影して、バスに乗るべく改札口を出ました。



14時30分発の高速バス・エディー号(徳島22き459)に乗車して、いよいよ四国とお別れです。松茂、鳴門北で其々6,7人乗せて、15時頃に大鳴門橋を通過して渦潮を眺めた後に、淡路島を40分かけてノンストップで縦断し、15時50分前後に明石海峡大橋(写真)を渡って本州に入りました。平日の昼下がりにもかかわらず6~7割の入りで、高速バスが徳島と関西を結ぶ、最も重要な交通機関だと認識しました。


三宮駅前には定刻よりも13分早い16時7分に到着し、16時25分発の798T(221系A5編成)にて大阪に出た後、阪急宝塚線と大阪高速鉄道を乗り継いで伊丹空港へ。ピザセットで打ち上げした後、JL2251便に搭乗して新潟に帰還しました。レジスタは、7月の姫新線全駅訪問達成の時と同じJA8066でした。


2008年冬の青春18解禁乗り継ぎ   おわり
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2008年冬の青春18解禁乗り継ぎ(その9)

2009-01-14 00:00:10 | 四国地区
2008年12月15日(月)の朝となりました。7:00に目覚ましをかけたものの2度寝してしまい、実際に起きたのは8:24。急いで身支度を終え、10分以内で朝食をとり、即チェックアウト。8時45分頃に徳島駅に到着したので、鳴門線全駅下車を実行に移します。


これから乗る、8時57分発の954Dは牟岐からの直通列車で、徳島駅には8時58分頃に入線しました。キハ47 1085+キハ40 2148の2両編成で、2分遅れて徳島を発車しました。佐古を出てから、この旅で初めて吉野川鉄橋を渡ります。



9時16分頃に池谷駅(N04 T04)に到着。ここで17分ほど停車します。正午前の再訪時には逆光が見込まれるので、今のうちに撮影しておきます。この時間は駅員が居ました。


定刻9時33分に池谷駅を発車し、いよいよ鳴門線駅巡りの開始です。



9時43分に教会前駅(N07)に到着。鳴門線最初の下車駅とします。駅舎というものがなく、駅前広場は自転車の海です。



駅前通りをまっすぐ行くと、天理教撫養教会にぶち当たります。近くにはバス停もあり、そちらの利用客も多いようです。



申し遅れましたが、教会前駅は片面ホーム1面のみで、鳴門テクノスクールが駅裏にあります。この高齢者と共に10時4分発の959D(キハ40 2148+キハ47 1085)に乗車して池谷方面へ。



3分間乗車しただけで、立道駅(N06)に足を記します。JR四国のどこかの路線ではポピュラーな形の無人駅です。もともとトイレがありましたが、現在は使用停止となっています。


 この駅も片面ホームのみです。


立道駅周辺も昔ながらの住宅地です。唯一のアクセントはオオツカファームへの案内板ですが、時間内には行けそうもないので素直に駅に戻り、10時22分発の956D(キハ47 1503+キハ47 144)にて鳴門方面に折り返しました。



10時28分に金比羅前駅(N08)に到着。駅舎というものがなく、駅前は自転車の海です。駅裏は工場で、線路を越えるのもはばかれます。


 3駅連続で片面ホームのみです。



駅前通りをまっすぐ行くと、真言宗の寺である高野山・長谷寺(駅寺)に突き当たります。これは、四国曼荼羅霊場第2番でもあります。この寺から右に行くと、金刀比羅神社への入口がありますが、寝坊したために時間が取れず、今回は断念します。



わずか20分の滞在時間で961D(キハ47 144+キハ47 1503)に乗車して池谷駅に舞い戻りました。構内は、高徳線と鳴門線で其々1面2線ずつで、駅舎との間に中庭があります。この時間帯は無人駅でした。


つづく
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブログランキング