一年前の今日は、ここにいた。
横浜市みなとみらいだ。
赤レンガ倉庫近くで、港の一角に、工作船資料館がある。
中に、大きな工作船が置かれていた。
工作船事件の概要を淡々と表示し、遺留品を展示している。
一方、赤レンガ倉庫前では、クリスマスの催し用施設や飾り付けの準備が進められていた。
平和は尊い。
一年前の今日は、ここにいた。
横浜市みなとみらいだ。
赤レンガ倉庫近くで、港の一角に、工作船資料館がある。
中に、大きな工作船が置かれていた。
工作船事件の概要を淡々と表示し、遺留品を展示している。
一方、赤レンガ倉庫前では、クリスマスの催し用施設や飾り付けの準備が進められていた。
平和は尊い。
7年前のまちかど。
震災のあった2011年の今日(11月16日)の風景。
東北大学を囲む木々が色づいていた。
(2011年11月16日 仙台市青葉区 片平と米ケ袋の間の通りにて)
夏の土用の丑の日、今年は文月二十日が一の丑。
葉月の初日は二の丑。
さて、うなぎの匂いで思い浮かぶ景色。
仙台の一番町商店街の中にある、いろは横丁の思い出。
先代が店に立っていた数年前まで、稲毛屋はうなぎをさばいて串焼きを売っていた。
今は、娘さんが鳥料理で店を継いでいるが、うなぎは先代でお終い。
写真は、2013年の様子。
先代の頃は、時々、山鳥の羽が店先に飾ってあって、目を引いたものだった。
さらに、この店から奥の斜め向かい辺りに、うなぎの名店がある。
戦前は一番町4丁目にあったという明ぼ乃。
空襲にあい、戦後は今のいろは横丁に店を出す。
昔から井戸があるいろは横丁。
明ぼ乃では、今もその地下水を、うなぎのいけすに使っているという。
ご厚意で公開された皇居乾通りをゆるゆる歩く。
(2017‐12‐6:宮内庁庁舎脇)
(2017‐12‐6:坂下門)
もう冬だというのに、まだ秋の景色広がる東京。
皇居の木々も、日に照らされて、赤や黄色の葉を輝かせる。
(2017‐12‐6:局門脇)
皇居では時々、除草や清掃をする勤労奉仕が行われるが、その始まりは東北人によるものだった。
昭和20年5月の空襲で、東京駅は外観が残ったものの、屋根と内部は焼失。
この時、皇居も被災し、一部(当時のお住まい)を焼失している。
終戦から間もなく、昭和20年12月に、市民から申し出があって片づけが始まった。
その市民が、宮城県栗原郡の有志であった。
(参考:宮内庁『皇居勤労奉仕のご案内』/河北新報2017年2月18日『両陛下の思いに感謝し勤労奉仕』)
(2017‐12‐6:道灌濠)
フユザクラやツバキも美しく彩る皇居乾通り。
普段は通れぬ道を歩き、初めての景色を見る。
(2017‐12‐6:西桔橋にしはねばし)
穏やかな場所である。
きっと、様々な方々の、思いやりの空気が流れているからだろう。
(2017‐12‐6:乾門近く)
(2012‐12‐6:乾門)
霜月の28と29と、二日続けて見つけた雪虫。
驚いた。
仙台では時々見かけたが、関東に来ても出会うとは。
28日は旧古川庭園近くで、29日は川口市をゆるゆる歩いている時に遭遇。
両日とも小春日和であった。
そのため、雪虫が命を繋ぐために引越そうと、飛び立つにふさわしい日であったろう。
雪虫が飛ぶと雪が降ると言われる。
そこで、民間気象情報会社が、北海道で雪虫の発生から初雪が降るまで幾日かかるか調査したことがある。
結果は、1週間から2週間程で降った地区と、3~4週間かかった地区があった。
(参考:株式会社ウェザーニューズ『雪虫大作戦』)
さて、関東ではどうだろうか。
雪虫を見た霜月の末から、数週間で雪が降るだろうか。
雪が降らぬまでも、師走の中頃にはぐんと冷える日があるかもしれぬ。
寒さが来るよと、雪虫は教えてくれた気がする。