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コダワリの女のひとりごと

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『近江路・仏女旅紀行 5 』 いざ!彦根城 天守閣へ

2011-10-12 | 旅 滋賀県

彦根城を攻めずに彦根は語れない!と埋木舎の後は彦根城攻めです。

国宝四城のひとつ、彦根に行って彦根城を攻めずには帰れない!

いろは松から彦根城の天守閣への入り口までもかなり距離がありました。

彦根は碁盤の目ではないので近くに見えても遠いのだということをシミジミと実感いたしました。

トコトコ彦根駅から歩いて、琵琶湖八景 月明 彦根の古城の石碑まで駅から20分くらいはある感覚。

さらに天守閣へ行くまでまだまだ距離があります。

頑張れ私!気合だ!

これはガイドブックに記載されていた時間よりかかるのかも。と、心が焦ります。

★天秤櫓(重要文化財)

 

ヨーロッパの多くの古城や日本の古城も制覇しているけれど、久々に難易度の高い行程かも?

モンサンミッシェルやノイシュバンシュタインもかなり難易度の高い場所にありましたが、彦根城はそいういう意味でも世界レベルかと思います。

やっと天守閣への入り口門が見えました。

★太鼓門櫓および続橋(重要文化財)

 

ここまできたら天守閣の入り口!NON NON!甘かった。。。

さらに階段をドンどこドンどこ進み、途中、男子高校生の修学旅行の団体に遭遇。

昔のお姉さんだって負けるもんか!ここでムキになって高校生を追い抜きます。

★国宝彦根城

交通や戦略上の要衝であった彦根の地は様々な、時の有力者が治めていたそうです。慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦で徳川家康率いる東軍が勝利すると、石田三成に替わり、徳川四天王の一人・井伊直政が佐和山城主となり、佐和山城彦根藩の基礎が築かれました。

父の遺志を受け継いだ長男:井伊直勝(?)が慶長八年(1603)に金亀山に築城を開始、大津より移築した三重三階の天守は、現存十二天守のひとつで国宝となっています。

彦根は江戸時代を通じ、徳川幕府の重責を担う、譜代大名筆頭・彦根藩井伊家の城下町として栄え、その居城であった彦根城は、その後も気高い雄姿を誇り続け、平成19年(2007年)に彦根城築城400年を迎えました。

そのとき誕生したのが、ゆるキャラの代表格、ひこにゃんなのです。

 

★天守建築での国宝⇒彦根城・姫路城・松本城・犬山城。

私がまだ攻めてないのは犬山城のみとなりました。

 

琵琶湖がやっと見えました。

ばんざーい!ここで喜ぶのはまだ早い。。。

天守閣に入ると、今度は階段を3つほど上がります。

60度超える急斜面。スキーだったら自殺行為になりそうな急な階段を手すりにつかまりながら滑らないように上ります。

「引き違い板戸の中は千鳥破風の屋根裏を利用して一室設けられて二個の隠狭間がつけられてあります」

彦根城の天守閣には忍者屋敷のような仕組みもあるのですね。

彦根城の天守閣に上がるだけてこんなに大変なのに、攻め落とすなんて至難の業だわ~~~~。

 

 

大老 井伊直弼さんです。

天守閣から望む、彦根や滋賀県の風景に癒されます。

ここまで頑張って上がって来てよかった!感動です。

彦根城の天守閣までの道のりは激しく険しいものでしたので、その達成感もスゴイ!

 

 

 

しかし・・・まだまだ試練は残っておりました。

 

行きも怖いは帰りも怖い。。。

彦根城を陥落させようなど無理!

天守閣で自分を歓楽するので精一杯でした。

★二の丸佐和口多聞櫓(重要文化財)

お城を攻めた後は、彦根城歴史博物館でひこにゃんに会う予定が、全然違う方向に下りてしまい、またまた苦難の彦根城散策が始まりました。

 

『近江路・仏女旅紀行』ツアーまだつづく

 

滋賀県観光情報ホームページ   http://www.biwako-visitors.jp/

 

近江路・仏女旅紀行  目次 コチラもチェック

 

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