風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

池上文化センターまつり

2018年11月10日 | 詩吟
吟詠池上サークル吟詠発表会にメンバーとして参加させていただきました。

新人さんが入ったら、もう行かないと言いながら、結局、文化祭のプログラムにも参加してしまうほど、教場のゲストになり切っています。

頂いた吟題は、最後まで手こずりました。
これは何なのだ!
わたしのどこがわるいんだ!と、叫びながら、手を変え品を変え、戦ってきました。

漢詩一題200吟と簡単に言うけれど、連続吟詠をする気になり、しても良い吟詠になるまでは、簡単には行きません。

どうしてこうも寄せ付けて暮れないんだろうと、考える。

こんなに、てなづいてくれない吟題は今までありませんでした。

そして、やっとのことで気が付いたのです。
今まで、何かの形で、吟詠してきた漢詩には、たっぷりと、貯金があったと言うことです。

だから、数回の練習で、滑らかにほぼ満足の行く吟詠ができていました。

今回の吟題は、去年初めてテキストを手にして、吟じ込んでいないのです。
まさに、貯金の無い状態で、自転車操業で、吟詠をせねばなりません。

だから、吟じても吟じても、馴染んでこない。まだ、まだと拒否されて、「おとといおいで」と、突き放される。

今までに、初めて習う吟題に、こんなに手こずることはなかったのに。

なんでだろうと、頭をかしげる。

腕が鈍ったか、完成度のレベルを知らずのうちにあげてしまったか。

たしかに、完成度の高い吟詠をする人が周りにいて、今までの通り一篇のおさらいや、数度の練習では、どうにもならないくらいハイレベルになってきています。

耳が、育ちすぎて、手の届かないところに居てしまいそうです。
私もまだ、上達したいとの願望が、そうさせたのだなぁ。

うかうかしていて、気が付いたら、置いてけぼりだねぇ。


だからというわけではないが、昨日は、カラオケに行った。

最近、歌謡曲も少し歌えるようになったので、発声練習代わりに、うたをうたい、喉が滑らかになったら、吟詠に取り組む。

明日を控えて、やっとのことで、連続吟詠ができるようになった。

締め切りを控えて、無理やりできるようになったのか、しかるべく時期が来て、しかるべくなったのか。

よくわからないけれど、長い道のりだったねぇ

やっと、吟が流れ始めると、今度は、感情が動きすぎて、泣けてきてしまう。
こんなこと初めて。

本番で、落涙なんてみっともないことはできないから、伴奏を良く聞く方へと気持ちをシフトして、一番望ましい位置で、言葉を言えるように、注意を払う。

はぁーーーー。

あら?3時間の練習で、何が良かったかというと、腰の痛みが無くなったこと。
姿勢を正して、丹田に意識を当てていたら、まず、悪いところは、無くなっていくんだなぁ。


おかげ様で、明日の長旅も、難なくこなせることだろう。


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