ラブラドレッセンスの瞳

暗がりの、猫の瞳の煌めき。
地中深く、眠る石の輝き。

別れ 2

2010年09月15日 | 父の事全般
ひとしきり2人で泣いた後、母だけでも父の死に際に間に合ったのか、気になっていたので聞いてみました。


私は間に合わなかったけれど、それは覚悟していたつもりだったけど。

母だけでも間に合っていればいいと思って。


いつものように家の用事を一通り済ませてから病室に来て、いつもの通り意識がなく、呼びかけても反応しない父、苦しそうに時折無呼吸のような状態になる父を側で見ていたそうです。


10:30を過ぎた頃に一度帰ったそうで、

「家に帰って少ししてから病院から呼吸が急に弱くなったって連絡がきてね・・・。
さっきまで何ともなかったでしょ、前の危篤の時の事もあったし、間違いじゃないかと思って半分怪しいと思いながら行ったんだけどね・・・。
着いた時はもう・・・」


「えっ?と思ったよ。
 嘘じゃないかと思った。
 でも、側に行ったら呼吸してないの。
 手を握ったら冷たくなりかけてたの・・・」



母も、いつかはくると思っていたこの時、疲れ果てて待っていたはずのこの時でしたが、やはりショックで、1人父の傍らでわんわん泣いたそうです。





私は、少しでも早く辿り着きたかったけど、その間1人にしてごめんねと、泣きながら謝りました。

こんな事態で1人では、相当辛いでしょう。

母は

「いいの、いいのよ。
 そんなのわかってたし、しょうがないもん」

と許してくれましたが、ずっと父の側にいたのでは、ずっと泣き続けていたのでは?
という事に胸が痛み・・・。


しかし泣いて少しした後看護師さんが来て、父の体を綺麗にしてくれたりするので、病室を離れて待合室にいたそうです。

その間は色々これからの事を考えていたから、泣いてなかったし大丈夫だと。


そんな事を少し話した後、母は死亡診断書を受け取り、そのお金を払うなどの用事の為に、病室を離れました。


さんざんお金を払っているのに、まだお金を取るんですね・・・。





1人病室に残され、何となくいつもと反対の左側から父の側に行きました。

何故だか覚えていませんが、父の肩口のベッドに手をつくと、ビッショリ濡れていました。

その時はそれが何だかわかりませんでしたが、後で母が泣いた跡だと知りました。


私は大声で泣きましたが、ベッドに伏せて泣くという考えが全くなかったので、母は伏せて泣いていたんだと気付きました。


意識した事はなかったのですが、私は斜め上というか空中に向って泣き叫んでいましたね。

ベッドに伏せる方が、一般的かもしれません。





何となくそこは「母の場所」という気がして、いつもの右側に回りこみ、父に最後のお別れを言おうと思いました。


母が側にいると冷静にお別れ出来ない気がしたし、誰かが側で泣くとつられて泣いてしまって言葉が出なくなるので、1人の時がいいと思ったのです。



別段何を言うか用意していた訳ではありませんでした。

でも、今言わないともう機会がないと感じ、顔の上の布を再び取りました。


不謹慎かもしれませんがその時、小学生の頃に誰でもする悪戯を思い出していました。

寝ている家族、友達などの顔に白いハンカチを被せたりしませんでしたか?

私は、母にはした事がないのですが、父には何回かした事があるのを、思い出していました。


父は仕事の都合上夜は早く寝るので、その悪戯をする機会がいつでもあったのです。

子供の頃の誰でも一度はする悪戯なので、今更申し訳ないとか切ないとかは感じませんでしたが、寝ている人が死んだふりをするのと、本当に死んだ人とがこれだけ違うのだという事を、感じていました。





もう動かない父の顔を見て感じるのは、やはり

「これはお父さんじゃない」

でした。


上手く言葉で言い表せない感覚なのですが、物凄く精巧に出来た「人形」のように思えるのです。


おそらく形だけ作った顔色と、硬くなりすぎていない体と、全く動かない状態からそう見えるのだと思います。



本当はお別れを言いたいのに、目の前にあるのは父の抜け殻で、父の残骸で、今まで一緒に過ごしてきた、私の記憶にある「お父さん」ではないのです。



魂がないというのは、命がないというのは、こんなにも違うものなのかと・・・。



ご家族のご遺体を見て、触れた事のある方なら、この気持ちはわかってもらえると思います。






しかし違和感を感じながらも、お別れを言わない訳にはいきません。


今言わなければ後悔するに決まっています。



何と言ったらいいのかわからないまま涙が溢れるばかりで、

どうしてこんな事になってしまったのか、

どうしてあんなに元気だったし死にそうもなかった人が、今こんな抜け殻をここに置いているのか、

どうして生きているうちに、意識のあるうちに言うべき事だったのに、今更になってしまったのか・・・


色々考えながら、ただ泣く事しか出来ませんでした。



意識のあるうちに言えなかったのは、何度も書いている事ですが、死を間近に感じさせたくないという事でした。

父の方から「自分が死んだら・・・」という話をしてくれれば言い出せたかもしれませんが、最後の最後までそういった言葉も態度もありませんでした。


もうやりたい事は特にない、後悔する事もないと言いながら、死ぬ気などなかったのだと思います。


そんな人に死ぬ時の言葉を、投げかける事は出来ません。








ただただ悲しくて何も考えられない私からやっと出た言葉は



「私のお父さんでいてくれて、ありがとう」



でした。




ありきたりで他に何もないですが、もう握る事の出来ない、硬く組まれた父の手の上に手を重ねて、

泣きながらやっと搾り出せた言葉は、

今まで父親らしい事をしてくれた記憶も特にない父に、



最初で最後の感謝の言葉でした。







それからは葬儀社の人と連絡を取り、迎えを待っている間が、何ともいえない時間でした。


あまり泣くばかりでも母が心配するし、1番泣きたいのは母だろうし、1番疲れているのも母だろうし。


ここは、私がしっかりして色々やっていかないと、と思っていました。



少し遅れてお迎えの人が来ると、挨拶をしたりしてにわかにまた父の「死」を感じてしまい、涙が出ます。


この病室を離れる事がまた父との別れの道を1つ進んだようで、胸が苦しくなりました。


他の人がいない隙を見て専用エレベーターに乗せ、一緒に下まで降ります。

主治医の先生と担当だった看護師さんは、別のエレベーターで。

最後のエレベーターで降りている時、最初におでこを手術して、戻ってきた時の事を思い出しました。



あの時は生きていたのに。



そして、これで治って終わると思っていたのに。


時間はオーバーしたものの、無事手術は成功して意識もハッキリしていて。


それだけの事だと思っていたのに、全く今は動かなくなって・・・




この違いは何だろう?


あの手術に何の意味があったんだろう?


こんなに早く終わってしまうなら


左目だって摘出したのに


辛い思いだけをして


痛い思いだけをして


我慢して


我慢強いのが自慢の人だったから


ただ我慢ばっかりして



結局死んで終りなのか




いのちって何だろう?










車に遺体を収め、主治医の先生の他に担当して下さった他の科の先生も勢揃いして、最後のお別れの挨拶をしました。


そしてもう、この病院には戻りません。


自宅にも戻りません。



直接葬儀会館に行き、父の遺体を安置した隣の部屋で、色々と手続きを済ませます。

死亡届は区役所に近かったので、自ら提出してきました。

母は辛そうというか、気が動転している感じでしたが、1人部屋に残しておくのも可哀想です。

大概届けを出す人は気が動転しているので、係の人も慣れたものです。


母は、死亡届を出す=除籍されるという事で、増々父の死を感じてしまって、動悸が激しくなったと言っていました。


それはそうでしょう。

「いなかった事」にされてしまうのですから。




その日はお昼ご飯は食べなかったと思いますが、晩ご飯をどうしたとか、全く記憶にありません。

とにかく私は仕事帰りで適当過ぎる格好と無駄にいらない荷物を持っていましたし、母も何も持たずにそのままという感じで出てきたので、一通り手続きを済ませたら、一度家に戻る事にしました。

銀河も放ったらかしですし。

流石に、そのまま一夜を明かす訳にはいきません。


そもそも2人だけで見送って欲しいと言われていたので、誰にも連絡せず、自分達のいいように動けるのは助かりました。

色々と思考能力も落ちてますし。


こうなる事はわかっていたので、喪服等の準備は出来ていました。

家に戻ると銀河はベッドで寝ていたようですが、私達が帰ってきたら体を起こして様子を見ていました。

きっと父は銀河に挨拶に来たと思います。

それでなくても家に帰りたいと言っていたのですから、すぐ帰ってきていたでしょう。


銀河は気付いたかな?

と思いましたが、いつものようでしたので、ちゃんと告げました。


「銀ちゃん、じぃじ、死んじゃったよ」

と。



「じぃじ来たでしょ?銀ちゃんにお別れ言いに来たよね」

と言いましたが、当然猫です。返事はありません。

でも泣きそうな顔の私を、ジッと見ていました。

様子がおかしいのはわかったのでしょう。



私の勝手な想像ですが、父の魂が体を出た後、母が来るまでは短時間だったのでその辺で待っていて、私が来るまでは家に戻っていたのではないかなと思っています。



多分透け透けで、見えるかどうかの父を、気配だけでも銀河は感じ取ってくれたでしょうか。


銀河は大切な家族ですから、きっと父は最後に抱きしめたかったと思います。




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