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Right and Wide

シンガー・ソング・ライター田中正浩の素顔

2025昼下がりコンサート

2025年04月27日 | 記事

4月19日(土)、第二技術室は今年も京都・円山音楽堂の「昼下がりコンサート」に出演することができました。

年々応募団体が増えて、今年はオーディションに通るか、メンバー一同心配していましたが、なんとか無事に「母のお墓」を歌いました。

YouTube→https://youtu.be/Ai53A0RxML4?si=xnOE5E8uklraDRyR

そして、進行表では「????」となっていたシークレットゲストは杉田二郎さんでした!

杉田さんは「風」「戦争を知らない子どもたち」を熱唱。さらにはアンコールにもこたえて新曲を披露していただきました。

打ち上げの席で杉田さんは僕たちアマチュアバンドに向けて次のように語ってくれました。

「京都の実家に戻って来たとき、『昼下がりコンサート』に来ないかって声をかけられました。
僕は京都で生まれ育って、京都で音楽に出会って、みんなに助けられて50数年間ここまで来て、
昔からずっと一緒に歌い続けてきた仲間のみんなに会いに行こうと思ったわけです。
ビジネスでも何でもなくみんなに会いたいという思いだけで今日越さしてもらって、
高校の校歌以外歌ったことのない高校時代を思い出したわけです。(中略)
何かやりたいな、歌いたいな、作りたいなという、そのことだけが原点だと、今日も思いました。(拍手)
アマチュアの皆さんがそれぞれの環境の中で、音楽が大好きで切磋琢磨されていたことを
こうやって大勢のお客さんの前で発表していく、皆さんに聞いていただく、客席の皆さんの拍手が胸に刺さるんです。
それと、ステージから見てると客席の皆さんの笑顔ね、ええ笑顔や。音楽ってこんなに短い時間でもみんな一緒になれる。
改めて今日、そのことに気づかせていただいて(中略)進行に迷惑だから2曲でやめようと思っていたのに、
アンコールいただいて、胸がガーッと高揚して、3曲も歌わせていただきました。
今日は僕にとってすばらしい一日を皆さんと共に過ごせたことを本当にありがたく思っております。
ありがとうございました!」(拍手・歓声)


反原発3部作みたび

2025年03月18日 | 作品

パンドラの箱2025

作詞・作曲/田中正浩

開けてはいけない箱を とうとう開けてしまった
きれいな水色をした四角い箱だった
中から不気味な煙 危険な灰色の煙
開けてはいけないそれはパンドラの箱だった

セシウム、キセノン、ウラン、プルトニウム、ストロンチウム
α線、β線、γ線 体と心が蝕まれてゆく

もう二度とこんな事 許してはいけない
さよなら原発 さよなら もういらない

開けてはいけない箱を とうとう開けてしまった
汚いドブ色をした五角形の箱だった
中からぞろぞろ出てくるカネにまみれた輩
開けてはいけないそれはパンドラの箱だった

政治家、電力会社、官僚、マスコミ、御用学者
天下り、政治献金 原子力村に巣くうペンタゴン

もう二度とこんな事 許してはいけない
さよなら原発 さよなら もういらない

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弥生の空2025

作詞・作曲/田中正浩

弥生の空は霞み 死の灰が降り積もる
不安に揺れる瞳 問いかけている

「僕らが何か罪を犯したとでも言うの?」
答えはここにはなく カベの向こうに

 いつまでもこの星がありますように
 子どもらの歌声が消えないように

いつか生まれた街に 帰れる時が来ても
奪われた時間は 取り戻せない

文明と引き替えに なくした物の重さ
信じた夢は遥か 空の向こうに

 いつまでもこの星がありますように
 子どもらの歌声が消えないように
 子どもらの歌声が消えないように

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そして僕は思う2025

作詞・作曲/田中正浩

目を閉じてもまぶたの向こう側に僕は感じる
すべてを包み込んでくれる暖かい日の光
永遠(とわ)に命育む無限の力の存在を

そして僕は思う
原子力はいらない
放射能はあぶない
すぐに廃炉にしよう

耳を澄ませて扉の向こう側に思いを馳せる
はるかな海を渡って届くさわやかな春の風
汚れた世界を払う風よ世界を回しておくれ

そして僕は思う
原子力はいらない
放射能はあぶない
すぐに廃炉にしよう

水車を回す水の流れのように
どこまでも続く僕らの隊列とうたごえ
子どもらの未来(あす)を!私たちの幸せを!
みんなの願いを求めて歩く

そして僕は思う
原子力はいらない
放射能はあぶない
すぐに廃炉にしよう

そして僕は思う
原子力はいらない
放射能はあぶない
すぐに廃炉にしよう

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被爆80年記念ソング

2025年02月24日 | 記事

「うたごえ新聞」2025/2/24付に【被爆80年記念ソング】のコンペ結果が掲載されました。

最優秀賞は石川伸二さん作曲の「生きてゆくために」(作詞:林悟さん)、優秀賞はたかだりゅうじさん作曲の「いま君とともに」(作詞:石原いっきさんと藤村記一郎さん作曲の「被爆のまち」(作詞:石原いっきさん)が選ばれました。

僕はそれぞれの詞に2曲ずつ作曲し、応募しましたが、選ばれませんでした。さすがに、全国レベルともなると「数打ちゃ当たる」とはいきませんでしたね!

正直のところ、少しは期待していただけに選ばれず残念ですが、せっかく作ったのでここに載せておきます。

またこういう機会があれば挑戦してみようと思っています!


被爆80年記念ソングver.1
「生きてゆくために」(Ⅰ)

「被曝のまち」(Ⅰ)

「いま君とともに」(Ⅰ)

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被爆80年記念ソングver.2

「生きてゆくために」(Ⅱ)

「被曝のまち」(Ⅱ)

「いま君とともに」(Ⅱ)



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中学校3年生が校則のあり方に一石を投じる!

2025年01月30日 | 記事

中学3年生が市議会に請願を提出し、委員会に出席し、堂々と意見を述べたことが全国的なニュースになりました。
請願は残念ながら不採択になりましたが、その内容は文部科学省「生徒指導提要」(2022年改訂)が『望ましい取り組み』と掲げているものであり、反対した宇治市議会与党の時代遅れの感覚には多くの市民から批判の声が上がりました。


生徒を交えた学校のルールづくりを 宇治市の中学3年生が請願提出 ホームページへの掲載も求める
「京都民報web」2024/12/26

学校のルールの公開、生徒が主体となりルールメイキングの議論ができる風通しの良い環境をつくってほしい—と宇治市立中学に通う湯浅六花(ろっか)さん(15)=宇治市=が12月23日、「市立中学校の校則の在り方についての請願」を宇治市議会に提出しました。
要請項目は、▽さまざまな立場の生徒も交えて学校のルールメイキングができる土壌をつくる▽生徒が自己決定・自己判断のもと自主的に行動できる雰囲気を宇治市全体でつくる▽学校のルールをホームページに掲載し、作成経緯も含めて、いつでも確認できるようにする—ことの3点。市と同市教育委員会に求めています。
請願提出に至る直接の動機は、今年の夏休み明けに髪を染めて登校した際に学校側からとがめられましたが、納得できる禁止理由が示されず、校則として明示・公開もされていないことに疑問を抱いたことでした。
湯浅さんは、中学1年生の時に府外のインターナショナルスクールに通っていたことがあり、服装も染髪も自由で、約束事を生徒が決めて守る取り組みを経験しました。今回の染髪の件を機に校則について調べる中で、校則を廃止した学校があること、「児童の権利に関する条約」の理解を盛り込んで改訂した文科省の「生徒指導提要」(22年改訂)の内容を知り、「今の学校のルールは見直されるべき」と思い至りました。
請願趣旨説明では、登校しづらい自身の経験にも触れ、「学校に行きにくいと感じてきたとの大きな理由の一つが、納得できないルールの存在とそれによる同調圧力のような雰囲気なのではないかと思っています」と打ち明けています。
また、周りの大人にも相談するなかで、議会請願という方法での意見表明を選択。今年6月に神奈川県大和市の小学5年生が市の計画に「子どもの意見反映」を求める請願を同市議会に提出したことをニュースで知り、「年下の行動に力を得た」と話しています。
また、請願趣旨とは別に「私の前例があることで、他にも意見を言いたい人が声を上げやすい環境になってほしい」との期待も語っています。 
同請願は2025年1月、付託された市議会常任委員会で審議される予定です。
宇治市では、中学生による請願は初めて。22年2月には高校生が、選択的夫婦別姓導入を求める意見書の請願を提出(後に採択)しています。


生徒に開かれた校則作り求めた中学生の請願、市議会委「不採択に」
(「朝日新聞」2025/1/22)

委員会で意見を述べる湯浅六花さん=2025年1月21日午後5時46分、京都府宇治市、北川学撮影

京都府宇治市の中学生が、市立中学校の校則のあり方についての請願を市議会に提出した。その審査が21日、文教・福祉常任委員会であった。本人も出席して意見を述べたが、委員会は「保護者や学校、地域が子どもの声に耳を傾けて新しいルールを考えてほしい」として、賛成少数で「不採択とすべき」と決めた。29日の本会議で正式に不採択となる見通しだ。

請願したのは市立中学校3年の湯浅六花(ろっか)さん(15)。市立中学校で校則を作るにあたり、①さまざまな立場の生徒も交えてルール作りができる土壌をつくる②生徒が自主的に行動できる雰囲気を市全体でつくる③作成に至った経緯も含めてホームページに掲載する――ことを市や市教育委員会に求め、昨年12月に請願を提出した。

参考人として出席した湯浅さんは一番伝えたいこととして、「もっと子どもの意見や考えを受け入れる寛容の雰囲気を宇治市全体で作ってもらいたい」と述べた。

委員からは「まずは学校に提案しないのか」「なぜ請願という方法を採ったのか」といった質問が出た。

湯浅さんは「学校の先生とは何回も話し合いの機会を持っている。今回の意見陳述に関しても担任の先生から背中を押してもらっている」

「私の学校だけが変わっても意味がない。宇治市の学校全体で変わっていく必要がある」

「これから中学校生活を送る子どもにとっても、早く変化が起きてほしいと思って請願という方法を採った」などと答えた。

質疑では共産党の委員が「SNSを通じて色んな誹謗(ひぼう)中傷がされて、人権に関わるような問題が起きている」として、実名で意見を述べた湯浅さんに「リスクは絶対にあってはならない」と発言した。これには会派を問わず、委員全員が大きく頷ずいた。

湯浅さんは、中学1年のころは府外のインターナショナルスクールに通った。校則はなく、服装は自由。「その中で生徒はルールや約束事を作って守っていた。問題が出てきたらその都度話し合い、新しいルールを決める」という経験をした。自身も髪を赤や黄に染めていたという。

2年からは地元の市立中学校に通学。生徒指導の先生から「髪を染めてはいけない」「ピアスはだめ」と身だしなみの指導はあったが、理由の説明はなく、校則を書面で見たこともないという。

こうしたことから「校則やルールが明文化され、どんな立場の生徒も異議を唱えることができ、その都度、ルール作りの議論ができる風通しの良い環境を、宇治市全部の公立中学校に求めたい」と考えた。

湯浅さんが提出した請願には、このようなことも記されている。

「『予測不可能な時代』と言われるこれからを生き抜くために、私たち生徒は、『自らの責任のもと、自らの意思や判断に従って行動する力』つまり『主体的に行動できる力』を身に付けることが必要だと考えています」

「多様化する社会の中で、一方的に決められたルールに従っているだけでは、学生時代の価値観にとらわれ続け、ロボットのような大人になってしまうかも知れません」

湯浅さんは委員会の終了後、報道陣の取材に応じた。「自分の気持ちを自分の言葉でしっかり伝えることができて、うれしかった。不採択は残念だが、自分の感じてきたことを話した結果。これからも、自分が望んだ形になるように自分の気持ちを伝えていければ」と話した。


校則請願めぐって討論 「政治的介入」「大人が変われ」
~宇治市議会12月定例会 結果は不採択 中学生「反響あり良かった」~
(「洛タイ新報」2025/1/30)
宇治市議会は29日、12月定例会に提出された湯浅六花さん(市立中学校3年生)の「市立中学校の校則のあり方についての請願」を賛成少数で不採択とした。
賛成したのは共産6人、佐々木真由美議員(無会派)の7人。反対は、うじ未来5人(1人欠席)、自民5人、公明5人、宇治党・蒼の会2人、荻原豊久議員(無会派)、藤田智晴議員(無会派)の19人だった。
請願は①さまざまな立場の生徒も交えて学校のルールメイキングができる土壌をつくること②生徒が自己決定・自己判断のもと自主的に行動できる雰囲気を市全体でつくること③学校のルールを作成に至った経緯も含めてホームページに掲載すること。この3点を求めた。
採決に先立って、討論が行われ、堀明人議員(自民)は「今回の請願に対し、議会が議論をすることが、議会の権能を逸脱し、教育活動に対する政治的な介入とならないか、教育や学校運営の中立性が保てなくなるのではないか、ということを危惧する。校則の見直しにあたっては生徒会、保護者会と学校間での議論が十分に行われ、社会通念上合理的と認められる範囲において、教育目標の実現という観点から学校長が定めるものである。従って校則は、学校の指導内容に関わることであり、教育行政においては、各学校の運営や指導内容は校長の裁量に委ねられ、また、教育委員会には学校に対しての指導・支援とともに、管理・監督する役割があることから、校則や、その運用方法が生徒の権利や自由を不当に制限するものでない限り、議会として直接的に、政治が学校に働きかけることは、議会の権能を超える、もしくは危うくする懸念がある」と反対した。
一方、賛成討論では、大河直幸議員(共産)が「請願は、学校教育への生徒・児童の積極的な参画ができる環境を求めたものであり、教育への不当な支配にも、教育の中立性の侵害にも当たるものではない。生徒の参画をもって校則をつくっていくことも、憲法が保障する幸福追求権と子どもの権利条約の規定からも当然の要求。学校のルールづくりを『校長の裁量の範囲』と取り合わないことや『生徒会や地域でまず対応を』と言うことは、あまりにもこの権利を狭くとらえている」と指摘した。
続けて佐々木議員も「請願項目は、いずれも生徒指導提要で『望ましい取り組み』として掲げていることで、現状に対する問題提起。主権者教育の重要性が言われるなか、自分の権利をしっかりと行使し、自分の言葉で自分の意見を伝えるという請願者の行動は、正にそれを体現している。変わらなくてはならないのは大人。多様性や個性の発揮を奨励しながらも、画一的なルールの中で学校生活を送ることを望ましいこととする考え方を変え、子どもたちの意見を真摯に聞く姿勢が学校や保護者だけではなく、地域や子どもを取り巻く全ての大人たちに求められている」と賛成討論を述べた。
不採択となった後、湯浅さんは「請願は、学校運営ではなく、学校の雰囲気に対する請願だったので、私は政治の介入ではないと考えていますが、そう受け止められたのは少し残念だった。不採択は残念だけど、私が声を上げたことを、これからの市と市立学校に生かしてもらいたい。請願を出したことで色々な方々の反響があり、新しい動きが出たりすることもあり、すごく良かったと思っている」と振り返った。
一方、同日に開かれた記者懇談会で、松村淳子市長は「中学3年生が課題に対して請願を出す行動には敬意を表する。一方で校則の観点でいくと、もう少し学校で議論し、その思いを受け止めて教育委員会の中で議論してほしかった」と感想を述べた。


生徒指導提要(文部科学省2022年12月)より抜粋
(まえがき)
…(前略)……子供たちの多様化が進み、様々な困難や課題を抱える児童生徒が増える中、学校教育には、子供の発達や教育的ニーズを踏まえつつ、一人一人の可能性を最大限伸ばしていく教育が求められています。こうした中で、生徒指導は、一人一人が抱える個別の困難や課題に向き合い、「個性の発見とよさや可能性の伸長、社会的資質・能力の発達」に資する重要な役割を有しています。…(中略)…本年6月に「こども基本法」が成立し、子供の権利擁護や意見を表明する機会の確保等が法律上位置付けられました。子供たちの健全な成長や自立を促すためには、子供たちが意見を述べたり、他者との対話や議論を通じて考える機会を持つことは重要なことであり、例えば、校則の見直しを検討する際に、児童生徒の意見を聴取する機会を設けたり、児童会・生徒会等の場において、校則について確認したり、議論したりする機会を設けることが考えられます。児童生徒が主体的に参画することは、学校のルールを無批判に受け入れるのではなく、児童生徒自身がその根拠や影響を考え、身近な課題を自ら解決するといった教育的意義を有するものと考えています。
(3.6.1 校則の運用・見直し)
(1) 校則の意義・位置付け
 児童生徒が遵守すべき学習上、生活上の規律として定められる校則は、児童生徒が健全な学校生活を送り、よりよく成長・発達していくために設けられるものです。校則は、各学校が教育基本法等に沿って教育目標を実現していく過程において、児童生徒の発達段階や学校、地域の状況、時代の変化等を踏まえて、最終的には校長により制定されるものです。
 校則の在り方は、特に法令上は規定されていないものの、これまでの判例では、社会通念上合理的と認められる範囲において、教育目標の実現という観点から校長が定めるものとされています。また、学校教育において社会規範の遵守について適切な指導を行うことは重要であり、学校の教育目標に照らして定められる校則は、教育的意義を有するものと考えられます。
 校則の制定に当たっては、少数派の意見も尊重しつつ、児童生徒個人の能力や自主性を伸ばすものとなるように配慮することも必要です。
(2) 校則の運用
 校則に基づく指導を行うに当たっては、校則を守らせることばかりにこだわることなく、何のために設けたきまりであるのか、教職員がその背景や理由についても理解しつつ、児童生徒が自分事としてその意味を理解して自主的に校則を守るように指導していくことが重要です。そのため、校則の内容について、普段から学校内外の関係者が参照できるように学校のホームページ等に公開しておくことや、児童生徒がそれぞれのきまりの意義を理解し、主体的に校則を遵守するようになるために、制定した背景等についても示しておくことが適切であると考えられます。
 その上で、校則に違反した場合には、行為を正すための指導にとどまるのではなく、違反に至る背景など児童生徒の個別の事情や状況を把握しながら、内省を促すような指導となるよう留意しなければなりません。
(3) 校則の見直し
 校則を制定してから一定の期間が経過し、学校や地域の状況、社会の変化等を踏まえて、その意義を適切に説明できないような校則については、改めて学校の教育目的に照らして適切な内容か、現状に合う内容に変更する必要がないか、また、本当に必要なものか、絶えず見直しを行うことが求められます。さらに、校則によって、教育的意義に照らしても不要に行動が制限されるなど、マイナスの影響を受けている児童生徒がいないか、いる場合にはどのような点に配慮が必要であるか、検証・見直しを図ることも重要です。
 校則は、最終的には校長により適切に判断される事柄ですが、その内容によっては、児童生徒の学校生活に大きな影響を及ぼす場合もあることから、その在り方については、児童生徒や保護者等の学校関係者からの意見を聴取した上で定めていくことが望ましいと考えられます。また、その見直しに当たっては、児童会・生徒会や保護者会といった場において、校則について確認したり議論したりする機会を設けるなど、絶えず積極的に見直しを行っていくことが求められます。そのためには、校則を策定したり、見直したりする場合にどのような手続きを踏むことになるのか、その過程についても示しておくことが望まれます。(以下略)


2024年回顧

2024年12月31日 | 記事

2024年は日本被団協ノーベル平和賞受賞、総選挙での自公過半数割れなど、歴史的な出来事があった半面、能登半島地震や大切な人が他界するなど、悲しいニュースもたくさんありました。

個人的には、基本的に健康を維持し、公私ともに精力的に活動することができたと思います。


1月

3日 誕生日(61歳)

6日 宇治久世教組が能登半島地震支援緊急カンパ活動に取り組む

7日 「全世界民主青年歌」[LIVE]をYouTubeに公開

14日 「心さわぐ青春の歌」[LIVE]をYouTubeに公開

20日 「心はいつも夜明けだ」[LIVE]をYouTubeに公開

28日 グッデイが宇治田原新春のつどい(大道寺公民館)に出演

   「この勝利ひびけとどろけ」[LIVE]をYouTubeに公開


2月

4日 「戦争を知らない子どもたち'83」[LIVE]をYouTubeに公開

10日 「タンポポ」[LIVE]をYouTubeに公開

17日 「希望のみちへ」[LIVE]をYouTubeに公開

18日 宇治市職員労働組合70周年記念式典(ホテル長楽館)で挨拶

23日 宇治久世教職員組合第70回定期大会(城南勤労者福祉会館)に参加

   「日付変更線2024」をYouTubeに公開 歌詞、楽譜


3月

3日 「群青」[LIVE]をYouTubeに公開

9日 「Memories and Dreams」(2024 mix)をYouTubeに公開

16日 「勉強」をYouTubeに公開

20日 第二技術室が「♭ライブ番外編」(京都府庁旧議場)に出演

23日 「母のお墓」[LIVE]をYouTubeに公開

29日 職場の送別会(松井本館)に参加

30日 「ふるさとの風」[LIVE]をYouTubeに公開

   グッデイ第13回定期総会(宇城久教育会館)を開催

31日 宇城久地区労第57回定期大会 (鴻の巣会館)に参加


4月

6日 「私を待つ人がいる」[LIVE]をYouTubeに公開

10日 地区労「最賃ビッグアクションデー宣伝行動」(近鉄大久保駅前)

12日 宇治久世「春の教研」(宇治市生涯学習センター)に参加

13日 「柳の木の下に」[LIVE]をYouTubeに公開

14日 第二技術室がライブ(AFTER BEAT)

20日 「陽のあたる道」[LIVE]をYouTubeに公開

21日 グッデイが「第26回やましろ健康まつり」(あさくら診療所)に出演

26日 退職教職員の会宇城久支部「うたごえ喫茶」(宇治日和)に参加

27日 「日高の山」[LIVE]をYouTubeに公開

27日 第二技術室が「Nobu-hey!Presents宇治Waoya絆Sonic」に出演


5月

1日 第71回南山城メーデー集会(太陽が丘)

3日 スタンディングアピール宇治(宇治橋周辺)
   憲法集会in京都(円山音楽堂)石川康宏さんが講演

6日 姪の結婚式(迎賓館シェーナPARTIR KYOTO)に参列

15日~17日 修学旅行(引率)長野県

18日 「しあわせはこび」[LIVE]、「約束のうた」[LIVE]、「にじ」[LIVE]をYouTubeに公開

19日 「改憲・大軍拡、裏金政治NO! 減税・生活防衛! 5・19宇治・城陽・久御山総行動」(近鉄大久保駅前)に参加

22日 第二技術室がライブ(ORANGE HOUSE)

25日 「あの素晴らしい愛をもう一度」[LIVE]をYouTubeに公開


6月

2日 「『子どもまん中の子育て・教育を求める会』をつくるつどい・学習会」(宇治市生涯学習センター)に参加

   「イムジン河」[LIVE]、「時給1500円」[LIVE]をYouTubeに公開

7日 グッデイが退職教職員互助組合宇治西支部総会(亀石楼)に出演

8日 「手をつなごう」[LIVE]をYouTubeに公開

15日 宇治久世教職員組合平和アピール駅頭宣伝(近鉄大久保駅前)に参加

    アルバム「Right and Wide 11」[PV]をYouTubeに公開 ブログ(16日)

22日 「柳の木の下に」[LIVE]をYouTubeに公開

23日 国民平和大行進(宇治市役所→城陽市役所)に参加 平和行進~通し行進者の大村美恵さんが平和への思いを語る~

29日 11枚目のオリジナルアルバム「Right and Wide 11」をリリース ブログ(16日)

   ニューアルバム発売記念コンサート(宇城久教育会館)を開催

   宇治久世教職員組合バレーボール大会(久御山町立総合体育館)に参加

   日本共産党希望を語るトークのつどい(宇治市文化センター)に参加

30日 「僕の古いギター」[LIVE]をYouTubeに公開


7月

6日 「時給1500円」[LIVE]をYouTubeに公開

7日 「解の公式~ショートバージョン~」をYouTubeに公開

13日 「陽気に行こう」[LIVE]をYouTubeに公開

18日 第二技術室がライブ(ORANGE HOUSE)

20日 「私を待つ人がいる」[LIVE]をYouTubeに公開

21日 宇城久地区労「潮干狩り」(御殿場浜)に参加

24日 宇治市教委交渉(宇治市役所)に参加

27日 「メルちゃん」をYouTubeに公開

28日 京教組・京都教育センター地方教育行政研合同学習会(京都教育文化センター)に参加 中嶋哲彦さんが講演

31日 原水禁世界大会出発式(宇治市職員労働組合書記局)に参加


8月

3日 「解の公式」をYouTubeに公開

4日 宇城久地区労「元ユニチカ労働者の被害者を励まし身近なアスベスト問題を考える学習会」(宇治市産業会館)に参加

10日 「はるか昔」をYouTubeに公開

17日 「日付変更線2024」[LIVE]をYouTubeに公開

   高石ともやさん死去(82)

24日 「ソプラノ」[LIVE]をYouTubeに公開

24日~25日 家族旅行(城崎温泉 深山)



26日 「うたごえ新聞」が「メルちゃん」の楽譜と「Right and Wide 11」の紹介記事を掲載 ブログ

30日 第二技術室がライブ(ORANGE HOUSE)


9月

7日 京都総評第「96回定期大会」に参加

   「それが戦争」[LIVE]をYouTubeに公開

8日 グッデイが木幡六地蔵九条の会「夏のつどい」(木幡地域福祉センター)に出演

   グッデイが「第12回平和のつどいin宇治」(ゆめりあ宇治)に出演 ブログ(22日)

10日 義母・角屋トモ死去 13日 葬儀式

14日 「You Need Only Love」をYouTubeに公開

21日 「時給1500円」[LIVE]をYouTubeに公開

28日 「それが戦争ver.2」[LIVE]をYouTubeに公開

   第二技術室が「昼下がりコンサート2024」(円山音楽堂)に出演

29日 「柳の木の下に」[LIVE]をYouTubeに公開

   グッデイのホームページを開設


10月

5日 SFファンタジー短編アニメ映画「金箔の宇宙船」をYouTubeに公開

12日 「金箔の宇宙船」をYouTubeに公開

13日 グッデイが「うたごえとシネマの集い」(鴻の巣会館)に出演

17日 俳優・西田敏行さん死去(76)「もしもピアノが弾けたなら」

19日 「9条改憲・日米一体の大軍拡ストップ!10.19宇治・城陽・久御山総行動」(近鉄大久保駅前)に参加

   「日高の山」[LIVE]をYouTubeに公開

26日 「陽気に行こう」[LIVE]をYouTubeに公開

27日 衆議院選挙投開票日 自民191(-56) 公明24(-8) 立民148(+50) 維新38(-6) 共産8(-2) れいわ9(+6) 社民1(±0) 参政3(+2) 保守3(+3) 無12(-10) 


11月

2日 「デイブレイク・イン・デキシー」[LIVE]をYouTubeに公開

3日 憲法集会in京都(円山音楽堂)村上一博さんが講演

4日 給食フェスタ、山本由美講演会(西小倉コミュニティセンター)に参加 ブログ(28日)

7日 グッデイが退職教職員の会宇城久支部「文化祭」(宇治市生涯学習センター)に出演

9日 宇治久世「秋の教研」(城南勤労者福祉会館)に参加

   「ふるさとの風」[LIVE]をYouTubeに公開

13日 詩人・谷川俊太郎さん死去(92)「死んだ男の残したものは」

14日 宇城久地区労が「秋の地域総行動」(近鉄大久保駅前)

16日 京都総評「第2回地区労協全体交流会議」(ラボール京都)に参加

20日 「こんな宇治市に~2024 ver.~」をYouTubeに公開

22日 宇城久地区労「公契約条例」学習会(ゆめりあうじ)に参加

   「石川かずし」をYouTubeに公開

23日 うたごえいぶき同窓会(京都教育文化センター)に参加

24日 グッデイが「みんなの響き広がるつどい」(宇治市文化センター)に出演

26日 「こんな宇治市に」[LIVE]をYouTubeに公開

29日 グッデイが年金者組合城陽支部「文化のつどい」(文化パルク城陽)に出演

30日 労働者決起集会(宇治市職員会館)に参加


12月

1日 「マウンテンデュー」[LIVE]をYouTubeに公開

8日 「さよならが言えない」[LIVE]をYouTubeに公開

   宇治市長選挙投開票日 当・松村あつこ(30,335) 石川かずし(9,141) かきはらのりひろ(4,434)

10日 宇治久世教職員組合などが平和アピール宣伝(近鉄大久保駅前)、ノーベル平和賞授賞式

13日 「あれはいつだったろう」をYouTubeに公開

15日 グッデイが「第14回クリスマスのつどい」(西小倉コミュニティセンター)に出演

21日 「上を向いて歩こう」[LIVE]をYouTubeに公開

22日 「めるちゃんへの手紙」[LIVE]をYouTubeに公開

   グッデイが「第12回うたごえ喫茶」(城南勤労者福祉会館)を開催
28日 「Sit Down!」[LIVE]をYouTubeに公開



グッデイ第12回うたごえ喫茶

2024年12月27日 | 記事

12月22日(日)グッデイは京都府立城南勤労者福祉会館3F大会議室にて「第12回うたごえ喫茶」を開催しました。
大人48名と元気いっぱいの子ども9名(総勢57名)が参加してくれました。

第1部 オープニング
しあわせはこび(畑優子/田中正浩)
開会挨拶(部長・田中正浩)(下欄に掲載)
にじ(新沢としひこ/中川ひろたか)

第2部 民衆の暮らしと平和、そして若者たち~1960年代から現代まで~
花をおくろう(森田ヤエ子/荒木栄)
見上げてごらん夜の星を(永六輔/いずみたく)
友よ(岩谷時子/いずみたく)
橋を作ったのはこの俺だ(トム・パクストン/高石ともや) 
街(高石ともや/木田たかすけ・高石ともや)
風に吹かれて(ボブ・ディラン/桑田佳祐)
がんばろう(森田ヤエ子/荒木栄)


第3部 リクエストコーナー 1

折り鶴(梅原司平)
イムジン河(松山猛/高宗漢)
世界がひとつになるまで(松井五郎/馬飼野康二)
青春(門倉詇/じぬしみきお)
野に咲く花のように(杉山政美/小林亜星)
贈る言葉(武田鉄矢/千葉和臣)


第4部 沖縄に思いを込めて

Sit Down!(田中正浩/武義和編曲)
約束のうた(きむらいずみ・田中正浩)


    
第5部 リクエストコーナー 2

時代(中島みゆき)
竹田の子守唄(京都府民謡)
あわてん坊のサンタクロース(吉岡治/小林亜星)
恋人よ(五輪真弓)
未来へ(玉城千春)
「いちご白書」をもう一度(荒井由実)
糸(中島みゆき)
君をのせて(宮崎駿/久石譲)
あの素晴らしい愛をもう一度(北山修/加藤和彦)
青葉城恋唄(星間船一/さとう宗幸)


第6部 エンディング

群青(小高中平成24年度卒業生/小田美樹)
ケサラ(ミリアッチ/フォンタナ、ペス)
(以上29曲)
なお、演奏の様子をYouTubeに順次アップしていく予定なのでチャンネル登録お願いします。
田中正浩YouTubeチャンネル


参加者の感想
伴奏と一緒に歌うって気持ちのいいものだなと思いました。くせになりそう…。子どもの歌う姿を見るのはいいものだなと思いました。子どもの声を響かせようとしきりに操作していた人、ごくろうさまでした。(K)
とっても楽しい時間をありがとうございました。「青春」50年前に歌ったことを思い出しました。あんなふうに踊ったことも一緒に思い出しました。荒木栄の歌も良かったです。最後に「群青」を歌ったのも良かったです。だれかに用意してもらって参加するのもいいです。(H)
初めて参加しました。すごく楽しかったです。(Y)
素敵な時間をありがとうございました。なつかしい声を聞いたり、一緒に歌いながら、歌っていいなあと改めて思いました。これからも引き続いてこのような機会を作って下さい。(X)
楽しい時間をありがとうございました。なつかしい歌の数々、青春がよみがえってきました。がんばれ!グッデイさん(I)
グッデイの「おきて」が分かったのでまた来ます。楽しかったあ!(K)


反省会
メンバーの感想
(司会=部長)「皆さん、一言ずつ、長くても1分以内でお願いします。」
今日はお疲れ様でした。資料を作りました。みんなに見てもらう時間がなくて、それを(本番では)Fさんに上手にまとめてもらったんだけど、もう少し準備する時間が必要だったかなと思います。(MA)
さっき、車の中でIさんとも言ってたけど、西小倉で歌っていた(12月15日)ので、西小倉の方がたくさん来てもらってたので、すごい西小倉でずっと歌っていて良かったな~と思って、子どもたちもいっぱい来てたので、今回良かったなと思いました。(OH)
私が誘った人の中ではTさんがIさんに(車に)乗せてもらって来てくれて、来てくれてよかった。(IF)
久しぶりにグッデイ(のイベント)に参加できて、今日もどうしようかと思っていたけど、あっという間に終わって、来てよかったと思いました。リクエストもなんとかなったし。(SE)
今日はご苦労さんでございました。やっぱり司会は嫌ですね。Mさんともしゃべってたんやけど、みんなで歌いたい、自分が歌いたいというリクエストのところをもうちょっと膨らませる余裕ができたらよかったな、という話をしていました。あまりグッデイの発表みたいになりすぎない方がいいのかなあという。その辺の微妙な塩梅が難しいと思いますが。今日はたくさんリクエストしてくれたのでよかったなあと思います。子どもたちも歌ってくれて、あれがやっぱり盛り上がった。(FS)
皆さんありがとうございました。良かったと思いますよ。一言では言えません(一言で言えと言うたやろ!笑)けど、僕は全然満足してます。(TM)
私も満足してます。Sちゃんがほぼやってくれて、そこにHさんが付いて…最初から2人でやっとったらよかったやんという感じのリクエストコーナーのところが、安心して任せられたんでうれしかった。それから、FMさんが受付に来てくれて、楽しげにしてくれたそう。また来年もお願いしたい。(NY)
直前の練習を抜けてるから、えっと思うことがいっぱいありましたけど、子どもたちが「群青」にしろ何にしろ全部歌ってくれるから、すごいなって。「ケサラ」まで。ああいう歌を子どもたちが歌っているのがすごいなあって思いました。(HY)
あっという間の時間やったなあと思います。ちょこちょこ新しい参加者がおられて、選曲も良かったと思います。(YH)
12回目にして初めて緊張せずに来れたなと言う感じでした。まあまあ弾けたかなという。NYさんが「(受付要員)3人はいいわ。2人はしんどかった」と言うてくれてたので、すごい助けてもらったかなと思います。ごくろうさまでした。(TK)


部長挨拶
皆さん、こんにちは。ようこそお越し下さいました。ありがとうございます。部長の、今紹介していただきました、田中です。今歌った曲(「しあわせはこび」)を作ったのが僕なんですけど、歌詞を書いたのは今紹介して下さった畑さんです。コロナの時に、こういう出番が少なくなったときに「歌作ろか~」みたいなことで、みんなで歌詞を応募して、その中で一番良かったやつを選んで、それにみんなが曲をつけて、僕のが選ばれました。
僕、他にもいろいろ曲を作ってまして、「メルちゃん」っていう歌知ってますか。今年作ったんですけど、めるちゃんというのは大村美恵さんという人の子どもさんの名前なんです。でも生まれてすぐに亡くなったんです。何でかと言うと、旦那さんが被曝2世で、大村義則さんという人なんですけど、そのお父さん(めるちゃんのお父さんにあたる人)が、長崎で原爆が落ちた後に1週間ほど働かされていて、それで被曝をしたということを、このあいだの平和行進の時に(美恵さんが)話をされたんです。それを聞いて曲を作ったんですけど、先日その大村(美恵)さんがコンサートを開いて、僕が作った「メルちゃん」という歌を披露してくれはったんです。その動画が今朝の4時頃に送られてきて、それ見ながら感動してたんですけど…全然グッデイの紹介じゃなかったですね。(笑)
今年グッデイは8回ぐらい、色んなところに呼んでいただいきました。木幡にも行かしてもらったし、宇治田原でやったりしたんですけど。夏は「平和のつどい」に呼んでもらったりとか、いろいろやってます。荒木栄の生誕100年の取組が城陽であったんですけど、それにも呼んでいただいて(荒木栄の作った歌を)たくさん歌いました。
今年は(先ほどの話と関連しますが)日本被団協がノーベル平和賞をもらったりとか、いろいろ話題満載なんですけど、今年のトピックにちなんだ曲もいろいろ出てきますので、ぜひ最後までごゆっくりおくつろぎ下さい。
後ろ(の子どもたちは)めちゃめちゃくつろいだはりますけどね。(笑)そのビデオこわさんようにしてや。(笑)
今年はリクエストコーナーの時間をたくさん確保したいなということで、僕らの出番は削ってでもリクエストを取るつもりなのでたくさんして下さい。よろしくお願いします!


戦争反対!核兵器廃絶の願い込め宇治久世教組が宣伝

2024年12月10日 | 記事

12月10日(火)、オスロでノーベル平和賞の授賞式が行われるその日。宇治久世教職員組合は近鉄大久保駅前にて「平和アピール宣伝」を行いました。
長年にわたり核兵器の廃絶を訴え続けてきた日本被団協に連帯し「教え子を再び戦場に送るな」の思いを込めて下村書記長が平和をアピール。うたごえサークルグッデイが「青い空は」「ヒロシマの有る国で」「折り鶴」などの歌を歌いました。
宇城久退教、新婦人宇治のみなさんと力を合わせ、総勢15名で140枚の「赤紙ビラ」を配布しました。


被団協の田中熙巳さん演説全文 ノーベル平和賞授賞式
国王・王妃両陛下、皇太子・皇太子妃両殿下、ノルウェー・ノーベル委員会の皆さん、ご列席の皆さん、核兵器廃絶を目指して闘う世界の友人の皆さん、ただいまご紹介いただきました日本被団協の代表委員の一人の田中熙巳でございます。本日は受賞者「日本被団協」を代表してあいさつをする機会を頂きありがとうございます。
私たちは1956年8月に「日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)」を結成しました。生きながらえた原爆被害者は歴史上未曽有の非人道的な被害を再び繰り返すことのないようにと、2つの基本要求を掲げて運動を展開してきました。1つは、日本政府の「戦争の被害は国民が受忍しなければならない」との主張にあらがい、原爆被害は戦争を開始し遂行した国によって償われなければならないという運動。2つは、核兵器は極めて非人道的な殺りく兵器であり人類とは共存させてはならない、速やかに廃絶しなければならない、という運動です。
この運動は「核のタブー」の形成に大きな役割を果たしたことは間違いないでしょう。しかし、今日、依然として1万2千発の核弾頭が地球上に存在し、4千発が即座に発射可能に配備がされている中で、ウクライナ戦争における核超大国のロシアによる核の威嚇、また、パレスチナ自治区ガザに対しイスラエルが執拗な攻撃を続ける中で核兵器の使用を口にする閣僚が現れるなど、市民の犠牲に加えて「核のタブー」が壊されようとしていることに限りない悔しさと憤りを覚えます。
私は長崎原爆の被爆者の一人です。13歳の時に爆心地から東に3キロ余り離れた自宅で被爆しました。
1945年8月9日、爆撃機1機の爆音が突然聞こえると間もなく、真っ白な光で体が包まれました。その光に驚愕(きょうがく)し2階から階下に駆け降りました。目と耳をふさいで伏せた直後に強烈な衝撃波が通り抜けていきました。その後の記憶はなく、気が付いた時には大きなガラス戸が私の体の上に覆いかぶさっていました。ガラスが1枚も割れていなかったのは奇跡というほかありません。ほぼ無傷で助かりました。
長崎原爆の惨状をつぶさに見たのは3日後、爆心地帯に住んでいた2人の伯母の安否を尋ねて訪れた時です。私と母は小高い山を迂回し、峠にたどり着き、眼下を見下ろしてがくぜんとしました。3キロ余り先の港まで、黒く焼き尽くされた廃虚が広がっていました。れんが造りで東洋一を誇った大きな教会・浦上天主堂は崩れ落ち、見る影もありませんでした。
麓に下りていく道筋の家は全て焼け落ち、その周りに遺体が放置され、あるいは大けがや大やけどを負いながらもなお生きているのに、誰からの救援もなく放置されているたくさんの人々。私はほとんど無感動となり、人間らしい心も閉ざし、ただひたすら目的地に向かうだけでした。
1人の伯母は爆心地から400メートルの自宅の焼け跡に大学生の孫の遺体と共に黒焦げの姿で転がっていました。
もう1人の伯母の家は倒壊し、木材の山になっていました。祖父は全身大やけどで瀕死(ひんし)の状態でしゃがんでいました。伯母は大やけどを負い私たちの着く直前に亡くなっていて、私たちの手で荼毘(だび)に付しました。ほとんど無傷だった伯父は救援を求めてその場を離れていましたが、救援先で倒れ、高熱で1週間ほど苦しみ亡くなったそうです。1発の原子爆弾は私の身内5人を無残な姿に変え一挙に命を奪ったのです。
その時目にした人々の死にざまは、人間の死とはとても言えないありさまでした。誰からの手当ても受けることなく苦しんでいる人々が何十人何百人といました。たとえ戦争といえどもこんな殺し方、傷つけ方をしてはいけないと、強く感じました。
長崎原爆は上空600メートルで爆発。放出したエネルギーの50%は衝撃波として家屋を押しつぶし、35%は熱線として屋外の人々に大やけどを負わせ、倒壊した家屋の至る所に火を付けました。多くの人が家屋に押しつぶされ焼き殺されました。残りの15%は中性子線やガンマ線などの放射線として人体を貫き内部から破壊し、死に至らせ、また原爆症の原因をつくりました。
その年の末までの広島、長崎両市の死亡者の数は、広島14万人前後、長崎7万人前後とされています。原爆を被爆しけがを負い、放射線に被曝(ひばく)し生存していた人は40万人余りと推定されます。
生き残った被爆者たちは被爆後7年間、占領軍に沈黙を強いられ、さらに日本政府からも見放され、被爆後の10年間を孤独と、病苦と生活苦、偏見と差別に耐え続けました。
1954年3月1日のビキニ環礁でのアメリカの水爆実験によって、日本の漁船が「死の灰」に被ばくする事件が起きました。中でも第五福竜丸の乗組員23人全員が被曝して急性放射能症を発症、捕獲したマグロは廃棄されました。この事件が契機となって、原水爆実験禁止、原水爆反対運動が始まり、燎原(りょうげん)の火のように日本中に広がったのです。3千万を超える署名に結実し、1955年8月「原水爆禁止世界大会」が広島で開かれ、翌年第2回大会が長崎で開かれました。この運動に励まされ、大会に参加した原爆被害者によって1956年8月10日「日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)」が結成されました。
結成宣言で「自らを救うとともに、私たちの体験を通して人類の危機を救おう」との決意を表明し、「核兵器の廃絶と原爆被害に対する国の補償」を求めて運動に立ち上がったのです。
運動の結果、1957年に「原子爆弾被爆者の医療に関する法律(原爆医療法)」が制定されます。しかし、その内容は、「被爆者健康手帳」を交付し、無料で健康診断を実施するほかは、厚生大臣が原爆症と認定した疾病に限りその医療費を支給するというささやかなものでした。
1968年「原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律(原爆特別措置法)」が制定され、数種類の手当を給付するようになりました。しかしそれは社会保障制度であって、国家補償は拒まれたままでした。
1985年、日本被団協は「原爆被害者調査」を実施しました。この調査で、原爆被害はいのち、からだ、こころ、くらしにわたる被害であることを明らかにしました。命を奪われ、身体にも心にも傷を負い、病気があることや偏見から働くこともままならない実態がありました。この調査結果は、原爆被害者の基本要求を強く裏付けるものとなり、自分たちが体験した悲惨な苦しみを二度と、世界中の誰にも味わわせてはならないとの思いを強くしました。
1994年12月、2法を合体した「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(被爆者援護法)」が制定されましたが、何十万人という死者に対する補償は一切なく、日本政府は一貫して国家補償を拒み、放射線被害に限定した対策のみを今日まで続けてきています。もう一度繰り返します。原爆で亡くなった死者に対する償いは日本政府は全くしていないという事実をお知りいただきたい。
これらの法律は、長い間、国籍にかかわらず海外在住の原爆被害者に対し、適応されていませんでした。日本で被爆して母国に帰った韓国の被爆者や、戦後アメリカ、ブラジル、メキシコ、カナダなどに移住した多くの被爆者は、被爆者特有の病気を抱えながら原爆被害への無理解に苦しみました。それぞれの国で結成された原爆被害者の会と私たちは連帯し、ある時は裁判で、ある時は共同行動などを通して訴え、国内とほぼ同様の援護が行われるようになりました。
私たちは、核兵器の速やかな廃絶を求めて、自国政府や核兵器保有国ほか諸国に要請運動を進めてきました。
1977年国連NGOの主催で「被爆の実相と被爆者の実情」に関する国際シンポジウムが日本で開催され、原爆が人間に与える被害の実相を明らかにしました。この頃、ヨーロッパに核戦争の危機が高まり、各国で数十万人の大集会が開催され、これら集会での証言の依頼なども続きました。
1978年と1982年にニューヨーク国連本部で開かれた国連軍縮特別総会には、日本被団協の代表がそれぞれ40人近く参加し、総会議場での演説のほか、証言活動を展開しました。
核拡散防止条約(NPT)の再検討会議とその準備委員会で、日本被団協代表は発言機会を確保し、併せて再検討会議の期間に、国連本部総会議場ロビーで原爆展を開き、大きな成果を上げました。
2012年、NPT再検討会議準備委員会でノルウェー政府が「核兵器の人道的影響に関する会議」の開催を提案し、2013年から3回にわたる会議で原爆被害者の証言が重く受け止められ「核兵器禁止条約」交渉会議に発展しました。
2016年4月、日本被団協が提案し世界の原爆被害者が呼びかけた「核兵器の禁止・廃絶を求める国際署名」は大きく広がり、1370万を超える署名を国連に提出しました。2017年7月7日に122カ国の賛同を得て「核兵器禁止条約」が制定されたことは大きな喜びです。
さて、核兵器の保有と使用を前提とする核抑止論ではなく、核兵器は一発たりとも持ってはいけないというのが原爆被害者の心からの願いです。
想像してみてください。直ちに発射できる核弾頭が4千発もあるということを。広島や長崎で起こったことの数百倍、数千倍の被害が直ちに現出することがあるということです。皆さんがいつ被害者になってもおかしくないし、加害者になるかもしれない。ですから、核兵器をなくしていくためにどうしたらいいか、世界中の皆さんで共に話し合い、求めていただきたいと思うのです。
原爆被害者の現在の平均年齢は85歳。10年先には直接の体験者としての証言ができるのは数人になるかもしれません。これからは、私たちがやってきた運動を、次の世代の皆さんが、工夫して築いていくことを期待しています。
一つ大きな参考になるものがあります。それは、日本被団協と密接に協力して被団協運動の記録や被爆者の証言、各地の被団協の活動記録などの保存に努めてきたNPO法人「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」の存在です。この会は結成されてから15年近く、粘り強く活動を進めて、被爆者たちの草の根の運動、証言や各地の被爆者団体の運動の記録などをアーカイブスとして保存、管理してきました。これらを外に向かって活用する運動に大きく踏み出されることを期待します。私はこの会が行動を含んだ、実相の普及に全力を傾注する組織になってもらえるのではないかと期待しています。国内にとどまらず国際的な活動を大きく展開してくださることを強く願っています。
世界中の皆さん、「核兵器禁止条約」のさらなる普遍化と核兵器廃絶の国際条約の策定を目指し、核兵器の非人道性を感性で受け止めることのできるような原爆体験の証言の場を各国で開いてください。とりわけ核兵器国とそれらの同盟国の市民の中にしっかりと核兵器は人類と共存できない、共存させてはならないという信念が根付き、自国の政府の核政策を変えさせる力になるよう願っています。
人類が核兵器で自滅することのないように!!
核兵器も戦争もない世界の人間社会を求めて共に頑張りましょう!!
著作権ⓒノーベル財団、ストックホルム、2024年


宇治市・西小倉地域の小中一貫校巡り講演会

2024年11月28日 | 記事

中学生がグラウンドを使えるのは3年後 宇治市・西小倉地域の小中一貫校巡り講演会 和光大・山本教授「教育条件悪化する」
「京都民報web」11/8
 宇治市が西小倉地域の小中4校を統廃合して施設一体型小中一貫校(2026年開校予定)の新設工事を進めるなか、同地域の保護者らでつくる、「西小倉地域小中一貫校の課題を考える保護者の会」は11月4日、現状の課題を共有し、これからのまちづくりを考ようと学校統廃合問題に詳しい、和光大学の山本由美教授を招いた講演会を同地域で開きました。

中学校グラウンドに新校舎、開校後にグラウンド整備工事
 同一貫校は、西小倉、北小倉、南小倉の小学校3校と西小倉中学校を統合。中学校のグラウンドに新校舎を建てる工事が2月から行われ、中学生の授業や部活動に支障が生じています。26年4月の開校後も、中学校旧校舎の解体→グラウンド整備に1年半かかる見込みで、結局27年10月までは、グラウンドが使用できない状態が続くことになり、教育環境への影響を心配する声が保護者から出されています。
 さらに、開校後、これまで自校調理だった小学生の給食がセンターからの配送に変わることや小学校の跡地利用など、住民の懸念や疑問が残されたまま工事が進行しています。
 企画は、子どもたちの学ぶ環境について知らせ、より多くの人に関心を持ってほしいと開催したものです。講師の山本教授は、政府の学校統廃合政策の変遷と廃合を後押しする公共施設削減にむけた財政誘導政策などを紹介した上で、宇治市の統廃合計画の特徴、子どもにとってリスクがある統廃合の問題を指摘しました。
 当地の小中一貫校計画については、経過や議事録の分析から、「文科省も合意形成の手続きが大事だと強調するが、合意形成ができているか疑問を感じた」と述べました。
 また、着手された工事に関してグラウンドが使用できない期間が続くこと、そもそもグラウンドが狭いことをあげ、教育条件の悪化を指摘。「環境が整ってから(一貫校に)子どもを通わす方が良い」と述べ、保護者の意見を聞いて、環境が整うまで開校時期を遅らせた他県の例を紹介しました。
 参加者からは、「南小倉小のグラウンドを売って住宅地にするのは許せない」「中学生の声を聞いて、少しでも教育条件を改善させたい」「いまのやり方は子どもへの虐待ではないかと思う。グラウンドができるまでは小学校を統合しないで」などの意見や感想がありました。(記事は以上)


 以下、山本由美さんの講演から印象に残った部分を紹介します。
教育学的根拠のない「分散進学」
山本(「宇治市公共施設等総合管理計画」2017.9には)「分散進学の解消」って書いてあるんですよ。ここ、そういうのすごい言いますよね。同じ小学校から別々の中学校に分かれて進学するのは良くない、「分散進学の解消」って言うんですけど、こんなの教育学的根拠ないと思うんですね。
山本(「第一次NEXUSプラン実施方針」2007には)「広野中学校校区では分散通学がないから大きな成果が上がった」けど「東宇治中学では分散通学があって連携する学校が多いから成果が上がらなかった」と―本当ですか?見てみたいな。そんなに分散進学解消って成果があるのかどうか、分からないのですけど、こういうオリジナルな説明(がされています)。

「18学級以上」の理由は教育学的根拠がなく俗説的
山本(「第一次NEXUSプラン実施方針」2007では)なぜか宇治市は「18学級以上」の学校が望ましいという独自基準だったんですけども、その説明がなんて書いてあったか。「児童生徒数が少ない場合、個々の児童生徒に対する教員の指導によっては、児童生徒の依存心を強くし、自立の機会を奪う結果になる」それから「教員と児童生徒との間で緊張が生じることもあるが、日常の人間関係が固定化されていることもあって、回復のきっかけを作ることが難しい」―この2つは完全にオリジナル理由ですよね。こんなの見たことないですよね。誰が作ったんでしょうね。なぜ3学級なきゃいけないかというと「学年2学級の場合は、児童や保護者の学級間の評価・優劣が固定化されやすく、学年運営に困難さが生じる」―「学年2学級で困難さが生じる」なんて書いてる自治体、ほかにないと思います。すごいですよね。なんか、よっぽど大きい方が良いと思っているのか、びっくりしたんですけど。「学校運営上、教員数においても可能な限り多い方が教育効果は上がる」って誰が考えた?

 


うたごえとシネマの集い

2024年10月14日 | 記事
2024年10月13日(日)、城陽市鴻の巣会館にて「うたごえとシネマの集い」が開催されました。
荒木栄生誕100周年を記念して開催されたつどいには、新作映画「俺たちの歌」を制作中の港健二郎監督もカメラ持参で参加しました。
前半は港監督作品の「ひだるか」上映。花形ニュースキャスターの陽子が外資やデジタル化の嵐に巻き込まれ、父が当事者であった「三井三池争議」と同じような組合の分断化に直面する。映画がいよいよクライマックスを向かえるというところでグッデイは退室!
続きが気になりましたが、30分のリハーサルを行い後半の「うたう会」の臨みました。
テーマソングの「しあわせはこび」のあと、約1時間にわたって荒木栄の代表曲10曲+アンコール「地底のうた」を心を込めて歌いました。
MCによる曲目解説、荒木栄とうたごえ運動に寄せるメンバーの語り、飛び入り参加もたくさんあって、大いに盛り上がりました‼️

グッデイダブルヘッダー

2024年09月22日 | 記事
9月8日(日)はグッデイにとって何度か目になる「ダブルヘッダー」。
  • 朝から木幡六地蔵九条の会「夏のつどい」(木幡地域福祉センター)
  • 午後は「第12回平和のつどいin宇治」(ゆめりあ宇治)

でした。

暑い中でしたが、どちらのつどいも会場は満席で、大いに盛り上がりました。
セットリストは
しあわせはこび(畑優子、田中正浩)
あの素晴らしい愛をもう一度(北山修、加藤和彦)
イムジン河(松山猛、高宗漢)
約束のうた(きむらいずみ、田中正浩)
憲法九条五月晴れ(京都のうたごえ、廣岡明郎)
上を向いて歩こう(永六輔、中村八大)
アンコールは
木幡では「青い空は」(小森香子、大西進)
宇治では「タンポポ」(狩俣繁久・小森香子、大西進)
でした。
2会場のアンコールは奇しくも「小森・大西」作品だったわけですが、
小森さんは昨年6月に他界。息子さんが「全国9条の会」事務局長をされています。
大西さんは先月のブログにも登場。90歳を超えた今も「日本のうたごえ全国協議会」で活躍されています。