せかいのうらがわ

君と巡り合えた事を人はキセキと呼ぶのだろう
それでも僕らのこの恋は「運命」と呼ばせてくれよ

溺愛

2009-12-30 22:35:49 | 小説
目が覚めた瞬間そこは水の中だった。
水の中なので当然空気はなくて、驚きの声は独特の響きを残し透明な泡になって頭上へと消えていく。正確な距離はわからないがとにかく遠くに、水面が光を反射してちらちらと光るのが見える。それを見ながら漠然とああ、自分は溺れているのだな、と自覚した。
足元には何やら鎖が絡みついていて、その鎖の先は暗いくらい海底に沈んでしまっている。止めている息は苦しくならないが、逃げられないのだと自覚すると途端に心に重く圧し掛かる。水圧で心臓が押されて、僅かな空気の泡で蓋をして水がそれを強く押し込んだ天然の耳栓からおれの重いおもい鼓動が聞こえた。縁日で見た太古のような、おもい重い響きを持ったそれは生きていると感じさせると同時におれは今からじわじわと死んでいくのだ、とどうしようもなく思わせる。いっそ心臓だけ切り取ってこの海の底に沈んでしまえばいいのだと薄く自嘲した。
「あなたいま死にたいとかんがえたでしょう」
隣に居た彼女が腕に絡みついて、酷く馬鹿にしくさった様子で言った。篭って聞こえづらい声はブラウン管の中でシュノーケルを銜えて潜っているダイバーを連想させて、どこか現実味の無いようなものに思えた。
水の流れで張り付いたり浮いたりするおれの気に入りのTシャツと彼女の薄桃色のワンピースを見ながらおれは一体どうして彼女がここに居るのかな、と考える。水に煽られても崩れもしない化粧を見つめていると、気付いたらしい彼女が形の良い唇をこれまた綺麗に吊り上げて美しく笑った。彼女の白く伸びる足の先を見てなるほどそういうことかと一人頷く。なんてことはない、彼女もおれと同じように溺れているのだ。彼女がワンピースと同じ薄桃色のパンプスで鈍色のそれを蹴ると、水の中で尚重量を失わない鉄の輪が揺られて軽い音を立てたような気がした。
「苦しくはないのか?」
わざわざ問いかけたことで、水母のように口から大きな泡が吐き出されて仄かに息苦しいような気がしてたまらず片手で喉を押さえた。水にすっかり体温を持っていかれた身体は頭の天辺から足の先まで冷たかったが、何分手のひらも冷え切っていたせいかほとんど感じない。唾を飲み込むと、喉仏が手のひらで大袈裟に上下した。
「水の中で苦しくないというのなら、それは人ではなく魚かもしくは何かそういった類の生き物に違いない。もしも魚になれず死ぬとしたって、私は人でありたいと願うわ」
彼女は息継ぎが必要なはずの長い科白を、特別息が長いわけでもないというのに一息で言い切った。確かに銀色の腹を曝け出して水面へ漂うよりは、醜く膨張した身体でもおれとして死に、拾い上げられて人並みに死にたいと思った。そう考えている間は、都合よく足に繋がれた鎖はないもののようになってくれる。
鼻に残った息がこぽりと零れてはどんどん上へ昇って、おれたちの二度と上ることのできない水面で弾けて消えたのが微かに見えた。微笑みを浮かべた彼女の顔色が心なしか青白いような気がして、思わずおれは彼女の首を絞める。
上手く力の入らないおれの無骨な手より、彼女の首は少しばかり温かかった。きょとんとして彼女は何かを言おうとしたが細かい泡がいくつか溢れただけで、何か言葉を発したような気配はしない。絞めていると思っているのはおれだけで、彼女は首に触れられているといったような平然とした顔をしておれを見ていた。
彼女のように長く話したわけではないおれの肺にはまだ空気が在ったが、身体も華奢で些かお喋りな彼女の肺にはもう空気はないのだな、と漠然と感じた。ここは水の中で、おれたちは溺れている。空気がなくなるということは死を意味していて、焦ったおれは何かを言わなくてはと口を開いた。
「苦しくはないのか?」
おれは以前からどうしようもなく彼女のことが好きで、確か数日前に恋人というものになったような気がするのだが、苦しくてよく回らない頭では先ほどの言葉を繰り返すのが精一杯だったらしい。残り少ない貴重な空気で、たった一人の大事な女性に何を言っているのだ、とおれが顔を顰めると、彼女はまたひどく馬鹿にしくさった表情で笑って何かを言おうとしたので、おれは咄嗟に彼女の首を引き寄せて全部の息をくれてやった。
「ばかね苦しいわよ」
おれの二酸化炭素を吸い込んで、彼女は笑った。律儀に何かを返そうとしたおれの肺には空気が残っていなくて、おれは彼女が以前へたくそと笑い飛ばしたへたくそな笑みを浮かべて、魚になりたくないと言った人魚みたいな彼女の背を抱き締める。気に入りのTシャツが無残に握り締められて彼女の冷たい唇が触れたので、おれは今更鎖を恨めしく思い、彼女の鎖を思い切り蹴り飛ばしてやった。

―――
(溺愛)

初音ミク『二息歩行』→sm8061508
二番を聞いていたら突然思いついた。

溺愛は本来の意味じゃなく、
「溺れる中の最後の愛」という意味。
意味不明なのは仕様ですごめんなさい。
あと夢の中なので長く喋れます。
意味不明なのは仕様ですごめんなさい。

人間は溺れると窒息して脳死するまでの時間と、
肺に水が入ってしまうことでの苦しみがあるので
溺死は焼死と同じくらい辛いといわれています。
皆さん水辺には充分に注意して年明けしてください。

年末に書く話じゃないごめんなさい。

それにしても今日の夢が初夢じゃなくて良かったという話。


(※水母…くらげ)

ark

2009-12-30 17:46:29 | ネタ張
「禁断の海馬に手を加えて、驕れる無能な神にでもなった心算なの....」

初めて聞いたけどこの台詞のところがとても好きだ。
というかこの台詞自体も好き。


今RPGツクールで一生懸命作ってるゲームに出てくる、
「アーノルド」って奴のことを思い出してみたり。

アーノルドは「神」です。宗教の神。
人の形をした、吸血鬼という種族と同じ術を使う、神です。
妻が居て娘が居て誰かを愛し憎み殺す、感情豊かな神です。
(でも妻は死んでいて娘も死んでいることになっている。
家族の存在を知るのはたった一握りの人間たちだけ)

この世界というか、そこらへん一帯はずっと夜なのです。
だから日の光を取り戻したい人がたくさん居る。
そんな時アーノルドが「俺なら取り戻せる」と言って
あれよあれよという間に神様になったというわけです。

でもアーノルドに日の光を取り戻す力はありません。
でも彼に「は」。死んだ妻と彼の娘にはあります。
まさに「驕れる無能な神」。ちょっと思い出した。