年若い奥様を亡くされた知人のお通夜に出席しました。
親族席には喪主であるご主人と、まだ中学生ほどのお子さんが二人。故人の遺影の若々しさと、涙も出尽くして疲れはてたようなお子さんたちの様子が、参列者の涙を誘います。
親族挨拶の際に、奥様の要望もあって生前には公にしなかった闘病生活を、喪主は涙をこらえながらお話しされるのでした。
そして、こんな風に話を結ばれました。
「これから私たち家族三人で生きていきますが、皆様方にご相談することもたくさんあると思います。どうぞよろしくお願いします。」
思えば、あの人は人から相談されるばかりの人なのだ、つい最近も厄介な相談事を持ち込んでお時間を割いて頂いたばかりだった、そう思いながら夜道を歩いていると「乾坤只一人」 (けんこんただいちにん) という言葉が口をついて出てきました。
乾坤、つまり天と地のあいだに、只一人の私がいる。
逆境にただ一人立ち向かおうと毅然と立っておられる喪主の姿から、その言葉が浮かんできたのだと思います。
そして同時に、何かのはずみで、わたしがあの人の辛い立場にも立ち得ただろうと、そうも思いました。天地のあいだには、あらゆる可能性をはらんだものとしての「一人」しかいないのだと思うと、本当にひとりで暗闇を浮遊しているような感覚におそわれます。
暗闇の向こうで、わたしを呼び止める声が聞こえます。斎場からわたしを追いかけてきた参列者のひとりでした。
「しばらくぶりだけど、変わりはない?」
「ええ、おかげさまで元気でやってます。」
この会話だけで、宙に浮いた体が地面に降りてきたように思いました。