25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

相撲協会のこと

2018年05月24日 | 日記
 相撲ほど怪我の多いスポーツはないのではないか、と気にかかる。力士の大型化も原因のひとつだろう。膝や肘という力のクッションやバネともなる箇所の使い方がもっと研究されていいような気もするが、年6場所と巡業の多さの見直しも検討されていいのかも知れない。

 「潰す」という言葉をアメフトで耳にするようになったが、日馬富士によって、稀勢の里が潰され、膝の悪い照ノ富士を正座させ、殴る。その照ノ富士は来場所は幕下である。貴乃花親方は干され、貴の岩は再起の二場所目である。暴行事件さえなければ、この力士もそろそろ自分の型を見つけ出す時期であったことを思えば、彼も潰されたのである。
 相撲協会はあの事件のとき、日馬富士を本場所に出すべきではなかったのに、出場させた。日馬富士側についてしまったようにぼくらには思えた。
 この協会は公益財団法人であり、収入が100億円あるのに、払っている税金はわずか15万円である。なぜ、スポーツでこの団体だけが公益法人であるのかも不思議な話だ。
 主婦の方々が「相撲協会の公益法人の取り止め」を管轄省に申し出たニュースを聞いた。もっともである。どうして税金を免除されるのだろう。宗教法人も同様に不可思議さを覚える。
 大相撲に入る若者が少なくなって、相撲協会は外国人力士に頼るようになった。日本人力士だけでは運営できていけないのだ。貴乃花は入門する若者が激減していることを案じていた。
 
 さて話が力士のことになるが、陰ながら、昔ドキュメンタリーをテレビで見たことが切っ掛けで、旭大星を応援してきた。その旭大星が勝ち越した。もう一人、怪我からどん底まで行き、這い上がってきて、自分の相撲の型を見いだした栃ノ心を応援してきた。
白鵬に対して勝ちなしに25敗。しかし栃ノ心がここ三場所で横綱相撲をとっている。
 興奮して結びの一番を見た。がっぷり右四つに組んだ。どちらも得意の型である。去年の秋場所ではこの型になっても白鵬に押し寄られた。同じ格好である。栃ノ心の左腕は強かった。両腕でのひきつけに白鵬もなすすべがなかった。圧倒した寄り切りであった。

 連日満員御礼が続いている。だが大相撲の終わりの始まりがスタートしたように思えてならない。
 十両にならないと給料がない制度。ベーシックインカムもない。怪我をする。寿命が短い。貴乃花の時代には入門力士は多かった。「満員御礼」で我が世の春だと協会の理事たちは安穏としておれまい。
 五年、十年、その先を考える必要がある。

ムチャクチャ日本

2018年05月24日 | 社会・経済・政治
 日本はどうかしてしまったのではないか。
 株価が上向いていうにもかかわらず、実質賃金は下がっている。100時間までの残業を認めようとする。無制限に残業時間に縛られない高度プロフェッショナル制を経団連に言われる通りに行う。残業を100時間してでも、ドイツの一人あたりの生産高に及ばない。ドイツは残業は一日2時間まで。4日続けば一日休みがとれる。
 日本はまず構造的な問題を考えるべきである。
 国会はムチャクチャである。首相もムチャクチャ、財務大臣もムチャクチャ、取り巻きの官僚もムチャクチャ、自民党もムチャクチャである。国民は政権交代可能な野党を育てることはしない。おれらがえらんでやる、という態度である。
 日銀による金融緩和策で銀行が悲鳴を上げている。
 これから4万、5万人の銀行員がリストラとなる。地方銀行の行員は、どこへ再就職できるだろう。
 介護保険がまた上がる。介護保険制度ができたとき、値上げはないと言っていたのに、何度も上げる。年金から取っていく。消費税アップが待っている。また実質賃金が下がる。その分、人は節約する。
 経済の安倍で登場したはずが、経団連の安倍であり、日本会議の安倍である。
 権力に居座るものは腐っている。腐っていることの自覚もない。

 日大の宮川選手は加害者だけど、佐川元理財局長や柳瀬元首相秘書官を比べてみよう。みなわかっているはずだ。