25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

有難いこと

2018年05月19日 | 日記
 夜中の雨も通りすぎて、気持ちのよい朝だった。電話が鳴った 神保さんからだった。「ブログでみたけど、草刈機の刃が替えられんて? おれがしたるさか・・・」「えぅ、できるん?」「できると思うよ」「10時半にもってくで.ありがたいわ」
困りに困っていた。着替えにをして、すぐに草刈機を車に入れて、神保さんの家に向かった。車で1分もかからない。背の高い神保さんは帽子を被って庭から手招きした。
 庭の方まで車で入り、草刈機を取り出すと、神保さんは、「取説にあるやり、
読まんかい」と言いながら、「ここに穴あるやり。ここにこれ差して」というと、レンジをだして六角形のネジをギュギュと時計回りに捻った。すると刃が見事に外れた。ものの10秒。魔法でもなく、ひどく力学的であった。取説をなくしたか、しまい忘れたか、やはり取説はとっておかないとこんなことになる。しきりに反省した。
 神保さんの庭には今、なでしこが咲き、大きなカラーも見事に咲いていた。庭を歩くと、薔薇も最咲いている。いろいろな草木を育て、ハーブ類も、野菜類もある。雑草ひとつなく、彼の徹底ぶりがわかる。
 奥さんもやってきて、ひとしきり尾鷲の町の談義となる。
「奥さん(ぼくの)、フラダンスせんかいな」 ぼくは「フラダンスまだやっとるんかな」「5人でな」と言って、指をさして「そこにホールがあってな」、神保さんは苦笑いしていた。昭和19年の津波のときの状況の話し方を聞いて、尾鷲もは木がいっぱいあるので、またたくまにバラックの仮設住宅ができたことも聞いた。
 息子さんが桑名から単身赴任で、今同居しているらしい。その息子さんは格好のよい大きなバイクの手入れをしていた。潮の岬までツーリングをしたという。311号線を走り、熊野に入り、左に七里ヶ浜の太平洋を見て、紀伊半島の端っこまでバイクで走るのもさぞ、気持ちがよいものかもしれない。ぼくなどは車の運転にも飽きがきていて、面倒さを感じる。

 草刈機の刃が新しくなったので、早速自分の家の雑草を刈った。シュンシュンと切れる。爽快に切れるのである。あっという間に、前日切れていない草も無慈悲に切って、10分くらいですっきりとなった。熊手で草を集め、乾かしてしまう。
 明日は曽根の方をやろう、とやる気満々になった、
 神保さんにはプラグの掃除の仕方まで教わった。
 有難いことだった。もう観念してシルバーセンターに頼もうかと思っていた。
 神保さんは名前を美也というが、まさに背の高い彼はそんな風に見えた。感謝、感謝。