25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

日本の困難

2018年05月07日 | 社会・経済・政治
 一億総中流社会だった日本が、バブル崩壊後から「失われた20年」と言われ、経済が成長しないと、政権がコロコロ変わるようになった。そして二度目の安倍政権の誕生により、日銀は政権の希望に沿うように「異次元の金融緩和」を行った。銀行がもつ国債も買い取り日銀の銀行口座には有り余るお金が帳簿上にある。だが、このお金を有効に貸し出す先がなかった。
 しかしながら、物価は日銀が買い支えをするということ、年金も株投資することで、株価は上昇した。株価の上昇はお金持の資産がさらに高まり、資産は膨らむことから、アベノミクスは資産家には歓迎された。円安に誘導したから、輸出企業は、生産高をあげなくても為替の差益で儲かった。そのお金を設備投資に使わず、内部留保した。一方輸入は不利となり、物価が少々あがったが、偶然にか、石油の暴落がおきたため、日銀が期待するほどの消費者物価は上がらなかった。そこへ消費税の増税があったため、賃金上昇が追いつかず、株を持たない人の実質賃金は目減りした。来年の消費税アップも決まっているから、さらに実質賃金は下がることになる。
 本当はアベノミクスの第三の矢が最も重要なことであった。第4次産業革命が起ころうとしているときに、安倍首相はIR(カジノを含めた総合的リゾート)が目玉だといい放っている。特区においては加計ありきの獣医師養成学校である。インバウンドでは民泊を180日解禁した。
 これくらいのことで第三の矢になるとは思えない。既存利権者に、反することはなかなか難しい。票田となるところには手がだせなかった。
 かくしてアベノミクスは所得の格差を増やすだけで終わろうとしている。日銀は喘いでいる。次に恐慌がきたときに打つてがなくなっている。
 日銀や政府の信用失墜が起こる。
 この責任を次の総理が負うのか。安倍総理に続けてもらって責任をとってもらうのか。その責任と改憲で相殺するのか。
 日本は難しいところに来ている。無責任大国からの脱皮もあったほうがよいと思う。