Earth Spiral

Survival&Creative life. 
大地と魂の声を聴き、自分の道を歩め

コゴミ採取

2021-05-09 | 日記的な
今日は雨だし種まきカレンダーは休耕日なので、安心して家の中で仕事。
午前の講座が終わってランチ食べたら、眠くなって昼寝。

雨が止んだので、起きたらブラっと、コゴミの様子を見に行ってみた。
あら~、だいぶ伸びてるじゃないの。

でも、おととい、畑仕事の終わりに見に行こうとしたら、
カラマツ林方向で、ブヒブヒって、鳴き声がしたんだよね。
たぶんイノシシ。怖いから行かなかったけど、
そうこうしているうちに、だいぶ伸びていました。

雨上がりで他の植物も、急に上に伸びていて驚いたよ。

桜と水仙が終わって、ヤブツバキが咲き始めた。
タンポポ、カキドオシ、スミレも。寒かったり扱ったりするから、
なんか植物の開花がめちゃくちゃな気もするが…。



タンポポは乾燥させて、堆肥にまくお茶作ってみようと思う
(マリアトゥーンの本に書いてあるやつ)。
昼寝なんかしてると、あっという間に夕方だな。

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どんくさくてかわいいアナグマ

2021-05-07 | 日記的な
アナグマ1


外出から戻るとアナグマがいた。
慌てて側溝に隠れるも、私たちにビビって出てこれなくなったので、そのままにして畑仕事へ。
畑仕事が終わって、夕方ふと見ると、側溝から出てきて、てくてくと道を歩いている。
3時間ぐらい経ったけど、昼寝でもしてたのかな?どんくさくてかわいい。

アナグマ2


野生動物って、すぐ逃げるので、写真でも動画でも撮るの難しいんだけどね。

うちの猫もビックリ(笑)
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猫の言い分

2021-05-01 | 猫の家出
最近、noteに、猫の家出のことを書いている。
フェイスブックの思い出に同じ日の何年か前の投稿があがってくる。
よく、わーさんの写真がアップされているので、
それをみて、何か書きたくなったら書いています。

Earth Spiralのnote

猫の話は「猫の言い分」ってマガジンにしています。
他にも、月に1回「星々のことば」ということで、
占星学関連のこと書くようにしています。

まだnoteの使い方、よくわからないけど、
ぼちぼち書いてみようかと思います。
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天気のよい日は毛布を干そう

2021-04-23 | 猫の家出
フェイスブックは過去の投稿などをあげてくるので、
しょっちゅう、わさびの写真が登場する。
姉妹のくるみはキジトラで、写真を撮るのがなかなか難しいし、
カメラを向けるとだいたい、そっぽを向くので、
くるみの写真はあまりなかったりする。

わーさんが、家出をしてから2か月弱。

今年の5月で13歳になるところだった。
しかし、12年は私たちに付き合ってくれてたんだと思うと、
それだけでも、よしとせねばと最近思う。

しょっちゅう家出していた。
アニマルコミュニケーターの友人によれば、
「わさびちゃんは誇り高き野生動物です」(キッパリ)。
で、過去生でも飼い猫や飼い犬だったことがあるけれど、
いずれも脱走していますと言われていた。



でもね6年前に10日ほど帰ってこなくて、
それで戻ってきたときには、反省したのか、
わりと家にいるようになっていたので、
「今世は飼い猫修行に来たに違いない」と思っていた。

歳をとったらちゃんと家で看取ってあげよう、
と、こっちは真剣に覚悟していたぐらいだ。

しかし、そうは問屋が卸さず、別な体験をさせられた。
今までも飼い猫を看取る経験はしているからね。
そうやって、人間も鍛えられるんだろうな。

家出なので、いくらでも想像力を働かせることはできる。
「化け猫修行に行ったんじゃないか」という説もある(;^ω^)
「カスタネダの本に出てくるドンファン(シャーマン)、
もしくはルーク・スカイウォーカーみたいに消えたんだよ」とか。

今日も暖かなとっても良い天気だったけれど、
おせっかいフェイスブックが「2年前の今日」
って出してきたこの写真も良い天気。
外に干してあるシーツか毛布の陰でくつろぐ姿。

今日も、そういえば、家の人が毛布を洗濯して干していた。
人間は計らずも同じことやっている(笑)

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天使へのお土産

2021-04-22 | 猫の家出
今日はアースデイ。でもエブリデイ・アースデイにしたいものです。

6年前は今頃、わーさんとともにフキノトウ探しをしていたんだなー。
わーさんは、私たちが外で遊んでいる時、とってもご機嫌だった。



ともに季節の動きを味わってきた。
だから、季節が巡るたびに、自然の風景とともにともに生きていたことを思い出す。
それは寂しいという感じではない。

ずっと私の中にあって、ちゃんと天の門をくぐった時にも、
天使にお土産として持っていける体験だ。



今年はもうフキノトウはだいたい伸び切っています。
フキ味噌もつくり損ねた。なので今度は、フキノトウの茎を食べよう。
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自分自身と真理を頼りに生きよ

2021-04-17 | Esoteric Astrology
「そういうわけで、私があなた方に教えたのは、そう聞いたからというだけで、信じてはならないが、自らの意識で確信したならば、その信念にしたがって一所懸命に行動せよということである」
(『イニシエーション』アリス・ベイリー著 「主仏陀は言われた」より)

仏陀は入滅の直前に弟子たちに
「自分自身と真理を頼りに生きていきなさい」
と説いたと言われており、それを自灯明(じとうみょう)・法灯明(ほうとうみょう)というそう。

仏陀は私たちの様々な階層にある欲求と、それがもたらす苦難について明らかにし、その土台のもと、キリストが欲求の変性を説いたと考えることができます。

4月20日5:33に太陽は牡羊座から牡牛座に移動します。牡牛座の秘教的なキーワードに「欲求」があります。欲求とは、私たちが望むところに連れて行ってくれる「力」でもある。

牡牛座は一般的には「地」のエレメントであり物質世界、五感の世界とかかわりが深い星座と捉えられています。それは低次表現において物質界の欲求に目が向いているから。

この牡牛が方向転換をし、その目が霊的方向に向いたとき、欲求の牡牛は神聖なる牡牛に変容します。
もう一つの牡牛座のキーワードは「イルミネーション」。イルミネーションを得た牡牛は、神聖なる方向に向かい、今度はその方向に向かって突進するパワーを使うことができるようになります。

人間は物質方向と霊的魂的方向の間で、長い間葛藤を続けてきていると言えるでしょう。どこでイルミネーションを得るか?それは欲求に従って行動することで、いつか得られるものなのかもしれません。そのためには自分の欲求に自覚的である必要があります。

人の言うことを簡単に信じてはいけないが、自分が真実だと思ったならば、そこに向かって進みなさいとあります。この言葉には、イルミネーションと突き進む力、そして自分と真理への信頼が含まれていると捉えることができます。

仏陀は太陽が牡牛座にある満月の時に誕生し、悟りを開き、入滅したと言われています(花祭りは4月8日だけど(;^ω^)あれ?)。というわけで、牡牛座太陽の時に起きる満月は、仏陀の力とつながることができる日であると言われています。今年は4月27日。

現在、牡牛座には変革の星である天王星が滞在中。
これが少しでも、人類にイルミネーションをもたらし、物質方向への欲求から、より高次の方向への意識の方向転換の刺激になりますように。
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痛みや悲しみの共有

2021-03-26 | 猫の家出


心配してくれてる人もいると思うし、飼い猫が失踪したりなくなって辛い思いをしたことがある人がわたしの投稿で気持ちが揺らいだりすることがあると思うのですが、シェアしといたほうがいいような気がするので、ちょっとプロセスを書いておきたいと思います。

わさびが帰ってこないことは、過去にもあったので、ある程度は慣れている。アニマルコミュニケーションしてくれる友人にも相談した。いろいろ考えて、可能性は半々というところで、気持ちの整理をだんだんつけていた。

もりぞう(だんな)とも、自分の思うことを、ごはんの時間の後などに共有していた。そして、泣いたり笑ったり。奈良の研修から戻ってからは、なんとなく、もういいかな~、あとは帰ってくるも来ないも、わさびの自由、って思って、あまり話さないことにした。

そしたら、今日、夕方ぐらいに突然、何にもする気が無くなって、ちょっと鬱っぽくなりそうな感じがした。もりぞうに、そのことをつぶやいてみたら、急に泣きたくなった。今まで3週間、ちょっと涙するものの、思いっきり泣いていなかったのだ。

もりぞうも、わたしも、それぞれが、わさびとの関係性が違うので、それぞれのプロセスを尊重していたが、もりぞうが思っていることを色々話してくれた。わさびはもう裏磐梯の自然界に帰ったんじゃないかって。私も本当はそう思っていた。でも確信があったわけじゃないし、戻ってくる可能性を切り捨てることもしたくなかったから言わなかった。

でも、自分たちの中で起きていたプロセスを、それぞれ話してみることで、何か、ちゃんと、わさびとつながれたような気がした。それぞれが、受け取っていること、そして、これから生きる力にそれがなってくれることを。

わさびのわさびらしい生き方に敬意を表したい気持ちだ。そして、くるみちゃんがいてくれることが、ほんとに助けになっている。

ちょっとした自分の中の違和感をきっかけに、話をする時間がとれてよかった。悲しみも痛みを恐れずに共有できることの大切さを実感した。

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自然界のヒーリング

2021-03-26 | スピリチュアリティ・魂の癒し
ヒーリングの研修から帰ってきたら、近所で大規模に木の伐採がおこなわれていました。何か事情があってのことだと思うので、残念ですが見守るしかなく・・・。

今朝、その場所から切られたカラマツの枝を拾ってきてヒーリングをしてみることにしました。

自然界には目には見えない様々な存在達がいます。高次の存在になるにつれて慈悲深く、ヒーリングをしてみて感じたことは、自然界をヒーリングしているつもりが、実は自分たちがされているんだなということ。

その土地の伐採などに関わっている人たちにも癒しのエネルギーが送られていました。
春の遅い裏磐梯では、これから様々な植物たちが目覚めるとき。大きな木が何本も切られ、場のエネルギーが全く変わってしまいましたが、またその土地に調和が訪れますように。
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瞬間の永遠性

2021-03-25 | 猫の家出
奈良から裏磐梯に昨日帰ってきました。雪がだいぶ解けていました。facebookでわさびの動画があがってきて4年前は雪が多かったことがわかる。

わーさんのことは、気にかけて心配してくれている人がいるので、シェアを躊躇しましたが、こうやって自然の中でのびのびしているわさびの姿を見るのは、とても嬉しいので思わずシェアしてしまいます。

脱走して20日あまり。わさびが去って20日と書くのと、脱走してとか家出してと書くのとだいぶ気持ちが違う。

今思うと「もうそろそろ行かなきゃいけなんだよ」と言っていたように感じた瞬間があった。目の状態が悪化し始めたころで、病院にいく数日前のこと。ふと感じたその感覚を思い出すのが嫌だったけど、自分の魂にしっかりつながった状態で振り返ってみた。

それに気づいてから約2か月ほどの間、病院にいったり目薬したりする役割の自分は嫌われるかと思ったら、意外にも、わさびは、家の中での追いかけっこ&かくれんぼに、わたしを誘ったり、いつもと違うことをやっていた。退屈になると自分で遊びを考えるので、今回も目薬いやだけど、それを遊び感覚にしちゃっているんだなと思い、その遊びに付き合うのは楽しかった。

その「追いかけっこ&かくれんぼ」をこの裏磐梯の大自然の中でやっているつもりなのかもしれない。それに付き合うのもやぶさかではない。

あの瞬間のまなざしを思い出すことは、恐かったけど、それを通して、わさびの愛が、もっと言えば宇宙の愛と叡智が流れてきているのだと思った。時間は瞬間の積み重ねで、その瞬間に永遠が含まれている。

瞬間にある永遠を信じられない小さい自分は、まだまだメソメソしているし、それでいいと思っているけど、魂の自分は、わさびを通して伝わってくるものを受けとめようとしている。

また、わさびがいない今の状態を受けとめるプロセスは、私だけではなく、もりぞうやくるみ(猫)の中でも動いている。そして、わさびとくるみと、もりぞうと私という一つの家族という単位のバランスをとろうとするプロセスに今ある。

もしかすると、この投稿を見て気にかけたり心配してくれている人にも、影響与えてしまっているかもしれないけれど、全ては調和的に調整さていけばよいと思い、これを書いています。

ひとつの出来事は、それだけのものではなくて、生命が網の目のようにつながっているごとく、全てに波及していくものだということ実感する。そして、ヒーリングとは本来、単独で起きるものではないのだということも、改めて感じなおしています。

プロセスが終わったころに、こんな風に軽やかに帰ってくるかもしれないしね。


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時間の認識 

2021-03-19 | Esoteric Astrology
明日に太陽は牡羊座に移動します。そして春分の日。
一年のはじまり。

一年をどこからはじめるかは、ケルトでは暗い方向に向かう11月だったそう。闇からはじまり後半が光の時期になるという流れも、じっくりと準備ができてよさそうです。

直線的でなく、円環的な時間の中に生きていると、もっと柔軟に「とき(時)」を感じることができるんだなと思ったりします。そして円には中心がある。自分がもどる中心があるのです。ただの直線のイメージだと、自分の居場所は???となりますね。

時間の認識、空間の認識は自分の世界観、人間観すべてに影響してくる大きな問題です。
今日から新しい占星学関係の講座がはじまりますが、占星学も前提となる時空間認識をかえるところが一仕事です。星々に意識を向けることで、頭の中を柔軟にしていけたらと思っています。

そういう世界を感じるために必要だなと思うことは、エネルギーという視点を持つことです。エネルギーっていう言葉が適切かどうかはちょっと?ですけど。

私はもともとボディワークが自分のよりどころなので、その延長でエネルギーワークを考えているので、物事を「エネルギーとそれが濃密になった物質」というシンプル視点に戻ることにしています。
エネルギーという概念で見る世界はシンプルです。ただ、多様な種類のエネルギーがあるというだけです。目の前に現れる様々な形、現象などはその結果をみているので、とても複雑に見えますが、「ああ、これって多様なエネルギーの順列組み合わせってことだ」と思えば、よろしいのです。

でも、その順列組み合わせ、そして異なるものが衝突したときの影響の予測、それがとっても複雑で、神の視点にならなければ、全てを見通すことはとてもできないし、それに比べたら、私たちの認識など、スズメの涙ぐらいのものなのです。

でも、人間は可能性をもっている。すべての生命は可能性を持っていると言った方がよいかな。
自分が見えている範囲というものが、誰にでもあるわけで、その範囲をしっかり認識していくことが大事です。そこに、既に必要なものが与えられている場合が多かったりするので。

この春からも、それを確認しながら、みんなで前に進んでいきたいと思います。

急がば回れ。
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