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タイムスリップ

2007年01月14日 | 過去の記事
関宿は古くから交通の要衝で、伊勢鈴鹿の関が置かれていたところから、関の名も

この鈴鹿の関に由来しています。


江戸時代には、東海道五十三次の江戸

から数えて47番目の宿場町として参勤

交代や伊勢参りの人々などで賑わった

そうです。

現在、東海道の宿場町のほとんどが旧

態をとどめない中にあって、数少ない

歴史的な町並みが残されている場所でもあります。

関宿の範囲は、東西追分の間約1.8km、25haにも及び江戸時代から明治時代にかけ

て建てられた古い町屋200軒あまりが残っています。


真新しい感じの薬局の看板です。

シオノギ製薬の特約店のようですが通

りに面したガラス越しに置かれてあっ

たのは、昔なつかしの薬用品です。

今は殺虫剤はスプレー缶式のものがほ

とんどですが、昔の霧吹き式の容器が

置かれてあったり…

あまり言うとワタクシの年がばれちゃうので(別にばれても構わないんだけど)

書きません。

それにしても看板の下に書かれてある電話番号が45番だけです。

もちろん今は45番にダイヤルしても繋がらないでしょう。(そんなこと言われ

んでもわかってるって? いや、これはどうも失礼しました。)


屋根瓦のついた立派な庵看板です。

この写真と次の写真は同じ看板の表と

裏です。

書かれてある文字が違いますね。

片側は漢字、反対側はひらがな。

これは、どういうことかというと

東海道五十三次の始点と終点つまりは西側(京都側)が漢字で書かれていて、

東側(江戸側)がひらがなになってます。



旅人が向かう方向を間違えないための

工夫だといわれています。

江戸で思い出したけど英語の授業で

「私は東京に住んでいますを過去形で

いいなさい。」といわれて、

「I leved in EDO.」って言ってた奴がいたっけなぁ。