文化遺産としての赤塚不二夫論 今明かされる赤塚ワールドの全貌

赤塚不二夫を文化遺産として遺すべく、赤塚ワールド全般について論及したブログです。主著「赤塚不二夫大先生を読む」ほか多数。

エキサイティングな笑いが満載 『まかせて長太』

2020-03-25 19:39:45 | 第2章

『鉄腕アトム』、『鉄人28号』、『ストップにいちゃん』、『忍者ハットリくん』といった、今尚漫画史に燦然の輝く名作が顔を揃えていた激戦区「少年」で、丸二年に渡り、これらの強豪を相手に、地味な人気ながらも、毎回遜色ない健闘を重ねていたのが『まかせて長太』(63年10月号~65年9月号他)だ。

代理代行業務に従事する呑気な父親を手伝う、同じくユーティリティ・プレイヤーの長太が、様々な職業にチャレンジする中、散々な危機やトラブルに晒されながらも、スタントマンも裸足で逃げ出す持ち前のバイタリティーによって、次々と危険を回避してゆくアグレッシブな展開を主としたシリーズで、アクションをふんだんに盛り込んだエキサイティングな見せ場の高揚感と、細切れにしたギャグを散弾銃の如く連発連射する一撃必笑のノリの真新しさは、間然とするところが一切ない。

『おそ松くん』のスラップスティックの流れを汲みつつも、従来の赤塚作品とは異なる新機軸を打ち立てた『まかせて長太』。

数々の人気作品と鎬を削らなくてはならない掲載誌の状況を考慮してか、スターシステムを導入。『おそ松くん』からは、イヤミ、デカパン、ハタ坊、『おた助くん』からは、おた助や一郎等、他の赤塚作品の人気キャラクターが多数客演するなど、作品世界に華を添えているのも印象的だ。

赤塚自身、初期赤塚ギャグのお気に入りの一本であると、公言して憚らない本シリーズの、今尚色褪せることのない傑作エピソードをいくつか紹介したい。

いずれも、アケボノコミックス『まかせて長太』全2巻(曙出版『赤塚不二夫全集』第8巻、第17巻)に収録された諸作品である。

「ギャング団大追跡」(64年4月号)は、取り分けファンの間でも傑作の誉れ高い一編だ。

ある日、デパートの屋上の有料望遠鏡から街を見下ろしていた長太は、引ったくり事件を目撃する。

しかし、デパートの屋上からでは、捕まえるにも、犯人に追い付けるわけではない。

悔しがる長太の前に、ここでは長太と同じ便利屋というキャラクター設定のおた助くんが現れる。

出会い頭からおた助と意気投合した長太は、おた助が受け持つ、屋上に停留してあるヘリコプターの清掃を手伝う。

その時、先程長太が目撃した引ったくり犯の二人組が警官に追われ、デパートの屋上へと逃げて来る。

長太が乗るヘリコプターに飛び込んで来た二人組。やがてプロペラは廻り出し、長太と二人組を乗せたヘリコプターは、空高くと舞い上がり、操縦士のいないまま、何処までも飛んで行く……。

ヘリコプターの縄梯子に吊られて、教会の十字架にぶつかったり、ライオンのいる動物園の檻に身を落とされたりと、次々と長太の身に危険に次ぐ危険が降り懸かるその手に汗握るドキドキ感は、1964年当時のギャグ漫画としては、フォロワーを生み出さない圧倒的な孤高性を放ち、この時既に片鱗を窺わせる、テンポの良い笑いを織り交ぜてエピローグまで一気に駆け抜けてしまう疾走感は、 迫り来る空前の赤塚時代を不可避的に予感させる。

「まじめになるならまかせてちょうヨ」(65年2月号)もマスターピースの一本である。

改心した泥棒が持ち主に気付かれないよう、盗品をこっそり返したい。それを長太に依頼するものの、盗品を返す都度に巻き起こす様々な失敗の連続に抜群のアイデアが注ぎ込まれ、読者の予想とは別次元の落ちへと誘う一連の流れが実に小気味良い。

他にも、長太&おた助コンビが時計の密輸団を壊滅する「チク・タック ディンドン密輸団」(64年6月号)、長太、おた助、父ちゃん、野蛮な荒くれ者の4人が、ポンポン船で太平洋を漂流する「太平洋4人ぼっち!」(64年7月号)、海賊や巨大鮫と対決しながら、長太と父ちゃんが無人島に宝探しの旅へと出掛ける「オーエス・オーエス宝島」(「少年 お正月大増刊 スリラーブック」、64年1月15日発行)、高価な美術品ばかりを狙う怪盗7面相と長太の知恵と知恵の対決をバカバカしく描いた「怪人7面相と彫刻『考えない人』」(「少年」64年3月号)といった、やはり意気揚々と暴れ廻る長太の活躍を綴ったエピソードに傑作が集まり、事件の発端の提示、ちょっぴり胸騒ぎを覚えるサスペンスフルな展開、そしてどんでん返しとなる想定外の落ちが、巧みに数珠繋ぎされ、読者の冒険心を満たしてくれる。

因みに、「太平洋4人ぼっち!」は、1962年、自前の小型ヨット「マーメイド号」で、神戸、サンフランシスコ間の単独航海を成功させ、一躍時の人となった堀江謙一青年が、帰国後、その壮絶な航海の日々を綴り、後に石原裕次郎主演で映画化されるなど、大ヒットとなった航海日誌『太平洋ひとりぼっち』から材を採っている。