知識は永遠の輝き

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『魔法株式会社』がハードファンタジーではない理由

2018-10-09 06:37:27 | 架空世界
 08/05の記事の続きです。

 前回の記事でロバート A.ハインライン作『魔法株式会社』について、伝統的な魔法伝説やそれを下敷きとした普通のファンタジーに、いわば「野暮なツッコミを入れている」と評しましたが、そのツッコミを例示してみましょう。

 私が一番気に入ったのは、冒頭で主人公に因縁を付けに来たチンハピラが魔除けを身に着けていることを見破った主人公が、「だとしたら、こいつは迷信ぶかい、これだけ文明の進んだ時代になっても。」と判断するシーンです。まさに、魔法というものがどう働くかということが一般的な知識となった社会、まさに魔法が我々の知る科学と同じものになった社会では、実際には働くはずがないのに言い伝えられているだけの魔法は迷信に過ぎないのです。それとも"疑似科学"ならぬ"疑似魔法"と呼ばれることになるかも知れません。"とんでも魔法"なんて言葉が生まれてたりしてね(~_^)。我々の知る"手品"はどう呼ばれるのでしょうね? "疑似魔法(pseudo magic)"、"アーティフィシャル魔法(artificial magic)"、"アルターナティブ魔法(alternative magic)"、うーん。もしかしたらこれらの名称は現実の日本語での手品や奇術を指す言葉になっているかも知れませんし。

 次は都市のタクシーとして普及している魔法の絨毯の飛行高度をほぼ地上近くに制限する法律があるという話。そのきっかけは、魔法の絨毯を使ったある運送業者が、うっかりと教会上空を飛んだために墜落事故を起こしたこと。主人公曰く「聖別された土地の上空で、魔術がきかないくらい誰でも知っていることだ。その男がきちんと地図さえ見ておいたら、直線ルートが教会の上空を通過するくらい、すぐにわかっただろう。」

 いやいやいやいや、そんな危険な建造物の方を撤去する方が筋でしょうよ・・・なんてできるわけないよね。日本なら大丈夫・・じゃないかも知れない。いたるところに神社やお寺があるからなあ。あーー、十字架や聖遺物みたいなものがテロの道具になるのかあ。なんて恐ろしい。

 また「マンダラゲという名の毒草[*1]」を人間の替わりに使うということが行われていて、「マンダラゲの育成は、もっともいまわしい黒魔術に属し、重大な犯罪である」とされています。でも企業側も労働組合側も密かに使っているのは公然の秘密だという設定です。けど、このことは本筋には関係のないエピソードの扱いです。というか、この黒魔術設定は機械文明世界でのロボット禁止令みたいなものに見えますが。

 「近頃じゃ魔術師も学位がないと、ろくな仕事がまわってこない」のだけど、ヒーロー役のアマンダ・トッド・ジェニングス夫人のような無学位の古風な魔術師の方が実力は上だったりします。その他、どうやら当時の米国の政治を風刺しているらしい描写が続きます。

 さて精霊や小人や悪魔などの魔術的生物たちは半界(harf world)という所を本来の住処としています。半界は今の言葉で言えば、この世界と接して存在する並行世界のようです。最終的には主人公たちは半界(harf world)へ突撃して、騒動の首魁である一人の悪魔を探し出すことになります。p313によれば「ハーフワールド(半界)では、しきたりのほうだけが、ある程度の持続性を持っているだけで、自然法則というやつはまったく存在していない。」「ちょうど、われわれが自然現象のルールに従っているように、ここの住人もまた、不可避的にそのしきたりに従うように強制されているのだ。」という原理が支配するのが半界という世界ですが、それで整合的な予測性があるかというと、疑わしいですね。両世界が接した場所ではどうなるのかという問題もありますし。

 また半界では一人の魔王が頂点となっているような描写ですが、悪魔軍団以外の精霊などの立ち位置はどうなのか不明です。結局のところは広く知られている伝説からそのまま持ってきたキャラクターをポンと投げ出しているだけであり、これだけならファンタジーでは当たり前のことであり、ハードとは言えないでしょう。

 ハロルド・シェイ・シリーズの『神々の角笛』(1941)や『魔法株式会社』(1941)の20年後のポール・アンダースン(Poul Anderson)作"Three Hearts and Three Lions"、邦訳は『魔界の紋章』[*3]なら、まだしもハード領域に踏み込んだと言ってもよいとは思います。その話はまたの機会に。


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*1) マンドレイク
(Mandrake)。実在のナス科植物でもあるが、多くのファンタジーに登場する伝説上の植物でもある。

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