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科学的方法とは何か? ニュートンの規則

2019-10-26 17:23:29 | 科学論
 前回の記事(2019/10/15)の補足です。

 ニュートンは『自然哲学の数学的原理』の中で科学的方法論の規則とでもいうべきことを記しています。内井惣七の訳[Ref-2]2章で紹介します。最近新しい日本語訳が出ましたので、それでも確認できるでしょう[Ref-B1]

----------引用開始--------------
 ニュートンの科学方法論に関する見解は,運動の三法則と万有引力の法則に基づくニュートンカ学の体系が展開された『自然哲学の数学的原理』(初版1687)の第3編の初めで,次の四つの規則に要約されている。

 規則I 自然の事物の原因としては,それらの諸現象を真にかつ十分に説明するものより多くのものを認めるべきではない。
 規則Ⅱ したがって,同じ自然の結果に対しては,できるだけ同じ原因をあてがわなければならない。
 規則Ⅲ 物体の諸性質のうち,増強されることも軽減されることもなく,またわれわれの実験の範囲内ですべての物体に属することが知られるようなものは,ありとあらゆる物体に普遍的な性質であるとみなされるべきである。
 規則Ⅳ 実験哲学にあっては,諸現象から帰納によって推論された命題は,たとえどのような反対の仮説があろうとも,それらの命題をより正確なものとするか,あるいは例外のありうるものとするような他の現象が起こるまでは,真実なもの,あるいは真実にきわめて近いものとみなされなければならない。
----------引用終り--------------

 規則Iオッカムのウィリアム[1285-1347年]が多用したと伝えられるオッカムの剃刀と呼ばれる原則です。「我は仮説を作らず」という言葉を前回は「負け惜しみように聞こえてしまう」と書きましたが、実は規則Iを忠実に実行したのだとも言えます。

 規則Ⅳには2つの方向からの意味があると思います。ポイントは「反対の仮説」がどのようなものかです。万有引力理論の例で言えば、例えば様々な機械論的説明の理論が「反対の仮説」に当たるでしょう。しかしそれらの中にはニュートンの理論以上に観測事実をうまく説明できるような「反対の仮説」はありませんでした。であれば、今のところもっとも事実に合っているニュートンの理論を暫定的にであれ真実とみなそうということです。

 逆に言えばニュートンの理論以上に観測事実をうまく説明できるような「反対の仮説」がもし登場すれば、真実という称号はその新理論に譲ることになります。歴史的には20世紀になりニュートン理論は一般相対性理論に真実という称号を譲りました。すなわちニュートンは経験科学(実験哲学)においては真実や真理は暫定的なものであるということを喝破していたのです。これは現代でもなかなか理解されにくい大事な科学の原則です。これはいわば人間は謙虚であれという方向からの意味になります。

 ただニュートンの脳裏にあった「反対の仮説」には科学的思索として提出された「引力の機械論的説明の理論」の他に、従来の哲学における形而上的理論も含まれていたとも考えられます。だとすれぱ規則Ⅳは、形而上学的原理だけから生まれた観測事実の裏づけのない理論を真実として扱ってはいけない、という積極的な方向からの意味をも持つことになるでしょう。この方向の意味なら現代人には当たり前にわかりやすいと思います。

 「経験科学(実験哲学)においては真実や真理は暫定的なものである」というと、「科学には真理はない」とか極端に暴走する勘違いも生じます。まさに0か1かの○×思考です。真理でなくなるかどうかはあくまでも未来の話であり、現時点では最も真理に近い理論として暫定的に真理とみなすということを理解しておかなくてはなりません。しかも近代以降の基礎的な物理化学分野では、ニュートン理論を始めとする既知の観測事実を完璧に説明できていた従来の理論が完全に否定されたことはありません。新たに知られた観測事実をも説明できるように修正されたり拡張されたりしただけです。この辺の機微は例えばアイザック・アシモフの「誤りの相対性 (The Relativity of Wrong)」というエッセイにわかりやすく述べられています[Ref-B2,第4部]

 ところで観測事実の説明や予測はニュートンの公式で完璧に行われます[*1]。それ以上の重力のメカニズムというものは、観測事実の説明や予測には余計なものなのです。規則Iによれば、そんな余計なものは考えなくてもいいことになりますし、規則Ⅳによればそんな余計なものがなくともニュートンの公式を暫定的にでも真実とみなしておけばいい、ということになります。であれば、「我は仮説を作らず」という言葉は決して負け惜しみだけとは言えないでしょう。

 規則Ⅱはあまりにも当たり前にも見えます。が、例えば病気の症状を考えれば、異なる原因でも同じまたは似たような症状がでることはいくらでもあります。しかしそんな場合でもさらに詳しい検査をしたり経過を観察したりすれば、病気により異なる結果が見えてくるでしょう。いくら調べても違いがでなかったとすれば、それはまさに同じ病気だということにほかなりません。これは生物体に生じる現象すなわちコトである病気のみならずモノでも同じことです。観測される属性が全て一致する2つのモノは同一のモノであるのです。素粒子などはそれを識別する属性が質量、電荷、スピンなど極めて少ないですから、それらの属性が一致する粒子はすべて完全に同一とみなせるのです。さらには位置までもが一旦同じになってしまうと、もうどちらがどちらだったか区別できなくなってしまう、という事情がいわゆる絡み合いという現象につながります。

 少し脱線しましたが、むしろニュートンが実際に直面し解決した問題のポイントは、異なる現象に見えても実は同じ自然の結果だったことを、同じだと見抜けるかどうかということになりそうです。典型的には地上における物体の落下と天体の回転運動とを同じ運動だと見抜いたことでしょう。すなわち、「月も地球に向かって落下している」ということを見抜いたことでしょう。

 規則Ⅲ斉一性の原理[*2](principle of the uniformity)ということになりますが、ガリレイからニュートンに至る期間に知られてきたことで言えば、天界の物質や自然法則も地上の物質や自然法則と同じであるということです。それまでは例えばアリストテレスは、地上では物体が静止していることが自然であり、天界では回転していることが自然と考えていました。また天体は地上に落ちてこないのだから地上の物質とは異なるものでできていると考えるのが普通であり、ティコ・プラーエもそう考えていたために「軽くて円運動するのが自然である天体とは異なり、重い地球が動ける理由がわからない」という理由を地動説の難点のひとつに挙げていました。

 天体の欠片を手に取れるようになった現代とは異なり、実際に違いの方が目立っている地上と天界とは別の物質でできているという仮説は自然かつ有力なものです。宇宙の斉一性仮説も実際に無数の天体が同じようなものであることが観測からわかってきたという結果から確認されていることであり、原理という言葉で示唆されるほど絶対的な真理というわけではありません。そして昔も、天界の火を盗んだプロメテウスプロメテウスの伝説のように[*3]、太陽の火も地上の火も同じものだという思想もあったのです。皮肉にも実際には、太陽の火は核融合であり地上の火は酸化反応であり両者は全く異なるものでした。この点では地上と天界とは異なっていたのです。

続く

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*1) ただし説明として見えざるメカニズムを求めるなら完璧ではない。ここは「説明とは何か?」「どうすれば説明したことになるのか?」という問題も絡む。ここでは、それ以上の説明を放棄した一群の公理(例えばニュートンの運動の法則)を基本とすれば現象の説明は完璧にできる、という意味にとらえてほしい。
*2)
 *2a) 自然科学一般での斉一性
 *2b) 地質学での斉一性
 *2c) 宇宙における斉一性
*3) wikipedia記事本文ではヘパイストスの作業場の炉から盗んだとの伝説を紹介しているが、注釈では太陽の戦車の車輪から盗んだとの伝説を紹介している。

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Ref-1) 戸田山和久『科学哲学の冒険 サイエンスの目的と方法をさぐる (NHKブックス) 』(2005/01)
Ref-2) 内井惣七『科学哲学入門―科学の方法・科学の目的』世界思想社 (1995/04)
Ref-3) 内井惣七『シャーロック・ホームズの推理学 (講談社現代新書)』(1988/11)

Ref-B1) アイザック・ニュートン;中野猿人(訳)『プリンシピア 自然哲学の数学的原理 (ブルーバックス)』
   『第1編 物体の運動』 講談社(2019/06/20)
   『第2編 抵抗を及ぼす媒質内での物体の運動』 講談社(2019/07/18)
   『第3編 世界体系』 講談社(2019/08/22)
Ref-B2) アイザック・アシモフ;山越幸江(訳)『誤りの相対性―元素の「発見」から「反物質」星間旅行まで』地人書館 (1989/07/01)

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