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カラスの逆説-4- 非カラスの判別

2010-06-12 06:40:06 | 数学基礎論/論理学
 前回考察したように、方法Aと方法Bに整理して2つの手順をよくよく見てみると、ヘンペルの逆説を示す次の言葉がややひっかけになっていることがわかります。
「白い靴,赤いチョーク,緑色の宝石などがいずれもカラスではないことを確かめても、命題-1の証拠にできるとは思えない」

 靴,チョーク,宝石と言われると既に調べる前からカラスではないことが分かり切っているような印象を受けます。しかしBの方法で対象xが黒いか否かを調べている手順2の段階では、まだ対象xがカラスか否かはわかっていません。手順3-2に至ってはじめて、カラスではない靴かチョークか宝石であるとわかるのだと解釈しなくてはならないはずです。
 しかし現実には、自い靴,赤いチョーク,緑色の宝石は一瞬で集合dに属することがわかります。集合dに属する存在が新たに見つかれば命題-1の確証度合いが高くなるはずなのですが、あまりに明らか過ぎて「新たに見つかった」とは、我々には感じられないのです。既にどの集合に属するかがわかっている対象xを調べても確証度合いは変化しません。何しろ靴というものを思い浮かべた瞬間にそれがカラスではないことは明らかなのです。背景知識という観点から言えば、我々は「靴はカラスではない」という背景知識を既に持っているのです。靴だけでなく現実世界の大多数の対象xがカラスではないということは、我々は既にこの世界についての背景知識として持っているわけです。

 これが例えば、カラスに似た姿の白い鳥が目の前に現れたらどうなるでしょうか? 命題-1を確かめようとしている科学者は必死でこの鳥を捕らえてカラスか否かを確認しようとするでしょう。たとえこの白い鳥がたくさんいても全ての白い鳥を確認しようとするでしょう。もっとも、これまた現実世界では、同じ姿の白い鳥の集団がいればそれは同一種である可能性が高いですから、代表例を何羽か調べてよしとするでしょうけれど。我々は「同じ姿形の生物の集団がいればそれは同一種であろう」という背景知識を既に持っているからです。

 例えば地理的に隔離されていて姿形も違っている生物集団同士が、ゲノム配列を調べたり交配させたりしてみたら同一種とした方が適切だったなどということがあります。カラスの定義を「既知のカラスと交配可能であること」ということにすれば、黒くない鳥がカラスではないことを確認するのはなかなか大変な作業になるわけです。

 もしも「靴はカラスではない」という背景知識がなければ、白い靴がカラスか否かを調べることは命題-1の確認にとって意味があります。それどころか、「まだカラスか否かがわからないが白いことはわかっているもの」ですから是非調べる必要があるとさえ言えます。そして靴の色もまだわかっていなければ、上記の方法Aと方法Bのどちらも命題-1の確認にとって有効なのです。

 ヘンペルの逆説に戻ると、「白い靴,赤いチョーク,緑色の宝石などを調べる」という言い方がトリッキーなのです。「何だか不明だが黒くないことがわかっているもの」を調べてみて「(カラスかも知れないと思ったが)カラスではなくて靴だった」とわかれば、確かに(命題-1)の確からしさは増していると考えられるでしょう。靴であるとわかる前は、「何だか不明だが黒くないことがわかっているもの」が実はカラスであって(命題-1)の反例かも知れない可能性があったのに、靴だとわかることでその可能性が消えたのですから。この論理に違和感を感じるとしたら、それは現実世界では靴が「何だか不明でカラスか靴かわからない」などという状況が考えにくいからでしょう。

 しかし「何だか不明でカラスか靴かわからない」ものが存在する状況としては、あなたがものの形がほとんどわからないほど視力が弱くて色しかわからない、という状況を想定してみるとよいかも知れません。白い塊がぼやーっと見えていても、触って形を確かめないと靴かカラスかわからないという状況です。それとも、原始的な視覚しか持たない生物の科学者を想定してもよいかも知れません。いかがでしょうか?

 という考えで内井惣七氏による解説の図2を見てみましょう。これは黒いカラスの非常に少ない世界だと言うのですが、そうでしょうか? 鳥の形とは異なる赤や緑や黒の像がありますが、これらはカラスではないのでしょうか? もしかして遠くから見た図で形が不明だとか、ピンボケ写真で形が不明だとかいう可能性はないのでしょうか? そもそも黒い鳥型の像以外はカラスかどうかがわからないから調べようとしているのではないでしょうか? だとすると調べる前には図2の像の全てがカラスの可能性だってあるわけで、カラスが少ない世界であるかどうかはわかってはいないはずです。確かに黒いカラスは非常に少ないことはわかっているでしょうが。


   続く

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補足; 実は内井惣七氏による解説の図2は「ひとつひとつの像がカラスか否かは調べていないので不明だが、全体ではカラスの集合(黒いか否かにかかわらず)は黒くないものの集合より遙かに小さい」という背景知識があらかじめ知られている世界を示している。この条件下ではベイズ統計によるスタンダードな説明(Standard Bayesian Solution)が有効である。例えばウィキペディア英語版での説明がある。このときは、対象xを取り出して調べた瞬間、R(x)とB(x)の正否がほぼ同時にわかると想定されていることになる。


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