クリエイティブビジネス論!~焼け跡に光を灯そう~

元コピーライター・境 治が、焼け跡になりつつあるこの国のクリエイティブ業界で、新たな理念を模索するブログなのだ!

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ソーシャルメディアと「近代」をあえて関係づけるのはね・・・

2011-02-03 08:00:00 | Facebookどんどこどん!
こないだ告知したそめけん(ソーシャルメディア研究会)Ust番組出演はなかなか盛り上がった。なんだそれ?という人は、そめけんのUstチャンネルにアーカイブ映像があるので見てもらうとわかる。"someken 02/01/11"という名前の映像がそれだ。ぼくと @hhoshiba さんの白熱の議論(というかあちこち話が飛ぶ与太話?)が楽しんでもらえる。

この番組でも映画「ソーシャルネットワーク」が題材だったし、Facebookはこの数週間でどんどん広まっている様子。ぼくの生活にもすっかり溶け込んで、Twitterより見る頻度は高いかもしれない。干場先生のおっしゃるTwitterからFacebookへの民族大移動がほんとうに起こっているのだろう。

一方で、前々回の「ソーシャルメディアがひっくり返すのは「近代」なのかもしれない」と題した記事の中でふれたエジプトの騒乱はついに、大統領の引退宣言にまで至った。しかも、そんなもんじゃ納得できない民衆が軍隊とさらに過激に激突したらしい。どうやって収束するのだろうね。

その前々回の記事に対し、いろいろ共感もいただいたけれど、反論とまではいわないけど、ちょいとしたご意見ももらった。

例えば@suiius さんはこう言うのだ。

「拝読。おっしゃりたいこと、多分「近代」って言うと台無しになるかと。WWII以降OR東欧革命以後が「現代」であるという区分に則ると「現代」の凌駕が起こりつつある、或いは最新版の「市民革命」をネットのソーシャルメディアが起こす時代?と言うのが正確かと。」

これに対しぼくが「もちろんここで倒されようとしているのは「現代」と捉えるのも正しい。でもぼくは「近代」と大きく捉えることで何かを見出だしたいのだわ。続きはまたブログでね。」

と書いたら、彼女は「なるほど…「20世紀のアメリカ中心の世界こそが近代の結論」というのは私としては総力を挙げて反証したくなるワーディングで、「結果」なら文句ないけど「結論」は言えないと思うのです。とにかく心して続きをお待ちすることにします。笑」と続きを待ってくれているという。

というわけで、続きを書かなきゃならないわけだ・・・

エジプトで起こっていることを、「現代」の揺らぎととらえ、つまりは”パックスアメリカーナ”(アメリカ中心で世界はなんだか平穏にまとまるね)の終焉かも、と解釈した方がわかりやすいし、正確だろうとは思う。パックスアメリカーナをアメリカ発のソーシャルネットワークが揺さぶっている、と受け止める時点で十分に皮肉で面白い。

ただ、ぼくはこのブログでメディアの激動について書き進めながら、ずっと考えてきたのが”近代”というスケールでの物事の見方なのだ。

じゃあその近代ってのは何なのさ、その定義を明確にするところから始めなきゃ、と @hhoshiba さんには突っ込まれそうだ。でも実は、そこを明確にするのは骨が折れるんだなあ。

ひとつ、おぼろげながら自分として明確かもしれないのは、ここで言う”近代”とは”国家”というものがいまのような存在になった時代、ということかもしれない。メディアについて語る上で”国家”を持ち出すのは、メディアと国家は密接に結びついていると思うからだ。メディアは国家の輪郭を形作る際、大きな役割を担ってきたし、時として近代の権力者たちはメディアを支配したがってきた。

だからもし、エジプトでソーシャルメディアが市民革命の一助となったのなら、ムバラクを倒そうとしているだけではなく、国家というフレームまで揺さぶっている、と言えるのかもしれない。

ソーシャルメディアとは、それぐらいのスケールでの変革なのではないかと思うんだ。

もう少し書き進めよう。ソーシャルメディアはマスメディアに引導を渡そうとしている。そこでもっとも鋭い刃を突きつけられているのは、新聞メディアなのではないだろうか。

新聞というのはどういう存在なのか。輪転機という、印刷技術の集大成であり、設備投資としてもかなり大きいもの。つまりそれを業とするには大きな投資が必要で、だから誰にでもできるものではないキーファクターが関与する。ところがいま、ネットにつながったPCさえあれば、つまり5万円ぐらい投資すれば、一度にたくさんの人に自分のメッセージを伝えることができる。

マスメディアとは、大きな設備投資をするという、特殊な存在だったのが、そんじょそこらの人が誰でも情報発信できるようになった。こう書くと、マスメディアは既得権益のイヤなやつらに思えてしまうが、もともとはそうじゃなかったはずだ。マスメディアとは、「ペンは剣より強し」の象徴だったはずだ。ここで言う”剣”とは軍隊であり、王様の権力のことだ。それに対し、ペンで立ち向かう。それが近代だった。ペンで立ち向かうのだけれど、輪転機に投資できないとペンは役に立たない。それこそが近代の実態だったのだ。市民なら誰でもモノが言えたようで、実際には輪転機は誰でも買える代物ではなかったのだ。

結果的にはマスメディアは輪転機を最初の方に買えた人たちの”既得権益”になってしまった。もともとは、王様の剣に対抗して市民の声を伝える存在だったはずなのに。

ソーシャルメディアは、そんな既得権益を揺さぶっているのだ。その既得権益とは、近代が始まって以来、培われてきたものだと(概念的には)とらえられるのではないか。

うーん、あまりうまく論を展開できていない気がするなあ。大枠ではまちがったことは言ってないんだけどさ。

もうちょっと考えをまとめてから、また書くね、この”近代”の問題は・・・
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2 コメント

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場所に紐付けたソーシャルメディアの出現 (shige)
2011-02-05 17:27:04
Facebookとは実名を名乗って、世界規模で友達の輪を作るメディアで今大流行しているとみる。

もう1つの軸足に場所〈地理空間情報:緯度経度、高さ)の情報を紐付て、
これを実在性と真実性を担保するメタ情報で情報のやり取りをするコミュニケーションがあっても良いのではと思う。

今、経産省がその仕組み作りをしていると聞いている。
shigeさんへ (sakaiosamu)
2011-02-05 19:33:40
shigeさん、またコメントありがとうございます。

ただ・・・正直言ってこんなに毎日のようにコメントいただくのがよくわかりません。ぶっちゃけたことを言うと、不気味です。shigeさんはここでshigeと名乗っている以外、全然どんな方かの情報がないですよね。

例えば、毎日ポストに誰からかわからない書面が届いていたら、どうでしょう?だんだん気味が悪くなりませんか?

Twitterなどでもやりとりしていたりすると、どんな方かわかるし、プロフィール欄を読めばいろいろ相手の情報がわかったりします。そうすると、ここでコメントもらっても、あああの人だなとわかります。安心できます。

でも、このコメント欄で名前だけあっても、何もわからないのです。何も素性がわからない人から毎日声をかけてもらうのは、逆に不気味なのです。

そこで、このコメント欄は今後、記入できないようにします。何らか反応いただける場合は、TwitterやFacebookを通じてお願いします。

すみませんが、苦渋の決断です。ご理解どうぞよろしくお願いします。

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